それでいいのか、妹よ / ハデス視点


照れ臭そうに笑う弟と、そのとなりで楽しそうに笑うなまえ。 まるで本当の姉弟のように写る2人の写真を眺めていると自然と口元が緩く弧を描く。

「( あのなまえが、婚約か… )」

モニター越しに『レオ君と婚約しました!』 と、はにかみながら話すなまえの姿は、まだまだ記憶に新しい。 とはいうものの時間の流れは早く… 何だかんだと忙しなく過ぎて行く日々の中、旧魔王城で過ごしているオレはまだ、きちんと2人を祝えずにいた。

「( ポセイドンも、なまえには随分なついているみたいだし、オレにとっても妹のようなものだしな…
それにあくましゅうどうしあいつにも、昔はよく世話になったし… )」

久々に魔王城に顔を出すか… と、そこまで考えたところで、ハッと我にかえる。 このオレがのこのこと、タソガレが取り仕切っている魔王城に出向くなんて… プライドが許すはずがない。

「( な、何か良い方法はないか!? …そうだ、この方法なら… )」

頭の中に浮かんだ、ある方法。 それは…

「( 変装、するしかないな…! )」

これならタソガレや他の奴らに気づかれず、なまえの様子を窺えるに違いない。

「( よし… 善は急げだ。 明日、魔王城に出向いてやるとするか )」

そうしてオレは、明日のシミュレーションを頭の中に思い浮かべる。 そんなオレを見て 『ハデス様、何だか楽しそうだね!』『なまえの写真見てたけど、会いに行くの?』『俺たちもなまえに会いたいよ!』なんて、はしゃぎながらそばに寄ってくる、ケル・ベロ・スゥ。 明日はコイツらを連れて行ってはやれないから、その埋め合わせをするかのように順番に頭を撫でてやる。

「( そういえばこいつら、昔はなまえのことを怖がっていたな… )」

なまえとの過去を思い返すと、ふっ、と自然に笑みが浮かんでくる。 そんなオレに不思議そうな表情を向けてくる、ケル・ベロ・スゥの頭を再度撫で回しながら、オレは過去の記憶に想いを馳せた。




タソガレの戴冠式の頃に魔王城に就職したなまえだが、タソガレの魔王就任後、程なくして旧魔王城へと移り住んだオレとはそこまで長い付き合いではない。 戴冠式の日から旧魔王城へ移るまでの短い期間も、なまえとはまともに言葉も交わしていないと思う。
そんなオレたちの関係が変化したのは、オレが旧魔王城へ移り住んでからしばらく経った頃だった。

旧魔王城とはいえ、元々は先代魔王が統治していた城だ。 何かと重要な書類や文献、武器や防具などが山ほど眠っている。 そういったものを回収しにやって来る魔王城の魔物たち… なまえは、そのメンバーのうちのひとりだった。

当時、そんななまえの存在を特に気にも留めていなかったオレだったが、ある日突然。 ケル・ベロ・スゥが、なまえを警戒し始めた。 その理由を問いただすと 『あいつ、レッドシベリアン・改の臭いがする…!!』『コワイ…』『ハデス様、あいつやっつけて…』 と、何とも情けない理由だったのだが… そこでオレは、はたと気づく。

「( この女… タソガレの飼い犬と、仲が良いのか…? )」

飼い犬と仲が良いということは、必然的にその飼い主とも仲が良くなるはず。 …ふむ、これは利用する価値はあるかもしれない。 思わぬ収穫に、ニタリと悪い笑みを浮かべる。 『よくやった、ケル・ベロ・スゥ』 と頭を撫でてやると、嬉しそうに飛び跳ねる3匹。

「( 今に見ていろタソガレ… 大切なものを奪われたら、お前は、どう動く? …クククッ )」

こうしてオレは、旧魔王城へ定期的にやって来るなまえに目をつけた。 ……の、だが。




「( まさか逆にオレが絆されることになるとは… )」

そう… 邪な理由でなまえに近づいたオレだったが、アイツはあらゆる誘惑には目もくれず、タソガレへの忠誠を破ることは一度たりとも無かった。 その上で、魔王軍でのオレの微妙な立ち位置を理解し、オレへの土産 ( 主にポセイドンの写真や近況報告 ) や、ケル・ベロ・スゥへの土産 (主にドッグフードや肉 ) 、その他にも様々な気遣いをしては、その場を和ませてくれる… そんななまえにオレが気を許すまで、そう時間はかからなかった。

