小説 | ナノ


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「っはー!楽しかったー!」

 薬学研究室に着くなり、レイは大声で笑い出した。

「いいから着替えろ。もうすぐ効果が切れるのだろう」
「え、大の男が女子生徒の服着るなんて変態じゃないですか?」
「お前にだけは変態と言われたくない。もういい、そのままで居ろ。縮む分には支障がないだろう」
「そうです困るのは先生だけです。じゃあ、くつろいでよーっと」
「………」

 彼はとうとう、怒りを言葉で表現することを放棄した。
 黙って杖を振り(違和感はあったが魔法自体は使用可能だった)、自分の本来の持ち物である黒い服に袖を通した。
 現在の身体にはサイズが大きすぎるが、スカートから伸びる己の生足などもう二度と見たくないので仕方がない。

 ソファでごろごろしているレイの存在自体を無視することにして、スネイプは机に向かった。
 部屋を出て行く前に読んだ、許可証とは名ばかりの羊皮紙がそこに置いてある。


『許可証
 私、アルバス・ダンブルドアは、レイ・コーリのポリジュース薬使用を許可し、
 これによる減点の処置をとることを認めないものとする。』

 ダンブルドアへのイライラが蘇ってきたが、なんとかこらえてもう一度読み直す。
 ここにしか現状を打開できるヒントはない。


『ポリジュース薬使用を許可し、これによる減点の処置をとることを認めないものとする。』


 ふと、彼の頭に何かがよぎった。

 彼は何度か読み直し、自分が引っかかったフレーズを特定した。


   “減点の処置をとることを認めないものと”




 スネイプは羊皮紙を机に置いた。
 猫撫で声でレイを呼ぶ。

「コーリ」
「…ふぁい?」

 レイはスネイプにあるまじきユルユル声で返事をしたが、彼はそれをスルーして話題を進めた。

「たった今気づいたのだがね。この許可証」

 あえてわざとらしさが残るように聞く。もちろん彼の得意技である。

「ここには減点は言及されているが、処罰については何も書かれていない…制限されていない。つまりだ」

 そこで一呼吸おき、はっきり告げた。

「我輩はお前を処罰しても構わない、ということになる」


 あのスネイプが固まる、という珍しい絵が見られたのは、当のスネイプ本人だけだった。

「…気づきましたか…」
「さすがダンブルドア、粋な計らいをしてくれる。
 減点できないのは残念だが、処罰の方が我輩の自由にできる部分が大きいからな」

 本日初めて、本物のほうのスネイプは口角を上げた。
 ようやく解凍されたレイはそれを見ると、おずおずと質問する。

「…今のところどんな処罰をお考えで…」
「そうですな。学校中の教室を掃除か、それともレポートを羊皮紙に100巻きか…」
「うわあ…人間業じゃない…」
「それほどのことをお前はしたのだ。詰めが甘い。暴れまわる前によく読むべきだったな」
「ひっどいなー。
 …まあ、知ってましたけどね」

 自説で攻撃することにばかり気をとられていたスネイプは、その一言でようやくレイの様子に意識を向けた。

「…知っていただと?」
「はい。もちろん、気づかなかったらいいなとは思ってましたよ。
 でもしょうがない、甘んじてお受けしましょう。レポート100巻きでも校庭100周でも」

 恐れおののくとばかり思っていた彼女は、実に淡々としていた。
 よく見れば、少し微笑んですらいる。

 いつもなら態度であからさまな彼女の思惑が、なぜか今は分からない。
 きっと、普段と容姿が違っていることだけが原因ではない。

「ならば何故」
「処罰を受けてでもやりたかったってことですよ。悪戯に対する責任ぐらい分かります」
「…理解できん。そこまでして我輩になりたかった理由が」
「だから、校長が言ってたでしょ?『尊敬する人の目で物を見たい』って」

 レイはのらりくらりとスネイプの意見をかわしてゆく。
 言わないならば言わせるまでだ。
 彼はもう一歩踏み込むことにした。

「それで?なにか収穫はあったかね?」
「楽しかったです!」
「嘘をつくな」

 へらりとしたレイの笑顔はすぐに引っ込んだ。

「我輩に嘘が通じるとでも思うのか。お前は、楽しいという感情だけでここまでやらかせる人間ではない」

 長期に渡って絡まれていれば、嫌でも分かってくるものがある。
 彼女は適当なように見えて、周囲のことを必ず考慮に入れて行動する。ダンブルドアが品行方正と評価したこともあながち間違いではない。
 迷惑をかけてはいけない人たちには、絶対に影響を及ぼさないのだ。
 スネイプがそこに含まれていないことだけは誠に残念ではあるのだが。

「あれ。先生、案外買い被ってくださるんですねえ」
「はぐらかすつもりか?無駄だ」
「いくらでもはぐらかしますよ。本当のことを言わずに済むのなら」
「我輩が言えといっているのだ、本当のことを」
「先生は時間の無駄は嫌いなはずでしょう?」
「今日一日を無駄にしておいていまさら何を言う」

「本当のことを言ったところで、あなたに分かってもらえるとは思えません」

 レイの態度が、す、と皮肉みを帯びた。
 いつものスネイプの物言いに近くなる。

「先生の格好のまんまで言えることじゃないし」
「自分の声がどうしても必要な言葉などあるのかね?今すぐ、本当のことを、言え」

 スネイプの脅しに近い言い方にも、レイは折れそうにない。

「言いたくありません」
「言いたまえ」
「大したことじゃないです」
「大したことでないならなおさら言えるはずだ」
「…そんなに聞きたいんですか」

 温度の感じられない声がつぶやく。

「じゃあ、仕方ない。言います」

 音がしそうなほど大きく息を吸い込んで、レイはかちりとスネイプに目を合わせた。


「先生のまんまでシャワー浴びてやる!体の隅々まで洗ってやるーっ!!」
「!!ま、待て!」

 いつの間に場所を把握していたのか、レイはスネイプの私室のシャワー室にまっすぐ駆け込んだ。






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