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校長室の前まで、さほど時間はかからなかった。
「先生、合言葉は?」
「…『ピーチ・コンポート』」
これほど嫌そうにお菓子の名を呼ぶ少女がこの世にいるだろうか。
階段を上りドアの前まで来ると、レイはスネイプより先にドアノブを手にした。
「…何の真似だ」
「レディファースト」
彼はうんざりしたが、何も言わず部屋に入った。
正面の机には運良く校長が座っており、何に使うのかよく分からない道具の手入れをしていた。
彼が目に入った瞬間、スネイプは鬼気迫る勢いで駆け寄った。
「校長!」
「おお、レイ。どうした?」
「あなたはコーリを甘やかしすぎでは!」
「…ん?レイがそう言うということは…」
目を丸くしたダンブルドアが入り口を見ると、ちょうどゆったりとレイが入ってくるところだった。
「成功しました、校長先生!」
「おお、ようやったのうレイ!」
「ようやった、ではありません!ポリジュースの使用を許可とはどういうことですか!」
「許可は許可じゃよ」
スネイプの勢いもなんのその、のらりくらりとダンブルドアは説明する。
「君も知るとおり、彼女は品行方正だ。悪用する心配がなかったし、どうしても必要と言うのでな」
「我輩に言わせれば悪用です!」
「申請した理由どおりの使用をしましたが?」
レイは涼しい顔で会話に加わった。
「ねぇ。校長先生」
「そうとも、『尊敬する人物の目線で見たい』とな。どうじゃ、嬉しかろうセブルス」
「我輩がそのように思っている風に見えますか!」
「見えるがのう」
「ええ、見えます私には」
「貴様の曇った眼が見たところで参考にならんわ!」
二人のボケはスネイプのツッコミを無視し、まるで孫と祖父のような会話を続ける。
「それにしてもレイ、なんともサマになっておるのう」
「私もそう思います。もしかして性別間違えて生まれてきたんじゃないでしょうか」
「いやいや、わしは普段も好きじゃぞ」
「そんなことよりスネイプ先生なんですよ」
普段は冷たいはずの低い声に、妙に力がこもった。
「ちょっと小走りするとか髪を掻きあげるとか、ふとした仕草が私よりずっと女っぽいんですよ。嫉妬しますね」
「何を話しているコーリ!」
スネイプにとっては限りなく不条理な会話をレイとひとしきり楽しんだところで、ダンブルドアは懐中時計を取り出した。
「ふむ。事前に申請した計画通りに進んでいるとすれば、薬が切れるまで残り20分もない。セブルスが制服を着たまま元に戻る前に、帰った方が良いじゃろうな」
「校長!」
「分かりました。じゃ、失礼しますね」
「レイ、先に行ってくれんか。セブルスに少し話がある」
レイが扉を閉めたのを見てから、ダンブルドアはにこやかに口を開いた。
「セブルス」
「はい」
「君は本当に違和感がないのう。不機嫌なところを除けば」
「………」
「いやいや、冗談じゃ」
少女の眉間のシワが何本か増えたのを見て、好々爺然とした校長はあわててとりなした。
「レイの悪ふざけに付き合ってもらってすまなんだ。これ一度きりじゃ。勘弁して欲しい」
「本当に一度きりであってほしいものですが」
「それは大丈夫じゃ。わしに約束したからのう」
「しかし…」
「許可書は見たかね?もう一度良く見るとよい」
訳が分からないという顔をしているスネイプに、ダンブルドアはウインクした。
「君がうらやましいのう、セブルス」
* * *
廊下に出ると案の定レイが待っていた。
「またグリフィンドールの生徒に絡まれると嫌でしょうから、二人で帰った方がいいかと」
彼女はそう言ってから、今日何度目か分からないニヤニヤ笑いになった。
「ふふ…護衛なんて、男冥利につきる…」
「必要ない。どうせホグワーツの中だ、一人で帰れる」
「まあそう言わずに。ミス・コーリ、我輩が責任持ってお送りしよう」
責任を持てるとはまるで思えないへらへらした態度で、レイはスネイプを促した。
レイは常にスネイプの先を歩いた。
それは普段のスネイプの歩行速度に合わせたものだと彼は思っていたのだが、
「エスコートですよエスコート。大事でしょう」
振り向きざまにレイは自ら説明した。
「本当は手をとりたかったんですが」
「やってみろ。許可が出なくとも無理やり100点減点してやる」
「じゃあ、今のうちに100点加点しとこうかなあ」
「…やってみろ…」
「うわあ…女でも出せるんですね、地を這うような声って…」