小説 | ナノ


▼ うつし世は夢



 ホグワーツが自然に囲まれた所だと聞いてから、ずっとやってみたかったことがある。
 
 外でお昼寝。
 
 天気は晴れで無風で日差しが心地良いとき。木の下か芝生にねっころがるのだ。
 いつでもできると言うかもしれないが、どうも私は人の視線が少しでもあると緊張して眠れない。それがネックだった。
 
 しかしついに、その願いを叶えるときがやってきた。
 幸福の配達人は昼食時にやってきたハーマイオニーだった。

「午後の薬草学が休講らしいわ」
「マジで?」
「マジよ。先生が風邪をひいたの」

 彼女は残念そうに言った。
 今日の授業はこれだけだ。つまり、
 
「私は自由だ!じゆう!フリーダム!」
 
 おまけに外は見事な快晴で、

「よっしゃ!昼寝しよう!!!」

 即決した。

「そんなに昼寝が大事か?」
「もちろん!」

 超ご機嫌になった私が理解できないらしい周りを無視して、ご飯を3分で食べ終え急いで席を立つ。
 
 
「あとは場所だな…誰にも見つからないで寝られる場所…」

 うーん、下調べしとけばよかった。
 中庭は目立ちすぎるし、校舎のすぐそばでも気付かれる。実はホグワーツの配置もまだ把握しきれていない。

 適当に歩いていたら、実に良い場所に出会った。
 木の周りに芝生が生えている。校舎の裏側らしく人の通りそうな気配も全くない。

 これぞマイベストプレイス!

 喜々として私は木の根元に座り込み、持ってきた本を読み始めた。
 眠くなるまではやっぱり読書でしょう。アガサクリスティは最高。
 



 文字に焦点が合わないことに気付いて、私は本を閉じる。

 ローブを体に巻き付けてごろん、と寝転がった。
 暗い色だから日差しをよく吸収して暖かい。

 鳥のさえずりしか聞こえない。
 輪郭はかすんで、芝生の緑と空の青しか見えない。

 感覚がだんだんぼんやりしていく幸せを感じながら、
 いつの間にか夢に落ちていく。


 
 かさ、と草の擦れる音が聞こえた気がした。

 …誰か来た?

…だいじょーぶ、悪いことはしてない…
…ちょっと寝顔見られるくらい…いいか…

…それより…わたしはねむ…い…


 
 * * *
  

「…リ、コーリ」
「…なに…?」

 せっかくのお昼寝なのに。
 目をつぶったままでしか返事してやらないもんね。

「どうしてここに?授業中ではないのか」
「ん…」

 なんでだっけ?ああ、そうだ…

「薬そぉ学は…きゅーこー…」
「…そうか」

 そこでしばらく声はやんだ。

 ちょっと残念だった。
 落ち着いて静かで、とっても心地良い声だったのだ。
 だから半分寝ながらも聞いた。

「…せんせいは…?」

 こんな物言いだけど、誰なのかははっきり分かってなかった。
 大人の男の人だからたぶん生徒じゃなくて教師だろうって判断したんだと思う。

「材料を取りに来た」
「…そぉ…」

 眠気に勝てず、そこでまた意識が薄れた。

  


 誰かが、ほんの近くに腰を下ろしたのが分かった。
 ページをめくる音がすぐ上で聞こえる。
 
 不思議と、違和感はなかった。
 緊張もしなかった。
 
 うっすら目を開けると、黒いローブが目に入った。
 その上では彫りの深い顔が本を見つめている。
 
 
 なるほど、と思った。
 まだ夢の中なのだ。そりゃあ違和感なんてないに違いない。

 脈絡なく想い人が出てくるのがその証拠だ。

 
 私が見ているのに気付いて、彼は本を置きこちらを覗きこんだ。

「…何か?」

 いつになく顔が近い。夢の特権だ。

「…すね―ぷせん…せ…」
「そうだが」

 返事が返ってくるのが嬉しくてただ微笑んだ。
 羞恥心は夢だから感じない。
 怖いとも思わないからずっと彼の目を見つめられる。

「お前が読んでいる本は感心しないな」

 彼は本に視線を戻しつぶやいた。

「マグルのフィクションは程度が低い…全く為にならん。ゼラニウムが青いから何だというのだ」

 その言葉が彼らしくて、また笑った。
 愚痴を言いつつ結局読んでる。
 夢の中なのにリアルだ。

「何がおかしい」
「…そういうとこ…すきだ…とおもって」
「程度が低いところがか?」
「じゃなくて…」

 夢の中ならすらっと言えた。

 
「…せんせいが」

 
 彼は驚いたようだったが、すぐ気を取り直したように言った。

「…お前は寝ぼけているのだ」
「ちがうよ」

 夢の中なのに寝ぼけるなんて、とまた私はくすくす笑った。

「…それにね、寝ぼけたひとほど本音をいうんだよ」

 そう言うと、彼は数秒考えて、少し溜め息をついた。

「…そういうことにしておこう」

 そしてやさしく、そっと髪を撫でてくれた。
 現実では風が吹いてるのかもしれない、と思った。
 

 彼は本を読みながら、私の髪を撫でてくれている。
 とても満ち足りていた。

 心地良い。
 心地良すぎて、私はまたまどろみに落ちそうだった。

 まって…、
 確かにただの夢だけど、言っておきたい。

 
「あの…ね…」
「何だ?」
「今は…ゆめだけど…ね…」

 彼が不思議そうな顔をした気がした。
 でも私は言うのに必死だ。

 
「…いつか…おきてるときに…おなじよぅ…に…」

 
 視界が消えてゆく。
 遠くの方で、


「そうだな」


 と、聞こえた気がした。
 






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