ミスコン in 魔王城大納涼祭


「今年もついにこの日がやってきました! 魔王城大納涼祭の一大イベント、ミスコン! 今回も司会はわたくし『マイク泥棒』でお送りいたします! さぁ、それではさっそく!本日、参加する美女たちに登場していただきましょう!!」

マイク泥棒さんの声を合図に、私は歩みを進める。 照明がキラキラと当たるステージに足を踏み出せば、ワァァと大きくなる歓声。 その歓声のあまりの大きさに、ドキドキと鳴る心臓がさらに加速してしまって、落ち着かない。

「( うっ、緊張するなぁ…! で、でも!頑張らないと!! )」

ステージに向けられる沢山の視線。 もちろん全てが自分に向けられている、なんて大それたことは思っていないけれど、こんなにも大勢の観客を前にしてしまうと、思わず足がすくんでしまう。 だけど、こんなところで怯んでいてはいけない! 私はどうしても! このミスコンで優勝しなくちゃいけないのだ…っ!

「今年の優勝賞品は〜〜?……コチラ!! "魔界きっての温泉地『ジゴ=クサツ』豪華ツアー ペアチケット"でーす!!! 」
「っ!!!!」

マイク泥棒さんの賞品紹介に、すぐさま私はパッとそちらへと視線を向ける。 彼がこちらと指差す場所には仰々しく飾られた2枚のチケットがあった。
そう… 私がわざわざミスコンに出場している理由。 それは…

優勝賞品ペアチケットを手に入れる』

ただそれだけのためである!!!

「( この賞品が、ただのペアチケットだと思うなかれ…! このチケットには… )」
「ちなみにこちらの賞品には、自動的に有給休暇が付与されます! お仕事の心配をすることなくゆっくりと温泉旅行を満喫してくださいね!」
「( そう!!! これ!!! これだよ…っ!!)」

なんとも嬉しすぎる特典である。 正直なところ、旅行なんて行こうと思えばいくらでも行けるのだが、私が1番気にかかっているのは、仕事面のこと。 私が休むとなると、必然的にレオ君は仕事を休めない。 私とレオ君がふたり同時に休むことはタブー。 …何故かそんな暗黙のルールのようなモノが存在しているのだ。

「( これをゲットしたら、合法的に、周りの目を気にせず、レオ君とふたりで旅行に行けるよね…? それなら、ゲットするしかないでしょ…っ!! )」

そう、ただただこれに尽きる。 ペアチケットを使って旅行に行くなんて、それこそ友達か恋人同士でしか使い道は無い。 私がチケットを獲得した場合、恋人であるレオ君を誘うことに何も違和感はないはずだ。…この特典を考えた人、天才過ぎない?

「( 必ず優勝して、何の気兼ねもなくレオ君と温泉旅行に行ってやるんだから…! )」
「それでは自己紹介から参りましょう〜!!」

私は心の中で固く決心する。…気合いは十分!あとは、皆に可愛いと思ってもらえるように、頑張るだけ…! グッと拳を握りしめて、自身を鼓舞する。 自身の順番が来るまでの間、何度も頭の中で自己紹介を繰り返すのだった。




『ーー……では、次の方! お名前をどうぞ!』
『悪魔教会エリア所属、おんなドラキュラのなまえです! よろしくお願いします!』

…これは、夢だろうか? ミスコンのステージを見つめながら、私はそんなことを思う。 目の前のステージ上には、ニコニコとその愛らしい笑顔を客席に振り撒いているなまえちゃんの姿。 姿が見えないと思ったら、まさかミスコンに参加していた、とは…っ!!
愛してやまない彼女がこんな見世物のようなイベントに参加しているなんて、とてもじゃないが気が気でない…!!そわそわと辺りを見回せば、沢山の魔物がステージ上の彼女に視線を向けている。 その多くは、彼女の魅力にまんまと堕ちた男たちの、好意を含んだ熱い視線だった。……夢? 夢だよね? 夢なら早く覚めてくれ…っ!!!

