"なまえ。ほら、ここがやくそくのばしょ"

…ああ、またこの夢。
わたしが森に捨てられた時の夢、だ。
ふわふわ浮いていた身体が草の上に落とされて、その後、上から降ってくる声。その女の人の"声"に閉じていた目を開けると、飛び込んできたのは緑色で埋め尽くされた景色。緑色から所々漏れ出す光。鳥の鳴き声…妖、の騒ぐ声。それ、は、見知らぬ景色。
"彼女"は、わたしをそのまま森の中に置いて、どこかへ行ってしまう。
待って。いや、置いていかないで。怖い、苦しい、さみしい。
わたしをひとりにしないで。
わたしの声が聞こえていないかのように、"彼女"は金色の長い髪を揺らしながら、振り返りもせずに歩いていく。
ぼうっとする頭は、働かず、わたしに正常な判断を下さない。
そういえば、わたしが今呼んでいる"彼女"は、だれ。こんなに必死に求めている、のに、わたしは"彼女"の顔、も名前も、しらない。
わたしの脳はただ、"わからない"を繰り返す。

"わたしはだれ?"

「……!!」

シーツを強く握り締めながら、わたしはベッドから飛び起きた。

「…は、あ……」

今、わたしの目に映っているのは、見たことのある、四家の屋敷の客間。わたしのベッドの隣には、浜路が眠っているベッド。窓から見える外はまだ暗い。
…わたしの知っている、景色。
ここは、わたしの知らない場所じゃない。わたしは、ひとりぼっちじゃない。
その事実に安堵して、ほっと溜め息をつく。胸に手を当ててみると、わたしの心臓はまだどきどきと波打っていた…嫌な夢をみた。
ずっと前の記憶。わたしが信乃達と出会う少し前、大塚村の近くの森に捨てられた時の記憶。
あの時森にひとり取り残されたわたしは、しばらくしてちょうど森の近くまで来ていたらしい四白、それから信乃、荘介、浜路に見つけられた。
わたしには捨てられた時以前の記憶がまったくなく、わかったのはわたしを捨てる時に"彼女"が呼んだわたしの名前、だけ。身よりのないわたしは、そのまま大塚村に引き取られたのである。

「はあ…」

少しだけ気持ちが落ち着いてきて、自分の着ている寝間着を確認すると、汗でぐっしょりと濡れていた…このままでは眠れそうにない。
浜路が起きないようにそうっと荷物を探って、新しい寝間着に着替える。そんなことをしている間にわたしの目はぱっちりと醒めてしまい、もう一度布団に潜ってみるもどうしても眠りに就けない。わたしは再びなるべく静かに立ち上がり、部屋を出た…水を飲めば少しは落ち着くかな。
こんな時間だし、きっと誰も起きてはいないはず。

「こんな時間に何をしている?」
「わっ…!!」

一人、台所で水を飲んでいたわたしに誰かが声をかけた。誰も起きていない、と思っていたわたしは、突然のことに飲んでいた水を吹き出しそうになってしまう。
後ろを振り向いてみると、そこにはわたしも知っている人物。

「さ、里見さん…」
「…信乃といいお前といい、いちいち声が大きいな。」
「あ、す…すいません…!」

そういえばけっこう大きな声を出してしまったけれど、今は真夜中、なんだった。けれど、里見さんでよかった…これで変なモノ、とかが出てきたら困るもの…それにしても、里見さん、こんな時間までなにしてたんだろう。わたしが首を傾げているとわたしの考えていることがわかったのか、彼は仕事だと答えた。

「お前達のことやらなにやらやることが多くてな。」
「お、お疲れ様、です…」

そういえば、わたしの銀髪のことも里見さんがなんとかしてくれたみたいだし…信乃の村雨のことも荘介のことも、教会本部に上手く隠してくれたみたいだし……面倒なことばかりだから、確かに里見さんの仕事も増えるだろう。

「それよりなまえ。お前はどうしたんだ?こんな時間まで起きてると、朝寝坊して荘介に怒られるぞ。」
「う…えっと…嫌な夢を見てしまって。だから水を飲んだら少しは落ち着くかなって。」
「夢、か。」

里見さんはわたしを見て目を細める…けれどわたしには彼がなにを考えているのか、よくわからなかった。里見さんって、やっぱり不思議なひと…そして、どこか懐かしさを感じるひと。
夢といえば、わたしの夢の中に一度だけ、里見さんの姿が出てきたことがある。あれは曖昧な、五年前の出来事の夢。
" ならば願え、強く。"

「里見、さん。」
「…何だ?」
「五年前、瀕死だったわたしに言葉をかけたのも…助けてくれたのも、やっぱり里見さん、ですか?」
「……」

わたしの問いに里見さんは口を閉ざしたまま、答えない。
そういえば、この人はいつもこうだ。大事なことや知りたいこと、重要なことについては口を閉ざしてばかり。
わたしが半ば諦めかけていた時、里見さんがその閉ざしていた口を開いた。

「…まあ、半分正解で半分間違いだな。」
「はん、ぶん…?」
「お前の命を繋いだのは、私ではない。」

里見さんが質問に答えてくれるとは思っていなかった。彼が質問に答えてくれたことに満足してしまったわたしは、結局しっかりとした答えをもらっているわけではないことに気づいていなかった…なかなか上手くいかないなあ。

***

「ふあ…」

洗濯を終えた借り物の着物をたたみながら、今日何回目だかわからないあくびをこぼす。昨晩夢のせいでよく眠れなかったためか、いつまでたっても眠気がとれなのだ。そんなわたしに、隣で同じく借り物の服をたたんでいた荘介が寝不足ですか、と尋ねてきた…う、まずい。

「う、うん…!ちょっと、ちょっとだけね!」
「ちょっと…ねえ。あまり夜更かしをしては駄目ですよ。」
「わ、わかってます!」

…だって、崩れた生活をして荘介に怒られるの、嫌だもの…荘、いちいち怖い、し。
そんなことを思っていると、わたしの思っていたことがわかったかのように、荘介は妙にきらきらとした笑みをみせる。

「怖い、ですか?俺はなまえを心配してるんですよ。」
「う、な…なんでわかるの…!」
「なまえは顔に出やすいから、大体わかります。」
「かお…」

荘介の言葉に、わたしは試しに自分の顔をつねってみる…そんなに、出てるのかな。けれど思い返してみると、昨晩里見さんと話をした時も、里見さんはわたしの考えてることがわかったように話してる部分があったような、気がする…そういえば信乃もそうだ、なあ。
一人で自分の顔をいろいろ触っていたわたしの隣で、ふいに荘介が立ち上がった。その手には先程までたたんでいた服が抱かれている。

「服、返しに行くんだよね?わたしも行く。小文吾さんにちゃんとお礼言いたいもの。」
「なまえも?いいですけど…迷子にならないようにしてくださいよ?」
「う、うん。」

そんな会話をしながら歩き始めたわたし達に、今度はぱたぱたと元気のいい足音が近づいてきた。この足音はきっと、わたし達の幼なじみである信乃、である。

「荘介!なまえ!」
「信乃。」

やっぱり。村雨を肩に乗せてこちらに駆けてくる信乃は今日も元気…わたしにも、わけて欲しいです。

「二人とも、どっか出かけんの?」
「はい。小文吾さんに昨日お借りした洋服の洗濯がすみましたので。」
「俺も行く。」

きっぱりと答えた信乃に、荘介は人数が増えましたねえ、なんてこぼしながら了承する。けれど、ふとわたしの頭に浮かんだのは、昨日鬼の形相でわたし達を迎えに来た浜路。

「そ、そういえば浜路、は…?」
「浜路も出かけたぞ。秋から通うガッコの下見だってよ。」
「ではまあ。鬼のいぬ間に。」

信乃の言葉に、浜路には悪いけれどほっと、溜め息をつく。これで浜路に見つからずに帰って来れれば、怒られることもない、はず…浜路がわたし達を心配してああしてる、っていうのは、十分理解しているのだけれども。

「あー俺旧市街で豚まん食いてーな!」
「え…信乃まだ食べるの?さっきお昼食べたばかりなのに。」
「だって豚まんうめぇんだもん。なまえも食えば?」

旧市街の大きな豚まんを思い浮かべながら会話をしていたわたしと信乃。そんなわたし達の期待を裏切るように、荘介が却下ですね、と言い放つ。荘介の言葉にもちろん信乃はブーイングをもらす。

「ったく…信乃もなまえも、小文吾さんに言われたことを忘れたんですか?」
「…あ。」

荘介の呆れ顔に、わたしは頭の隅に追いやっていた事実を思い出す。そういえば、信乃とわたしは、笙月院の坊主さん達に探されているんだった。旧市街を通ったら、それこそすぐに見つかって、また面倒なことになってしまう。
豚まん…と、とても残念そうな顔をしていた信乃だけれど、荘介のまた今度、という一言にぱあっと表情を明るくさせた……信乃ったら、可愛い。

