ギックリ腰になる話


「レオ君…っ、大丈夫?」
「無理をするなと、いつもあれほど言っていたのに…!」
「そうだよ、どうしてそんなに無理をしたの?」
「もっと我々を頼れば良いものを…っ!」

現在、私は自室のベッドの上で横になっている。 そんな私の様子を心配そうに見つめるのは…なまえちゃん、魔王様、姫、改くん。 なまえちゃんに至っては、その大きな瞳にうるうると涙まで浮かべている。

「いや、そんな大袈裟な…!私は大丈夫だか…っ、!いててっ…」
「っ!?だ、大丈夫か!?」
「レオ君…っ!!無理しないで…っ」
「強がってる場合じゃないでしょ!安静にしてないとダメだよ!」
「姫の言う通りだ!!全く…!お前はいつも周りに頼らずひとりで無理をして…!」

少し動くだけで襲ってくる痛みに、思わずウッと動きを止める。 そんな私をまたもや大袈裟に心配してくれる4人。 彼らの瞳が不安そうに揺れているのが見えて、私は罪悪感に苛まれる。 何故、彼らがこんなにも私を心配してくれているのか…その理由は…

「お前ら、心配しすぎじゃね?たかが、ギックリ腰だろ…?」

つい30分程前のこと…教会で姫が溜め込んだおばけふろしきの残骸を蘇生しようと、彼らが山積みになった箱を持ち上げたその時。 ビキッと腰へと走る強烈な痛み。 『あ、やばい』そう思った時には、時すでに遅し。 少しでも動こうものなら腰に激痛が走ってしまう状態に、私はピタッと固まることしか出来なくて…何事かと慌てて駆け寄って来てくれたなまえちゃんに支えてもらいながら、何とか自室に戻り、横になったのだが…あまりに私を心配したなまえちゃんが大慌てで皆に知らせてしまい、今に至る、というわけである。
『たかがギックリ腰』ポセイドンくんの言う通り、そこまで心配するようなことではないのだが…彼の言葉が気に入らなかったのか、なまえちゃんたちは口々に反論をし始めた。

「ポセイドン…!貴様、あまりギックリ腰を、舐めるなよ!?」
「そうだそうだ!下手なマッサージやストレッチなんて以ての外なんだからな!!」
「発症直後は安静にしてなきゃダメなんだよ…裸族はそんなことも知らないの?」
「ギックリ腰って、くしゃみや咳をするだけでもすっごく痛いんだからね…!!寝返りを打つのも、大変なんだよ!?」
「お前らどうしてそんなにギックリ腰の知識が豊富なんだよ!?」
「ちょ、ちょっと皆…落ち着いて…!」

ギャアギャアと言い争いをする彼らを落ち着かせようと声を掛けるも虚しく…彼らの口論は止まりそうにもない。 正直なところ、『もう少し静かにしてくれ…』というのが私の本音であった。 目の前でここまで騒がれては、体を休めようにも、ゆったりと寛ぐことが出来ない。 だけど、こんなにも自身を心配してくれている彼らに、そんなことを言えるはずもなく…

「レオくん、何かしてほしいことある?」
「そ、そんな、悪いよ…!それに、そこまで心配しなくても、本当に大丈夫だから…っ!」
「でも…すごく、痛むんでしょう?何でもするから、遠慮せずに言って…?」
「そうだぞ、あくましゅうどうし!こういう時はお互い様だ!」
「我々にしてほしいことがあったら、何でも言ってくれ…!」

さあ!さあ!と私が何かお願いするのを期待するかのように瞳を輝かせる4人に、私は思わずウッとたじろいでしまう。 こ、これは…何かお願いをしないと、永遠に終わらないやつだ…!!

「(ど、どうしたものか…、ここは、適当に簡単なことをお願いして、満足してもらうしか…)そ、それじゃあ…何か飲み物を持って来てくれるかな?」
「飲み物だな…!よし!我輩が持って来よう!」
「魔王様の手を煩わせるわけにはいきません…!ここは私が…!」
「モフ犬もタソガレ君も、レオくんの相手してあげなよ。 私が行ってくるから…」
「ちょっと待って!…皆、レオ君の飲み物の好み、分かってる? 私が持って来るから、皆はここで待ってて!」
「「「「………」」」」
「(な、何故か、余計にややこしいことになっている…っ!!!)」

バチバチと火花を散らして睨み合う彼らの様子に、たらりと背中に冷や汗が流れる。 これ以上揉める前に…彼らを止めなくては…!!そう思い、口を開こうとしたその瞬間。 僅かに早く、魔王様の口が開かれ、その低い声が耳に届いた。