『とても可愛い浴衣ですね〜!』
『ありがとうございますっ! 今日は納涼祭なので、涼しげに見えるように浴衣にしてみました…!』

私の願いも虚しく…『ほんとに可愛い浴衣ですよねっ!』そう言って、両手で浴衣の袖口を摘まんで持ちあげながら、くるり、と一回転するなまえちゃん。 可愛い浴衣を着れたことが嬉しいのか、彼女は相変わらずニコニコと笑っている。…ちょっと、待ってくれ。 何その可愛すぎる仕草は!! 浴衣なんかよりも、君の方が何倍…いや、何百倍、何千倍も可愛いからねっ!?!?

「…なぁ、あの子、めっちゃ可愛くね?」
「バッカ、お前…! おんなドラキュラさんのこと知らねーのかよ!? 魔王城一可愛いって話で有名だろ!?」
「っ、!」

なまえちゃんの可愛さに悶えていた私だったが、近くから聞こえた声に思わずピクリと反応してしまう。 気付かれないようにこっそりと声のする方へと視線向ければ、そこに居たのは、まだまだ若い新人の男ふたり組だった。

「彼氏とかいんのかな…」
「そりゃあ、あれだけ可愛けりゃいるだろ。 噂によれば、魔王様とも仲良いみたいだしな」
「マジ!? すげー… でもまあ、納得だよな。 あの子と魔王様なら、お似合いというか…」
「っ、…!」

『あの子と魔王様なら、お似合い』その言葉に、ドクンと胸が締め付けられる。 私となまえちゃんが恋人だという情報は新人たちにまでは広がっていないのか… 何も知らない者たちは、まさか私が彼女の恋人だとは思いもしないのだろうな… そんなマイナス思考が私を埋め尽くしていく。 瞬く間に、ぐるぐると渦を巻くように黒い感情が胸の中で湧き上がってくるのが分かった。

「( ああ…今すぐに彼女は私の恋人なんだと、皆に知らしめたい… あの笑顔も、声も、何もかも全部。 私だけのモノなのに…っ!!)」

溢れ出す醜い独占欲と嫉妬心。 束縛はしたくない… そう思いながらも、湧き上がる負の感情を止めることは出来なくて。 今すぐステージに登り、彼女を抱きしめてキスをして… 熱い視線を送っている奴らに、見せつけてやろうか。 そんな考えが頭に浮かんだ、その時。

『なまえさん宛に、観客の方たちから沢山の質問が届いています! えー、まずは… "好きな食べ物は何ですか?"』
『えっと、沢山あるんですけど… おはぎと、炊き込みご飯と、それから…』
「っ…!!!」

唐突に始まった質問タイム。 彼女の答えに、私は俯いていた顔をパッとあげる。 今の、答えって…

『ず、随分と、渋いチョイスですが…?』
『ふふっ、実は… 大好きな人の、得意料理なんですっ』
「っ〜〜!!!!」

少し照れたようにはにかみながら答えるなまえちゃんのあまりに可愛らしい姿に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る。 彼女の言う『大好きな人』。 彼女の答えから察するに、それは紛れもなく私のことを指していて… 先ほどまで渦巻いていた負の感情が、一瞬で消え去っていくのが分かり、あまりにも単純な自分が少し恥ずかしくなった。

『なるほど! それはその相手も作り甲斐があるでしょうね〜! では、続いて次の質問です! …"好きな男性のタイプを教えてください" だそうですが、ずばり…! お聞きしてもよろしいでしょうか!?』
「っ!?!?」

なまえちゃんの思わぬ回答に浮かれていた私だったが、次の質問の内容に思わず顔をしかめる。 健全なイベントのはずなのに、なんて質問してるんだっ! 合コンやってるんじゃないんだぞ!? なんて、心の中で非難する私だが…

『好きな男性のタイプ、ですか…? うーん、そうですね… 強いて言うなら…』
『強いて言うなら…?』
「っ、( 強いて言うなら…!?)」

ゴクリと無意識のうちに唾を飲み込む。 内心では、彼女の答えが気になって気になって、仕方がなかった。 今まで、彼女からこういった類の話は聞いたことがない。 …私とは真逆のタイプだったらどうしよう… そんな不安が浮かんだが…

