刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 12.恋にマニュアルが来い、なければ金でいい(1/4)

──……つむじを隠してふわふわと弾む銀色。尻尾のように揺れる青色のマフラー。重く立ち込める鈍色の空の下で、繋がれた手だけがじわじわと温かい。視界の端では粉雪がちらつき、シーツのように薄く積もった絨毯の上に、点々と小さな足跡ができていく。凍てついた頬がだらしなく緩むのを感じながら、踏み潰さぬよう避けて追いかけた。

前を歩くその子は、なぜだか同じような顔をしていた。それを見ると急に気恥ずかしい心地に苛まれて、からかうとまア、見事に大福のようにむくれてしまって。あれは流石にちょっと、大人気なかったなァ、と。

幼い唇からこぼれた言葉が霧のように広がっては溶けていく。
俺は適当に返事をしながら、白い雪が白いまつ毛に乗っかっただの、赤らんだまあるい鼻がトナカイみたいでかわいいだの、果ては曝け出された手や足首が寒くないだろうかと、そんなことばかり考えていた。おかげで余計なことまで口にしてしまった気がしなくもない。だって、夥しい純白に侵された世界で、その銀はいっとう眩しく輝いて見えたから。

お前と揃い色のマフラーを口元に引き上げて、帰ろうかと言った俺の首に、突然温かな塊が飛びついてきた。『飛び込んできた』んじゃない、もう首を締める勢いで来た。自ずと腰を折り、身じろぎすると咎めるように力を強められる。

「俺が、隣にいてやるから」

濡れた人にそっと傘を差すような、混じり気のない優しさだった。その中は温かくて、心地がよくて、息をすることすら難しかった。震える声と、熱くなる体温と、なにより耳朶を震わせる心臓の音は、きっと万人に向けられることのない“特別”だったから。


「好きだ」

「董榎は俺のこと、弟子としか思えないかもしれないけど」


俺はそれに、なんと答えようとしたんだったか。






「どうした新八くん、電話なんて珍しいな」
『こんにちは董榎さん。あの今お時間大丈夫ですか?』
「おーすまん仕事中だわ……なんか話したいことでもあったか? 明日の昼なら時間取れるけど」
『あーいえ、やっぱり大丈夫です! 失礼します』

ピロン。一方的な電子音に首を捻り、画面を落として店内に戻る。

「……はァ」

知らず知らず漏れた溜息にまたかと口を塞いだ。吉田董榎、人生最大の壁に直面している。

教え子の恋心に気付いてしまった。
俺が気付いたことにたぶん銀時は気付いてない。

感想としてはえ? え!? ……え? といったところ。問い詰めたい気持ちと未だ信じられない気持ちと「お前それはやめとけ」という気持ちが混在してる。決してあの日の出来事を忘れてたわけでも、子供の告白を気の迷いだと切り捨てた覚えもない。ただその……せんせー大人になったら結婚して♥ とか好きなタイプはパパ♥ とかそーいうノリだと思ってたことは否めません。

いや思うだろ、思うだろ普通に。健全な男子たるもの幼稚園の先生に恋して、近所の優しいお姉さんに恋して、中学の保健室の先生に恋して、高校生になったら家庭教師の大学生に恋するもんだろうが。みんなそうやって大人になるんだよ。学校行った記憶ないから知らねーけど。

そりゃあ可愛さからほんのちょっとからかった覚えはあるが、まさかそのまま本当に道を外すとは……やっちまったなぁ! 脳内で鉢巻巻いた野郎どもが餅つきを始めた。えっこのネタ令和でも通じんの? 通じるよな? 通じて欲しい。
そういや屁怒絽さん餅食ったことあんのかな。時期はずれだけど餅でも買って帰るか。柏餅とか……いや切り餅の方がいいかも。おし、今晩のデザートはきなこと砂糖まぶして美味しいカロリーで幸せパンチキメてやろう、そうしよう。

何の話だったっけ。あー恋の話? 恋って何だっけ。こないだアヤシイ店で食った合法の食用鯉美味かったな、小骨多かったけど。
愛やら恋やら無縁の人生を送ってきたとまでは言わないけれど、身を焦がすほどの熱量を誰彼に抱いたことがないのもまた事実。寂しい男と言うなかれ。そもそも生き物として別種というか……100も200も年下の奴に入れ込むってヤバくね? そういうこと。まー年の差いくらあっても愛は愛だと思うから、俺の感覚の問題でしかない。女性はお姫さまだしご老女はお嬢さんである。

