お義兄さんの魔王城訪問 (前編)


「えー…まず初めの議題は 『対勇者戦に備えた軍歌のお披露目会』 についてだ!」
「のろいのおんがくかに依頼していた曲が先日、完成した。 城の皆に発表しようと思うのだがーー…」

今日は、恒例の十傑会議の日。 いつもと変わらないメンバーで机を囲みながら、ああでもないこうでもないと議論を進めていく。 珍しくきちんと話が進んでいく会議らしい会議に、安堵したのも束の間。 突然、バンッッ!!と扉が開く大きな音が会議室に響き渡る。 その音に私たちが一斉に扉の方へと視線を向けると、そこに立っていたのは…… 端正な顔立ちの、ひとりの男性だった。

「…… えっ? あ、あの… そなたは、一体…?」
「……… 『あくましゅうどうし』 ってのは、どいつだ?」
「えっ??」

魔王様が恐る恐る問い掛けるも、完全にスルー。 そしてまさかの、私をご指名である。

「あ、あくましゅうどうしは、私だけど…」
「アンタが…」
「っ!?」

警戒しながらも名乗りを上げる私に、ズイっと目の前まで距離を詰めてくる、見知らぬ男性。 ジーーッと穴が開くんじゃないかと思うほど見つめられ、私は戸惑いを隠せない。 そうかと思えば、品定めをするようにジロジロと私の全身をチェックし始める彼に、私はたじたじである。

「( 一体、何なんだこの状況は…っ!? というか、本当にこの人誰!? でもこの顔… どこかで見たことがあるような… )」
「……アンタに、いくつか聞きたいことがある」
「えっ?」
「まず、年収はいくらだ?」
「は?」
「それから、住まいは? どんな部屋に住んでる?」
「えっ!? あの…っ」
「ああそれと… 家族構成は? 長男か? 次男か? それによっては結婚後の身の振り方が変わるからな」
「けっ、結婚!? あ、あのっ、一体何の話を…!」

突如巻き起こる謎の質問の嵐。 私の答えを待っているのか、またもやジーッとこちらを見つめ始める彼に私の頭はパンク寸前である。 助けを求めようと周りで見守る魔王様たちにチラリと視線を向けるけれど、皆お手上げだと言わんばかりに、もの凄いスピードで首を横に振っていた。 …いや、ちょっと…っ! 見捨てないで!! と、私が絶望しかけた、その時。

「っ、ちょっとお兄ちゃんッ!? 何してるの!?」
「「「「「 っ!?!? 」」」」」

開きっぱなしの扉から勢いよく現れたのは、なまえちゃん。 相当急いで走ってきたのか、ハアハアと肩で息をしているのが目に入り、心配になるが… ちょっと、待て。 今、とんでもない言葉が聞こえたような…!?

「おぉ! なまえ! 遅かったじゃないか!」
「遅かったじゃないよっ!! いきなり居なくなったかと思えば、こんなところに…っ!!」
「"兄として" 妹の婚約者がどんな男なのか、確かめるのは当然のことだろう?」
「だからって… 突然現れて詰め寄るなんて失礼すぎるでしょ…!!」
「そんなに怒るなよ、なまえ〜。 可愛い顔が台無しだぞ?」
「もうっ! ふざけてないで!! 早くっ! 部屋から出るよ!!」

呑気に笑う彼に、なまえちゃんは怒り心頭のご様子。 突如始まった激しいながらもテンポの良い口論に気圧されていた私たちだが、ハッと我にかえりお互いに視線を合わせる。 そしてコクリと頷き合うと、魔王様が意を決した表情で彼らの口論に割って入った。

「あ、あの…! 話してるところすまないが、もしかして… そなたは、なまえの…」
「ん…? ああ、すまん! 紹介が遅れたな! ……俺は、なまえの兄。 アルカードだ」

先程までの強引な様子から一変。 自己紹介を終え、スッとスマートな動作でお辞儀を見せる彼に、私たちは唖然とする。 皆、揃いも揃ってぽかんと口が開いていた。

「なまえ、ちゃんの… おにい、さん…」
「はい… お恥ずかしながら… 正真正銘、私の兄です…」
「よろしくな!!」

ニカッと人好きの良い笑顔を浮かべるお兄さん。 その笑顔はやはり兄妹だからか、どことなくなまえちゃんに似ている気がする。 そして先程私が感じた既視感は恐らく、なまえちゃんのお父さんに似ているからだと今更ながら、気がついた。
相変わらず、呑気に笑うお兄さんの隣でなまえちゃんは… 『本当にすみません…!』と私たちに頭を下げていて、その対極なふたりの姿に思わず苦笑いがこぼれてしまう。 珍しく上手く進んでいた会議だったが、中断せざるを得ないこの状況。 チラリと周りを見渡せば皆も苦笑いを浮かべていて… そんな空気を察したなまえちゃんは、またもや何度も必死にペコペコと頭を下げるのだった。




