刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 11-1.ミルクは人肌の温度で…それってどのくらい?(1/3)

──ゴンッ

抱えていた荷物が滑り落ちて鈍い音を立てた。
出迎えてくれた神楽ちゃんとお登勢さんとキャサリンが俺の足元にしゃがみ、箱から新品のガラガラと組み立て前のメリーを出してキャッキャと盛り上がっている。
銀時は奥の壁に溶け込むように佇み、新八くんは奴そっくりの赤ん坊をあやしていた。

「………………御祝儀はいくら包めば……?」
「分かってたけどそこまでぶっ飛ぶ!? 俺の子供じゃねーつってんのにどいつもこいつも……」
「お嫁さんはどちらに? ご挨拶しないと、いやでも俺が行ったら怖がらせちゃうかな……」
「このちゃらんぽらんが所帯持つと思うアルか」
「は? 結婚してない…? ああ、こんな大人に育っちまって……保護者が至らないばかりに……………どなたか介錯をお願い申し上げる」
「短刀をしまえ短刀を」
「急にお使い頼んで悪かったね董榎、はいお駄賃」
「いえ受け取れません、銀時の子なら俺の孫も同然なので……むしろ面倒見てくださってありがとうございます」

近付くと新八くんが赤ん坊の顔を見せてくれる。はわわ、ぷくぷくでやわっこい……食べちゃいたい……いや似。似すぎ。頭のクリンクリンもふてぶてしい顔付きもそっくり。まごうことなき銀時ジュニア。遺伝子働きすぎ、労基無事? 赤い目がくりくりしていてウサギみたいだ。出会う前の銀時もこんな赤ちゃんだったんだろうか……そう思ったら急に愛おしさが込み上げてきた。あれ、俺産んだかな?

「この子は俺が引き取ります。自分の種の世話もロクにできねーそこのちゃらんぽらんには任せられません」
「だから俺の不祥事前提で話を進めるんじゃねェェ」
「銀次〜! 董榎お爺ちゃんですよ〜!」
「銀の字付けんじゃねェェェ!」

笑顔でバア〜と手を振ったが、銀時ジュニアは鼻をむずむずさせたかと思うと、しわくちゃ猫みたいな渋面でそっぽを向いてしまった。な、なぜだ……。

「ププーッ、避ケラレテンノ、ダッセェナ!」
「董榎って寺子屋の先生だったんだろ」
「意外ですね、子供にモテそうなのに」
「きっと赤ん坊には腹黒さが分かるアル」
「「「ああ〜」」」
「……まさか! 銀時の息子じゃ……ない!?」
「さっきからそう言ってんだろうが! つかどこで判断してんだ」

ファブリーズをかけて再挑戦したら大人しく抱かれてくれた。仕事明けで匂いが染み付いていたらしい。しかし本当にクリソツだな。く〜〜〜っ仏頂面が天才的に可愛い。産んだな。

「グランザム今のバイト何?」
「喫茶店とビル清掃」
「通りでコーヒー臭いアル」
「それよりグラさん銀次と銀二どっちがいいと……」
「ッだァァァァァァ!!!!!」
「あっ」

銀時が赤ん坊を奪って外に飛び出して行ってしまった。あーあーみんなが銀時のことイジるから……

「銀時、どこ行くんだィ!」
「あの野郎まさかまた捨てに行くつもりじゃ!?」
「人ノ風上ニモ置ケネェナ!」
「させるか!!」
「夕飯までには帰って来いよー!」
「あのう……すいません、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが」

怒鳴るお登勢さん、詰るキャサリン、焦る新八くんに気張る神楽ちゃん。銀時を追いかけようとした足を止め、一斉に声の方を振り返る。

呼び止めたのは身綺麗な老齢の男性だった。仕立ての良い袴を穿き、黒塗りの車と護衛を携えていた。「すみません、この娘をご存知ですか」と落ち着かない様子で差し出された写真を、お登勢さんが受け取り、皆で丸く取り囲む。黒髪を一つにくくった凛としたうら若い女性だ。

