刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 06.お前は変わらない(1/2)

緑、白、桜色。ひらりと舞う一枚の花弁が三色団子の上に乗った。

二本あるうちの一本を掴んで団子にかぶりついた。二つ、三つ、もごもごと頬張りながら隣の男を見上げてみる。なぜだろう、やたらと縁側が似合っている。中身が老けているからかもしれない。じっと観察していると、段々本当にジジイの日向ぼっこに見えてきて思わず吹き出す。奴の怪訝そうな視線を頬に受けながら、外に投げ出した足をぶらぶらと揺らした。じわり、じわり、胸が温かくなる。董榎の側は、時間がゆっくり流れているようだ。

「銀時」

見ると、董榎はまだこっちを向いていた。笑った理由でも問い質したいのだろうか。ともあれ言葉の続きを待ちながら、あれ、と思った。滅多に見ない表情だ。なんか、緊張してるみたいな。頬もなぜか赤い。

「あ、あのさ……話があるんだけど」

睫毛を忙しなくぱたぱたさせて俯きがちに俺を見る。董榎の方が背が高いのに心做しか上目遣いだ。一瞬心が海のように凪いで、それからドワッと歓声を上げた。ちょっと待ってくれ、不意打ちすぎる。だってこれって絶対――

「こんなの、先生と生徒で、しかもこんなに年が離れてて、自分でもおかしいと思うんだけど……聞いてくれるか……?」

き、きたー! 告白だ! しかもめっちゃ初心っぽい感じの理想の告白だぁ!

ドキドキと高鳴る胸を押さえながら信じられない心地で董榎を見上げる。……美しいな……? あまりの顔の美しさに見惚れた。そして突然恐ろしくなる。待て落ち着け、これ都合が良すぎないか。ライブ当日本番前の一瞬の静けさみたいなものが胸中に広がっていった。深呼吸、深呼吸。しかしそれも甘い蜜を前にして大して意味をなさず。いけない、心の中の恋する俺があまりの衝撃に縄跳びしながらバンブーダンスを始めてしまった。ふう。やれやれだぜ。もう夢でもいい。

俺の初恋は今日叶う! あばよ世の独り身共! 俺は先に行く!

「銀時……」

震える唇をきゅっと引き結び、董榎が意を決した顔で俺を見つめる。脳内では盛大なパレードが開かれ野次共が「告白っ!告白っ!」と酒を酌み交わし、別の一角では「恋しちゃったんだー」「気づいてないでしょー」とコーラスを響かせていた。君たち静粛に!奴が口を開くぞ! ざわっ……

「俺、銀時のことが……」

「認めません!!!!!!!」

パァーン!と襖を開け放った松陽に二人して固まる。

は……?

「あァァ!? おまっ、ふざけんなよ!? このタイミングで来るか普通!?」
「なりません。塾頭と塾生の交際なんて言語道断」
「しょ、松陽……これは俺が……」
「するなら学校の教師と生徒でやりなさい。その方がシチュエーション的に萌える」
「松陽?????」

董榎が戸惑いに声を裏返す。なんと犯行動機は倫理観に基づいたそれでなく私利私欲の塊だったらしい。ふざけんな。

「テメーの趣味なんざどうでもいいんだよ! 邪魔すんな!」
「え? 嫌ですよ。邪魔するに決まってるじゃないですか」
「決まってねーしいい年こいた大人がキョトン顔しても可愛くねーし」

松陽はムカつく仕草をやめて眉を下げ、柔らかい仕草で首を振った。

「いえね、私の趣味は別として、あなたたちのそういった関係を否定する気はありません。人の心は自由なのだから。むしろ応援しているのです」
「は? じゃあなんで邪魔を……」
「私がムカつくから」
「ええ……!?」

どういうことなの……!?

「あなたたちがどこで乳繰り合っていようと構いませんが」
「乳繰り合う」

董榎が思わず繰り返したようだった。乳繰り合う……

「私の目や耳に届く範囲ではやめなさい。今も大変被害を被りました」
「テメーが勝手に聞いてたんだろうが」
「通りがかったら声が聞こえたので」
「事故じゃねーか! 気付かねーフリして立ち去れそこは!」
「はは、なぜ私がそんなことを。貴方達が私の気配を感じたらすぐに止めればいい」
「暴君!!」

そして邪魔してることには変わりねぇ!
まだまだ松陽の暴投は続く。松陽は口を尖らせた。

「大体ひどいですよ。私に一言もなく告白するなんて」
「あのさあ……告白するのにお前の許可いる……?」

いらねーよな。たとえ百歩譲ったとしても告白にお前の許可はいらねーよな。

「ううっ、除け者にされて寂しかったのです」
「あー……まあそれは……」
「けれどそれでも、良き相談者になれればいいと……二人のどちらかが相談してくるのを今か今かと待ち続けていたのに……っ!」
「少女漫画のモブか? お前は主人公の恋を見守る親友ポジションのモブか?」

泣き崩れてんじゃねえ、お前の奇天烈な行動にこっちが泣きたいよ。松陽お前そんなキャラだったっけ?