「…なまえ。お前今、めっちゃ余計なこと考えただろ?」

可愛らしく笑顔を見せたと思ったら、今度はジト目でこちらを見つめてくる信乃…あれ、また考えていることバレちゃった、のかな。

「え…?信乃が可愛いな、って。」
「可愛い、だそうです。良かったですねえ信乃。」
「良くねぇ!!」

信乃を茶化す荘介に、信乃はさらにジト目でわたしを見る。機嫌を直して欲しい、という意味で信乃の頭を撫でてみたら、さらに視線が鋭くなってしまった…少し、やりすぎた、かも。

「あ、そういえば信乃も忘れ物。」
「…信乃も?」

信乃、忘れ物なんてしてた、かな。首を傾げているわたしに対し、信乃はぎくり、と肩を揺らす。

「目玉のヤツですよ。迷惑にならないうちにとっとと回収しないとね。」
「目玉の子…」
「……ワザと置いてきたんだけどな…」

そういえば目玉の子、忘れて、た。
目玉の子は、わたし達を助けて水を吸って巨大化してしまったんだっけ。ということは、今更だけれど目玉の子はわたし達の命の恩人…ということ、かも。

「…目玉の子、名前とか付ければ、もう少し愛着わくかなあ?」
「はあ!?突然何言ってんだなまえ!!頭大丈夫か!?」
「あ、頭は大丈夫です…!」

荘介はそんな会話をしているわたし達を見て、はあ、と溜め息をつく…この光景も随分見慣れたものになってきた、なあ。
目玉の子のことを頭に入れつつ、わたし達は小文吾さんと現八さんがいる屋敷へ向かったのだった。

***

借りた服を返すため、目玉の子を回収するため、お礼を言うため、小文吾さん達がいる屋敷に訪れたわたし達。
服をお返しして、随分と太ってしまった目玉の子を回収したところまでは予定どおりだった、のだけれども。

「黒豚!!特選!!」
「す、すごいお肉…」
「宿の厨房からかっぱらってきたやつだからよ。たしかにいい肉だぜ!」

今、わたし達の前にあるのはとっても美味しそうな肉とみずみずしい野菜。しゃぶしゃぶの用意である。
わたし達は小文吾さんに夕食に誘われ、結局ご馳走になることになったのだ…また夕食いただいてしまっていいの、かな。
そんなことを考えているわたしの隣では、信乃と村雨が目を輝かせながら肉を見つめている。

「ちっさいんだからたんまり食って大きくなれよー!信乃!」
「おう!」
「なまえもだぞ!ほらほら、遠慮すんな!」
「は、はい…!」

いいのか、な。そう思いつつ隣を見ると、信乃はもうしゃぶしゃぶを食べ始めている…これ、宿で食べたらとっても高いんだろうなあ。
向かいの席の現八さんは、いつもより数十倍素直な信乃を頬杖をつきながら不思議そうに見つめていた。

「信乃……えらい素直だな…」
「…食べてる時だけですから、あまり甘やかさない方がいいですよ。」
「るへーよ!!」

荘介にはきっちり言い返しながらも、片手では村雨との肉争奪戦を繰り広げる信乃。このままだとわたしの夕食もなくなってしまいそうなので、わたしもしゃぶしゃぶいただくことにした。

***

しばらく賑やかにしゃぶしゃぶをしていたわたし達だったが、ふいに飛び上がった村雨に食事を一時中断した。
先程から気にはなっていたけれど、外の様子がなんだか変な、気がする。ぱちぱち、となにかの燃えるような音、外から聞こえてくるこの音は、わたし達が出している音ではない。信乃は村雨を刀の姿に変えた。小文吾さんと現八さんは、その光景をぽかん、と見つめる…確かに鴉が突然刀の姿になったら、驚く、よね。

「……今、確かに鴉が刀に…」
「ああ!?今そんなこと云ってる場合か!?とっくに囲まれてるぞ!!」

信乃の怒鳴り声にわたしも閉ざされた障子の向こうを確認する。ゆらり、障子の向こうで誰かの影が揺れる…これ、結構不味い、かも。
そんなわたしに対し、現八さんは周りの様子を確認してにやり、と不敵に笑う。そして、部屋の隅にあった立派な刀を荘介に投げた。

