人間界に買い物に行く話(1)


「「 人間界に買い物に行きたい!? 」」
「ウン」

つい先程『話があるから、牢に来て』と姫に呼び出された私と魔王様。 滅多にない彼女からの呼び出しに、何かあったのでは!?と慌てて彼女の元へと駆けつけたのだが…私たちを待っていたのは、ワクワクと瞳を輝かせる姫とそわそわと落ち着かない様子のなまえちゃんだった。 『一体、どうしたのだ!?』と、尋ねる魔王様に返ってきたのは、まさかの『人間界に買い物に行きたい』と言う姫の一言。 そのあまりに唐突なお願いに、私たちの驚きの声は見事に重なってしまったのである。

「昨日、なまえちゃんと人間界のファッション雑誌を見てたら色々欲しくなっちゃって。 ね、なまえちゃん」
「うん…!人間界の洋服とか雑貨がすっごく可愛くてねっ、姫と一緒に私も人間界にお買い物に行けたらなぁ、って…」

もじもじと上目遣いでこちらを伺うような仕草を見せるなまえちゃんは、今日もいつもと変わらずとっても可愛い。 うん、可愛いよ?…可愛いけれどっ!!

「だっ、ダメだよ!!そんなの、危険すぎる…っ!」
「あくましゅうどうしの言う通りだ!それに以前、最寄りの街へ行ったときにも言ったが…姫は我々魔族側の人質なのだぞ!?もし人間に見つかりでもしたら…魔王として、そのような軽率な行動は、断じて許すことは出来ない!!」
「あ、あはは…やっぱり、ダメだよね…」
「うぐ…っ!」

魔王様の厳しいお言葉に、しゅんと肩を落とすなまえちゃん。 そんなに悲しい顔しないでくれ…っ!と思わず許してしまいそうになるのを、グッと堪える。 もしも姫が人間に見つかってしまった場合…一緒にいるなまえちゃんに危害が及ぶのは分かりきっている。 それを思うと私も魔王様と同じく、彼女たちの要望を聞き入れる訳にはいかないのだ。

「…ふたりのケチ。 視察扱いならいいって、前は言ってたくせに」
「あ、あの時は、我々も見張りとしてついて行っただろう!?」
「そ、そうだよ!それに買う物も『すやすや☆低周波くん』だけだと、最初から決まっていたじゃないか…!」
「まさかのタイミングで『DX(デラックス)』が発売開始されたがな…」

遠い目をして話す魔王様の言葉にあの日のことを思い返す。 確かにあの日は、魔王様が並ぶ行列を間違ってしまったり、姫が順番待ちの間に寝てしまったりと、予想外の連続ではあったが…あの時は列に並ぶだけで目的の物を手に入れられたのだ。 それなのに今回はあろうことか『買い物をする』だなんて…そんなの、不安でしかない…!!

「と、とにかく!君たちふたりで買い物なんて、危険以外の何物でもないよ…!だから、この話は…」
「それなら、タソガレ君とレオくんも一緒に行こう」
「なっ!?」
「わっ、私たちも一緒にっ!?」

姫からの提案にまたもや驚きの声を上げる私と魔王様。 本当に、この子は…!突拍子もないことばかり言い出すから困る…!!そんな驚く私たちを呆れたように見つめている姫はフゥと小さくため息をつくと、やれやれとでも言いたげに再度口を開いた。

「私たちふたりだけだから心配なんでしょ?タソガレ君とレオくんがいれば、問題ないと思うけど」
「しっ、しかし…!列に並ぶだけで良かったあの日とは、訳が違うのだぞ!?」
「買い物ということは、人出の多い場所を歩き回ることになるんだよ…!その意味をちゃんと理解しているのかい!?」
「ぬっ!レオくん、失礼だよ。 ちゃんとスケジュール立ててるんだから。 まずは雑貨屋に服屋、そのあとは新しく出来たカフェ。 それから、お土産用の人気スイーツ店に…」
「バレずに行動したい奴が考えるスケジュールじゃないんだが!?」
「満喫する気、満々じゃないか…!!」

あまりに呑気な計画に、思わず全力で突っ込みを入れてしまう。 一体何時間滞在するつもりなのか…これではただの有意義な休日の過ごし方じゃないか…!と心の中で彼女に悪態を吐く。 本当に少しでいいから、自分が人質だという自覚を持ってくれないものだろうか…なんて考えるが、それが出来ればここまで苦労はしない。 ハァ、と思わず大きなため息がこぼれてしまう私と魔王様を見て、なまえちゃんは申し訳なさそうに眉を下げている。

「姫、残念だけど…あんまり無理を言うのはやめよ?タソガレくんもレオ君も、幹部としての立場があるし…またの機会にしておこう」
「なまえちゃん…」

しゃがみこんで姫の頭を撫でながら、優しく説得するなまえちゃん。 きっと自分も行きたいだろうに、自制して我々の顔を立ててくれる彼女にホッと胸をなでおろす。 本音を言えば、なまえちゃんの行きたいところならどこへだって連れて行ってやりたい。 だけど十傑衆という立場上、そして何よりも、彼女を危険な目に合わせないためにも…ここは私も心を鬼にしなければ…!!

「我輩も連れて行ってやりたいのは山々なのだ。 しかし…人質の姫を人間界に連れて行くなんて危険な真似は、出来る限り避けたい…!」
「万が一、姫の存在が周りにバレでもしたら、その場で争うことになりかねないんだよ…だから、姫。 今回は大人しく言う事を聞いてくれないかい?」

私と魔王様も姫の視線に合わせ、しゃがみ込む。 どうか納得してくれ…!と、願いを込めて彼女の瞳をジッと見つめると、観念したのか彼女はハァと小さく息を吐き出した。

「…分かった。 そこまで言うなら、今回は諦める」
「お、おお…!!そうか!!偉いぞ!姫!」
「分かってくれたんだね…!うん、偉い偉い!」

珍しく、潔く諦めてくれた姫に感動した私は思わず、彼女の頭をよしよしと撫でてしまう。 いつも諦めの悪い彼女にしてはあっけない幕引きである。 もっと粘ると思っていたのだが、予想外に素直で少し物足りないくらいだ。 しかしこれでひと安心。 チラリと魔王様を盗み見れば、彼も安堵したような表情を浮かべている。

「…あーあ、本当に残念。 せっかく可愛い水着も買おうと思ってたのに。 ね、なまえちゃん」
「そうだね…すっごく可愛い水着だったから、着てみたかったけど…仕方ないよ」
「へ?」

今のは、空耳だろうか?…いや、そんな訳はない。 確かに、聞こえた。 私の耳が確かなら…今、彼女は…

「あ、あの…、なまえちゃん、今、何を買うって…?」
「?水着のことですか?」
「お、おい…あくましゅうどうし?お前…っ、惑わされるな「レオくんレオくん」

焦る魔王様の声に被せて、私の名前を呼ぶ姫。 ちょいちょいと私の袖を引っ張り、私に再度しゃがみ込むよう手招きする。 口元へ手をやり内緒話をする仕草を見せたので、私は無意識に姫の口元へ耳を寄せた。

「ちなみに、なまえちゃんが買おうとしてた水着はね…可愛いフリルがついた白のビキニだよ」
「しっ!?、ろの、ビキ、ニ……」

『フリルがついた、白のビキニだよ』
その言葉の破壊力に、ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。 …落ち着け、落ち着くんだ。 冷静になる為に、スゥ、とゆっくり息を吸い込む。 …そうだ、水着なんて魔界でも、売っているじゃないか…!わざわざ人間界にまで行く必要なんて…

「なまえちゃん『魔界には暗い色の水着しか売ってないんだ〜…』って、羨ましそうに雑誌を見てたんだよね」
「えっ!?」
「でも、買い物に行けないなら仕方ないね。 眩しい白の水着姿のなまえちゃんは、諦めるしかないか…残念だね、レオくん」

そう言って、悪魔顔負けの悪い顔でニヤリとほくそ笑む姫。 ま、まさか…私と魔王様が反対することを見越して、この情報を用意していたんじゃ…

「…どうする?レオくん。 この機会を逃したらもう、なまえちゃんの白の水着姿は拝めないかもしれないけど」
「っ、!!」

まさに悪魔の囁きである。 言葉巧みに私を誘導する姫に『そんなものに惑わされるものか…!』と、キッと厳しい視線を送るけれど、頭の片隅には『私と魔王様がついているのなら、大丈夫なんじゃ…』なんて甘い考えが浮かんでいて、ハッと我にかえる。 ダメだダメだ…!自分の欲に溺れるな、レオナール…っ!愛しいなまえちゃんを、みすみす危険な場所に連れて行くなど婚約者としてあるまじき行為、