「どんな相談が来てもいいように、相談ノートも作ったのに……」
「相談ノート!?」

や……やばい……何がやばいとか言えないがなんかやばいぞコイツ……。松陽の手から引き気味にノートを受け取る。うわ……付箋大量に貼ってある……。こうも準備万端だと少しだけ中身が気になるところだ。表紙をめくろうととして、手が止まった。表紙の文字に目が釘付けになる。

な、No.5って書いてある……!
嘘だろこの黒歴史を5冊も!?

俺は口を手で抑えた。そうしなければ憐憫に咽び泣くところだったのだ。松陽……哀れな奴……。可哀想な松陽は懐からビデオカメラを出した。

「あなた達のもどかしい関係をでばが……いつでもこれで見守ってきたし、」

今出歯亀って言おうとしたろ。

「銀時の布団にわざと茶を零して董榎と一緒に寝かせたり、買い物を任せるふりをしてデートさせたり、こっそり面白そう……な二人のために陰ながらサポートもしたのに……」

今度ははっきり言った。「面白そう」って言ったよコイツ。だがサポートはナイスだ。

「というわけで、罰として銀時は一週間トイレ掃除当番」
「罰!? どういうわけで!?」
「うるさい」
「八つ当たりだなこれ! くそ! 横暴だ! おい、董榎も何か言ってやれ!」
「そして董榎は私が貰います」
「は!?」

松陽は董榎の腕に自らの腕を絡ませた。え?はぁ?

「人手として暫く借りるって意味で?」
「交際相手として」
「はァ!?!?」
「塾頭同士が交際する分にはなんらは問題ありませんから」
「お、お前もコイツ目当てだったのか!」

知らなかった……! で、でも董榎は俺のことが好きだから、絶対断ってくれる!

「董榎、どうですか?」

董榎はうーん、と困った顔になった。え、悩むの? そこ悩むの!? いやいや、きっと断り文句を考えているだけだ。日本人らしく分厚いオブラートに包装した言葉を思いついたのか、董榎は実に晴れやかな笑みを浮かべた。

「まあいっか、松陽でも」
「まあいっか!!? いいの!?!?」

董榎と松陽は手を繋ぎ一緒に部屋を出ていった。俺は為す術なく立ち尽くす。え、は……? 嘘だろ……? これは……こんなのは……



「夢だァァァァァ!!」

夢だった。心臓がバッコバコと嫌な音を立てている。バクバクでもバコバコでもない、バッコバコだ。今たぶん鼓膜に心臓がある。アラームを止めるための手がスカッと空振りした。あれ、目覚まし時計がない。というかアラームも鳴ってない。

耳から心臓が零れないように両耳を塞ぎながら布団から体を起こす。また朝まで飲んでぶっ倒れたのかと思ったが、どうにも二日酔いの気配はないし、と頭を捻っていると、隣の部屋からドッと笑い声が響いた。そういえば外が明るい。

のそのそと布団を這い出て襖に近付く。向こうははどうやら盛り上がっているようで笑い声が耐えない。そうか、さっきの俺の叫びもこれで掻き消されたんだな。「夢だァァァ!」なんて斬新な起き方、聞かれていたら揶揄われるに決まっている。

新八の声と神楽の声と……他にもう一人誰かいる。客人かと思いながら襖に手をかける。それにしても酷い悪夢を見た。前半だけなら100点だったのにこれでは0点すらやるのには勿体無い。マイナスだな。……あれ、なんの夢見てたんだっけ。たしかそう、アイツが……無駄に男前なジジイが、お人好しな、あの太陽のような男が――

「董榎」

いた。当たり前のように、奴はそこにいた。神楽と新八に身振り手振りを加えて話しながら、屈託なく笑っている。

「……たら、その……にべったりでなぁ」

――そうか、あれは幻覚でも夢でもなかったのか。俺は屁怒絽の家に回覧板を届けに行って、奴に抱きつかれて気絶したんだ。久々に見た奴は何も変わらないように見えた。パッと花の咲くような笑顔も、俺を見るあの星のような目の輝きも、腕の中の温かささえ。

今こうしてきちんと眺めてみても、その印象は変わらない。

「へえ、銀さんにそんな頃が……」
「ピュアすぎて銀ちゃんと思えないネ」
「でも確かにあの人結構怖がりなとこあるよね」

寝起きでボヤけていた視界も漸くはっきりしてきて、郷愁のせいではなく本当に年を取ってないような姿が目に映った。いやでも、いくらなんでも、顔に皺の一つくらいできて……くそ、見えねー。襖の隙間に顔を近づける。つーか初対面のくせすっかり馴染んでやがるしコミュ力の鬼だな。そうだよ、こいつはガキに好かれる生粋の指導……

「コイツ今でも苦手なの? 小さい銀時もよっぽど怖かったのか布団におねしょしちゃってさあ……それはもう流石にないだろ?」

「者ァァァァァァァァァ!?」

ごろごろと転がり出る俺! 驚く神楽と新八!

