母から聞いた話、わたしの父親というものはわたしが生まれる前に亡くなったらしい。そんなわたしは生まれた時からずうっ一緒に居てくれた、たった一人の母に育てられた。顔も知らない父を恋しく思ったこともあったけれど、 そんな寂しさをも埋めてくれるほど母はわたしを愛してくれたのだった。

「なまえ。」

優しい声でわたしの名を呼びながら頭を撫でてくれる母。
母はとても美しいひとだった。濡れ羽色の長い髪に透き通るような白い肌。可憐な細い指先。人形のように整った顔。なにも知らないわたしでも、母が周りの人よりずば抜けて美しいということはわかった。わたしはそんな母の優しい声も綺麗な顔も頬を撫でる髪の毛も、全部全部、大好きだった。わたし達の生活は貧しくて厳しくて。辛いこともたくさんあったけれど、わたしと母は確かに幸せだったのだ。
けれどそんな幸せは、ある日母が倒れたことで崩れ去る。
母は幼いわたしのため長い時間働き続け、それが身体に触ったらしい。日に日に弱っていく母を何も知らない子供のわたしはただ見つめることしかできなかった。何もできない、ただそれだけがとてもとても悔しかった。もしも、わたしに力があったのならば何かが変わったのだろうか。わたしは毎日そう思いながら自分の弱さを悔やんでいた。
そんなわたしがある日見つけたのはとある"施設"。その施設は魔導の力を高める為の実験など、人体実験が行われている場所だった。施設の片隅にはたくさんの"ヒト"。施設の人達はそんな人達を失敗作、と言ったけれど、幼いわたしには何故それが失敗なのかわからなかった。
何故なら、みんなみんな必死に生きていたから。
わたしはそれをただ美しいと思った。
けれど少しずつ髪色が抜けて肌が青白くなっていく自分自身の姿を見る度に、自らがとても恐ろしく感じた。それでもわたしは"強くなる"ため、禁忌の場所へ通い続けた。
ただ力を欲したわたしは、禁忌を犯したのだ。

***

「まだ小さいのに可哀想ねえ。」
「それにしてもあの子、気味悪いわ。髪も肌も真っ白…」
「あぁ…あの子、施設の人体実験の"失敗作"らしいわよ?」

ざわざわと聞こえてくる人の声。
きっとそれはどれもわたしに対しての同情や好奇や批判だろう。けれどわたしはまるで世界にわたしだけが残されたかのように、周りの音は全く耳に入ってこなかった。聞こえて来るのは母がたくさんの綺麗な花と共に眠りについている棺が燃える音だけ。その色とりどりのたくさんの花達は全てわたしが摘んだもの。
けれど燃え上がる炎はわたしにとって現実味がなかった。少し前までは確かに母はわたしの隣にいて、どんなに具合が悪くてもわたしに笑いかけてくれて、優しい笑みを見せてくれて、わたしの名を呼んでくれて…力を持っていれば母のことを守れると、思っていたのに。
結局わたしは今までずっとわたしを守ってくれた大好きな母のことを守ることもできなかった。意識すると次々と耳に入ってくるたくさんの言葉達…化け物。その通りだと思った。
人より俊敏に動くようになった身体も、剣のように物を切り裂くようになった髪の毛も。血のように赤い瞳も真っ白な髪も。全部全部わたしが"化け物"だという証明だ。記憶の中によみがえる母の美しい笑顔。わたしは美しい母とは大違い。
目から溢れてきた生暖かい雫が頬を伝って、地に落ちた。

生きてもないのに朝は来る

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