「ねえねえ母さん。わたしの父さんって、どんな人だったの?」


それはとある春の日。親子二人で満開の桜の花を見に来ていた時のこと。
幼いわたしは父、母、子供の三人家族が桜の木の下でお花見をしている様子を見て、ふと母に尋ねた。わたし自身はその質問に深い意味はなかったのだが、突然父のことを尋ねたわたしに、母は少し驚いたかのようにきょとんとした表情を浮かべる。しかしすぐにその優しい瞳を細めると、わたしから目の前の桜の木へと視線を移し、ゆっくりと口を開いた。

「男の人なのに花が似合ってしまうような…とってもきれいな人だった。」

薄桃色の花びらを散らす桜の木を見上げながらそう言った母の顔は、今までわたしが一度だって見たことのない顔だった。遠い思い出を想い返すような、恋をする少女のような、今にもこの桜の花びらに淡く溶けてしまいそうな…美しい顔。
そんな母の顔を見たわたしは、今まで弱音一つ吐かず女手一つでわたしを育ててきた母に、この世からいなくなってからもこんな顔をさせる父を、なんだか憎たらしく思った。それと同時に今まで写真でしか見たことがなく、母もあまり話すことのない父…うちはイタチが生前一体どんな人物だったのか、純粋に気になった。

***

その日はわたしが幼い日に母と見上げた時のように、満開の桜がひらひらと薄桃色の花びらの散らしていた。母が倒れたと聞いたわたしは、任務開けで全身怪我だらけだった体の痛みも忘れて母が運ばれた病室へと駆け込んだ。早くに夫である父を亡くし、女手一つでわたしを育ててくれたわたしのたった一人の母。すでに何人かの人が駆けつけていた母の病室にわたしが駆け込んだ時、窓から薄桃色の花びらが真っ白いベッドに横たわる母へと降り注ぎ、真っ白な母の肌に薄桃色を散らしていた。
母が倒れた原因は以前から患っていた病だという。それを医師から聞いた時、わたしの頭は更に真っ白になった。何故なら、母は今まで病を患っているだなんて一言も口にしていなかったからだ。
倒れるほどに具合が悪いにも関わらず、母は慌てて病室に入ってきたわたしに気がつくと、いつものように優しい笑みを浮かべた。相変わらず窓からひらひらと降り注ぐ薄桃色は今にもわたしに向けて微笑む母のことを連れて行ってしまいそうだ。周りの目さえ気にも止めず、わたしは必死に母を呼んだ。

「かあ、さん…母さん…!」

わたしの声は自分で思っていた以上に震えていて、口を開いたことで口に入り込んできた涙がなんだかしょっぱい。けれどわたしは口を開かずにはいられなくって、今にも消えてしまいそうな母を何度も何度も呼んだ。そんなわたしの声を黙って聞いていた母は、わたしの気も知らずに笑う。

「私は…大丈夫。」

わたしを心配させまいと笑顔でそう言う母に、わたしは今までの母との思い出を思い返しながら、母はどんな時でも強がりで無茶ばかりな人だということを改めて感じた。そんなことを思いながらわたしが母を見つめていると、ふと母の目が驚いたように見開かれる。突然変わった母の表情にわたしが違和感を覚えていると、母はその瞳をゆっくりと細めてわたしが幼い頃たった一度だけ見た…あの美しい顔を見せた。
そしてそっと口を開き、とある名前を紡ぐ。

「   」

母はその一言を最後に、ゆっくり目蓋を閉じた。それはまるで物語に出てくる姫のように美しく、儚かった。ゆっくりと上下する胸だけが母の生を静かに伝えていた。
そんな母の姿を前に、先程まであんなに声を上げていたわたしは、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。わたしの耳に甦るのは、つい先程…小さな声がしっかりと紡いだたった一つの名前。

「イタチ。」

思えばわたしは、幼い頃からその名前を聞くと自然と胸が締め付けられていた。母がその名を呼ぶと、大好きな母が自分を見てくれなくなるようで怖かった。気がついた時にはわたしの中で抑えていた気持ちがついに、こぼれ落ちていた…わたしはこの日を境に、母に会うことが怖くなった。


まばたきの泡

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