からくりエリアでおしゃべりする話 / マザー視点


「お二人とも忙しいのに… お時間作ってくださって、ありがとうございます!」
「もう! そんな水臭いこと言わないのっ! ねぇ、ボス?」
「ああ、ちょうど手をつけていた開発が終わったところだ。 …気にするな」

からくりエリアのとある一室に集まったのは、俺とシザーマジシャンと、かつて直属の部下であったなまえ。 久々に3人で集まれたことが嬉しいのか、ニコニコと笑顔を浮かべるなまえに懐かしさが込み上げてくる。 …全く、本当にコイツは相変わらずだな。

「うふふっ! まーたそんなこと言って! ボスってば、今回の開発スケジュールは余裕があったのに、なまえとの時間が欲しくて、頑張っちゃったのよねぇ?」
「っ、お前はまた余計なことを…っ!!」

明かす気など更々なかったのに、シザーマジシャンの余計な一言のせいで、全てが水の泡である。 奴がこれ以上余計なことを言わないよう、釘を刺そうと声を荒げたが…

「私の休みに合わせてくださったんですか…!」
「別に、そう言う訳では…っ、」
「ありがとうございますっ! マザーさん!」
「ッ〜〜!!」

キラキラと瞳を輝かせこちらを見つめるなまえ。 その純粋過ぎる表情に言葉が詰まって、カアっと顔が熱くなる。 そんな俺を微笑ましそうに見つめるシザーマジシャンの姿が目に入り、思わず奴をキッと睨みつけた。 これはあとでお灸を据えてやらねばならんな…!

「でも、ほんと久しぶりよねぇ〜! こうやってゆっくり3人で過ごすのって!」
「そうですね! 私が悪魔教会に配属になってからは、中々…」
「まぁ、私となまえは何度も顔を合わせていたけど… ボスが、ねぇ…」
「っ、…何だ、その顔はっ!」

『ボスが』 を強調しながら、困ったような表情でこちらを見つめるシザーマジシャンにバツが悪くなり、咄嗟に文句を垂れる。 少し気まずくなった雰囲気の中、空気を読んだなまえが慌てて口を開いた。

「で、でも最近は、マザーさんが十傑会議に出席してるんですよね…! レオくんから聞いてますよ!」
「……奴が、俺のことを?」
「はい! 『マザーくんが会議に出席してくれるようになったんだ!』って、嬉しそうに話してましたよ?」
「……そう、か」

ニコニコと嬉しそうに話すなまえの口から聞かされる事実に、何だか胸が擽ったくなる。 長い間こちらから交流を断っていたはずなのに… そうやって気にかけてくれることを嬉しく感じている自分に気づき、少し気恥ずかしくなった。

「それはそうと… なまえ?」
「? どうしたんですか? シザーさん…?」
「あなた達… いつになったら結婚するの?」
「へっ!?」

シザーマジシャンの直球過ぎる問い掛けに、なまえは素っ頓狂な声を上げる。 あまりに不躾な質問に当事者でない俺でさえも何だか落ちつかなくて、思わず視線を2人からスッと逸らしてしまった。

「え、えっと、まだ、具体的な予定は立ててなくて…っ!」
「もう! ダメじゃなぁい! そんな悠長なこと言ってたら、すぐオバさんになっちゃうわよ!?」
「おっ、オバさん…っ!?」
「…相手はすでに老人だがな」
「ちょっとボス!!! 余計なこと言わないの!!」

お前にだけは言われたくない…! そう言おうと思ったが、真剣な表情でなまえに向き合うシザーマジシャンを見て、思いとどまる。 今ここで水を差すような真似をする勇気など、俺は持ち合わせていない。 そんな俺のことなどお構いなしに、シザーマジシャンはなまえの両肩をグッと掴み、まるで我が子に言い聞かせるかのように話を続ける。

「いーい? なまえ? …男なんてね、口では 『結婚する』 なんて言っておきながら、自分から行動に移せない… そういう生き物なの…!」
「お、おい… さすがにそれは暴論では…」
「ボスは黙っててちょうだい!!」
「っ、ぐっ、…!」

俺の中の僅かばかりの勇気を振り絞った結果が、これだ。 俺は上司のはずなんだがな…!! そんな不満を心の中でぼやく。 決して、口には出さない。 いや、出せないと言う方が正しいかもしれないが…!

「あなたが動き出さない限り、きっと結婚の話は全く前に進まないわよ…っ!!」
「そ、そんなぁ…っ」

思いもよらない現実を突きつけられて、なまえはがくりと項垂れる。 悲しそうに眉を八の字に歪めながら、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて… 可愛い元部下のそんな姿を見てしまっては、尻込んでいた俺も、このまま黙ってなどいられなかった。

「……ちょっといいか」
「もうっ! だからボスは黙って、」
「俺が知っている 『あくましゅうどうし』 という男は、一度決めた事は絶対に曲げない… そういう男だ」
「「えっ…?」」

思い出されるのは、俺が魔王城に就職したてのあの頃。 睡魔を無理矢理に叩き起こして呪われてしまったレオナールの姿が脳裏に浮かぶ。 決して呪いには屈しないと最後まで諦めなかった… 否、往生際が悪い、とも言えなくもないが… そんな奴の姿を思い出し、感慨にふける。 …まぁ最後には結局、呪いに打ち負けてしまったわけだが。 諦めが悪く、肝が据わっている… という点に関しては、間違いないだろう。