「( アイツもオレのことを兄のように慕ってくれている。 …兄として、ちゃんと祝ってやらないとな )」

改めて、そう心に決めたオレはもう一度、明日のシミュレーションを頭に思い描く。 先程まではしゃいでいたケル・ベロ・スゥは、ソファに座るオレの周りを囲んですっかり夢の中だ。 オレも今日は、明日に備えて早く休むとしよう。 そうして、いつもより少し早めの就寝についたのだった。




「( 相変わらずセキュリティーの甘い城だな、ここは… )

翌日、オレは魔王城内部の廊下の隅に隠れていた。 いとも簡単に忍び込めたことを喜ぶべきか、悲しむべきか… とても魔王を名乗る者の城とは思えないが、今回はその方が都合が良かったので、これ以上は何も言うまい… と頭を切り替える。

「( 確か、この階段を降りた先に… あそこか )」

視線の先にあるのは、とても重厚で巨大な扉。 かつて魔王城にいた頃は、何度も訪れたことのある場所。

「( 悪魔教会ここも久々だな… なまえは中にいるのか…? )」

オレが旧魔王城に移ってから5年ほど経った頃、『からくりエリアから悪魔教会エリアへ異動になったんです!』 と、なまえが話してくれたことを思い出す。 その後、あくましゅうどうしと付き合い始めたと報告を受けた時は 『まさかあのジジイがなまえに手を出すなんて…』 と、驚いたオレだったが、なんと話を聞く限り… 先に惚れたのは、なまえの方だと言う。 …一体、何がどうしてそうなったらのやら。

「( …まぁ、なまえが幸せならそれでいいんだが )」

らしくないのは重々承知の上だが、まさにこの言葉に尽きる。 彼女をこちらに取り込もうとしていたオレが言うのもなんだが… なまえには本当に幸せになってもらいたい。 ポセイドンやゼウスと同じく、本当の妹のように思っているのだ。

「( だからこそ、今日はちゃんと祝ってやらないとな )」

いくら変装しているとは言え、出来る限りなまえ以外の人物との接触を避けたいオレは、そっと扉に近づき、扉の取っ手に手をかける。 音を立てないようにゆっくりと扉を開いて中の様子を探れば、しーんと静まりかえっていて人の気配が全く感じられなかった。

「( 誰もいないなんてことがあり得るのか…? ここはあくましゅうどうしあいつの管轄のはずだが… )」

あまりに静か過ぎる教会内に違和感を覚える。 責任者であるあくましゅうどうしの姿が見えないことにも、不信を抱いたオレは人の気配がないのを良い事に、そのまま教会の中へと歩みを進めた。

「( たまたま誰もいないだけか…? それとも何か非常事態が起きて……… ん? )」

キョロキョロと辺りを見回しながら進んでいたオレだったが、祭壇の近くまで来たその時。 ボソボソと何かを呟くような声が聞こえ、足を止める。 集中して耳をすませば、その声は祭壇の裏側が発生源のようだった。

「まずは、魔王様… それに、のろいのおんがくかくん、新人の男たち、それから……」

そっと気づかれないように裏側を覗き込めば、頭に蝋燭を縛り付け、次々と男の名前を呟いているあくましゅうどうしの姿が目に入る。 そのまま黙って様子を眺めていると、何やら細長い紙にその男たちの名前を書き始めた。

「( 何をしてるんだ、コイツは… )」
「…あぁ、そうだった。 ポセイドンくん、彼の名前も書かなくては…」
「( ? ポセイドンも…? 一体、コイツはこの紙で何を……っ!?!? )」

疑問が浮かんだ、その瞬間。 なんと目の前のこの男は、名前を書いた紙を何やら怪しい人形に貼り付け始めたではないか。 …はっ!? いや、本当に!!! 何してる!?!?!?

「な、何をしてるんだ、お前は…っ!!!」
「なっ!?!?!? だ、誰だ君は…っ!?」

あまりの衝撃に思わず声を出してしまい、まずいと思うが… 変装をしていたおかげで正体はバレていない様子だった。 …危なかった! つい勢いで叫んでしまったが… というか、これが叫ばずにいられるか…っ!?

「オレのことよりも… それはなんだっ!! それはっ!!」
「っ、!」

それ! とオレが指差したのは、先程から目の前のコイツが紙を貼り付けていた怪しい人形。 オレの問い掛けに奴はハッとして、ササッと人形たちを後ろに隠し始める。 いや、そんなことしてもバッチリこの目で見たからな…っ!?