「と、ところで… さっきの質問なんだけども…!」
「! …そうだ! 忘れるところだったわ。 兄として知っておきたい情報だからな。 大事な妹をどこの馬の骨とも分からねぇ男に任せるわけにはいかねーし…」
「う、馬の骨……」

あまりにストレートな物言いに、グサッと心臓をえぐられる。 た、たしかに… お兄さんにとっては、私なんて素性の知れないただの平凡な男に過ぎないんだろうけれど…! なまえちゃんとは全く違うベクトルだが、この兄妹… 思ったことを素直に口にするところは、そっくりなのかもしれない。

「ちょっとお兄ちゃん…! レオ君に失礼でしょっ!? というか私たち、すでにお父さんとお母さんには婚約を認めてもらってるんだから!」
「いーや! 俺は認めない!!! っつーか、俺抜きで勝手に話進めてる時点でノーカンだ!ノーカン!!!」
「ええっ!?」

まさかの認めない発言に私は驚きのあまり、叫んでしまう。 確かになまえちゃんの実家にお邪魔させて貰った時、お兄さんの姿が見えないとは思っていたけれど…! まさかの問題発生に焦る私だったが、なまえちゃんの様子を窺うと… 怒っているのか、わなわなと体を震えさせている。 …こ、これは、少々まずい展開なんじゃ…っ!?

「何なのその自分ルール!? …レオ君っ! 兄の言う事なんか、真に受けないでくださいねっ!?」
「えっ!? あ、いや、そういうわけには…っ」
「というか… 職場に乗り込んで来られるだけでも恥ずかしいのに…っ! そういう身内のゴタゴタ持ち込むの、本当にやめて? 恥ずかしすぎる…っ!」
「なっ!? は、恥ずかしいとか、そんな寂しいこと言うなよなまえ…! 昔は何でも "お兄ちゃんと一緒がいい" って聞かなかったじゃないか…!!」
「っ〜〜!! もうっ! 何年前の話してるのっ!?」

またもや始まる兄妹喧嘩。 ぎゃあぎゃあと口論を繰り広げるふたりに、私はあたふたと慌てふためくことしか出来ない。 助けを求めるように、少し離れたところで見守る十傑の皆に視線を向けるけれど…

「…なんか、アレだな」
「おう… 意外っつーか…」
「ふふっ …なまえったら、家族の前ではあんな顔になりますのね」
「うふふ♪ ほ〜んと! ちゃんと妹の顔になってるわねぇ〜!」

何故か皆、なまえちゃんの妹ぶりにほっこりして、微笑ましそうに見守っている。 …え、いやちょっと!? そんな呑気なこと言ってる場合じゃ…

「とにかくっ!! 会議中なんだから、帰ってよ!! 本当に迷惑だから!」
「っ、め、迷惑…… 」

堪忍袋の緒が切れたのか、ビシッと厳しい言葉を告げるなまえちゃん。 そんな彼女の本気の態度に、お兄さんは今まで騒がしかったのが嘘のようにしゅんと縮こまる。 なまえちゃんにあんな風に叱られてしまっては… 私も同じような反応をしてしまうだろうな… なんて、少しお兄さんに同情していた、その時。

「っ、おいっ! あくましゅうどうし!!」
「へっ!? は、はいっ!?」
「……っ、よくもっ、よくも俺の可愛い妹を…っ!」
「えっ!? あ、いやっ、ちょっ、おにいさんっ?」
「ちょっとお兄ちゃんっ!! 何するつも、」
「アンタにお兄さんと言われる筋合いは、なぁああいッ!!」

恨めしそうにこちらを見つめながら、にじり寄ってくるお兄さん。 そのあまりの迫力に思わず後ずさる私。 お兄さんの暴走を止めようと、なまえちゃんが声を上げるけれど… 彼の叫び声で、それは見事にかき消されてしまった。

「何そのベタなセリフっ!? お父さんでさえ言わなかったのに…っ!!」
「だ、だって仕方ないだろう…っ!! いきなり 『お兄さん』だなんて、呼ばれる身にもなってみろ…!! 俺はまだッ! 心の準備が出来ていないんだ…っ!」
「心の準備って何ッ!? お兄ちゃんには必要ないでしょ!?」
「っ、いーや!!! 必要だ!! 婚約者だぞ!? 大事な大事な妹が結婚するかもしれない相手なんだ…! そりゃ、慎重にもなるだろ!?」
「っ、…お兄ちゃんが私を大事に思ってくれてるのは分かってるよっ! でも…っ! 私このあいだの電話で言ったよね? すっごく幸せだって! …その言葉、信じてくれないの…っ?」( 1st Season / 16「朝からずっと変ですよ!!」 )
「っ、ッ、っ〜〜!!!!」
「なまえちゃん……」

