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寒さに耐えられず起きた。
どこを探しても手に布団が触れないのに気付いてから、外で昼寝していたのを思い出した。
体を起こして伸びをする。
「ん―…何時だ…?」
5時だった。どおりで寒いわけだ。
辺りは少し暗くなりはじめていた。
昼寝はこの目覚めた瞬間が一番もの悲しい。
「せっかく良い夢見たのになあ」
仕方なく立ち上がる。
もちろん夢と違って、近くに人は一人もいない。
「幸せは一瞬の幻…か…フ…」
わざとらしくたそがれてみたところで、ツッコミを入れてくれる人もない。
いよいよわびしい気持ちになった私は、校舎へ向かって歩き出した。
* * *
グリフィンドールの談話室に戻ると、クラスメイトがあちこちで必死に羊皮紙に書きまくっている。
はは〜ん。
こいつは。
「魔法薬学の宿題、今日提出だっけ?」
「そうだよ!」
とロンが大声で叫んだので寄って行った。
ハリーと二人で唸っているところをハーマイオニーが監視していた。
「スネイプの野郎、どうしていつもいつもこんなフザケタ課題しか出さないんだ…」
「あら、いつもいつも的確だと思うわ。ちょっと多いけどね…レイは?」
「昨日のうちにやっといた」
心持ち胸を張る。
「薬学だけは頑張ってんの。どうしても彼の怒りにだけは触れたくないからね―」
「そりゃいい判断だ」
とハリーが力無く言った。
「僕が行ったら間違いなくその場で減点だけど、君なら大丈夫だもの」
「何のこと?」
「今日は君が提出の当番だってこと!」
羊皮紙から目を離さずにロンがまた叫んだ。
…げ。
* * *
はっきり言おう。
複雑。
確かに私のほうは好きだけど、会うと必ず嫌味言われるんだから。
それじゃ何故好きなのかと聞かれたら…
自信が揺らぐので答えが返せません。聞かないでください。
実はいい人だ、と思い込みたいのかもしれない。
さっきの夢みたいな感じで。
…ま、こんなこと誰にも言ってないからいいんだけどさ。
研究室のドアはノックの音がよく響く。
「失礼します、レイ・コーリです。宿題を持って来ました」
「入りたまえ」
ギィ、と部屋の雰囲気に似つかわしい音をさせて入ると、彼は材料のより分けを中断させて、こちらに歩いてきた。
たったこれだけの距離を待てないとは、多分この人はせっかちだろうなあ。
「グリフィンドール生全員分です」
「全員期限までに提出?珍しいこともあるものだ。明日は雹か雷か、いや両方だな」
とせせら笑いながらスネイプは羊皮紙の束を受け取った。
さっきの夢とはえれぇ違いだ。うーん。
ちらっと見えた机の上の薬草が気になって聞いてみた。
時間稼ぎと興味本位だ。
「明日の授業の材料ですか?」
「ニワヤナギとドクダミだ。スプラウト先生が届けてくださるはずだったが、風邪をひかれたので自分で採ってきた」
「えっと…確か、防水薬でしたね」
「ああ。予習はしているようだな、コーリ」
…真面目にやっててよかったとしみじみ思いました。
これは過去最大級の賛辞です。
自分からアピールするのはまだできないにしても、怖がらず目を見られる程度には気持ちが上がった。
大収穫!よくやった自分!
「それでは、これで…お邪魔しました」
「待ちたまえ。渡すものがある」
ドアに行こうとする前に押しとどめられた。
…0点のレポートとか?それとも罰則のお知らせ?
ぎゃあーっ。
スネイプは私を机まで呼び寄せると、一冊の本を手にした。
「あ、私の…」
アガサクリスティだった。
「返しそびれていたのでな。最後の短編は特につまらなかった」
「それはどうも……、……?」
先生結局読んだんじゃん、と思った自分に一時停止命令。
いつからこの本は彼の手元に?
「…あの、いつ取り上げられましたっけ」
「取り上げではない。返しそびれたと言ったはずだが」
「…では、いつお貸ししました?」
「今日の昼だ」
ぎくりとする。
「厳密に言えば借りたのではなく、お前の側においてあったのを、我輩が勝手に持ち出した」
ここまできたら、いくら勘の鈍い私でも分かる。
あれは現実だったのか!!
「……あの…私…失礼なことを…」
言うまでもない。
だってため口だ。
寝起きのせいで行動が幼児退行だ。
しかもその後、
私はなにかとんでもないことを口走っていなかったか!?
「ということは、前言撤回をするのかね?」
「な、にをですか」
勢いで言ってから、聞かなきゃよかったと思った。
もう十分に顔は赤い。
「色々だな。寝ぼけていないと言ったり、寝ぼけついでに告白したり約束したり。
しかしお前のその様子からすると、自分でも覚えているようだが?」
彼は愉快そうにニヤリと笑った。
どう見ても私の慌てぶりを楽しんでいる。
「まあ我輩としては、寝ぼけ故の戯言ということならば忘れてやってもよいが」
「…いいえ」
やっと声が出た。
が、口をついた言葉は自分でも予想外だった。
「寝ぼけた人ほど本音を言うんです!」
私は下を向いて嘲りの言葉を待った。
生徒の分際で教師に劣情などけしからん、
ここは勉学の場だ弁えろ小娘、
グリフィンドール30点減点…。
スネイプの声は刺々しくはなかった。
むしろ落ち着いて静かで、心地良かった。
「お前がそう言うなら…」
私は彼の目を見た。
笑っていない。
でも、からかってもいない。
「…そういうことにしておいてやろう」
彼はそっと私の髪を撫でた。
風は吹いていなかった。