「まさかとは思うが… それ、呪い人形か…?」
「っ、! …そうだよ、なまえちゃんと仲の良い男たちへの呪詛を込めて作った、呪い人形さ…っ!」
「おっまえ…っ!! そんな理由で呪い人形なんて…! タソガレはまだしも、ポセイドンの分まで作る必要はないだろう!?」
「き、君に何が分かるんだい!? 弟ポジションだと安心していたのに…っ、侮れないんだよ、近頃のポセイドンくんは…っ!!」
「どう見ても姉弟として仲良いだけだろうが…! ちゃんと目は見えてるのか!? さては老眼かっ? 老眼なのかっ!?」
「ろ、老眼は、関係ないだろうっ!? というか、君は本当に誰なんだい!? 誰も来ないように、人払いしたはずなのに…」
「っ、…!」

『見かけたことないし、城外の者か!? でも、魔王様やポセイドンくんのことをよく知っている口ぶりだったし…』 とやけに鋭いあくましゅうどうしに、たらりと冷や汗が背中を伝うのを感じる。 …コイツっ、昔からこういうことには勘の鋭い奴だったな…っ!!!

「( まずいな… コイツにオレの正体がバレたら、タソガレに報告されてしま、
「ただいま戻りました〜っ!」
「っ、!」

焦るオレの耳に届いた、何とも能天気な声。 その声に聞き覚えのあるオレは、パッとそちらへと顔を向ける。 ニコニコと嬉しそうにこちらへと向かって歩いて来たのは…

「っ、なまえちゃん!? 」
「( なんつータイミングで現れるんだっ、なまえ…っ! )」

本日の目的の人物であるなまえが、現れる。 だが、今は…! 今このタイミングで正体を晒すわけにはいかない…っ!!

「( ど、どうする…!? 冥界のワープを使っての移動は、オレだとバレるから論外だ…っ! 何も言わずこのまま逃走するか…? いや、2対1では分が悪い… それに余計な争いは…
「あれ? お客さん、ですか? えっと… 」
「っ、!?」

なまえがオレに気づき、チラリとこちらを窺うように覗き込んでくる。 変装しているオレに見覚えがないのか、ジーッと大きな瞳で見つめられ、正直… 生きた心地がしなかった。

「あっ、いや、オレは…っ」
「!……その声、もしかして………ハデスさん?」
「っ、なっ!?!?」
「えっ!? は、ハデスくん…!?」

まさかの即バレである。 変装うんぬんの話では無かった。 声でバレるというイレギュラーの発生に、オレは驚きを隠せない。 ……バレてしまった、…くそっ、こうなれば…!!

「っ、オレのことはあとで説明する…っ! おい、なまえ…! ほんっとーーーに、コイツでいいのか!?」
「っ、なっ!?!?」
「えっ!? ど、どういうことですか…?」

『コイツ』 と、あくましゅうどうしを指差して力強く問い掛けるオレに、なまえは何がなんだか分からない様子。 呪い人形のことをバラされると察知したのか、奴は隠していた人形にチラリと視線を向けている。 …オレが、逃すと思っているのか!? 甘いぞ…っ!!!

「これを、見ろ!!!」
「っ、ちょっ、待っ、!?!?」
「! これ、は……」

奴が後ろ手に隠していた呪い人形をワープを使って奪い取り、バッとなまえに見せつける。 突然目の前に現れた怪しい人形に、なまえは大きな瞳をぱちくりとさせている。 チラリと横目であくましゅうどうしの様子を窺えば、この世の終わりのような表情をしていて、少し胸が痛んだが… これが、黙ってなどいられるか…っ!!

「お前と仲の良い男の、呪い人形を作ってるような男なんだぞ!?」
「呪い、人形……」
「っ、ちっ、違うんだなまえちゃんっ、これは…っ!」

ジッと人形を見つめるなまえ。 そんななまえに必死に取り繕うあくましゅうどうし。 …目の前に証拠があるんだ。 もう言い逃れは出来まい。 今ここで逃れられたとしても、いずれどこかでバレる日が来ていたはずだ。 どちらも傷は浅い方が良い、だから…

「もうっ! レオ君!! また作っちゃったんですか? …本当に、どれだけ心配性なんですかっ、全くっ!!」
「「えっ?」」

ぷりぷりと怒るなまえに、文字通り目が点になるオレとあくましゅうどうし。 …今の言葉から推測するに、もしかして、なまえは…

「あ、あの、なまえちゃん… もしかして、知って…?」
「え? 呪い人形のことですか? そんなのとっくの昔から知ってますよ〜!」
「ええっ!?!?」
「っ、!?!?」
「…というか、レオ君。 あれで隠してるつもりだったんですか…? そっちの方がビックリですよ!?」
「あ、あはは……」

『レオ君の部屋にも沢山あるじゃないですか! タソガレくんの人形なんて、何体もありますよね?』 なんて笑いながら話すなまえに開いた口が塞がらない。 ……どうしてコイツはこんなにも平然としていられるんだ!?