ぱっと振り向いた顔はどこからどう見ても松下村塾のゴリ……董榎だった。奴は俺と目を合わせて口元をほろりと綻ばせる。

「よォ、銀時。元気にしてたか?」

透き通る黒。対照的な白い歯。蜂蜜のように甘やかな眼差し。変わらない笑顔がすぐそこにある。それは、どうしようもなく、

「……董榎」

董榎、この野郎。正直怒鳴ってやりたい気分だった。だというのに──俺は名前を呼んだだけだぞ、それだけで──俺に名前を呼ばれただけで、心の底から幸せなように、これ以上の幸福はないとでもいうように、らしくもなくだらしのない笑い方をする董榎に、煮え滾る感情がみるみる落ち込んでいく。よかった、会えてよかったという喜びが勝ってしまう。

まったく能天気な奴の頭が恨めしい。こっちは何年もお前のことが気がかりで、なのに当人がなんでもないような顔でひょっこり現れたせいで、今だって混乱しているのに。

「……お前な、」

「おねしょは無いけど夜中になんかごそごそしてることはあるアル」

「神楽チャン??????」

神楽チャンが人の言葉を遮って爆弾発言を落とした。俺は白目を剥いた。そして奴はにこりと笑う。

「そりゃアレだ、寝てる間にむせ」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! テメェ何言おうとしてんだそれはシャレにならねーよ!? 場合によっては舌を切る! 俺とお前の舌を!」
「銀ちゃんうるさいアル」
「ふふ、噎せちまったんだろ。睡眠中の呼吸って無意識だからそういうことあるぜ」
「マジか! 寝てる間に死んだりしないアルか!」
「さっき気絶してるとき息が止まったりしてなかったから大丈夫だよ」

切れ長の目が俺を見てニヤリと歪んだ。こンのドS野郎……! 人をからかう癖は直ってねーようだな……!

「董榎さん、他にも銀さんの子供の頃のこと教えてください!」
「エー、じゃあ塾で年上のお姉さんに惚れられてる、って勘違いした銀時が超真剣な顔で相談しにきたときの話を……」
「だーっ! もう喋んな!」
「聞きたいアル! 銀ちゃんそこ邪魔ネ!」
「銀さん、お客さんの話を遮っちゃダメですよ」
「落ち着きがないぞ。ほらここに座って、大人しくしてなさい」
「なんで俺怒られてんの?」

俺の味方はいないのか。ソファをポンポンと叩いた董榎の隣に腰を下ろす。

……あっ、無意識に言うこと聞いてた。染み付いてんな……。

黄昏れる俺の頭を董榎の手が撫でる。はあ、なんかもうなんでもいいや。いや本当はよくねーよ?全然よくねーよ?俺の黒歴史リークされまくってるし居た堪れなさも半端じゃない。でもコイツには逆らえないからどうしようもないじゃんな。

というかいつまで続くんだこれ。神楽と新八も万事屋エピソード語り始めちゃったよ。総集編じゃねぇんだぞ。それで董榎は探りを入れるな。家庭訪問か。家庭訪問に来たのかコイツは。

「董榎兄ってなんでも知ってるネ」
「銀時のことなら大抵は知ってる自信があるぜ」
「カッケェ!」
「ワン!」
「どこが???」

今のどこにカッコイイ要素あった? つかいつの間にかコイツら董榎兄って呼んでるし定春めっちゃ頬擦りしてるし(なんで飼い主(オレ)より懐いてんだこのデカ犬は)お前ら主人公が気絶してる間になに攻略されかかってんの? つーかどんだけ銀さん談義してたの? 幼き銀さんメモリーはどこまでコイツらにバラされたの? せっかく銀さんちょっとミステリアスな所を売りにしてたのに台無しじゃん。

