でびあくましゅうどうしさん(2)


「ちょっと待っててね!クッキーすぐに準備するから!」
「む、むぅ…(お邪魔します…っ)」

なまえちゃんに抱きかかえられたまま、彼女の部屋に辿り着く。 リビングに着いた途端、キッチンへと向かうなまえちゃんの背を目で追い、十分に離れたことを確認すると、ふぅと深く深呼吸をした。 つい先程まで彼女に抱き上げられていた私の心臓は、未だドキドキと音を鳴らしている。 …くそ、でびあくまはいつもあんなに良い思いを…って、違う違う!今はそんなことを考えている場合じゃなくて…っ

「お待たせ〜!どうぞ!」

邪な考えを払おうとブンブンと頭を左右に振る私だったが、コトン、と皿が置かれる音でハッと我にかえった。 自分の行動の恥ずかしさから彼女を直視出来ず、そのまま視線を目の前に置かれた白い皿へと向ける。

「むう…(すごい…どれも美味しそうだ…)」

プレーン、チョコチップ、ココア、抹茶…豊富な種類のクッキーが綺麗に盛り付けられていて思わずジッと見入ってしまう。 夕飯を食べ損ねた私にとって、それはあまりにも魅力的で…こんな状況にも関わらず、ぐぅぅ、と気の抜けたような音を鳴らしてしまった。

「ふふっ、お腹すいてたんだね。 沢山あるから遠慮せずに食べて?」
「っ、むぎゅ…っ!(は、恥ずかしい…穴があったら入りたい…っ!)」

カアッと体が熱くなる感覚に、思わず両手で顔を覆う。 モフッと頬に当たる自身の手に顔を埋めながら、チラリとなまえちゃんへ視線を向ければ…とんでもなく優しい微笑みを浮かべていて、私の熱は更にカアッと急上昇した。

「むっ、むうっ…!(か、可愛い…っ!)」
「…?どうしたの?食べないの?」
「むっ!?むぎゅ!(ちっ、近っ…っ!)」

一向に食べようとしない私を不思議に思ったのか、なまえちゃんはずいっとこちらへ顔を近づけ問いかけてくる。 首をこてんと傾げながらこちらを覗き込む大きな瞳の可愛らしさに耐えられなくて、咄嗟にクッキーを掴むとそのまま口へと放り込んだ。 …そんなに可愛い顔を至近距離で見せられたら…心臓がいくつあっても足りない…!
私がクッキーを口にし始めたことに満足したのか、彼女はスッと元の位置に座り直しニコニコと笑顔を向けてくれる。 空いた距離にホッと息を吐き、少し落ち着いたところで、改めて口の中の香ばしい香りに意識を向けることが出来た。

「むっ、む…っ!!(美味しい…!バターの香りがすごく濃厚で…だけど、しつこくなくて…っ!)」
「お口に合ったかな?」
「むっ!む〜!!(すごく美味しいよ!なまえちゃん!)」
「ふふっ、ありがとう!そんなに喜んで貰えて、とっても嬉しいな」

言葉が出せない分、全身で美味しいと表現しようとする私の意図を読み取ってくれたのか、頭を優しく撫でてくれるなまえちゃん。 そのあまりの心地良さに、思わずうっとりと彼女の手に擦り寄ってしまう。

「(ハッ…!わ、私は何を呑気に癒されているんだ…っ!私(中身はでびあくま)が起きてしまう前に部屋に戻らないと…!)」
「それにしても…やっぱり君は他の子と何だか違うね?」
「むぎゅ!?(えっ!?)」

部屋へ戻ろうと画策する私の耳に飛び込んでくる、衝撃の言葉。 …や、やはり魂が入れ替わったことに気づいているんじゃ…っ!?

