小説2 | ナノ


▼ 殿下の妻とその夫と愛人

 牢獄のカギが閉まる音が、重々しく響いた。
 立会人がゆっくりと足音を鳴らして去っていく。

 消えるまでそれを聞き届け、やることが無くなったルシウス・マルフォイは、力なく、冷たい床に膝をついた。
 直接座らなくてはいけない身分になってしまったとはいえ、まだ腰を下ろしてしまうには抵抗がある。

 その時どこからか、女の声がこだました。


「ねえ、ルシウスさんでしょう?」


 マルフォイ氏は一瞬耳を疑った。
 しかし、よく響くソプラノは、彼のよく知っている人物のものに間違いない。

 知っているも何も、体を重ねた仲である。
 ぶっちゃけ、現在進行形の愛人である。
 絶世の美貌と突出した力を兼ね備えた彼女が自分のものであることを、彼はひっそり自慢のタネにしていた。

 コンコン、と右側の壁から音がする。
 彼女はその向こうにいるらしかった。

「お元気でした?」
「…なぜ君がここにいる、メアリ・スー」
「あなたと同じ理由じゃないですかね」
「確かにそうだが…」

 彼が聞きたいのは、死喰い人の中で誰よりも捕まりそうにない彼女が、どうしてこんなところにいるのかということだ。
 ただ、メアリは言いたいことは闇の帝王にすら言わない女なので、はぐらかされた時点で理由の解明は諦めなければならなかった。
 ルシウスは他に答えてくれそうな質問を選び、声にのせる。

「魔法省の戦いには加わっていなかったはずでは?」
「そうそう、魔法省!」

 ぱちんと手を鳴らす音が聞こえた。
 メアリは美しさの中に可愛さを兼ね備える女である。

 ちなみに言うと突飛さは、可愛さの倍ほど持ち合わせている。


「殿下かっこよかったですよー!素敵でした」
「…見ていたのか」
「まあちょっとだけ見物に」

 私たちが必死こいてる間に、お前は見物か。
 一言物申したい気分に駆られたが、なんとか押し殺した。
 この女と付き合う際には魔法界、というよりむしろ人としての常識を一切捨てなければならない。

 ルシウスの葛藤に気づく様子もなく、メアリの賞賛は続く。

「ハリーポッターを追い詰めるところなんか、すっごく感動しましたー。恐怖を与えつつジワジワ攻めるなんて悪役の鑑ですよね。素晴らしいわ」
「いや、今思えば一気にたたみかけてしまった方が帝王のためだったよ、反省している」

 と口では言いつつ、マルフォイ氏はまんざらでもなさそうである。
 彼女がここまでベタ褒めするなんて初めてだった。

 …逆に言えばそれは、通常愛人として求められる「安らぎ」という役目を彼女があまり果たしていなかった証明でもある。


「それに、ちゃんとシリウス・ブラックとタイマンで戦ってたでしょう」

 メアリはうっとりと続ける。

「よかったですねえ、ちゃんと見せ場を作ってもらえて」

 …演出家でもいたような口ぶりである。

「今回集団戦だから、てっきりその他大勢に紛れちゃうのかと思ってましたよ」
「そんなはずがないだろう、この私が」
「そうですよね。ほんとよかった!」

 天使も恥らうような美声で彼女は喜んだ。



「これでようやく脱・小ボスですね!」




 『ショウボス』と聞き取っただけでは意味不明だったが、『小・ボス』と単語を区切るに至ってマルフォイ氏は理解した。

 あれだ。
 以前彼女が話していたRPGとかいうゲームの敵のランク付け。
 大きい順から、

 ラスボス→中ボス→小ボス→ザコ敵。


 …下から二番目か!私は!


「…ぜひ、理由を知りたいものだ」

 すぐにキレないのは英国紳士としてのたしなみである。

「えー?わたしの中で殿下は小ボス的キャラじゃないですかぁ」

 いや、ないですかーと言われても困る。知らない。

「だって器小さいでしょ?」

 小さいでしょ、と言われて素直にうんと頷く男がこのイギリスに居るならお目にかかりたい。

「小細工まみれだし子供に激昂するほど心は狭い。上にはへりくだり下には偉ぶる。あ、金にあかして見せびらかすのもポイントかな」

 メアリはつらつらと列挙した。
 否定はしないがやたら心に突き刺さった。

「…でも君、そんな私の愛人だよね」

 せめてもの自己フォローをとルシウスがいくぶん力ない声で問うと、不思議そうな声が返ってきた。


「愛人でしたっけ?」


 聞かなきゃよかったと彼は思った。

「だってルシウスさん、うちに遊びにきても愚痴なり自慢なりくっちゃべりつつお茶するばっかりじゃないですか」
「妻のいる身でそういうことをやると不倫というんだろう」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
「ドロ沼愛憎劇じゃないと不倫って言わないのかと思ってました。『奥さんがいるなんて許せない!あなたを殺してわたしも死ぬ!』みたいな」

 間違いなく昼ドラの影響である。
 しかもそんな典型的なもの、今時昼ドラでもやらないのではないか。


「えー、愛人に夢持ってたのにー」

 メアリは不満そうである。
 彼女はナルシッサとも面識があり、しかもかなり仲がいい。今更ドロ沼というわけにもいかないからだ。

「どうせ愛人なら、ベラ姉さんあたりがよかったなー。激しそうだし」

 彼女はまたしても予想外の提案をした。
 夫じゃなくて妻のほうなのか。

「あ、でもナルシッサさんも捨てがたいんだよねえ。ヒマをもてあます奥様に忍び寄る恋人の影…!」
「頼むからそれだけはやめなさい」

 それはいわゆる百合か百合なのか。
 丁寧に突っ込んでやる前に、端的な制止で妻に愛人を寝取られる状況を回避することがまず彼にとって急務であった。
 もし現実になったら屈辱的だ。あまりにも。

 ここまで来ればついでだ、とルシウスは自虐気味に質問を投げた。


「それならなぜ、私と付き合おうなんて思ったんだ」


 そう、いくらまったりといえども肉体関係があるのは事実なのである。

「んー、



 ビジュアル?」


 男は思わず突っ伏した。
 分かりやすい。ものすごく分かりやすいけれども、心に何かささくれ立ったものがひっかかる。納得できない。

「やっぱり長髪って大事じゃないですか。ブロンド長髪なんて貴重だし、それが似合う顔となったらもっと貴重だしー。あと仕込み杖のセンスがいいよね」
「…その辺りで止めてくれ」

 褒め言葉だというのに聞いていられなかった。
 このままだと、ディメンターが来る前にぶっ倒れそうだ。


「でも今回はかっこよかったですよ、ほんとに。惚れ直しました」

 もうほんとに今回に関するベタ褒めだけが彼の唯一の救いであった。

「2巻の時はどうしようもないと思ってたけど、成長しましたねえ」

 2巻ってなんだ。
 聞きたいが怖くて聞けない。踏み込んではいけない領域のような気がする。


 もはや牢獄に入る前より精神的に打ちのめされているルシウスだったが、最後に、ほんの少しだけ気になったことを聞いてみた。


「小ボス脱出なら、今の私は何なんだ」

「そうですねえ」

 しばらく考えて、メアリは言った。





「中ボスの側近?」





 自分は愛人にとって未だ中ボス未満らしい。
 そのことにマルフォイ氏はひっそり、涙したそうである。




End. 

→あとがき



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