「信乃が持っているものよりは大分劣るが、この際ないよりマシだ。使え!」

現八さんも小文吾さんも、それぞれ刀を片手に持つ。それぞれ片手に刀を握った彼らの中で、なにも防御するものがないわたしに、小文吾さんがなまえは…と周りを見回す。

「…鍋でも、被るか?」
「い、いえ…!あの、遠慮します!」

台所を指さしながら言った小文吾さんに、わたしはぶんぶんと首を横に振る…流石に、鍋を被るのは…うーん。

「なまえ一人くらい俺と荘介がなんとかするから大丈夫だよ。なまえ、お前今度はふらふらどっか行くなよ。わかったか?」
「は、はい…!」

信乃の言葉に今度は首を縦に振って、邪魔にならないように、信乃と荘介の後ろに下がる。
がたん、障子の向こう側から障子に手がかけられた。

「…信乃じゃあるまいし、こんなものを振り回したと知ったら浜路が怒りますかね?」
「大丈夫、俺達黙っといてやるから。」
「う、うん…」
「そうですか。では…」

頷いた荘介は刀を鞘から抜いて、ざくり、と障子を切り裂いた。力強く振られた刀は、障子の向こう側にいた坊主をざっくりと切り裂く。

「さ、火が回らない内に逃げますよ。」

刀を一振りして坊主の返り血を落とした荘介は、坊主が倒れる間もなくわたしと信乃を掴んで部屋を移動した。わたしと信乃は半ば荘介に引きずられるように廊下を歩く。
荘介が外へ出ようと戸口を開けた瞬間、なにか、がわたし達を襲った。なにかは瞬く間にわたしの髪に群がり始める。

「なまえ!」

信乃がその纏わりつくなにかをなぎ払うために刀を振ると、それはぼたり、と地面に落ちた。それでも切りがなくわたし達を襲そう、それ。

「蟲……!?」

わたし達の目の前に立ちはだかったのは、青蘭が引き連れていた大量の気味の悪い蟲だった。

***

見渡す限り蟲、蟲、蟲。
髪の毛に纏わりつく蟲をわたしも地面に落ちていた枝でなぎ払いながら追い払おうとするも、蟲は次々と寄って来るのできりがない。切りのない蟲とは違い、わたしの身体には細かい生傷が増えていく。しばらくの間蟲に応戦していたわたし達だったけれど、いっこうに蟲ばかりで晴れない視界に溜め息が出てくる。

「ここからは無理です!蟲が多すぎて…」
「くそ…っ。切っても切っても出てきやがる!!…ん?」

むぎゅ。
信乃の足下から聞こえた妙な音。
半ばヤケになりながら村雨を振り回していた信乃は、村雨を振るために体制を変えた時、なにかを踏んでしまったようだ。視線を下へ向けると、そこには信乃に踏まれている目玉の子の姿が。目玉の子を確認した信乃は目を丸くした後、うぎゃーと叫び出した。踏んじゃった!!と騒ぐ信乃を荘介が呆れたように見つめる。

「いい加減諦めて飼ってあげますか、これ。」
「う、うーん。わたしはまあ、いいけど…信乃が、ね。」
「そうですね…」

信乃に相当嫌われている目玉の子。先程まで踏まれていた目玉の子をまじまじと見ていると、目玉の子はどうやらなにかをむしゃむしゃと食べているようだ…なに、食べてるんだろう。

「一晩のうちに現八さんがずいぶん餌付けをして下さったみたいですね。さっきから何を食……」

荘介と一緒に目玉の子の後ろ側を見てみると、そこには目玉の子の口…?のようなものに、蟲がもっさりと詰まっている光景が…わたしは、思わず顔を引きつらせる。そんなわたしとは反対に、目玉の子はどこか機嫌そう。荘介もなにかを思いついたようで、信乃に向かってきらきらとした笑みを送った。

「信乃、今すぐ風呂場へ行って水をお願いします。」
「え!?」

荘介の言葉に、信乃はびくりと体を揺らしながら振り返った。水…最初はピンとこなかったわたしだったけれど、目玉の子の姿を見つめて、はっとひらめいた。そういえば目玉の子は水をかけると大きくなるのだ。目玉の子が大きくなってもっとたくさん蟲を食べてくれれば、わたし達も先に進めるだろう…荘介、さすが。わたしと同じく信乃もそれに気がついたのか、目玉の子を苦笑いで見つめている。

「しょうがねぇ…やるか。」
「わ、わたしも、手伝う…!」
「お前も!?」
「…だって、こういう時は人が多い方がいいでしょう?」

…わたしだって、なにか二人の役に立ちたいもの。服の袖を肘まで捲って、わたしは先を歩く信乃に続き、まだ火の回っていないお風呂場へと向かったのだった。

***

「やっと出られた…」
「う、うん……」

結局最後は表で蟲の相手をしていた荘介も手伝って、目玉の子を大きくすることに成功したわたし達。大きくなった目玉の子は、見事蟲を残さず綺麗に食べてくれた…目玉の子、すごい。
やっとのことで外に出られたわたし達だったけれど、屋敷はまだ炎に包まれたままだ。

「信乃!!なまえ!!外に出られたのはいいですけど。」
「火を消さないとな…!あ!!現八に小文吾!!」
「…まだ、屋敷の中にいるのかな。」

勢い良く燃え上がる炎。もう逃げたならいいけれど、ここまで炎が燃え上がっている状態でまだ中にいる、なんてことだっなら、逃げるに逃げられないだろう。

「蟲に気取られてて忘れてた。」
「…そうですね。」

さんざんお世話になっていて本当に本当に申し訳ないけれど、わたしもである。そんなわたしの隣で、空を見上げながら信乃が村雨を構えた。そういえば村雨は、雨を降らすこともできたんだっけ。

「お前のその名が示す通り。」

信乃が村雨を空にかざすと、炎で赤く燃えていた空に雲が集まってくる。村雨の黒い羽が闇に溶けた瞬間、わたし達に降り注いだ水滴。少しずつ勢いを増していった雨は、赤く燃えた空をも掻き消していった。

***

雨がすっかり屋敷の火を消した頃、わたし達は姿が見えない小文吾さんと現八さんを探すため、屋敷の周りを回っていた。それにしても、本当に二人は大丈夫なのだろうか。真剣に心配をしているわたしの隣で、信乃は二人ならピンピンしてるはず、なんて軽い返事を返してくるので、わたしまで気が抜けてしまう。

「おーい!生きてるかぁ!?」

信乃の声に、屋敷の隅で黒い二つの影が片手を上げて返事をした。その場所へ近づいてみると、胡座をかいている小文吾さんとぼうっと寝転がっている現八さんの姿が。二人とも服がとても乱れていて、二人がいる場所も先程の炎のせいで全焼している。
けれど、なんだか二人ともすっきりしたような、言いたいことを言えたような顔をしている気がした。

「あ、ホラ見ろよ!やっぱ俺の言った通りピンピンしてやがるだろ!?」
「あ、あはは…」
「大丈夫ですか?二人とも。どこか怪我は?」

荘介の問いに小文吾さんは大丈夫、と返事をするが、現八さんはぼうっと空を見上げたままだ。そんな現八さんに、信乃が近づいて顔を覗き込む。

「現八?平気か?」

そんな信乃を見た現八さんは、はっとしたように目を見開くと、なにやらぼそぼそと呟き始めた。

「…いたな。気が強くて、絶対死ななさそーな奴…」
「ハ?」
「よく見りゃ顔は好みだし、あと五〜六年育てば…」
「ギャー!!兄貴っそれは犯罪ですから!!」

信乃の顔をがしりと掴んで、なにかに取りつかれたようにぶつぶつと話始める現八さん。それを聞いた小文吾さんはぎゃーぎゃーと発狂し始める。信乃、そしてわたしと荘介は、一体なにが起こっているのだかわからず、ただただ首を傾げることしかできない。

「大体信乃は男だろ!!」
「男なら尚更いいよな…」

…現八さん、なにか、あったのかなあ。他人事のようにその光景を見つめていると、ふと、目があった小文吾さんに突然あ!と指をさされた…あ、れ?

「ほら!!男じゃなくても、ここに女のなまえがいるだろ!?気は弱そうだけど、意外としっかりしてそうだし!!顔も…!」
「は、はい!?」

な!と、返事を求められたけれど、話が全く見えないのでなんとも、言えない。
けれど、わたしがしっかりしてそう、というのは間違いでは、ないだろうか……わたしを良くも悪くもよく知っている信乃と荘介は小文吾さんの言葉に肩を震わせて笑っている…なんでそんなに、わらうの。

「なまえか。確かに顔は…いや、でも性格が……それに女だもんな…」
「わー!!兄貴ィ!」
「……う、うーん?」
「?何なの?」
「さあ…」

結局、わたし達には小文吾さんと現八さんの言葉の意味はわからないままだった。まあ、二人が元気になったのなら、いいとは思うけれども…なんだかいろいろ、複雑なきもち。


生きるという終着点
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