夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎






 炬燵の中に肩まで潜り、目を瞑って台所から聞こえてくる声に耳を澄ましていた。

「おいエマ、一口大ってこれくらいか?」
「んー、もうちょい小さく」
「もうちょい……こんぐらい?」
「うん、おっけー!」

 二人の穏やかな話し声。包丁の音、肉の焼ける音、油の跳ねる音。ぬくぬくとした炬燵の温もりと相まって眠気を誘い、大きくあくびを一つ落とす。
 結局、俺にせっつかれ龍宮寺はあの宣言後、すぐにエマを呼び出し告白した。その日は奇しくもクリスマスイブ。きらきらと輝くイルミネーションの元、想い人から告白されたエマの答えは当然イエス。その足で爺ちゃんに挨拶し、クリスマス恒例の神社への参拝に付き合い、正月も共に過ごした龍宮寺はもはや佐野家の一員と言って過言ではなかった。客間に泊まりすぎて私物置きっぱなしだし。

「もー!マイキー!」
「……何?」

 突然名前を呼ばれ、薄目を開け顔だけでそちらを見る。台所から出て俺を見下ろしたエマが、腰に手を当て頬をふくれさせていた。

「ごろごろしてないでちゃんと手伝って!いきなり東卍の幹部全員うちに呼ぶなんて、バカじゃないの!?料理作る側の事も考えてよー!」
「まーまーエマ。こいつ、明け方まで流してたからさ。もうちょい寝かしといてくんねーか?」
「ケンちゃんはマイキーに甘すぎ!ウチが来たばっかの時はマイキー、ちゃんと家事してて――」
「自慢の兄貴だったのにって?」

 炬燵からのそのそと這い出て、龍宮寺を見上げるエマの肩に顎を乗せ顔を覗き込む。

「今も賢くてつよーい自慢の兄貴してるじゃん。なぁ、エマ?」
「マイキー、重い!やめてよぉ!」

 バシバシと頭を叩かれ仕方なくエマから離れ、一連のやり取りを静観していた龍宮寺の手からお玉を奪う。しっしと手を振れば、言いたい事を察したエマの顔がぱぁと輝いた。

「後は優しいオニーサマがやっといてやるから二人でデート行って来いよ。……好きなブランドの福袋、今日までだろ?」
「〜〜〜〜っ大好き、マイキー!」
「おー」

 勢いよく抱き着いてくるエマの背をひとつ叩き、支度して来いと送り出す。るんるんとスキップでもしそうな様子で部屋に戻っていくエマの後姿を見送ってから台所に足を踏み入れた。
 途中で放置された食材たちを手際よく刻んでいると、龍宮寺が感心したように息を吐いた。

「……料理、出来たんだな」
「エマに家事教えたの俺だし。……佐野家の花婿修業はスパルタだぜ?ケンチン」

 包丁を持ったままニヤリと笑うと、彼はお手柔らかにと小さく笑った。


「マイキー!ちょっと来てー!」

 龍宮寺に教えつつ料理を進めていると、二階から大きな声が響く。軽く指示を残して階段を上がり、部屋のドアを開けるとエマが鏡の前で服を手に唸っていた。……下着姿で。

「……何やってんの、エマ」
「どうしようマイキー!ケンちゃんどれ好きだと思う?青かな?ピンクかな?それとも黒?」
「知らねぇよ。ケンチンに直接聞けって」

 くだらね、と言い捨ててドアを閉めようとすると、顔面目掛けて洋服が飛んでくる。体を翻して避け、廊下に散らばった洋服たちを無言で見下ろす。

「それじゃ意味ないのー!」
「ん……じゃあ、これ」
「子供っぽくないかな……?」

 床から拾い差し出した薄ピンク色のワンピースを見て不安そうに顔を曇らせるエマの頭をぽんぽんと軽く撫でる。

「ケンチン、意外とこういうの好きだよ」「えっ!……じゃ、じゃあこれにする。……ありがと、マイキー」

 受け取ったワンピースを大切そうに抱きしめはにかんだエマの頭を無言で軽く撫でた。



「うっわ、ほんとに料理してんじゃんマイキー!」

 台所の入口から聞こえてきた一虎の声に、うげぇと顔をしかめた。どやどやと台所内に入って来た幹部達をフライ返し片手にじろりと睨みつける。

「さっき街でドラケンとエマちゃんに会ってさ。話聞いて急いで見に来たワケ」
「ほー。んで、お前ら手ぶらだけど土産は?」
「……あっ」
「俺はこれ。エマちゃんに髪飾り。手製だけど」
「マイキー、どうぞ。師範の好きな店の濡れ煎餅です」
「おー、三ツ谷と春千夜は許す。で、手土産を忘れてきたお前らは――」

 俺の言いたいことを察したのかこそこそと出口に向かおうとする場地の首根っこを掴み、フライ返しを幹部達にビシと向けた。

「喜べ、総長直々に料理教室を開いてやるよ」

 その言葉を聞き揃ってげんなりとした表情を浮かべる幹部達に腹を抱えて笑う。

 こんな日常が、ずっと続けばいいのに。そんな事を心の底から願っていた。……ヒーローに選ばれなかったこの世界で、そんな願い叶う訳が無いのに。





[*前] | [次#]


[戻る]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -