夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎




「総長、三番隊の清水の件ですが……」
「あー、喧嘩賭博? 次ケンチンと一緒に見に行くから、開催日わかったら教えて」

 頭を下げて去っていく隊員の姿を見送って、踵を返す。

 きっとこの世界線に、ヒーローは来ない。

――あの日。此処がフィクションの世界であると、この先の人生に悲劇の連続が待ち受けていると自覚した日から幾年。
 ヒーローが来る前に出来る限り回避できないものかと足掻きに足掻いた俺に待っていたのは、無情な現実だった。

 九井一が裏社会に足を踏み入れるきっかけとなる乾家の火事。
 黒川イザナと佐野真一郎の思想の違いによる関係の悪化、それに伴う8、9代目黒龍の荒廃。
 羽宮一虎による佐野真一郎の強盗致傷。

 何とかしようとした。何とか出来ると思っていた。
 全てが、無駄だった。手を出すほどに悪化した。


 乾家の火事は事前に放火犯を捕まえ未遂に終わったものの、休暇中の自動車事故により父母は死亡。
 乾青宗は顔に消えない傷を負い、乾赤音は植物状態、後に死亡。
 相手は即死の上無保険車だったため、乾赤音の生命維持に膨大な金銭が必要となり、九井一は裏社会へ足を踏み入れた。

 イザナと真一郎の面会に早いうちから同行し兄弟4人、仲を深めた。
 だが、誰とも血の繋がりが無いことを知ったイザナが激昂。
 俺たち3人の喧嘩に巻き込まれたエマが負傷し、罪悪感からかイザナは行方を眩ました。
 8代目黒龍は、堕ちるところまで堕ちた。

 一虎による真一郎の殺害は俺がホーク丸を壊さなかった事、事前にプレゼントをリクエストする事で防げたが、真一郎は初代黒龍時代の怨恨を切っ掛けとする抗争に巻き込まれ死亡。
 一虎は東卍を結成し9代目黒龍と抗争した後、残党に奇襲されナイフを持ち出した相手を返り討ちにする際勢い余って殺害。傷害致死により2年服役。遠因となった俺を恨んでいるという。


 俺は花垣武道(ヒーロー)ではない。稀咲鉄太(ヴィラン)でもない。
 ヒーローが成長するための、悪役が裏社会で台頭するためのイベントを作る舞台装置。
 人生を苦痛と悲劇に彩られた佐野万次郎(キーキャラクター)。

 俺に善行は成し得ない。
 成した善行は、全てより大きな悲劇へと変わる。
 そういう世界だと、とっくの昔に気付いている。

 ぐるぐると、ずっとずっと衝動が臓腑の底を巡っている。
 真一郎を殺した奴を、エマを殴り消えない傷を負わせいずれ殺すイザナを、将来場地圭介を殺す一虎を。
 俺の大切な人々を殺そうと企てる稀咲鉄太を。
 許すな、殺せと。

 黒い衝動、と紙面で佐野万次郎は言っていた。
 言い得て妙。だが、だが。頭の中の知識を思い起こせばこれではまるでーー


「本日の対戦カードは桜中の小島! そして溝中の山本だ!」
「……」
「……マイキー?」

 この世界線にヒーローは来ない。わかっていた。

「くっだらねぇ試合。帰る。ケンチン、主催ボコっといて」
「……ああ、わかった」


 この世界に救い。ならば。

「――あ、じいちゃん? 校長先生から言われてたアメリカ留学なんだけど……うん。行こうと思う」

 ふと、ずっと渦巻いていた衝動が少し収まった気がした。





[*前] | [次#]



[戻る]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -