夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎



――2018年1月8日 地球連邦 アフリカ州第7地区 (旧スーダン カッサラ)


 平成30年。2018年、冬。世界は一つの政府――地球連邦に支配されているらしい。

「……いや、なんで?」
「意味が……わかりませんね」

 首を傾げる武道の隣で、直人が頭を抱える。
 稀咲曰く。この未来で佐野万次郎は5年前、人類史上初めての世界統一を成し遂げた。従来の各国政府を廃止し、地球連邦を立ち上げ、その圧倒的カリスマでもって今現在も地球連邦初代大統領として世界の頂点に君臨している。……らしい。

「――始めは、ただの学生団体だと思っていたんだ」

 乾燥した砂交じりの風が吹きすさぶ窓の外をアサルトライフル片手にじっと眺めながら、稀咲はそう口を切った。

「佐野万次郎が入学したのは、米国の最高学府。大統領やノーベル賞受賞者を複数輩出する著名な大学だ。学生団体の動きも活発で、心理学研究室が主体となった一派に入ったのを大学生活の一環に過ぎないと俺たちは見逃した」

 黒龍が――九井一が天竺の仲間になった時、武道たちは今回の行動方針を固めた。万次郎が毎回首領として担ぎ上げられる巨大な犯罪組織。その設立を、交友関係をコントロールする事で阻止する。こと後ろ暗い背景を持つ者たちは、絶対に近付けさせない。
 一人の人間の交友関係を他者が制限する、という行為に思うところは当然あった。だが、佐野万次郎がひとたび戦争を引き起こせば億単位の人々が死ぬことを考えると、武道は湧き上がる感情の全てを飲み込むしか無かった。

「風向きが変わったのは、2010年1月。ある一本の動画が切っ掛けだった」

 窓の外を気にしながら、稀咲は直人にスマートフォンを差し出す。受け取った直人が再生ボタンを押すと、佐野万次郎らしき人物が講堂でカメラに向かって語りかける動画が流れる。

「これは一体?」
「一派がインターネット上で行ったプロパガンダ。……その一番初めの動画だ」
「ぷろぱ、がんだ……?」
「SNS上に時の政権を批判する動画や自身の思想を語る動画を上げ、自分を支持する人々を扇動し――奴は有史以来最大規模の革命を成功させた。その過程で一体、何十億の人間が死んだか――…」

 深くため息を吐いた後、稀咲は直人に拳銃を投げ渡す。

「この未来の佐野万次郎は、既に狂気に呑まれている。人々は至る所に設置されたカメラによって監視され、定期的に行われる適性テスト通りの職業にしか就けず、若者たちに結婚の自由はない。出生にさえ連邦政府の承認が要る。不満を持つものは多いが……連邦政府に逆らう者は治安部隊によって収容所へと送られる」

 とんだディストピアだ、と皮肉気に稀咲は笑った。直人が渡された拳銃をしげしげと眺めていると、それなら使えるだろ?と稀咲は首を傾げた。

「日本警察と同じ規格の筈だが」
「はい、使用には問題ありません。……この未来の大まかな状況は理解できました。あの、連邦政府によって社会が管理されているのならば、この武器は一体、」
「天竺はこの世界に唯一残った、連邦政府へ反逆するレジスタンス組織だ。天竺以外の組織は例外なく、昨年行われた一斉粛清で収容所へ送られた。何故、天竺に所属する構成員だけが見逃されたのか。……もしかしたら、佐野万次郎に兄である黒川に対する情がわずかでも残っているのかもな」
「……マイキー君、」

 顔を青ざめさせ、拳を震わせる武道の眼前に稀咲は直人に渡したのと同じ拳銃を差し出す。

「天竺は……俺たちは、こんな未来を決して認めない。花垣武道、橘直人。天竺最大にして最後の切り札は――お前たちだ」




――2018年1月19日 地球連邦 アフリカ州第11地区 (旧ナミビア ルンドゥ)


 砂漠の下に掘られた空間は、地上とは違いじっとりと湿っている。サブマシンガンの銃身に浮かんだ結露を拭いながら、黒川イザナは一つ息を吐きだした。その目の下には、褐色の肌からでも容易に見て取れる濃いクマがべったりと張り付いている。

「1時間前、天竺のアジトの一つが治安部隊によって摘発された。……お前たちが2日前まで居たアジトだ」

 その言葉に、武道と直人は顔を見合わせる。

「ここが摘発されるのも、もう時間の問題だろう。花垣、お前は過去に戻れ。今、すぐに」
「――取り残される直人は、……イザナ君は?」
「いいか、花垣。お前は決して、過去のマイキーに接触するな。言葉を交わすな、姿も見せるな」

 武道の問いかけに答えることなく、イザナは直人に持っていたサブマシンガンを差し出した。

「お前に叩き込んだ情報は、あいつが奇跡的に見せる隙を少しずつかき集め罠にかけるためのものだ。奴の行動が、気分が僅かでも変わってしまえば意味がない。稀咲と俺に情報を伝えたら、すぐに未来へ戻ってこい」

 無言でそれを受け取った直人の肩を一つ叩き、イザナは直人の手首を掴み武道へ差し出す。ぐっと奥歯を噛みしめてから、武道は二人に向かって手を差し出した。

「……頼んだぞ、ヒーロー」






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