「お、おい… 気は、確かか? コイツ、ポセイドンの人形まで作っていたんだぞ!?」
「えっ!? それ本当ですか!? …さすがに私も、ポセイドンくんにまで嫉妬してくれるとは思わなかったなぁ…あはは」

『本当に、何もないから心配しないでくださいね?』 と、あくましゅうどうしに優しく語りかけるなまえの姿にオレは目眩を覚える。 …正気か、コイツら!!

「なまえ、お前… こんな男のどこが…」
「何言ってるんですか、ハデスさん! 私はレオ君のこういうところも引っくるめて! 全部! 大好きなんですっ!!」
「なまえちゃん…っ」
「確かに人よりも嫉妬深い上に真面目だから、抱え込んじゃうタイプなんでしょうけど…」

そこで一度、言葉を切るなまえ。 そして、あくましゅうどうしへと視線を向けたかと思えば、ふわり、と柔らかく微笑んだ。 そのあまりに優しい微笑みに、オレも奴も、思わず息を飲む。 そして…

「その方が、すっごく愛されてる、って実感できるでしょ?」
「っ〜〜!!!」
「……ハァ」

極めつけは、このセリフ。 あまりの衝撃にあくましゅうどうしなんて、へなへなと座り込んでしまってるじゃないか。 …本当に、コイツのこういう所は昔から何も変わらないな、なんて思うと、自然とため息が出てしまう。 そんなオレの様子に、ふふっと笑みを浮かべるなまえが何だか腹立たしくて、オレはペチッとデコをはたいてやった。

「いたっ!」
「…お前も大概、物好きだな」
「ふふっ、褒め言葉として受け取っておきます! …ちなみに呪い人形ですけど、作ってるだけで呪いの儀式までは行ってないみたいですから安心してください! ねっ、レオ君?」
「うん… 魔王様に関しては、お百度参り寸前だけどね…」
「…それは安心していいの、か?」

『大丈夫です! さすがにそれは私が止めます!』 なんて楽しそうに笑うなまえを見て、オレは何だか拍子抜けした気分になる。 …コイツが本気だと言うなら、オレの出る幕はない、か。 ポセイドンにまで被害が及ぶのなら話は別だが、この様子を見る限り、それもオレの杞憂のようだし… と思ったのも束の間。 ジトっと細めた目でこちらを見つめるあくましゅうどうしが、徐に口を開く。

「……それにしても、ふたりは随分と仲が良いみたいだね?」
「……おい、誤解するなよ? お、お前、まさかオレにまで…」
「あはは、目つけられちゃいましたね! ハデスさん!」
「おっまえ…!! 他人事だと思って…!!」
「…こんなところに、新しい御札おふだが…」
「ちょ、やめろ!!! おいっ! なまえも黙ってないで、コイツを止めろ…っ!!」
「…えーっ、どうしよっかなあ〜」
「っ、お前ら…っ!!!」

ふふっと楽しそうに笑うなまえと、ニヤリと悪い笑みを浮かべるあくましゅうどうし。 …くそっ! これ以上、付き合ってられるか!!!

「もう知らん!!! オレは帰るからな!!!」
「あ。 そういえば、どうしてハデスさんが魔王城こっちに…?」
「っ、じゃーな!!!」

なまえの言葉に当初の目的を思い出すオレだったが、今更素直に祝いの言葉を伝えられるはずもなく。 苦し紛れに別れの言葉を言うとオレはワープホールを作り、そのまま中へと進んでいった。 去り際に、用意しておいたあるモノを、ポイっと置き土産のように投げ入れる。

「……"兄"からの祝いだ。 とっとけ」
「!!!」

最後の最後。 ワープが今にも閉じそうになったその時、一言だけ告げてやる。 その瞬間、花が咲いたようになまえは笑ったのだった。



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