「落ち着いてるというか、なんというか…私の言ってること、ちゃんと理解しているみたいだし…」
「っ、!」

ギクリ。 勘の鋭いなまえちゃんのセリフに、思わず体が強張ってしまう。 たらりと冷や汗が背中を伝うような感覚にドクドクと心臓がうるさく鳴るのが加わり、嫌な緊張感が私を襲った。 そんな私なんてお構いなしに、彼女は言葉を続ける。

「遠慮がちだったり、抱っこされるのを恥ずかしがったり、反応が何だか……」
「(な、何だか…?)」
「…レオ君にそっくり!」
「むぎゅ!?(っなっ!?!?)」

核心を突いた彼女の言葉に、ビクッと大袈裟に反応してしまった。 ドッドッと先程よりも心拍数が上がり、汗もダラダラと流れ落ちてきている。 …ど、どうする、レオナール!?いっそのこと、筆談でもして本当の事を伝えるか…!?そんな考えが頭を過ぎったのも束の間、なまえちゃんはニコニコと笑いながら、何でもないように続けて口を開いた。

「…なぁんてね。 あはは、でびあくまもそれぞれ個性があるもんね。 君みたいな子がいても、おかしくないか!」
「む、むきゅ…?(ば、バレて、ない…?)」

ナデナデとまたもや優しい手付きで頭を撫でてくれるなまえちゃん。 どうやらバレてはいなかったようで、ホッとひと安心。

「ふふっ、でも本当によく似てるんだよ?顔を近づけたら真っ赤になるところとか、私が作ったお菓子を食べた時に瞳がキラキラするところとか…って、あれ?どうしたの?」
「むっ…むぎゅ…っ(そ、そんなところを見られていたなんて…っ!!)」
「そうだ!レオ君にそっくりな君に、お願いがあるんだけど…」
「む、う…?(お願い…?)」

『何だろう?』そう思って首を傾げる私に、彼女はふふっと笑みを浮かべる。 『ちょっと待っててね』そう言って彼女は寝室へと向かっていった。 彼女を待つ間、クッキーをもうひとつ手に取り、パクっと頬張る。 程なくして彼女がこちらへと戻ってくるとその右手には、寝室に向かう前には無かった可愛らしいピンクの紙袋が握られていた。 …何の袋だろうか?

「この前、人間界に行った時に買ったんだけどね…どうしてもまだ着る勇気が無くて…」
「む、ぅ?(着る勇気…?一体、どういう…)」
「これなんだけど…」
「っ!?!?…っ、むっ、むぐっ!」

彼女がガサっと紙袋から取り出した、ある物。 それを目にした瞬間、驚きのあまり飲み込もうとしていたクッキーが気管に入り込んでしまった。

「だ、大丈夫っ?」
「む、むぅ…(だ、大丈夫…っ、そ、それより…っ!)」

苦しそうにむせる私を心配したなまえちゃんは、慌てて背中を摩ってくれる。 けれども私の頭の中は、先程目に映ったある物でいっぱいになっていた。

「お店で見た時は、すっごく可愛く見えたんだけど…いざ着ようと思うと中々一歩が踏み出せなくて…」
「む、む…っ!(こ、これは…っ!)」

目の前に広げられたのは…真っ黒な、女性用下着。 それも、只の下着ではない…

「(あ、明らかに布面積が狭い…!!こ、こんなの、着られたら…っ)」

どことは言わないが、隠す気があるのかと問いたくなる程の刺激的なデザイン。 こんな物を目の前にして、想像が膨らまない訳がなく…自然と頭に浮かんでくるのは、下着を身に付けたなまえちゃんの姿。 カアッと一気に体が熱くなるけれど、でびあくまの姿をしている今の私がそんな妄想をしているだなんて、なまえちゃんが考えるはずもなく…

「これを着て、誘惑しちゃおう!なんて、考えてたんだけど…こんなえっちな下着、きっとレオ君、引いちゃうよね…」

しゅんと落ち込むなまえちゃんに、私は頭がもげるんじゃないかと言うくらい何度もぶんぶんと首を横に振る。 引くかもしれない、だって…?そ、そんなの…!!