「あの、董榎さんって銀さんや桂さんの通ってた寺子屋の先生なんですよね?」
「おう」

新八の言葉にこっそり息をつく。やっと話題が俺から逸れた。しかし銀さんのデリケートなハートはもうボロボロだ。

「見た目銀さんと同じくらいに見えるんですが、何歳なんですか?」

うわ、それずっと聞きたかったやつ。新八サラッと切り込んでくなコイツ。でも董榎のことだからどうせはぐらかすに決まって、「……初老は迎えてるかな」答えるんかい。

「って初老ォ!?」
「この若さで40代!?」
「つまり董榎兄ィは董榎ジジィってことアルな」
「こらっ神楽ちゃん!」
「ぶッはははは! 久々にイイ反応見たな〜!」
「まあこれで董榎兄ィが銀ちゃんより全然落ち着きあるのにも納得できるネ」
「うるせーよオコサマ」
「あん? やンのか中年太り」
「おっ神楽ちゃん見る目ある〜! お菓子あげようねー」
「わたし、かぐら。そだちざかりの14さい」
「攻略されてるゥゥゥゥ」

神楽に餌付けはドラゴンタイプにマジカルシャインぶっぱなすのと同じである。うまい棒のちょっと高いやつをむさぼる神楽と、保護者ヅラで微笑む董榎。全然見えないですね、と新八がこっそりささやいてきた。俺だって驚きだ。その容姿が努力の賜物だとしたら若作りがすぎる。そもそも塾にいた頃はいくつだったんだ。……待てよ。コイツ40代ってことは……マダオより年上、……考えるのやめよ……。

「で、話の続きだけど、新八くんたちから見た銀時はどう? ちゃんとやってんの?」
「お前は俺のお袋か!?」
「銀時は黙ってなさい」

おい! 勝手に家庭訪問を再開させるんじゃない! 誰か! うちのお袋(仮)を止めてくれ! 300円あげるから!

「うーん」
「ボク達から見て銀さんは……」
「ちゃ、ちゃんとやってるに決まってるジャ〜ン? うちは超絶ホワイトよ? 看板はちょこっと煤けてるけど万事屋の実態はホワイトって書いてクリアクリーンって読むくらい真っ白だから。歯槽膿漏ゼロだから! なあ! お前ら!?」

パチパチとウインクでアイコンタクトをかます。

──神楽、新八、普段の銀さんのカッコイイ所をコイツに教えてやってくれ!銀さんはお前らを信じてるぞ!

「貧乏でケチで大雑把で何かと態度でかいしあと足臭いアル」
「酒癖悪くてお金にがめつくて下ネタ大好きでちゃらんぽらんで……あと足が臭いですね」
「よォ〜しテメェら後で体育館裏な」

オヤジ臭くて悪かったな。足臭いに至ってはただの悪口。あ、痛、お袋(仮)の視線が痛い。無言でこっち見んななんか言え、言ってくれ……言ってください!

「神楽ちゃん新八くん冗談はいけないなァ!? そうじゃなくてもっとこう、あるだろ? 優しくて包容力がある〜とか、強くて雄々しい〜とか、やるときはやる〜とか、さ、あるだろ? えっない? あるよね?」
「えー……うーん、鼻の位置がそこはかとなくイケメン……?」
「トイレットペーパー買ってきてくれるアル」
「あ、炊飯器の電源入れてくれます」
「たまに定春に餌やってくれるヨ」
「箸の持ち方が綺麗」
「寝相が悪くない」
「何? 俺は幼児?」

「…………」

お袋(仮)の視線に少し戸惑いが生まれ始めている。おかしいなこんなはずじゃなかった。

「でもやっぱり足が臭いからダメネ。湿気てるとなお匂う。梅雨の時期なんか最悪」
「そうだね、銀さんの靴下洗っても洗っても匂い取れないから僕も参ったよ」
「俺の数少ない長所が足の臭さに相殺された……」
「枕も臭いアル」
「神楽ちゃん嗅いじゃダメじゃないか! マダオが感染ったらどうするの!」
「感染んねーよ!」

「へえ、うん……慕われてるんだなあ……」

こ、これは……! 夢で俺が松陽に向けたのと同じ目……! 哀れまれている! 確実に哀れまれている!

「マダオが感染るなら今朝銀ちゃんと同じタオル使った新八の方が危ないネ」
「嘘、ボク銀さんと同じタオル使ってた!? ちょっと顔洗い直してくる」

パタパタと新八が洗面所に駆けていった。
董榎はすっかり家を失い職を失い信頼を失ったマダオを見るような目で俺を見ている。

「……もう帰れ。お前帰れ」
「その、銀時………頑張れよ………」

「いいから帰ってェェェェ!!」

背中を押して追い出そうとすると奴は新八と神楽に「本当はいい子なんだ。これからも仲良くしてやってくれ」と頼み込んでから自分の足で帰って行った。だからお前は俺のお袋かァ!

次来る時は菓子折りを持ってくるとのことで、新八と神楽はまだ見ぬ再会と菓子折りに二人ではしゃいでいる。家庭訪問なんて文化は滅べばいいと思う。



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