「あと、もうひとつ。 とっておきの情報を教えてあげる。 なまえちゃん、新しい下着も買いたいって、言ってたよ」
「へ?」
「『もっと大胆な下着を着けたら、レオ君喜ぶかなぁ…』って。 顔赤くして、ほんと可愛かったなあ…あの時のなまえちゃん」
「魔王様!!人間界の現状を知るには、ちょうど良い機会なのではっ!?視察扱いなら問題ないかと…!!!」
「れ、レオ君…!?どうしていきなり…っ?」
「最早、想像通りの展開過ぎて…我輩、言葉が出ないぞ」

私の手のひらの返しように驚くなまえちゃん。 魔王様は何かを察したのか、呆れたような口調で私に冷ややかな視線を送っている。 …だ、だって仕方ないじゃないか…!『大胆な下着』なんて…そんなことを聞かされてしまっては、買い物に行かないという選択肢が私の中にある訳がない!!それに、私を喜ばせる為に、そんなことを考えてくれていたなんて…!こんなに嬉しいことってないよ…!

「はい、決まり。 なまえちゃんとは、明日行こうねって話してたから、ふたりも明日はお休み取ってね」
「あ、明日!?!?」
「そっ、そんな突然休みなんて…っ!!」
「すみません…私、たまたま明日がお休みで…」
「…休み取れないなら、私となまえちゃんで行くからね」
「っ、ああああ!もう!分かった!!!休めばいいんだろう!休めば…っ!!」
「…あはは、最近、有給を使ってばかりだなあ」

ついに腹を括ったのか、魔王様は姫に大声で返事し、『でもまぁ、有給の消化の為だと思えば…』と、ブツブツと自分に言い聞かせている。 無関係な彼まで巻き込んでしまうのは、少し心が痛むが…それでも私は、自分の欲には勝てない…!!ごめんなさい、魔王様。 心の中で、そっと謝罪の言葉を呟いておく。

「…あの、ごめんなさい、レオ君。 私たちのワガママで、こんなことになっちゃって…」
「なまえちゃんは悪くないよ…君は、姫を止めようとしてくれていたし…むしろ、私が勝手に…」
「?レオ君が、勝手に…?」
「あっ、いや、な、なんでもないよ…!ただ、ふたりの行きたいところへ連れて行ってあげたいなぁ…と、思っただけで…!あは、あはは…!」
「レオ君…っ、そんな風に思ってくれてたんですね…ありがとうございますっ」
「うッ…っ!!!」

心底嬉しそうに笑うなまえちゃんの笑顔に、ウッ…!と罪悪感が押し寄せてくる。 そ、そんな純粋で眩しい笑顔で見つめないでくれ…っ!私はただ、自分の欲望に抗えなかっただけなんだ…!!そう、心の中で叫ぶも虚しく…変わらずニコニコと笑顔を向けてくるなまえちゃんに、グサグサと良心が抉られていく。 更に、魔王様と姫からはジトッと冷めた視線を送られて…私のライフはもう、ゼロだよっ!?

「…レオ君とタソガレくんを困らせておいて、こんなこと言うのはどうかと思うんですけど」
「…?」
「…レオ君とのショッピング、初めてだからすっごく楽しみだなあ、なんて」
「っ〜〜!!」

照れたようにはにかむ姿に、私は完全にノックアウト。 ズキュンと胸を打たれた感覚に、ギュッと心臓あたりを握りしめる。 い、今のは、反則だよ…なまえちゃん…っ!!!

「何着て行こうかな…初めての買い物デートだし、とびきりオシャレしなきゃですよねっ、ふふっ、ほんと、楽しみだなあ!」

ウキウキと楽しそうに明日のことを考えるなまえちゃんの姿に、またもやウッと罪悪感が膨れ上がるけれど、明日が楽しみなのは、私も同じだ。 なまえちゃんと買い物デート…想像するだけで、きゅんきゅんと胸が疼いてしょうがない。 思わずニヤつく私だけど、またもや感じる冷ややかな視線。 向けられた視線の元を辿っていけば、こちらを見つめながらコソコソと何かを話している魔王様と姫がいて…

「(分かった…!分かったから…っ!!そんな目で私を見ないでくれ…っ!!!)」

グサグサと刺さるふたりからの視線に、私の心はすでにボロボロである。 けれど目の前には、本当に嬉しそうに笑うなまえちゃんがいて…
そのあまりに愛おしい姿に、私の心ぐらい安いもんさ…と心の底から、そう思うのであった。




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