序 その姫が住まう邸は、京のはずれにあるという。
桓武帝により遷都が行われてから長い時が過ぎたが、都は今も変わらない。
不可思議な事が起きるのは日常茶飯事であるし、魑魅魍魎が跋扈したり、人が鬼と化したりもする。
人は不可思議を穢れとし、鎮め、あるいは祀り上げて平安を維持している。
件の姫は、人外のモノ達を束ねたり、退けたりする力を有しているそうだ。
不可思議な事に目が無く、性格にも難があると聞く。素性は一切知られておらず、どの家の姫なのか、誰の娘なのかも分からない。
そんな姫が話題に上るようになったのは、とある公達が、興味本位で忍んで行ったからだった。
彼が目にしたのは、闇の中、水干姿でモノ共と戯れる少女だったという。
他に人らしきものは見当たらず、公達は彼女こそが件の姫であると判断した。
姫の美しく整った顔立ちに惹かれた彼は、彼女にまつわる噂や異様な風体も忘れて口を開く。
「そなたはどの家の姫君で、名は何と申すのだ?」
唐突に現れた公達の言葉にゆうるりと微笑んで、彼女はこう言ったそうだ。
「わたくしは、どの家の姫君でもございません。どうぞ、ご自由に想像して下さい。
名は、そうですね……このモノ達は、あやかし姫と呼んでいます」
わたくしによく似合っているでしょう、と笑う姫は、かくして「あやかし姫」と呼ばれるようになったのだった。
***