刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 09.犬の散歩は適度なスピードで(1/2)

『……というように周辺住民には多大な迷惑がかかっているようなんですね。一体飼い主は何を考えているのでしょうか? そのへん直撃してみました。どうぞ』

=巨大犬にエサをやる飼い主A=
『あのーすいませ〜ん! ニュース・ザ・江戸の者なんですが〜!! あなた巨大犬の飼い主さんですよね!?』
『あっちょっと録らないでくださいよ、何やってんですかアンタら!』
『巨大犬のせいで近所の方々は大変迷惑されているようなんですが、そのへんどうお考えなんですか!?』
『すいまっせ〜ん!!』
『いやすいまっせ〜んじゃなくて』
『すいまっせ〜ん! 世界中のみんなにすいまっせ〜ん』
『いやすいまっせ〜んじゃなくて』

=巨大犬の飼い主B=
『またお前らかァァ!! 何回も何回もォ!! そんなに悪者にしたいかァァ! それがマスメディアかァ!! かっえっれっ! かっえっれっ! さっさと帰れ〜!!』
『帰りません。そんな態度でいると近所から孤立しますよ』
『はっなっのっ! アッナッはっ! 司会者と不倫〜!!』
『何でたらめ言ってんだコラァ!!』

=巨大犬の飼い主C=
『アレ? なんでカメラあんだ? ああアレか? ランク王国の街角アンケート?』
『!! ギャァァァチャック開いてます前ェェェ!!』


「定春くんちょっと見ないうちにでかくなったなぁ」
「あら本当。知らなかったわ柴犬ってあんなに育つのね」
「妙ちゃんお疲れ様〜」
「お疲れ様です。休憩ご一緒していいかしら」

『前? あ、カメラの前このへん? で質問は? 不倫したい芸能人?』
『ちょっとォォ!! カメラ止めてカメラ!!』
『やっぱ結野アナかな。人妻になって逆にまたこう……』

「イヤね銀さんってば」
「ン、チャンネル変えよ」
『ほんで相方がじゃあ俺がママになるっちゅうから なんでやん!って思わず突っ込んでしまいましたわ ワハハ』
「それにしても銀さんたちちゃんと定春くんの体調管理してあげてるのかしら。ちょっとメタボ気味じゃない?」
「そうかぁ? 腹も出てないし毛艶も良かったし健康的な成長の仕方じゃね。プリン1個食べる?」
「いただきます。珍しいですね、わざわざ買ってきたんです?」
「冷蔵庫の名前書いてないやつ。消費期限今日まで」
「あら悪いお顔」
「共犯者ゲット〜」

金もそこそこ溜まってきたしバイト戦士は卒業しようかと思い始めた頃、近所のコンビニの喫煙所に屯してる謎のオッさんの紹介でスナック『すまいる』(実態はキャバクラ)のボーイをすることになった。昼は花屋があるので夜の仕事はありがたい。用心棒代が含まれているらしく給料もかなり良心的である。

店長には顔合わせ開口一番に「ホストクラブならこの裏だけど」と指し示されたが、その後勘違いしていたと頭を下げてくれたので良い人だ。初日締めに「家政夫の仕事紹介しようか」と言われたからもしかしたら向こうには嫌われているのかもしれない。

「そうだわ、今日のお夜食持ってきすぎちゃったの。少し貰ってくださらない?」
「ラッキー、卵焼き貰っていい? 新八くんの美味いんだよなァ、その道ウン10年の主婦の味」
「お煮物もどうぞ。董榎さんだって、そのお弁当ご自分で作ってらしゃるんでしょう」
「出汁巻き部門は圧倒的に新八くんの優勝よ。お礼に蒸し鶏あげる。ササミでヘルシー、夜中でも安心」
「まあ、ありがとう……ふふ、なんだか寺子屋時代に戻ったみたい。普段のお食事も董榎さんが用意してるのかしら」
「ユルく交代制で余裕が有る方がやる感じかな。二人とも忙しい時は一緒に飲みに行ったりして、なあなあでもうまく回ってるよ……煮物うまっ」
「新ちゃんにレシピ聞いておきましょうか」
「頼まァ」

