小説 | ナノ




抱きしめたかったのは。




あたしが抱きしめたかったのは、彼女を想う君じゃなくて。
あたしを想ってくれる君、だった。


「うぁ…っ、」

「泣くな、泣くなバカ」


瑞稀さんに振られた翔太は、幼なじみであるあたしに抱き付いていて。
あたしは、幼なじみという関係を嫌うくせに、幼なじみという関係のお陰で、翔太のそばに居られるのだ。

…情けない、話。
辛い現実というやつ。


「本気で、好きだったんでしょ」

「本気で…っ、好き、なんだよ…うっ、ひっ…、」

「だったら、」

「だからこそ!…っ、背中なんて、おして、あげられねえ、よ…っ」


瑞稀さんとの関係は、俗に言うセフレというやつで。
一般的には、あまりよくない関係で。


「…アホ、」

「ぐす、」

「…傷付くくらいなら、初めから関係なんて持たなければよかったのに。」

「ンなの、無理。」


…分かってるよ。分かってる。
好きだからこそ、そばにいられるのなら何でもいい。その気持ちはわかるよ。
それでもね。やっぱりさ。


「…私の気持ち、考えてよ、」

「…え?」

「あんたを好きな、私の気持ち、考えて。」


言っちゃいけないと警鐘は確かになっていたはずなのに。
さらりと口を滑ったのは、生涯心の中にとどめておくつもりだった翔太への気持ち。


「…なーんて、じょうだん、だよ」

「嘘だ。そんなの。」


じゃあなんで泣いてるんだよ、と目尻を伝う雫を指で拭うと、翔太は悲しそうにして言った。

…そんな顔、させたかったわけじゃない。
だから、言いたくなかったんだよ。


「…あたしは幼なじみだよ。
甘えさせるロボットじゃない。」

「…そんなの知ってる」

「厳しいことだっていう」


翔太を慰めるだけで、満足できる人間じゃないから。


「…あたしが翔太を好きであるのは変わらないけど、頼って。
恋愛感情抜きにしたって、好きなもんは好き。」


そばにいたい。
そんな下心ももちろんあるけれど。


「だから、離れないで。
泣き止もうとしなくていいから。」


さらりとこぼした本音をきいて、ほんの少し空いた空間。
それを埋めるように抱きついた。


「…美香さんのことを好き。
それでいいじゃん。
背中押せたよ。頑張った。
翔太は頑張りました。」

「…っ、」

「…お疲れ様。」


そう言うと、翔太は小さな小さな子供のように泣き出して、私の背中にゆっくりと腕を回した。





(これでいいんだ)
(大人になるんだ)




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