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 やがて“秘密の部屋の継承者”にハーマイオニーが石にされ、お茶会は自然消滅となった。
 生徒の単独行動が難しくなったし、なによりロックハートの方が見回りやらに駆り出されて大忙しだ。

 友人が石にされたのはもちろん怖かったし、引率がないと動けないのは窮屈。
 けれど、一方で私は解放された気持ちになっていた。
 授業で会うけれど二人っきりに比べれば超絶ラクだ。
 それにその時ハリーがいればそっちが標的になるしね。
 え?いつぞやの廊下の恨み?しりませんねー。なんのことでしょうかー。


「あれ?ハリーとロンがいないけど…」

 ここに来るまで引率していたロックハートをヨイショして途中で帰らせてしまったので、大喜びして彼らとハイタッチした記憶はあるんだけど、魔法史の教室でのいつもの席は空いていた。

「ハーマイオニーのお見舞いに行ったらしいよ」
「ふーん」

 友人との会話はそれぐらいにして、ビンズ先生の声に意識を戻す。
 途中で意識を飛ばしつつ、授業終了のチャイムを指折り数えて待っていると、代わりにマクゴナガル先生の声が全校に響き渡った。


『生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください』


 今、校内放送をするほどの非常事態といえば一つしかない。

 魔法史の教室は大きくざわめき、ビンズ先生が「以上、授業を終わる」と言うか言わないかのうちにみんな入り口へと駆け出した。
 私も続こうとしたが、立ち上がった拍子にカバンを落とし、中身をぶちまけてしまった。
 焦りながら全て拾い顔を上げると、ビンズ先生を含めて誰もいない。

 え、一人で帰らなきゃいけないの?
 この教室って寮から遠くて、しかも今でも迷いそうになるのに?
 …これ、死亡フラグとかじゃないよね?

 校内放送から時間が経ってしまい、もう人影もまばらにしか見えない校舎内を歩く。
 もう来た道を思い返すのも方向音痴なりに必死である。なにせ場合によっちゃ命が危ない。

 結果から言うと死亡フラグではなかった。
 ただ、後ろから突然声をかけられたときには死ぬかと思った。



「レイ?」



 ロックハートだった。
 継承者ではないことにほっとしたが、あんまり驚いたのでとっさに声が出ない。
 もたもたしているうちに、

「こんな所で何をしてるんだ!」

 と、近くの教室に引き込まれた。

「さっきの放送を聞いたでしょう?寮に帰りなさい!」
「そ、そのつもりです」
「ではすぐに行きなさい、一人は危ない」
「はい…」

 たどたどしく返事はしたものの、私は自然とロックハートを見つめていた。
 さっきの引率の時と、様子がまるで違っている。

 いつもは完璧なウェーブを描いているはずの髪は毛流れがばらばらで、顔色がどこか青白い。ローブは今走ってきたかのようにぐちゃぐちゃと乱れ、何なら裾には泥までハネている。
 何より、いつも浮かべていたあの笑顔がまるっきり消えていた。

「…先生、どうかされましたか」
「でも会えてちょうど良かった、君に話がある」

 ロックハートは私の質問を無視した。
 人の話を聞かないのは相変わらずだが、今日はいつにも増して焦っている感じがする。

「私も急いでいるのでね、手短に言います。レイ、君とは今日でお別れです」
「…どうしてですか」
「できれば君には言いたくありません」

 ロッキハートはさっきから視線をあちこちに飛ばして落ち着かない。
 後ろ暗いことがあるのが丸分かりで、ここぞとばかりに皮肉を言ってみた。

「継承者が怖いから逃げる、とか?」
「怖い…ああ、そっちの方がまだマシでしたね…」

 驚いたことに彼は否定しなかった。

「数々の冒険をしてきた先生が?」
「君だって本気にはしてなかったろう?」


 思わず、息を呑む。
 …分かっていたのか。


 さらっと暴露した彼はそこで話を終わらせようとしていたが、私が目を丸くしていることに気づくと思い直したようだった。

「…よろしい、では君にだけすべて話してあげよう。どうせここでお別れですから」

 ハリのない声がそう言った。




「私のした話…少なくとも本に書いてあったこと、あれは実際にあったことだ。でも私のしたことではない」


 それは今まで彼がした話の中で、一番現実味があり、一番とんでもない話だった。


「本を書く上で私がした仕事は、人から話を聞いて本にすることです。
 それだけなら誰にでもできる。私が少し人と違ったのは、彼らに忘却術をかける作業をそこに加えたことですね。
 忘却術は、私が唯一得意な魔法です。それに加えて自分の宣伝を惜しまないこと…有名になるという目標はこの2つの技さえ磨けば達成できました」