『年上で、優しくて、カッコよくて…』
『ほうほう… それから?』
『声が素敵で、蘇生魔術が上手くて、腰痛持ちで…』
「っ!!!!( そ、それって…!)」
『嫉妬深くていつも暴走しがちだけど、私のことをとっても大事にしてくれる人… です!』
「っ〜!!( わ、私のことだーーっ!!)」

えへへと照れ臭そうにはにかんでいるなまえちゃんを見て、私は思わず両手で顔を隠す。 ぷしゅ〜と湯気が出てるんじゃないかと思うくらい、顔が熱い。 先程のふたり組が「す、好きなタイプっていうか…」「完全に特定の人物だよな…?」なんて話してるのが聞こえて、更に私の頬は熱くなった。

「( ううっ、こ、これは、完全に不意打ちだ…っ! )」
『や、やけに具体的ですね〜!…さぁ、次で最後の質問です! ずばり… "付き合っている人はいますか!?"』
「っ、!」

続くド直球の質問に、今度はドキッと心臓が跳ね上がる。 本当にプライバシーも何もあったもんじゃないな、このイベントは…っ!! などと、イベントの運営に不満を抱く私だが、先程の質問同様。 彼女の答えに大変興味がある私は、不満の言葉は心の中だけにとどめておいた。 …彼女は何と答えるのか… 私は固唾を飲んで見守る。

『いますっ!』
『おおっと! 即答! ちなみにお相手は…!?』
『えっと…… あっ!いたいた! レオくーーーんっ!!!』
「っ!?!?」

ぐるりっ、とステージを見つめていた観客が一斉に後ろを振り返る。 もちろん、正真正銘なまえちゃんの恋人である私が振り返ることはない。 したがって、周りの視線は必然的に、私へと集中することに…

「あ、あはは… 」
『あの人が私の大好きな恋人のレオ君、もとい、あくましゅうどうし様です!』

照れ臭くて乾いた笑いを浮かべることしか出来ない私に代わり、なまえちゃんが大きな声で紹介をしてくれる。 キラキラの笑顔でステージから手を振る彼女に、私も控えめに手を振り返したのだった。




「それでは改めまして… なまえさんの恋人、そして偉大なる十傑衆のひとりで悪魔教会エリアボス… あくましゅうどうし様でーーす!!!」
「ど、どうも… あくましゅうどうしです…!」

つい先程、なまえちゃんに恋人として紹介をしてもらった私だが、何故か現在。 ステージ上にあがっている。…いや、本当に何で!? これミスコンだよね!?!?

「実を言いますと… なまえさんの恋人があくましゅうどうし様だってことは、周知の事実なんですよ! …ただ、今回の質問は、そのことを知らない新人魔物たちからのものだったそうなんです!」
「あっ、そうだったんですね…! 私も皆には婚約のお祝いをしてもらったのに何でだろう…って思ってたんですけど… 何だか質問に答えてるうちに、"こんなにも素敵な恋人がいるんだぞ"って、皆に伝えたくなっちゃって…っ!」
「っッ〜〜!!!」

照れ臭そうに話すなまえちゃんが本当にこの世のものとは思えないほど可愛くて、私は抱きしめたい衝動に駆られるも、なんとか我慢する。…ほんっっとうに!この子は!!私を喜ばせることばかり言って…っ!!

「…相変わらず、見てるこっちまで恥ずかしくなるほどのバカップルですねぇ。 ということで、新人の皆さん! ご覧の通り! おんなドラキュラのなまえさんには、すでにあくましゅうどうし様という素敵な婚約者がいます! それを知った上で彼女に手を出す… そんな命知らずな男は、果たしてこの中にいるでしょうか…っ!?」
「なっ!?」
「なっ、何言ってるんですかっ、マイク泥棒さん…っ!」

なまえちゃんからのあまりに嬉しい言葉を噛み締めていた私だったが、唐突なマイク泥棒の問い掛けに私は驚きを隠せない。 彼は何故このようなことを…!? そんな疑問が浮かぶも、観客席を見渡せばチラホラと手を挙げている者が数名… こ、この状況で手を挙げるって、どんな強靭な神経してるんだ…っ!!

