刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 03.石ころは家路には続かない(1/3)

皿洗いを済ませて台所を離れ、続きの居間の座布団に腰を下ろす。先ほどの会話で居候させてもらうことにはなったが、まだ落ち着かずにそわそわしてしまう。ひんやりする木の床とか、小鳥の囀りとか、人々の生活の音とか、そういうのを体で感じながら、時間がのんびりと過ぎていく感覚がもどかしい。開け放った表の扉から外を見ると、屁怒絽さんが小さなオレンジ色の花をつついてふんわり笑っていた。思わずこちらまで笑みが零れる。

屁怒絽さんは最後に店先の花たちを見回して踵を返す。戻ってくる彼の手にはじょうろがあった。見られていたのに気付いたのか気恥ずかしそうに反対の手で頭を掻く。

「花、似合うな」
「僕がですか?」

水道の蛇口をきゅっと締めながら信じられないような顔で振り向く。表情豊かで面白い。

「そんなことを言われたのは初めてです」
「俺も言ったのは初めてだよ。お疲れさん」
「董榎さんもお疲れ様です。皿洗いまでさせてしまってすみません」
「拾われた身だ、こき使ってくれ」

室内の盆栽の横にじょうろを置き、囲炉裏を挟んで向かいの座布団に座った屁怒絽さんの眉間に厳つい皺が刻まれる。怒るというより拗ねた子供のようだ。そしてその印象は当たっていた。

「共同生活なんですから、対等でいきませんか」

遠慮はなしにしてくれ、と言いたいらしい。優しい気性の彼は人を使うことが自分で許せないのだろう。対等でいきませんか、の、「か」の部分で俺はウッと胸を抑えた。

「ど、どうしました!? 痛いんですか!?」
「ああ、痛い…………良心が……………良心が痛い………………死ぬわ。死ぬわコレ」
「そんな……! 嫌です! 董榎さん死なないでください!!」
「屁怒絽さん………死ぬ前に、頼みがあるんだ…………」
「なんでも言ってください! 僕にできることなら!」
「ありがとう………どうか……どうか俺に、家賃を払わせて……」
「わかりました!!」
「エッ」

ちょろ………エッ、ちょろいぞ屁怒絽さん。こんな小芝居に騙されるなんて。冗談だったのに……いや内容は本気だけど。

「ま、ともかく金だな。金と仕事」
「董榎さん、大丈夫なんですか!?」
「すまん今の嘘」
「え!?」
「今日は町の散策がてら仕事探してくるわ。屁怒絽さんは?」
「ええと、引っ越してきたばかりなので近所のご挨拶に……」
「俺も行った方がいいかな?」
「僕一人で大丈夫ですので、どうぞ町を見てきてください」
「じゃあお言葉に甘え………」

……一人で近所のご挨拶に? 屁怒絽さんが?

「え、あの、……本当に大丈夫?」
「? はい」

なんできょとん顔なんだ。ここでは荼枳尼族が花屋を営んでいるのが普通なのか。ま、まあ、何百年も経ってりゃ荼枳尼族の気質が穏やかになるのも頭に花が生えるのもおかしくない、のか? ともあれ本人が大丈夫と言うなら信じるしかない。

「あ、家賃はしばらく後になると思う、すまん」
「いえ、いいんですよ。董榎さんならタダでもいいくらいです」
「きちんと計算して利子付けて証明書と一緒に返すから。契約書も用意しとくから」

この人ぽわぽわしてて心配だ。振り込め詐欺とかオレオレ詐欺とか簡単に引っかかるんじゃないだろうか。将来借金を抱えて悪徳業者に……来られても取り立て屋の方が逃げるから問題ないか、大丈夫だなうん。

「そうだ。ついでに買い物をして来てはいかがですか。いろいろ身の回りに必要なものもあるでしょう、服とか」
「おー、今着てるのも勿体なくて捨てられなかったっていう屁怒絽さんの子供の頃のだもんな。でもさ、」
「はい?」
「それって金は?」
「私が……」
「ん?」
「私が出……」
「繰り返せって意味ではなくてね」

慌てる彼を見て俺は思った。このひとコロッと騙されてアヤしい壺買いそ。

溜息を吐く。無一文の俺をここまで気にかけてくれる人は他にいないだろう。彼の気持ちはとても嬉しい。嬉しいからこそ、このままではいけない。俺は立ち上がった。囲炉裏を回るようにして、突然立ち上がった居候にぱかりと半口を開けた屁怒絽さんに近づいていく。床に膝を付いて正座し、頭を上げ、彼の顔を見据えた。

「図々しいかもしれないが聞いてくれないか」
「あ、はい……」
「俺、屁怒絽さんのことを友達だと思ってる」
「と、友達……!」

頬を紅潮させ何度も瞬く屁怒絽さん。胸を両手で押さえ込むようにし、感情が上手く言葉にできないのか、ぶんぶんと風を裂く音が聞こえる勢いで首を縦に振っている。そんな彼に思わずこちらまで胸をぽかぽかと温めるも、なるべく悲痛な表情を形取った。

「だけどな、残念なことに」
「はい!」
「金が絡むと友情は脆くなるらしい」
「え……」

この世の終わりだとでも言いそうな絶望顔である。リアクションが良すぎてつい感嘆の声を漏らすところだった。3人の悪童を超える逸材かもしれない。からかい甲斐がありすぎ……いや、これはあくまで屁怒絽さんのためを思っての行動だから。

「屁怒絽さんとずっと友達でいたいんだ。金の切れ目が縁の切れ目なんていやだよ」
「ぼ、僕もそう思います……!」
「よかった。同じ気持ちでいてくれて嬉しいな」
「董榎さんと僕は一生友達です!」
「じゃあ金の貸し借りも譲渡もなしな」
「はい!」

ちょろい。

「あ、でも今日だけは外着と履物借りたいんだけど……」
「一等良い物を用意しますね!」
「ほどほどでね?」

奥に引っ込む屁怒絽さんを止めようとしたがやめた。もうどう言ったって無駄だ。それに止めたら屁怒絽さんがしょんぼりするだろう。しょんぼりした屁怒絽さんは見たくない。でも俺はともかく彼はそれでいいのだろうか。本来なら俺を椅子にして踏ん反り返っていられる立場なのに……いいんだろうな。優しすぎかよ。



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