なまえちゃんの悲痛な声に、お兄さんは顔をしかめながら言葉を詰まらせる。 私を認めたくないという気持ちと、妹を信じて応援してやりたいという気持ち… そのふたつがせめぎ合っているであろうことが、彼の表情を見れば一目瞭然だった。

「っ、俺は…っ」
「…私は誰が何と言おうと、レオ君と結婚するの! それだけは絶対に揺るがないっ!」
「…っぐッ…!!!」

なまえちゃんの固い意志を持った眼差しと力強い言葉に、私は胸がじぃーんと熱くなる。 一方、お兄さんはというと… その強い瞳を前にして、唇をギュッと噛み締めている。 こんなに辛そうな姿を見てしまっては… 熱くなった胸に少しだけ、キュッと締め付けるような痛みが走った。 ここは、私も黙っている場合じゃない…! 意を決して、口を開いた。

「…なまえちゃん。 もちろん私も君と同じ気持ちだよ。 だけど…」
「…だけど?」
「私はアルカードさんにも、私たちの婚約を認めてもらいたい…!」
「っ!!!」
「レオ君…」
「その為なら、何だってするよ。 …だから、アルカードさん。 私たちの婚約を、認めてくれませんか…? お願いします…!」

お父さんとお母さん、それに目の前で辛そうな表情をしているお兄さん… 3人とも、大切ななまえちゃんの家族。 彼ら全員に認めてもらうことが出来なければ… 私は一生後悔することになると思う。 だからこそ、ここで引くわけにはいかないのだ。

「……なまえの、可愛いところ」
「えっ…?」
「…なまえの、可愛くて好きなところを!! 100個!! 言ってみろ…ッ!!!」
「えっ!? ひゃ、ひゃっこ…っ!?」
「ちょ、ちょっと!? 突然何言ってんの、お兄ちゃんっ!!!」

頭を下げる私に告げられたのは、予想の斜め上をいく答えで、思わず驚きの声をあげてしまう。 それはなまえちゃんも同じなのか慌てて彼を止めようと試みるも、お兄さんの意志は固いようで…

「っ、こちとら長年可愛がってきた妹を突然奪われるんだ…っ! 少しくらいワガママを言ってもバチは当たらないだろうが…!!」
「わ、ワガママって…っ!! 大事な仕事の場に乱入したかと思えば、会議まで中断させちゃって… 挙げ句の果てに、訳わかんないこと始めようとしてるし…! そんなワガママなんて、可愛い言葉で済ませられるわけないでしょ!?」
「いーや!! 俺は決めた!! 100個!! きっちり100個言うまで… 俺はお前たちの婚約を認めないぞっ!!」

ふんっ! と、腕を組みふんぞり返るお兄さん。 そんな彼になまえちゃんは呆れたとでも言うように、冷たい視線を向けている。 彼女はそのまま額を押さえてため息をつくと私に向き直り、申し訳なさそうに口を開いた。

「…レオ君、本当に馬鹿な兄でごめんなさい」
「あっ、いや、そんなことは…!」
「…どうした? 本当に愛しているなら、100個くらい言えて当然だろう? まさか、言えないのか? ん?」
「っ、お兄ちゃん、いい加減に…っ!!」
「あのっ!!!」

私が言い返せないことを良いことに、煽りに煽ってくるお兄さんの態度が気に食わないのかなまえちゃんは今にも血管が切れてしまいそうだったが、私は彼女の言葉を遮るようにして声を張り上げる。 そして…

「今から言うよ…! なまえちゃんの可愛いところ…!」
「ええっ!?」

お兄さんからの挑戦を受けて立つと宣言する私に、なまえちゃんは驚きの声を上げる。 彼女は申し訳なさそうに眉を下げながら、こちらを見上げて口を開いた。

「こんな馬鹿な兄に、付き合ってくださる必要ないんですよ…?」
「…馬鹿だなんて、私は思ってないよ。 大切な妹さんをお嫁にもらうんだ。 これくらいできなきゃ、婚約者失格だよ」
「で、でも…」

不安そうにこちらを見つめるなまえちゃんに 『大丈夫だよ、見てて?』 と告げ、頭を優しく撫でてやる。 …先に何でもすると言ったのはこちらだ。 お兄さんは何も悪く無い。 腕を組みこちらをじとりと見つめる彼にゆっくりと向き合うと、私は腰を曲げ頭を下げた。

「アルカードさん、よろしくお願いします…!」
「…ふんっ、当たり障りないことばかりだったら、認めないからな!!」

そうして、"なまえちゃんの可愛いところ100個 チャレンジ" の幕が開いたのだった。



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