サ・クラ奇譚 | ナノ




序 サ・クラ
 ざあざあと、桜が鳴く。
『桜はサ・クラ――』
 頭の中で響いた言葉に、少女は瞳を開いた。
 視界を彩る薄紅の花は、美しくも儚い。はらりと花弁が舞う様は、神秘的にさえ思えた。
 わたしは、しぬのかしら。
 泥が詰まったように重たい身体に力を込め、手を伸ばす。もしそうだというのなら、せめて彼らと共に逝きたかった。
 誰にも取られないはずの小さな手は宙をさ迷い――大きな手にすくい取られる。
「だれ……?」
 何とか頭を持ち上げれば、頼りなく揺れる視界に、花弁を纏った人影が映り込んだ。
 桜は、サ・クラ。
 神の憑坐(よりまし)となる木、神の降りる木。
 だから、目の前に立つ彼は神だと思ったのだ。
「死にたい? それとも、生きたい?」
 その問いに、言葉を詰まらせる。
 大切な者達は自分を置いて行ってしまった。少女はたった一人なのだ。
 ここで死んでしまえたら、きっと楽になれる。
 楽になれる、けれど。
「……き、たい」
 それでも生きたいと、生きなければと思った。
 喉に力を込めて、必死に言霊を紡ぐ。生きろと、自分自身に(まじな)いをかける。
「生き、たい……!」
 だって少女は、生きる事を願われたから。それが、大切な者達の願いだから。
 神が笑う。嬉しそうに、悲しそうに。
 それを目にして、少女の意識は途切れた。

 ざあざあと、桜が泣く。
 薄紅の涙が、その場を染めていく。
 それは地に、川に、その全てに降り注ぎ――惨劇の後を、覆い隠した。


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