「なまえ…確かにここ最近、あくましゅうどうしに1番近い存在なのはお前かもしれない…だがしかし!!こちらは幼い頃からずっと、共に過ごして来たのだ!!!コイツの飲み物の好みを、我輩が知らないわけがないだろう!?」
「あ、あの…魔王様?もうそのくらいに…」
「それを言うなら私だって、レオくんのことに詳しいよ。 いつも沢山お世話になってるし。 タソガレ君が知らないようなことも知ってる自信あるからね」
「ひ、姫も…!張り合ってないで、仲良く…」
「俺だって、ただの犬だった頃から世話になっているんだ!他の者では経験できない時間を共に過ごしてきたのだぞ!?」
「改くんまで!?皆、いい加減に…」
「誰も経験したことのない時間なら、私が1番味わってるはずだよ!!だって恋人だもん!!私だけにしか見せないレオ君の『男の顔』を沢山見てるんだから!!」
「っ、ちょ、ちょっと、なまえちゃん!?」

私の制止も虚しく…いまだムムムと睨み合いを続ける4人。 腰の痛みから思うように動けないことが、何とももどかしい。 ドラマや漫画で奪い合われるヒロインも、こんな気持ちなのだろうか…なんて想像して現実逃避を試みるけれど、目の前でいがみ合う彼らには何の変化も無く…私はハラハラとその様子を見守ることしか出来なかった。

「…ここまで来れば、引き下がることなんて出来ないな」
「奇遇だね、私もそう思ってた」
「同感だ。 俺も、負けるわけにはいかない」
「私だって恋人として、引くわけにはいかないよ」
「あ、あの〜…みんな?、一体何を…」

しばらく黙って睨み合っていた彼らだったが、不意に魔王様が口を開く。 ようやく諦めてくれたか…と思ったのも束の間。 彼らの話の内容に私は思わず、口を出してしまう。 何だか、雲行きが怪しくなってきたぞ…!!!

「誰が最もあくましゅうどうしを理解しているか…真剣勝負だ!!!!!」
「望むところだよ」
「いくら魔王様が相手とはいえこの勝負…手を抜くわけにはいきません…!」
「改くん…相手はタソガレくんだけじゃないってこと、分からせてあげるよ…!!!」
「ちょ、ちょっと…!!本当に、一体何をするつもり、」
「それでは我輩からいくぞ…!第1問!!あくましゅうどうしの好きなスイーツは『おはぎ』と、もう一つは何でしょう!?」
「んなっ…!?」

唐突に始まる、謎のクイズ大会。 魔王様から出題されたあまりにコアな問題に、私は思わず面喰らってしまった。 一体誰が興味あるんだ…!!!このクイズ…っ!!

「タソガレ君…バカにしてるの?」
「そうですよ、魔王様…そのような簡単な問題、私たちが分からないとでも思ったのですか?」
「本当にね。 私たちを舐めすぎだよ…そんな問題、初歩中の初歩だよ?」
「ええっ!?、しょ、初歩中の初歩…っ!?」

解答者である3人はドヤ顔でそんなことを言ってのける。 そのあまりに余裕のある様子に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。 ど、どうしてそんなにも自信があるんだ…!?おはぎに関しては、自分でもよく作っているから知っていてもおかしくはないけれど、もうひとつの方は…

「ふんっ…そこまで言うのなら、正解を答えてみるがいい!!」
「せーのでいくよ?…せーのっ、」
「「「寒天フルーツゼリー!!!」」」
「っ、なっ!?」
「…正解だ!!!」
「当たり前」
「これくらい答えられて当然です」
「ふふっ、レオ君はね、これと一緒にあったかい魔玄米茶を飲むのが好きなんだよ!ねっ?レオ君?」
「えっ!?、あ、う、うん…!そう、だけど…」

…まさかの全員正解である。 なまえちゃんに至っては、私の好きなお茶まで知っていて…どうしよう、これは…、思ってたよりも、…嬉しい、かもしれない…っ!!!皆が自分のことをここまで理解してくれていることが、何だか小っ恥ずかしくなってきて、ソワソワと落ち着かない。 しかしそんな私のことなんてお構いなしに、この謎のクイズ大会はまだまだ続くようで…

「それじゃあ、次は私ね!!第2問!!…レオ君の好きな寿司ネタは、何でしょうか!?」
「っ、す、寿司ネタ!?」
「なまえちゃん…渋い問題出すね」
「ふむ…中々やるな、なまえ…」
「良いトコを付いてくるじゃないか」

ウンウンと頷きながら、口々に感想をこぼす3人。 …この人達は、私の評論家か何かなのっ!?それに好きな寿司ネタなんて、今まで口にしたことも…

「それじゃあ、せーので答えてね?…せーのっ、」
「「「つぶ貝!!!」」」
「っ〜〜!?!?」
「正解っ!!!…さすがだね、皆!」
「いや、これは中々良い問題だったぞ、なまえ!!」
「ウンウン。 さすがなまえちゃんだね」
「俺たちでなければ分からない、ギリギリのラインだったな!」
「ふふっ、そんなに褒められるとなんだか照れるねっ!」

またもやまさかの全員正解。 そして何故かクイズの内容がいたく気に入ったのか、なまえちゃんを褒め称える様子の解答者3人とそれに照れる出題者。 …もう、ツッコミどころが多過ぎて、私ひとりの手には負えなくなってきたぞ…っ!!!

「それじゃあ、次は私が…
「おい。 飲み物、持ってきたぞ」
「「「「「えっ?」」」」」

中々にカオスな状況の中、懲りずに姫が3問目の問題を出題しようとしたその時。 部屋の入り口から聞こえてくる声に、私たちは視線を扉へと向ける。

「お前ら、騒いでばっかで全然取りに行く様子がなかったから…ほら、ジジイ。 ここ置いとくぜ」
「えっ、あ、ありがとう…って、これ…っ!!」
「「「「あっ」」」」

部屋の入り口にはお盆を持ったポセイドンくんの姿が。 彼はスタスタと私が寝転んでいるベッドへと近づいてきて、湯呑みを乗せたお盆をサイドテーブルにそっと置く。 ほわほわの白い湯気からは、香ばしい香りが立ち昇っていて…その香りから、中身が何なのか気付いた私は、思わず驚きの声を上げてしまった。 そしてその直後、私が驚いた理由に気づいたなまえちゃんたちも『あ』と口を揃えて声を出す。

「あ?なんだよ、気に入らなかったか?…ジジイ、それ好きじゃん。 いつも飲んでるだろ」
「う、うん…!覚えていてくれたんだね、ポセイドンくん…ありがとう…!!」
「…ふふっ、ふふふっ、」
「っ、はっ、ふっ、ふはははっ」
「ふっ、…裸族、やっぱり君も…、ふふふっ、」
「ふっ…くくくっ、」
「なっ、なんだよ…!!!みんな揃って笑って…気持ち悪ぃな…!」

ニヤニヤと笑うなまえちゃんたちに、不快感を露わにするポセイドンくん。 顔を歪めながら彼女たちに悪態を吐くけれど、その頬は微かに赤く染まっていて…照れているのが一目で分かった。

「…よし!そろそろ仕事に戻るとするか!我輩たちが居ては、ゆっくり休むことも出来ないだろうしな」
「そうですね、我々はお暇するとしましょう」
「そうだっ!私も、教会に戻らないと…!レオ君、お大事にね!ジッとしてなきゃダメですよ!」
「また、お見舞いに来るね、レオくん」
「こんな機会でも無けりゃ、昼間から休めることもないしな。 まぁ、ゆっくり休めよ、ジジイ」
「えっ、あ、うん…、わざわざありがとう…!皆…!」

ついさっきまでの騒がしさが嘘のように、ぞろぞろと私の部屋から出て行こうと歩き出す彼らに、何だか少し寂しくなってしまう。 もう少しここにいてほしいな…なんて甘えてしまいそうになる自分を何とか抑え込み、笑顔で彼らを見送った。

「(皆、行ってしまった……何だか少し、寂しいな)」

バタンと扉が閉まる音が妙に頭に響いて、部屋の静けさを際立たせる。 皆が来てくれた直後は、騒がしい彼らが煩わしかったはずなのに…今はそんな彼らの声が恋しくなっている。 あれくらい騒がしい方が、今の私にはちょうど良いのかもしれない。

