刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 14.紅桜篇『弐』(1/3)

空には灰色の雲が立ち込め、秋の霖雨がさめざめと降りつける。新八は傘を片手にかぶき町の鍛冶屋へと向かっていた。足取りは重い。当然だ、訪問の目的は、依頼の失敗の報告なのだから。



始まりは一本の電話だった。鍛冶屋を商う村田兄妹からの依頼である。
依頼内容は妖刀『紅桜』の回収。紅桜とは村田兄妹の父……江戸一番の刀匠と謳われた村田仁鉄の最高傑作と呼ばれる業物だ。何者かに盗まれたかの名刀を取り返してきて欲しいという。

手当たり次第に質屋を回ったが収穫はなし。代わりに得られたのは、ここらで横行している辻斬りの噂だった。辻斬りの持つ刀が『紅桜』ではないかとアタリをつけた万事屋一同は、妖刀の捜索をやめて辻斬りの情報収集に当たった。

そして日もすっかり落ちた頃、橋の上で出会ったのだ。
世を脅かす辻斬り……岡田似蔵という男、そして『紅桜』に。

岡田が「形見」と言って桂の髪を取り出したことに新八は驚き、動揺した。一方、銀時は桂がただの人殺しに負けるわけがないと啖呵を切ったが、岡田の挑発に乗り刀を斬り結ぶこととなった。

鍔迫り合いの最中現れたるは、紅桜と呼ばれる兵器の禍々しき本性。

月光を浴びて帯びる紅色。柄を持つ岡田の手から芽を出し蠢く影。持ち主の精力を吸い取るようにして厚さと幅を増し、ドクドクと脈打つ刀身。

横一文字に切りつけられた銀時が壁に叩きつけられるのを見て、真っ先に神楽が飛び出し、紅桜の凶刃を受け止めた。
次いで新八も震える足を踏み出し、神楽が縫い留める岡田の右腕を切り落とした。
紅桜を持つ利き腕とは逆側だったが、片腕を無くした岡田を三人で囲み、じりじりと追い詰めていく。倒す、あるいは捕まえるまではいかないまでも、みすみす逃す隙は決してなかった。
計算外だったのは、辻斬りに仲間がいたことだ。

網代笠を深く被り真っ黒な口布をした侍。
恐ろしく背が高く、手には身の丈に合った刀。
顔は見えないが女ではないだろう。

銀時の攻撃を大太刀で弾いた男は、岡田を背にかばい、万事屋と対峙した。

『ククッ、まさかアンタが来るとはね……』
『…………』
『少しは口きいたらどうだィ』

不気味な沈黙を保つ男と対照的に、町奉行の警笛がけたたましく鳴り響く。万事屋が気を取られた一瞬、男は右腕を拾い岡田を連れて駆け出した。

即座に追おうとした新八と神楽だったが、その前に銀時の体に限界が来た。よろけた銀時を二人で支えながら、深追いは危険だと判断し、ひとまず治療のため一番近い志村家に身を寄せたのだった。



昨夜の出来事を思い返しながら新八は溜息をつく。依頼の失敗は元より、銀時でも敵わなかった相手の存在、そして岡田に斬られた桂の安否と、頭痛の種を数えればキリがない。

幸い銀時の傷は浅く、一晩寝ればピンピンして朝ごはんをかき込んでいた。今はお妙の看病のもと布団の上でジャンプを読んでいる頃だろう。神楽はお妙の真似をしたがって看病の手伝いをしている。………軽症患者が重症患者になるのでは? ふと地獄絵図が頭に浮かんだものの、時既に遅しということで。とりあえず銀時の安全を遠くから祈っておくことにした。ガンバ。

『お前に任せる。好きにしろ』

依頼を続行するか、否か。どういう風の吹き回しか、銀時は新八に判断を託した。

単に、動けない本人の代わりに依頼人に直接会えるお前が決めろということだろうか。意図は分からないが、しかしどういう理由であれ、託されたからには決めなければならない。これもまた、頭痛の一因を担う厄介な種だ。

「(銀さんがあの状態だ、依頼の続行は難しい。でも桂さんの安否を考えれば何もしないわけにも……とにかく鉄矢さんに話を聞いてみないことには……) え、わっ…!?」

暗闇からぬっと伸びた腕が、思考の迷路をぐるぐる彷徨う新八の襟を掴み、引きずり込んだ。新八はすぐに身を引き締め、迎撃の体勢を取ろうとするが、

「しぃ……口を閉じろ。奴等に気付かれる」
「……鉄子さん?」

新八を路地裏に引き摺り込んだのは、鍛冶屋の村田兄妹の妹、鉄子だった。

彼女の格好に新八はぎょっと目を見開く。泥だらけの服に、ボサボサの髪。体は濡れていないところを見つける方が難しく、腕には傘ではなく竹刀袋。むしろ自分の体を傘がわりにして、竹刀袋を濡らさないよう大事そうに抱えている。

「どうしたんですかその格好!? それに奴等って……」
「……わからない。今朝空気を入れ替えようと窓を開けたら、明らかに堅気じゃない連中が鍛冶屋の周りをうろついていたんだ。直前まで打っていた刀だけ咄嗟に持って逃げてきたけど、この袋小路に入ってしまって、下手に身動きも取れず……」
「それは、災難でしたね……鉄矢さんは?」
「…………兄者は……」

鉄子はそれきり黙ってしまった。新八は傘を鉄子に預けて、近くの服屋にかけて行った。彼女に羽織と帽子を被せ、傘を一緒にさしてその場をやり過ごし、万事屋と姉の待つ志村家に連れて帰ったのだった。



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