刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 13.紅桜篇『壱』(1/4)

満月がひときわ眩しく輝き、人口の光が町を彩る頃。寝静まった河川をゆったりと揺蕩う船があった。上には小さな都を乗せ、朱い提灯で着飾った屋形船が、暗く黒い水面へその艶やかな姿を逆さまに落としている。

かすかなせせらぎの音に耳を澄ませていた男は、徐に開かれる隻眼に黄金を映し、三日月型にしならせた。こんな夜にはあの男を思い出していけない。空っぽの器に注ぐだけ注いでおいて、素知らぬ顔でひっくり返す悪魔のような男。紅衣の夕顔より慎ましく、野辺の女郎のように情け深い、罪深い男。

虚像を覆うように、煙管の煙をフウと吐く。
月光にくゆる白を、座敷の戸口の前に座する影だけが見ていた。

「奴が人を紹介したいと言うから来てみれば……こいつァとんだ大物が来たモンだ」

そう高杉が語りかける相手は、ほのかな行灯の色に白い頬を濡らし、視線を畳に伏せたままピクリとも動かない。
まるで人形のようじゃあないかと、ありきたりな感想を抱いてすぐ、こんな厳つい玩具があってたまるかと高杉は鼻を鳴らした。
傷つき、潰れ、焼け爛れた跡は、血色の悪い肌と不釣り合いな男の本性を剥き出しにしているようだ。

「一時はどっかで野垂れ死んだとまで噂されていたアンタが……どんな風の吹き回しだ?」
「………」
「…まあいいさ。忠誠なんざ犬の餌にもなりやしねェ。元から此処は無法者の集まり、誰が何を狙っていようと、聞く筋合いもないね」

隻眼が室内に落ちる影を見下ろせば、影の中で鼻が上向く。長らく落とされていた視線は、月光を背にして妖しく笑う男を捉えている。

「その眼だよ。血に飢えてる眼だ。ソイツが乾いて仕方ねェんだろう?」

沈黙を奏でる二対の虚な瞳。
そこに渦巻くどす黒い欲望。

面白い拾い物をした──と、高杉は煙管の灰を落とし、頬を鋭く釣り上げた。



prev / next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -