夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎






 カリカリと鉛筆を走らせていたイザナが、ため息を吐いて手を止めた。やがて持っていた赤鉛筆を放り出し頬杖をつく。

「真一郎、大人しく税理士頼った方がいいんじゃねェの。爺さんが毎年頼んでる税理士事務所あるダロ」
「一度くらい自分でやってみたいって――…うわ」
「な? これ提出するつもりだったとか、ヤバいだろ」

 イザナの手元を覗き込み、赤で埋め尽くされた税申告書に思わず顔が引きつる。計算の間違い、記入する場所の間違い、領収書の添付忘れ。今年中学校に入学するイザナでもこれだけの間違いを指摘できるのに、記入した本人がそれを気付かずにいたなんて。イザナの言う通り、“ヤバい”。
 高校を卒業し不良界隈からも足を洗った真一郎は今年、幼いころからの夢であったバイク屋を開業した。爺ちゃんのバックアップや黒龍時代の人脈によるモノも当然あるが、ひとえに真一郎の情熱の賜物だろう。会社の設立といった事務作業関係は完全に他人任せだったが。
 手慰みにやっていた採点作業を放り出したイザナは、肩を回しながら居間を見回しある一角を指さした。

「あの模型、なんであんなツギハギになってンの?」
「模型?……ああ、コンコルド。千咒に壊されちった。春千夜と二人で謝って直してくれたから許したケド」
「……春千夜って、あの坊主頭のガキ?」
「うん? そう、千咒の兄貴で俺のもう一人の幼馴染」

 返事をしてから、そういえばイザナは春千夜とは何度か顔を合わせていたなと思い直す。確認の意味で聞いたのかもしれない。
 そうか、と相槌を打ったイザナは少し逡巡してから口を開く。

「あいつ、ケースケと比べねぇようにしろよ」
「……? わかった」

 首を傾げながら頷く俺に、イザナは呆れたように息を吐いてから言った。

「――ああいうぱっと見大人しい奴は、爆発したらとんでもねぇ事やらかすぞ」


 §


 とんでもない事をやらかしたのはイザナだったな、と受話器に耳を当て狼狽する真一郎を眺めながら思う。何度か電話口の相手と言葉を交わした後、受話器を置いてため息を吐いた真一郎に問いかける。

「イザナが、何だって?」
「同じ施設にいる、年下の子がリンチされて――その子の敵討ちで主犯格を殴り殺したらしい。もう少年審判は終わって院へ送致済みだと」
「……そっか」

 ガリガリと後頭部をかきながら告げた真一郎にそれだけ返して視線を落とす。
 記憶の中で、12才のイザナは集団にリンチされ重傷を負う。その後お礼参りを決行し、リーダー格の男を自殺に追い込み少年院へ送致され、そこで未来の天竺メンバーと出会う。
 この事件をどう防ぐか話しあった俺と真一郎は、ひとつ目の対策として集団リンチにあっても負けないようイザナを鍛える事とした。爺ちゃんの指導下で技を鍛えたイザナは、従来のセンスも相まって道場内でも一目置かれる存在へと成長。いずれ黒帯へ上がるために必要だからと10人組手を繰り返し行い、一対多の乱戦に対応できるよう鍛え上げた。
 だが。今回、その鍛えた技が復讐へと使われてしまった。

「イザナの事は、三代目黒龍にもそれとなく注意するよう伝えていたんだが……施設の他の子にまでは手が回ってなかった」
「ウン」

 まだ小学4年生の俺に出来る事は少ない。人脈も、イザナに会いに行くのも、イザナを迎えに行くのも。全て真一郎を頼るしかない。

「――うっし、失敗しちまったモンは仕方ねぇ。切り替えっぞ」

 俯く俺の頭をガシガシと撫でて、真一郎は笑う。

「エマの戸籍謄本は来週には取ってこれそうだ。で、血が繋がっていない事実が確認出来たらイザナと話し合う……予定だったんだがなぁ」

 未来の記憶があるとはいえ、その情報が真に正しいかの確証は無い。現時点では記憶通りに事が進んでいるが、俺が紙面の佐野万次郎と異なる行動を取ったことで立場が変化する人物も当然いるだろう。俺たちは誰かの操り人形ではなく、思考する頭を持つ人間なのだから。事前にきちんと調べ、情報を確たるものとしてから。それを大前提に置いて、俺たちは行動している。

「さすがに手紙で教えるってのはマズいよな?」
「うん。イザナが少年院から出て来たら、話そ」
「そーすっか。そしたら次は……乾って家の火事か」
「そ。姉が乾赤音、5つ下の弟が青宗。幼馴染に九井一」
「探しとくワ」

 バイク屋を開業し、多忙を極める時期の筈なのに真一郎は微塵と疲労を表に出さずカラリと笑う。

「……ありがと。真一郎」

 礼の言葉しか出せない自分を歯がゆく思いながら、俺は真一郎の服の裾をぎゅっと握った。







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