夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎






 乾家が見つかったと真一郎から知らされたのは春千夜が九州へ発った後、俺が龍宮寺堅――ケンチンと出会った数か月後の事だった。
 放課後学校まで迎えに行ったケンチンにホーク丸を運転させ、その後ろに乗って隣町へと走る。

「いきなり図書館なんてどんな風の吹き回しだ? マイキー」
「テストだけでも受けてくれ〜って塾に言われる程度には頭いいんだけど、俺」

 むっと口を尖らせた俺に、はいはいとおざなりな相槌を打つケンチンの足をゲシゲシ蹴りつける。法定速度で走る原付の上でわぁわぁと喧嘩をしている内に、俺たちは図書館へ到着した。
 ホーク丸を駐輪場へ止めて、図書館の中に足を踏み入れる。こういう場所に入るのは初めてだと落ち着かない様子で周りを見回すケンチンに、俺は自分の保険証を投げ渡した。

「ケンチン、これで貸出カード作ってきて。カウンターのオネーサンに言えば書き方教えてくれるから」
「は? おい、マイキー!?」

 図書館に似つかわしくない大声を背に自習室のある二階へと。階段を上り、館内を適当に歩きながら自習室を伺う。ざっと見て周るも、そこに特徴的な金髪の少年少女の姿は無い。
 近くの書架から適当に一冊抜き取り、受付へと戻る。

「登録できた? ケンチン」

 受付近くのソファに座り込んだケンチンを見下ろしてそう問いかけると、彼は疲れ切ったため息を吐いてから差し出した俺の手に一枚のカードを乗せた。

「上出来。アリガト

 笑みを向けて、手に持った本を借りるため受付へ足を進める。背にかけられるケンチンの文句を聞き流しながら、本を受け取った。
 真一郎の調べで発見された乾家。その自宅と学校の間にあるのがこの図書館だ。ざっと館内を見て周ったが紙面上にて描写されていた建物と相違点は見つからず、此処が回想の場と見て間違いない。調べによると、乾赤音の通う高校は来週からテスト期間に入る。今日会う事は出来なかったが、図書館に通いつめるうちにきっと会えるだろう。……いや、会ってみせる。何故ならそれが、乾家を救う大事な一手になるのだから。


 §


「それ、間違ってる」
「……え?」

 唐突な指摘に彼女はノートに走らせていたシャープペンシルを止めて顔を上げた。
 その瞳に俺を映し、パチパチと髪と同じ金色の長いまつ毛が上下する。疑問符を浮かべる彼女を気にせず、俺は机に広げられた教科書の一点を指さした。

「その問題に当てはめるのはこっちの公式だよ。で、共通解が――」
「赤音の勉強の邪魔すんじゃねぇよ、チビ」
「……ンだとコラ」

 隣に座っていた彼女とそっくりな少年がムッと顔をしかめて俺を睨む。それを受けて後を暇そうに付いて来ていたバジが俺の前に立ち彼を見下ろした。
 ピリピリとした一触即発の空気を切り裂いたのは、渦中の彼女の声だった。

「あっ、ホントだ! ありがと。……ね、他に間違ってる所、ないカナ?」

 のんびりとした彼女の声に、バジも少年もはーと長く息を吐いて矛先を治める。俺は目の前からバジを退かすと机の上に広げられた問題集とノートを覗き込んだ。

「あとは、こことここの問題が――」
「おいマイキー、余計な事すンなって」
「……マイキー?」

 ノートに伸ばした俺の手をバジが途中で掴む。その際呼ばれた俺の名前に、少年が首を傾げた。

「背の低い、偉そうな金髪の小学生……」

 まじまじと俺の頭から爪先までを見てまさか、と息をのんだ少年に俺は胸を張って堂々と名乗り上げる。

「そう、俺が七小の――」
「初代黒龍総長の弟!?」

 シンと自習室に落ちた沈黙の後、ぶはっと噴き出したバジの背中を無言で叩いた。


 §


 小学校からの帰り道、携帯に届いたメールを確認し電話をかける。

「あ、真一郎? ココ、今日これから赤音に告白するって。……うん、失敗したらすぐ電話する」

 かけられた言葉に頷き通話を切る。
 青宗が元々初代黒龍に憧れを抱いていた事、ココの周囲に恋愛相談できる人間がいなかった事。俺と真一郎はその二つを利用し、初代黒龍メンバーをも巻き込み彼らと急速に仲を深めた。

