刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 08.バイト戦士VS鬼の副長 ファイッ(1/3)

「……おでんか」

見下ろしたレジの横におでんの鍋。春先でまだやっているコンビニは珍しい。今夜は雨で肌寒いからさぞ繁盛していることだろう、と、土方は冷たい手の平を首筋に当てながら考えた。そうなると出汁の香りがやけに魅力的に思えてきて、無性に食欲をそそる。まったくよく考えられている、蓋が開いているのもおそらく戦略だ。

「すみません、おでんください」

少し声を張り上げて、お茶とマヨネーズのバーコードを読み取った店員に言った。おでんの後に一服吸うのもいいかもしれない。

「器は大きい方小さい方どちらにしますか?」

………………………ア?

「……テメェ、よくノコノコ顔を出せたな」

「器は大きい方小さい方どちらにしますか?」
「おちょくってんのか?」

土方は盛大に眉を潜めた。
目新しくもない黒眼黒髪。それでも目を引く整った相貌。ふざけたことを抜かすコンビニ店員は間違いなくこの前土方が捕まえたPという男だった。
名札には『吉田』と書かれていた。この男の苗字だ。となると初対面で名前だけを名乗ったことに今更違和感を覚えるが、さして重大な意味があるとも思えなかったので記憶に留めておく程度にする。吉田董榎。それがこの男のかぶき町での名前だ。

「器は大きい方小さい方どちらにしますか?」
「壊れたカセットテープかお前はよ。って言わせんじゃねーよ使い古されたネタを」
「あっ、すみません……俺iTunes派なので」
「ゴメン何の話!?」
「具が決まってないようでしたら大きい器にしておきましょうか」
「あっ、お願いします」

あっ、普通に頷いちゃった……

「当店のおすすめは牛すじです。七味をかけてもおいしいですよ」
「……ハァ、もうそれでいい。それよりあの時のことだよ。忘れたとは言わせねェ……アンタ、一体どんな手を使って指名手配を取り下げやがった」
「ありがとうございます。いくつお取りしましょうか」
「…………」

イラッとして中指を立てる。
男はトングで牛すじを1本容器の端の方に掛けた。
ポケットに突っ込んでた手を出す。両手で中指を立てる。
男はトングで牛すじを2本容器の端の方に掛けた。

──合わせて3本じゃねーかいちいち癇に障る奴だな……いやいいよ戻すな戻すな3本くらい食うから。

「ありがとうございます。大根もいかがでしょうか」
「チッ、入れろ。松平のおっさんは知らねーっつうし、上に通しても口を閉ざしやがる」
「大根は染み染みがいいですか? 薄味がいいですか?」

男は適当に貼り付けたような笑顔で首を傾げる。土方は小憎たらしい仕草に米神を引き攣らせながら染み染みの方の大根を指した。男はトングで器の真ん中の辺りに大根を置いた。

──……絶対マニュアルにないよね今の質問? わざわざ聞くことじゃないよね? なんだ染み染みか薄味かって、みんな染み染みがいいに決まってるじゃん。おでんの汁が染みてない大根はただの大根でしょうが。薄味がいいって奴は自分で申告するんだよ。

「……で、そろそろ真面目に答えてもらおうか。──どうしてお前の元に役人が来たのか、教えろ」
「薬味でしたらそちらの籠からご自由にお取りください」
「ザンネーン“薬味”じゃなくて“役人”でしたァァァ!」

キレそう。キレた。男の胸ぐら掴んで前後に振ってやる。クソォ店員だろうがなんだろうがもう知ったこっちゃねェェ!! いらねーんだよそういう古典的なボケはよォ!!

「お客様、落ち着いてください……」
「そもそもテメェは!! 自分が指名手配された原因も本当に分からないのか!?」
「お客様、牛すじ3本、大根、他にも何か入れます?」
「ちくわとはんぺん!! はんぺんはそっちの染み染みじゃない方で! これでいいか!!」
「あ、すいませんちくわはまだなんですよ。ちくわぶどうですかお客様?」
「じゃあ頼むわ! ……アレ、何の話だっけ」
「ありがとうございますお客様。上にはんぺん入れときますね。汁どのくらい入れます?」
「浸るくらいで…集中できねェェェ!!」

胸ぐら掴まれた男が器用に腕を伸ばし、具の上からお玉でおでんの汁をかける。すると一層いい匂いが漂い、その香りが土方に空腹感と落ち着きとやっぱり静かな怒りをもたらした。

両手を離して乱れた身なりを整える。鬼の副長に怒鳴られても顔色ひとつ変えなかったコンビニ店員は、何事もなかったように容器の蓋を閉めてビニール袋に詰めている。肝が据わりすぎである。

「箸は一膳でよろしいでしょうか」
「何もよろしくねーわ。何だテメェ……そうやって有耶無耶にしようってか」
「では二膳でよろしいでしょうか」
「ねえ!? ねえいい加減話聞いて!? ほら俺もう帰っちゃうとこなんだけど! 俺もう財布出して会計するとこなんだけどォ!?」
「失礼しました。箸三膳にお手拭き3つでよろしいでしょうか」
「よろしいよ!! もうそれでよろしいよ!!!」


ぴろぴろぴろ〜ん。ありがとうございましたー。


コンビニの前でふと袋を開く。大きい器のおでんの上に箸三膳とお手拭きが3つ乗っているのを見て、なんだかちょっと切ない気持ちになった。



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