「悪いけど知らないねェ。どうだいアンタ」
「や、俺もさっぱり」
「そうですか……申し訳ございません。いきなり名乗りもせず不躾に。あの申し遅れました、私橋田賀兵衛と申しましてこのかぶき町で店を開かせてもらってます」
「え、あの大財閥の!?」
「なにそれ」
「ほら万事屋からも見えるじゃん、あのデカい建物!」

新八くんが指差す先はかぶき町から頭一つ抜きん出た高層ビル、橋田賀兵衛を現当主とする橋田屋の本社だ。徳川幕府開闢より続く老舗であり、江戸でも屈指の巨大企業である。俺の今のバ先でもある。

「かぶき町のことなら何にでも精通しているというお登勢殿にお聞きすれば何か分かるかもしれないと思い、お伺いさせてもらったんですが……」

参った様子で訳を語る橋田さん。どうも彼の孫が突然行方不明になってしまったのだとか。断定はできないが、この写真の女性が拐かしたのではないかという話だ。「奉行所へは?」お登勢さんが問うと、橋田さんは事情があると言葉を濁した。

き、きな臭ァ〜〜〜!

思わずわざとらしく口元を押さえてしまったが、そう感じたのは俺だけではないらしい。煮え切らない態度にみな訝しげな顔をしている。

「じゃ、俺たちがこの()を見かけたらそちらに連絡すれば良いですか」

何食わぬ顔で口添えすると万事屋2名から非難の視線が飛んできた。お引き取り願うだけだからやめてほしい。そんな目で見られたらいじめたくなっちゃうじゃないか……。

「! ええ、そうしていただけると助かります。お手数お掛けしますが孫の方も是非……」
「すいませ〜ん、いないんですかァ……」

橋田さんが孫の写真を取り出した時、か細い声が会話を割いた。

「おーいこっちだよ、何か用かィ?」
「……!」

スナック店内を覗き込む後ろ姿にも若々しい女性。
その顔を目にした途端、サッと橋田さんの顔色が朱に染まる。女性の方は反対に可哀想なほどに青ざめていった。
逃げようとしたようだが彼女は呆気なく護衛の黒服達に捕まってしまう。まさかの急展開に外野は見ていることしかできない。

「やめてっ、離して!!」
「この性悪女が! とうとう見つけたぞ!! 勘七郎をどこへやった、言え!!」
「………」
「この女!! ……──!!」
「いや、横からすみません。差し出がましいようですがそちらも少し頭を冷やした方がよろしいかと」

振りかぶった平手が彼女の頬に当たることは無かった。
掴んでいた腕を放し、当たり障りのない笑みを浮かべれば、橋田さんはスッと目を細めて同じように口角を上げる。

「すいません興奮してしまって。ですがここからは家族の問題ゆえ、私達で解決します。お騒がせして申し訳ございませんでした……おい、行くぞ」
「へい」

黒服達が女性を後部座席に押し込んだ。橋田さんと彼女を乗せた車は、静かな音を立てながらあっという間に遠ざかっていった。

「アーア、こりゃ何か裏があるな」
「董榎さん」
「どうするお登勢さん? ドンパチやるなら手を貸すぜ」
「………」
「「あ゛〜〜〜〜〜!!」」
「チョットチョットコレ!」
「どうしたんだィ」
「これあのジジィが捜してるって言ってた孫の写真」
「おっ」

どうしたことでしょう、神楽ちゃんがひっくり返した写真には銀次………銀時ジュニアが映っているではありませんか。

「…………ねェヤバイんじゃないスかコレ? 銀さんヤバイんじゃないんスかコレ? なんか変なことに巻き込まれてんじゃないんスかコレ?」
「仕方ない。ウチのバカを巻き込んだ落とし前を付けてもらわないといけないねェ」

我が意を得たり。お登勢さんはタバコの煙をフウと吐き、そう言わんばかりに鋭く口角を上げた。格好良いね、惚れちゃいそうだ。流し目で見られて俺は両手を上げる。ええ、もちろん、協力しますとも。



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