「む〜!!!むっむ…っ!(ありえないよ…!!引くわけがないじゃないか!!むしろ大歓迎だよ…!)」
「ふふっ、勇気づけてくれてるの?ありがと!」

必死に鳴き声をあげる私を見て、ニッコリと笑顔を見せてくれるなまえちゃん。 先程までの不安そうな表情は消えていて、ホッと息を吐く。 それにしても本当に、すごいデザインだな…再度、チラリと机の上に置かれた下着を見て、そんなことを思う。 こんなイヤらしい格好、興奮しないわけがないじゃないか…っ!そんな邪な考えが頭に浮かんだ、その時。

「…よし!君が居る今なら、この下着、着れる気がする…!ちょっとまってて!着替えてくる!!」
「むぎゅ…っ!?(んなっ…!?)」

なまえちゃんはそう言うと、下着を持って寝室へと入っていく。 …と、とんでもないことになったぞ…っ!!

「(き、着替えるだって…?そ、そんな…っ!!まだ心の準備が…って、今ならこの部屋から出られるんじゃ…?そ、そうだ!早く戻って、私(中身はでびあくま)の様子も確かめないと…!!)」

当初の目的を思い出し、私は急いで扉へと飛んでいく。 しかし、頭の中は先程の下着のことでいっぱいで…

「(なまえちゃんの、下着姿…、す、少しだけなら……って、ダメだダメだ!!このタイミングを逃したら、部屋を出られなくなるかもしれないんだ!……だけど、彼女も、私がいるならと、そう言って…)」
「おまたせ!…って、あれ?でびあくま?扉の前で何やってるの?」
「むっ、むぎゅっ!(し、しまった…っ!)」

私があれこれと考えている間に、着替えを済ませたなまえちゃんが声を掛けてくる。 反射的に声のする方へと視線を向けると、寝室の扉からひょこっと顔だけを出しているのが見えた。

「あっ、もしかして…帰ろうとしてた!?ダメだよ…っ!せっかく着替えたんだから、ちゃんと見てくれないと…っ!」
「っッ〜!?!?!?」

私が帰ってしまうと思ったのか、焦るように寝室から飛び出してきたなまえちゃんが視界に入ったその瞬間。 ピシャアアアンと雷のような衝撃が脳天を貫く。
透き通るような真っ白な肌に映える真っ黒な生地。 辛うじて隠されている大事な部分は、少しでもズラせば見えてしまいそうで…思わず、ゴクリ、と喉を鳴らしてしまう。

「(っ、なんて、イヤらしい格好を…っ!!)」
「で、でびあくま?大丈夫…?な、何だか息が荒いけど…」
「むっ、!?む、むぎゅ!(ハッ…!興奮している場合じゃないだろう…!!は、早くここから出ないと…!こんな誘惑を目の前にして、これ以上耐えられる自信がない…!!)」
「あっ…!待って、でびあくま!」

パッと背を向けて扉へ向かおうとする私を呼び止める声に、ピタリと立ち止まる。 すると、スルリと脇の下に手を入れられて、視線を合わせるように彼女の顔の高さまで抱き上げられた。

「今日は、付き合ってくれてありがと!」
「む、む…っ!(お礼を言われるようなことは、何も…っ!)」
「ふふっ、君のおかげで勇気が出たよ。 今度これを着て、レオ君のこと、頑張って誘惑するね!」
「っッ!?」

そう言って彼女は、私の頬へチュッとキスをするとそのまま部屋の扉へと向かう。 そして扉を開けると『またね』と可愛らしい笑顔で私を見送ってくれた。

「(わ、私を、ゆ、誘惑、するって…、っッ〜〜!!!)」

つい先程目の前にいたなまえちゃんの姿を思い出し、またもやカァッと体が熱くなる。 頭の中は、頼んでもいないのにとんでもない妄想がどんどんと膨らんでいて…自分の想像力の豊かさを喜ぶべきか、恨むべきか…

「(はぁぁぁ…本当に、なまえちゃんは…!どこまで私を魅了すれば気が済むのか…っ!!!)」

心の中で、そんなことを叫ぶ。 予想外の展開の繰り返しだったが、結果的になまえちゃんにも会えたし、とんでもない楽しみが出来てしまったので、結果オーライどころか、大どんでん返しもいいとこである。

「(あとは私(中身はでびあくま)がまだ部屋で眠っていてくれることを祈ろう…)」

そうして、私は自室へと向かうスピードを早めたのだった。



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