恋といえば華やかな話題ではないが、昔は仲の良い遊女に想いを寄せられたこともあった。『お慕い申しておりんす……年季が明けたらどうか側に置いてくんなまし』『えっごめん無理』紅葉印こさえて帰宅して松陽にバカ笑われた。まだ若かりし頃の苦い記憶……。

「董榎さん……董榎さん? どうしたんですボーッとして」
「あ、はい、すいません仕事中に」
「今日ずっと上の空ですね。お疲れでしょうか……少し横になります?」
「いえ、考え事に集中してしまいました。そこ右に宝箱あります」
「右ですか? ……やったー! 高そうな弓ですよ!」
「おめでとうございます、姫さんは双剣使いなので町で換金しちゃいましょうね」
「董榎さんのメイン武器は槍でしたよね」
「ええ、長物は便利ですから」
「この間の三又槍、アレかっこよかったです!」
「おっ、あのかっこよさが分かるとは渋いですね〜」

はしゃぐそよ姫の背後で短刀の切先を受け止める。刃の曲線に沿ってフォークを滑らせ弾き飛ばし、皿の上のチキンを深く刺して喉奥に突っ込んだ。宙に浮いた短刀を回収。姫の後ろに座ってた客がゆらりと傾いて倒れ伏す。

「……キャア大変! この人喉を詰まらせたみたい!」
「落ち着いてください姫さん、命に別状はなさそうです」
「お客様、大丈夫ですか!?」

店員さんが手際良く対処をしてくれたおかげで、倒れた男はあっという間に救急車で運ばれていった。「大変でしたね」「ね」二人囁き合いながらゲームを再開させ、姫さんが物陰から魔物に魔法を連打する。この切り替えの早さは彼女の長所だと思う。城の方から護衛と社会勉強を任された身としてはありがたい。

「話は戻りますが、悩み事でしたら私でよければ聞きますよ」
「えっ、……んー、悩み事、あるにはあるんですが……」

確かに年頃の女の子に相談するのはアリな気がする。でも相手男なんだよなぁ。同性ってやっぱ世間的にはアブノーマルだし、姫さん寛容だからあんまりそういうの気にしなさそうだけど、あんま常識から外れたこと教えると爺やさんが怒るんだよなー……

口ごもる俺にそわそわしていた姫さんが、「そうだ!」と手を叩き、ふふんと胸を張った。

「最近私、2ちゃんねるというものにハマってまして」
「わァ、すっかり俗世に染まってますねー」
「董榎さんの知り合いでウチに奉公に来てる方いらっしゃいますよね? あの方が教えてくださいました。ご丁寧に操作方法まで」
「おっと下手人はどいつだ? アレ、これ俺が爺やさんに怒られる案件ですか?」
「『ぬるぽ』とか『日本語でおk』とか流行りの言葉もバッチリですよ! ネットにはいろんな人がいるんですね。下町の暮らしが覗けてとても楽しいです!」
「姫さん楽しんでるところ悪いんですが……2ちゃんの文化は普通からはかなりズレてるんですよね」
「分かってます。『半年ROMってろ』というヤツですね」
「違います」

クッ、既に染まってやがる。誰だ姫さんに世界一いらん知識与えたバカは。伸郎か弥七か咲太か? 女子と絡めそうなのは弥七くらいか……今度奴の背中に発情期のセミくっ付けてやろっと。

「董榎さん、今日のお勉強は中止にしましょう。たまにはおうちでゆっくりお休みになってください」
「あ、いやお気遣いはありがたいですが……」
「神楽ちゃんも急なお仕事で来れなくなっちゃったし、ゲームはいつでもできますから。ね?」
「あー……分かりました、そうさせて頂きます。すみません本当」
「……それからね、董榎さんは私の先生なんですから、もっと堂々としてくださっていいんですよ! わかりましたか?」
「わ、わかりました……。いい子か? こんないい子に汚れた文化を与えてしまったのか俺は……」
「でもその代わり宿題を出します! アナタの悩みを掲示板を使って相談すること!」
「生徒に宿題を出されるなんて初めてだァ」
「三人寄れば文殊の知恵! みんなで寄ればミーミルの泉です!」

烏合の衆なんだよなそれは。



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