 青宗は生きる伝説と呼ばれた初代黒龍幹部を俺から紹介され、真一郎のバイク屋に入り浸るようになった。ココは不良界隈屈指の色男である今牛若狭という男と、近所の年上の大学生に片思い中という架空の設定を作り上げた俺に恋愛相談を持ちかけるよう誘導した。
 特に、自分達よりも年の差があるにも関わらずうまく行っている(という設定の)俺へは赤音にアプローチするたび報告を持ちかけるようになる。
 その努力が今日、ようやく報われた。
 歩きながらメールボックスの中、ココから届いたメールに再度目を通していると、後ろからバイクの音が近づく。

「ワリぃ、待たせたか?」
「んー、それなりに?」

 河川敷に打ち捨てられていたGSX250E。真一郎の手を借りながら少しずつ直し、乗れるようになったばかりのそれのエンジンを誇らしげに吹かせるバジの後ろへ適当に言葉を返しながら跨る。

「で、今日は何処に行くンだよ?」
「青宗ん家」
「またかよ」
「ケンチンは先行ってるってサ」

 へぇ、とおざなりな相槌を打った後、そうだとバジはゴキの排気音に負けないよう声を張り上げた。

「一虎、一晩泊めてくんね?」
「ん、イーヨ」
「助かる。連絡あったけど今日はオフクロ、ずっと家にいるんだワ」

 バジが憧れる真一郎に毎週のように最近あった出来事を尋ねさせ、羽宮一虎というダチが出来たと言ってすぐ、バジを介して俺は一虎と接触した。そして家庭事情がうまくいってない事を聞き出すと、何度か顔を合わせた一虎の母親に真一郎の顔見知りの弁護士を紹介した。
 黒龍に所属し真一郎の下にいたその弁護士は情に厚く、憧れの総長の紹介という事もあり羽宮母子にとても良いようにしてくれた。両親の離婚が成立し、母親に引き取られた一虎は感情に折り合いがつかず俺やバジといった友人の家に泊まる事もままあるが、記憶の中よりは精神的に安定してみえる。

「おせぇぞ、バジ」
「マジで来た。……今日、誰もいないからなんも出ねェぞ」
「いいよ、別に」

 上がり込んだ青宗の家、リビングで駄弁っていた青宗とケンチンが俺たちを見上げた。飲み物は何があったかとキッチンへ向かうため腰を上げかけた青宗を制する。
 今日、この家に来た目的は別にあったから。


 俺とケンチンとバジと青宗、四人で乾家のリビングにあるテレビの前に陣取り騒ぎながらゲームをしていると、リビングの扉が開きひょこりと赤音が顔を覗かせた。

「青宗、ただいま〜。……あ、来てたんだ、キミ達。いらっしゃい」
「……邪魔してマス」

 ぺこりと頭を下げた俺たちへ笑みを返し赤音はリビングを後にする。トントンと階段を上がる足音を確認して、俺はぐるりとリビングとキッチンを見回した。
 今この家に乾家の両親はいなく、赤音がキッチンに行く様子はない。臭いに異常は無く、ガス漏れの可能性は低い。
 先ほど、この家の前で別れた赤音とココ。煙が遠目に見える程度まで離れた距離。ココが走ってたどり着いた時には上がっていた火の手。ちらりと時計を見て、おおよその時間を計算する。
 ぺろりと唇を濡らしてから、俺は騒ぎながらコントローラーを握る三人の背中に声をかけた。

「――…なぁ。何か、ガソリン臭くね?」





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