刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 02.おはようをください(1/2)

冷水を被る以外で目を覚ましたのは久しぶりだ。
離しがたい微睡みを無理やり引き剥がして体を起こす。かけていた毛布がはらりと落ちた。こんなに寝入ったのもいつぶりだろう。投獄中は眠れば拷問とそう変わらない懲罰が下されるものだから、うたた寝と気絶だけが体を休める時間だった。それを思うとこの雑魚寝すら贅沢だ。

軽く身なりを整えてそっと頑丈な扉を開ける。長い石造りの廊下だ。壁には所々にか細い照明が点っていて、上の方は黒い絵の具で塗り潰されたように暗い。ゲームのダンジョンみたいだと思った。ダンジョン、というのがどういうものかはよく分からないが。オリジナルの幼少期にとってそこそこ思い入れが強かったものなのだろう。オリジナルの残骸とも呼べる、俺に移った少量の記憶は、無機質な知識であるほど染みついているようだから。

――そういえばきちんとした食事と睡眠を摂ったからだろうか、随分頭がすっきりしている。脅迫じみた焦燥も、頭を締め付けていた慟哭も、先に崖が見えても背中を押し続ける使命感も。昨日は好き勝手暴れ回っていたそれらが、今はすっかりなりを潜めているようだ。

昨日通った道順を確かめながら歩いていると、奥の方で生き物の気配が感じ取れた。それは段々と近づいてきて緑の強固な体躯を露わにする。

「おはようございます。董榎さん」
「屁怒絽さん。おはよう」
「昨日より顔色がいい。よく眠れたようで安心しました。客用の布団が無くてすみません」
「いやいや、部屋を貸してもらっただけで十分感謝してるってのに。でもお気遣いはありがとうございます」

頭を下げると屁怒絽さんが顰めっ面になった。迫力が5割増だ。

「どうしてちょっと堅苦しい感じなんですか?」
「エ、何。俺何か変でした?」
「敬語! やめてください……」

距離を感じて寂しいのだと。しどろもどろに紡がれた説明は要はそういうことで。ついでに屁怒絽さんの顔が必死すぎて子供が泣きわめくどころの話ではない。

「ふーん……ふはは、むしろ恩人に対する態度じゃねーだろ、てめぇで言うなって話だけど。無作法だって怒っていいよそこは」
「怒るなんてとんでもない。もっとくだけていただきたい」
「くだけていただきたい! アッハッハ、じゃあ屁怒絽さんは? もちろん敬語外してくれるんだよな?」
「ぼ、僕のは癖みたいなものなので……御容赦ください……」

屁怒絽さんはきゅっと身体を縮こませてしまう。なんかかわいいなァ。

「もう……。あ、今朝の朝食なんですけど今から準備するところで。お待たせすることになってしまうんですが」
「ああなら、屁怒絽さんさえよければ俺に作らせてくれないか? お詫びにもならないけど、してばっかりはどうも居心地悪くてさ」
「えっ、いいんですか!?」
「あら、案外乗り気?」
「す、すみません……」
「なんで謝るんだよ〜」

コツンと分厚い筋肉を手の甲でこづいた。屁怒絽さんは焦りつつも嬉しそうだ、よかった。



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