「昔とは随分、見た目も中身も変わったが… 性格の根っことなる部分だ。 そう簡単に変えられるものでもない。 そんな奴だからこそ魔王の右腕、そして十傑衆の一員として君臨しているのだ」
「マザーさん…」

俺の言葉に俯いていた顔をあげるなまえ。 その瞳には先程と変わらず涙が浮かんだままだったが、悲しそうに歪められた表情は少し和らいだような気がする。

「それに誰の目から見ても、奴がお前を溺愛しているのは明らかだからな」
「で、溺愛…っ」
「心配せずとも奴の方が、早く結婚したくて堪らないのではないかと、俺はそう思うのだが…」
「そう、なんでしょうか…」

俺の言葉を完全に信じることは出来ないのか、なまえは頼りなさげに小さな声で呟く。 自嘲気味に笑う姿にどうにか元気づけられないかと思案するが… 俺よりも早く、シザーマジシャンが恐る恐る、口を開いた。

「……なまえ、ごめんなさい。 不安にさせちゃったわね」
「! そんな…っ!」
「…発破をかけるつもりだったのよ。 この間、あなたのお兄さんが来た時も結婚するって意気込んでいたけど… 中々話が進まないようだし、このままだとあなた達、いつまで経っても結婚に踏み出せないような気がして…」
「シザーさん…」

バツが悪そうに、謝罪をするシザーマジシャン。 あくまでなまえたちのことを思っての行動だった、というのは理解できるが… なまえからすれば、訳も分からず唐突に不安を煽られただけである。 怒っても良い場面であるにも関わらず、あろうことかなまえはシザーマジシャンを見つめながら優しく微笑んでいて…

「ふふっ。 シザーさんの言う通り、このままだと私たち… 2人ともおじいちゃんとおばあちゃんになっちゃうかもしれませんね」
「なまえ…」
「シザーさん、ありがとうございます! こんなにも私たちのことを考えてくださって… 本当に嬉しいです!」
「っ〜〜!! もぉ〜っ! あんたって子はっ!! どうしてそんなに良い子なの…っ!」
「きゃっ…!」

ガバッと勢い良く抱き着いてくるシザーマジシャンになまえは驚きの声を上げるが、それはすぐに嬉しそうな声へと変わる。 『もうっ! シザーさんったら!』 なんて言いながらも、その表情は嬉しそうにキラキラと輝いていた。

…それにしても。 なまえに抱き着くなんて自殺行為に等しい真似、よく出来るなコイツ。 どこで奴が目を光らせているか分からないこの状況で… 本当に、大した根性である。

「…あっ! そうだ! マザーさん!」
「っ、な、なんだ…?」
「あ、あの… えっと…っ」

キャッキャッとはしゃぐ2人を、奴が見ているかもしれない… と、何故か俺がそわそわとしていたその時。 なまえに名前を呼ばれ、ドキッと心臓が跳ねる。 このタイミングで話しかけられるとは思っても見なかった俺は見事に吃ってしまうが、そんなこと気にも留めず、なまえは何かを言い淀む仕草を見せる。

「? なまえ? どうかした?」
「えっ!? あっ、いや…っ!その…っ」
「……落ち着け。 一体、どうしたんだ…?」

何だか落ち着かない様子のなまえに、こちらまで緊張してくるが、何とか悟られないよう振る舞う。 俺の言葉に幾分か緊張が解けたのか、なまえはひとつ息を吐き出すと意を決して、口を開いた。

「…れっ、レオ君の昔の写真とか、持ってたり、しませんかっ?」
「………は?」
「…なるほど、そういうことね」

予想外の話題に、思わず面食らう。 気の抜けた返事を返す俺と少し呆れた様子のシザーマジシャンの声が何だか無性に間抜けに思えて、思わずハァとため息がこぼれた。

「あるにはある、が…」
「っ! 本当ですかっ! …ちょこっとだけ、見せて貰えたり…」
「いくらお前の頼みでも、個人情報を本人の許可無く公開するわけには…」
「ボスったらケチねぇ〜! ちょっとくらい見せてあげればいいのに」
「っ、またお前は余計なことを…っ!!」
「わああ! ごめんなさい…っ! 私が見せてなんて言ったから…っ!」

またもや余計な口を挟もうとするシザーマジシャンに、俺も思わず声を上げてしまう。 今にも喧嘩を始めそうな俺たちを止めようと、なまえは慌てて謝罪の言葉を口にした。

「こんなことマザーさんに頼むなんて、私… 最低ですよね…」
「っ、うぐっ…!」

しゅんと肩を落とし、悲しげに呟くなまえ。 そんな彼女の姿に、俺の心は揺れ動く。 …くそっ、俺がこの顔に弱いと分かってるんじゃないだろうな!?

「…婚約者の権限として、特別に見せてやらんことも、ないが…っ」
「ッ、!!」

自分の意志の弱さには、もはや笑うしかない。 だが、俺の言葉でパアッと花が咲いたように笑うなまえを見た瞬間、そんなことなどどうでも良くなるくらいに、心の中は満たされていた。

「……奴には、絶対に言うなよ」
「はいっ! 分かりましたっ!」
「ふふっ、ボスったら本当に、なまえには甘いんだから〜♪」

またもや調子に乗るシザーマジシャンだったが、キッと鋭い視線を送るだけに留めておいた。 そしてそのあとすぐ、俺はなまえの望み通りに昔の奴の写真や映像を準備し始める。

そのあと、大きなモニターに映し出される昔のあくましゅうどうしを見て、キャーキャーとはしゃぐなまえを横目に、俺は奴にバレやしないかと内心ずっとヒヤヒヤすることしかできないのだった。


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