微笑み顔でお弁当をつつく別嬪さんはキャバ嬢兼用心棒の妙ちゃん。本名は志村妙、職場の頼れる姉御的存在。万事屋の新八くんのお姉さんだ。
志村姉弟は父親の道場再興を目標に互いの生活を支え合っていて、話を聞けば聞くほどその仲の良さが見て取れる。万事屋との面々とも見知った仲らしい。

「私も卵料理なら少しだけ得意なの。董榎さん今度味見してくださらない?」
「マジか、楽しみにしてる」

新八くんや家事の話で盛り上がっているとバックヤードの扉が開かれ、巫女姿の嬢が不穏な空気を滲ませながら入ってきた。

「お疲れさ…………チッ」

人の顔見て舌打ちする?

俺今日阿音ちゃんと顔合わせたの初だよな。記憶を探りながら妙ちゃんの訝しげな視線に首を振って返す。心当たりはない。

「アンタのせいでお得意様が逃げたんだよ」
「えっ。…………何かの誤解では?」
「白河屋の旦那がその面二度見して泣いて出てったわ。お陰で私の売り上げもプライドもズタズタ。慰謝料払いなさい。10で許してあげる」
「顔が良くてごめんね〜。金は無いからプリンで許して」
「謝り方ムカつくわね! つーかそれ私のプリン!!」
「あ、阿音ちゃんのだったの」
「私は止めたんだけど董榎さんが……」
「ひっで、共犯って言ったじゃん」
「美味しく頂いてます」

巫女コス営業の阿音ちゃんは『すまいる』一番の稼ぎ頭。出会い頭こそ物腰柔らかく花のような笑顔で名刺を渡してきたものの俺がバイト戦士だと知った途端ペッと唾を吐き捨ててそれから態度が一変した。実家は由緒正しき神社で、妹を養う為に夜の仕事をこなす強かな女性だ。

「プリンはもういいから金払いなさいよ。無いなら旦那ン所行って私のATM取り返してきて」
「いやねぇ八つ当たりなんて。自分の接客がボーイの顔に負けたなんて恥ずかしくないのかしら」
「ハ〜? こっちは真心込めてやってんのよ。お客様と誠実に向き合ってると傷付きやすくなるの、金勘定得意なアンタと違ってね」
「あらあら、家業を食い物にするコスプレ嬢に繊細な心はあっても誇りはないんですね。顔で揺らぐ信頼関係なんてこっちから願い下げです」
「そうやってドM客を捕まえるの、参考になるわぁ。私もアドバイスしてあげる。今時清楚系ツンデレなんて流行らないわよ。いつまで女王様気取り? そのプライド捨てちゃいなさいよ」

「あっお浸しまで美味ぇ。これァいい主夫になるぞ」

「アンタは何堪能してんのよ!」
「白河屋の旦那のことだけどもう来ないかもな。不仲だった元奥さんと最近ヨリを戻したらしいぜ。今回の件は夜遊び断ちするいい機会だったんじゃないか」
「はっ? そんなわけ……」

今やり取りをしていたスマホの文面を見せると阿音ちゃんは目を見開いて渋い顔をした。情報提供元は一昨年から白河屋で働いているというご近所さんの息子さん。(てい)の良い理由付けに使われたな。

「そんなワケだから幸せな夫婦過程に問題ごと持ち込むわけに行かないわ〜残念残念、ごめんな阿音ちゃん」
「いや今私はアンタの意味わかんない人脈に引いてる」
「おし休憩終わり! 新八くんにご馳走様って言っといてくれ〜、レシピのこともよろしく」
「伝えておきますね」
「……ちょっと待ちなさい」
「え何、何これ」
「接客する時はこれ被って行きなさい」

スポッと頭から何か被らされて辺りが暗闇に包まれた。ぐるぐる回して眼に穴の位置を合わせる。自分で見えないが動物の被り物っぽい。

「覆面で接客は余計マズくね」
「まあ董榎さんよく似合ってるわ! 行ってらっしゃい!」
「えっそう? 行ってきまーす」
「なんでお妙の言うことは聞くのよ」

妙ちゃんに太鼓判を押されてしまっては仕方ない。時間も無かったしそのまま出ることにした。



「ヒッ」
「ようこそお越しくださいました」
「……な、なんで馬…………?」



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