「…ハァ、(腰の痛みのせいか、心細くなってるのかもな…仕方ない、今はゆっくり眠るしかないか)」

弱っているとき特有の、何とも言えない心細さ。 久しぶりに味わう感情になんだか胸がそわそわと落ち着かない。 そんな気持ちを隠すように、ギュッと目を瞑った、その時。

ガチャ…

扉が開く音が、耳に届く。 無意識のうちに、扉の方へ視線を向ければ…

「レオ君…?あっ、ごめんなさい…寝るところでしたか?」
「なまえ、ちゃん…?」

扉からひょっこりと顔を出して、こちらを見つめるなまえちゃんの姿。 私が眠ろうとしていると思ったのか、申し訳なさそうに眉を下げている。

「だ、大丈夫!少し目を瞑っていただけだから!…それより、どうしたの?何か忘れ物かい?」
「あっ、いえ!忘れ物は、ないんですけど…」
「?それじゃあ、一体…?」

何か用があるはずなのに、扉の向こう側に立ったまま一向に部屋に入る気配のないなまえちゃん。 そんな彼女を不思議に思った私は、頭にハテナを浮かべる。 すると彼女はそわそわと視線を彷徨わせたあと、何かを決意したような表情に変わり、その口を開いた。

「あの…、もう少し、ここに居ていいですかっ?」
「えっ…?」
「教会に行ってもレオ君が居ないんだと思うと、何だか寂しくなっちゃって…もう少しだけ、レオ君のそばにいたいなぁ、って…」
「っ、!」

まさかの彼女からの嬉しい申し出に、私の心はみるみるうちにパアッと晴れていく。 なまえちゃんも、寂しいと思ってくれていたんだ…そう思うと、胸の奥がきゅうっとなって、幸せな気持ちが溢れてきた。

「…実は私も、寂しいと思っていたんだ」
「!、レオ君も…?」
「うん…騒がしいくらいが、ちょうどいいかも、って思ってたところで…」
「…ふぅん。 レオ君、私だけじゃなくて、皆がいた方がいいんだ?」
「っ、えっ!?、あっ、そ、そういうわけじゃなくて…っ!」
「ふふっ、冗談です!…レオ君、そっちに行ってもいい?」
「…もちろんだよ。 こっちにおいで、なまえちゃん」

『そっちに行ってもいい?』なんて、そんなに可愛くて愛おしいお願いを断れるわけが無い。 気がつけば、自分でも驚く程の優しい声色で彼女の名前を呼んでいて…そんな私の言葉に、嬉しそうにはにかみながらこちらへやって来るなまえちゃんが愛しくて愛しくて堪らない。

「やっとレオ君を独り占めできますっ!あ、でも…」
「でも…?」
「こんなに近くにいるのに、イチャイチャできないんですね…ギュってしたかったなぁ」
「っ〜〜!!」

唇を尖らせながら残念そうに呟くなまえちゃん。 そのあまりの可愛さに、私の胸にはガシッと鷲掴みにされたような衝撃が走る。 本当にこの子は…!どこまで私を魅了すれば気が済むのか…!!

「レオ君の腰が治るまで、えっちもお預けですね…」
「うっ、…、そ、そう、だね、…」
「っ、ふふっ、そんな顔、しないでくださいっ」
「なっ、だ、だって…!」

余程、残念そうな表情をしていたのか、私の顔を見てクスクスと笑い出すなまえちゃん。 人の気も知らないで、呑気に笑う目の前の彼女が少し恨めしい。

「もし、レオ君がどうしても我慢出来ないときは…私がご奉仕しますねっ」
「え、?」
「何でもするから遠慮しないでって、さっきも言ったでしょ?」
「っ、そ、それって…!」
「ふふっ、それじゃ、そろそろ仕事に戻りますねっ!また夜に来ますから!」
「えっ、!?、あのっ、ちょっと、なまえちゃんっ!?」

私の呼び止めも聞かず、扉へと向かうなまえちゃんの背中をただただ見つめることしか出来ない。 彼女は部屋を出る直前に一度こちらを振り返り『またあとで』と告げると、そのままバタンと扉を締めて部屋を出て行ってしまった。

「っ、(ご、ご奉仕って…!!そ、そういうこと、だよ、なぁ…っ、あああ!もう!!)」

先程の彼女の言葉が頭の中から離れない。 ご奉仕…彼女の言葉に妄想がどんどんと膨らんでいく。 …ダメだダメだ!!こんな昼間っから私は何を…!!

「(こんなお預けをされて…、ゆっくり休めるわけないじゃないか…っ!!)」

そんなことを心の中で叫ぶ。 しかし、思うように身動きの取れない今の私には、この悶々とした気持ちをどうすることも出来なくて…ドクドクとざわつく胸を落ち着けようと、サイドテーブルに置かれた湯呑みに手を伸ばす。 ぬるくなった魔玄米茶をゴクッと飲み干したものの、やはり頭からは先程の彼女の言葉が離れなくて…彼女がこの部屋にやって来るその時まで、ただひたすらに待つことしか出来ないこの状況を、恨めしく思うのだった。



Back




- ナノ -