 斜め上の現実に思考が追いつかない私の口から、まるでひとりごとのように疑問が漏れる。

「人の手柄を…自分のものにした?」
「彼らの代わりに矢面に立ったと言ってもらいたいですね」

 彼は邪魔そうに、少しカールのほどけた髪を掻き上げた。

「有名人というのは色々なリスクと責任を伴う。有名税というやつです、常に見られていることを意識しなくてはならない、いついかなる時でもファンの期待に応え、サービスし続けなくてはならない…そういった彼らには到底背負いきれないことを、私が代わってしてあげているんですよ」

 早口が続く。相槌を打つ間もない。

「話した通り、私は冒険なんてひとつもしていません。勇敢でも強くもない。そんな人間が怪物を従えた継承者なんて倒せると思いますか?それをここの先生方は倒せという。どうかしていますよ。私はそんな人たちにまともに取り合う気はありません」

 ようやくロックハートは一呼吸おき、話が一区切りついたことを示した。

「分かったでしょう。つまり、ホグワーツは私には合わなかった。それだけの話です」
「…よく分かりました」

 よくもここまで自分に都合よく理論を構築できるものだ。
 私の口角がいやに上がっている。
 どうも人は、呆れの段階を通り過ぎると、いっそ笑えてくるらしい。

「最初っから教師なんて引き受けなければよかったんですよ」
「私にも色々事情がありましてね」

 ホグワーツは外との接触が少ないからとでも思ったのか。
 全寮制は教師が生徒に関わる時間が長いから、かえってボロが出やすくなる。
 その可能性まで考えないで、ホイホイ引き受けるから馬鹿だというんだ。

「ただホグワーツで教鞭をとったってステータスが欲しかっただけでしょう」
「いいえ、わたしの名誉のためです」

 反射的に、自分でも聞いたことがないぐらいの鋭い声が出た。


「どう違うって言うの?」


 しかし彼は全く動じなかった。

「やっぱり君を“いつもの話し相手”に選んでいてよかったですよ。レイ」

 そう言って、ようやく小さな笑みを見せた。
 それは私の知っている笑顔とはまるで違っていた。




「私のファンは、私に溢れんばかりの尊敬と絶大な信頼を寄せてくれます」

 先ほどの焦りはどこへ行ったのか、ロックハートはすっかり落ち着いた喋りを見せている。
 一方、逸らされるだろうと思っていた自分の怒りが意外にも流されなかったことで、私は少し動揺していた。
 どう返せばいいのか分からず、ただ彼の次の言葉を待っている。

「もちろんそうなるよう仕向けたのは私ですが、時にはその思いがあまりに眩しく、受け止めきれない時がある。そういう時に君と話をすると、私はとても落ち着きました」
「…ろくに聴いてませんでしたけどね」
「だからこそ都合が良かったのです」

 あっさりとした返事に、またも肩透かしを食らった気分になった。

「思えば、初めて話した時からレイは、私の話をまるで信じていませんでしたね…ああ、別に責めているわけではありませんよ」

 いつもより陰り、しかし穏やかな勿忘草色の瞳がこちらを見る。

「真実としてではなく、嘘を嘘として聴いてくれている。それだけで話す側の負担も違ってくるものです」
「…なに、それ」

 聴かれないことが前提の話し手。
 聴こうともしない聴き手。

「なんて不毛な時間…」
「ですから君には感謝していますよ。私を嫌っていながら本音を隠し続けるのは、さぞ努力と労力が必要だったことでしょう」


 なんだ、この人は。
 後出しにも程がある。

 分からないふりして、本当は全部分かっていたって?
 自分が嫌われているのを間近で目にしながら、
 …それでもあんなに馬鹿みたいに笑ってたっていうのか?


「ただ、君が忍耐し切れずにコップを割った時があったでしょう。あれは驚きましたね」

 彼は平然と思い出話を続ける。

「慌てましたよ。女性に怪我をさせるなんて、私の主義に反します」
「思ってもないくせに」
「…やはり、君に嘘は通じないようですね」

 私の監督下で怪我をされると、教師としての評価に響くでしょう。
 と、ロックハートは笑った。
 いっそ酷薄にも見えるこの笑みこそが、本当の彼なのだろうと私は思う。




「さて」

 ふと、彼は声のボリュームを上げた。

「時間もない。最後の話にしましょう」
「最後の話?」
「今、私が何をしようとしているか分かりますか?」

 分かりようがない。
 普段のロックハートならいとも簡単に読める。でも目の前に佇む“彼”には、今初めて会ったようなものだ。

「…いいえ」
「ではヒントをあげましょう」

 薄かった笑みが徐々に深くなる。

「私の秘密はいま君に全て話した。しかしこれは、本当は誰にも教えてはいけないことでした。私の人生に傷がつきますからね。だから」





「こうするのも仕方がないんですよ」





 言うと同時に、ロックハートは私の胸元に杖を突きつけた。








 

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