「ふむふむ。 やはり手を挙げているのは、血気盛んな新人ばかりですねぇ。…そんな君たちに忠告だ! 君たちはまだ、あくましゅうどうし様の本当の恐ろしさを知らない! …今ならまだ間に合う! 命が惜しいなら、なまえさんのことは諦めるんだ…っ!!」
「君は一体、私のことを何だと思っているのかなっ!?」

マイク泥棒のひどい言いように、私は思わず大声で突っ込んでしまう。 その直後、観客席からは「なまえガチ勢!」「恋愛脳おじいちゃん!」「なまえ絶対譲らないマン!」「妖怪融通効かないジジイ…」などと、私をからかうような野次が飛んでくる。 今の声は…っ、魔王様たちだなっ!?!?
( ※上から、タソガレ・姫・ポセイドン・のろいのおんがくか )

「ということなので、新人諸君! なまえさんを奪うには、あくましゅうどうし様という強固なセキュリティをクリアしなくてはいけません! そんなことが出来る強者は、この魔王城には… 恐らく片手で数える程しか存在しないでしょう! だから潔く諦めてくださいね!」
「まさかのセキュリティ扱い!? 何だかうまくまとめたみたいになってるけど、彼女の"恋人"は、わたし、
「あくましゅうどうし様、ありがとうございました〜!! それでは、次の審査に移りたいと思います! 次の審査はー…」

私の必死の訴えも虚しく… マイク泥棒はすでに次の審査の準備に取り掛かっている。…なんというプロ意識…っ! というか私、ここに来る必要あったかな!?

「マイク泥棒さん、行っちゃいましたね… あっ、私も次の準備しない、と…っ!?」

去っていくマイク泥棒の背中を見つめる私たち。 他の出場者たちもぞろぞろと次の審査の準備に向かい始めるのを見て、なまえちゃんも動き出そうとするけれど、そんな彼女の手を、私は咄嗟に掴む。

「れ、レオ君…?」
「なまえちゃん… もし、私以外の男に、告白されたとしたら、君は…っ」
「レオ君… 」

例え私たちが恋人や婚約者という関係であったとしても、彼女のことを好きになってしまう者がいる… そんな状況は、私にとって不安の材料でしかなかった。 私の不安が伝わったのか、なまえちゃんは優しく私の頬を包み込んで、視線を合わせるように私の顔を覗き込む。 そして、とんでもなく優しい声で、そっと囁き始めた。

「私、何度も言ってるでしょう? レオ君が好きだ、って」
「…うん、」
「私にはこれからもずっと、ずーーっと、レオ君だけです。…信じてくれますか?」
「っ、」

真っ直ぐ。 ただただ真っ直ぐに気持ちを伝えてくれるなまえちゃん。…そうだ、君はいつも。私のことを好きになってくれたあの時から、ずっと、変わらない。 いつだって私が1番欲しい言葉をくれるんだ…

「…ありがとう、なまえちゃん。 弱気になってしまって、ごめんね。 …だけど、」
「だけど…?」
「…君が好意を寄せられていると思うと、どうしても、無茶苦茶に嫉妬してしまうんだ… それだけは、許してくれるかい?」

醜い醜い、男の嫉妬心。 こんなことを言うと、重いと思われるかもしれない… そんな不安が込み上げるが…

「許すも何も… レオ君には悪いですけどっ!嫉妬してくれるのは、すっごく嬉しいですからっ!」
「っ〜〜!!」

屈託のない、キラキラの笑顔。 まるでそんなこと気にも留めていない!とでも言うかのように笑うその姿に、胸がきゅーーーんっと切なく疼く。 …いや、ほんとにさぁ…っ!

「っ、…今ここで抱きしめてもいいかなっ!?」
「ふふっ!もう少しだけ、我慢です! …あとでいっぱい、ギューってしてくださいね?」
「っッ〜〜!!!!」

こてんと可愛く首を傾げながら言う仕草に、私は完全にノックアウト。 またもや、ぷしゅーっと湯気が出るほど熱くなった頬を咄嗟に隠す。 …本当にもう!!この子は加減を知らないんだから…っ!!
そんな私たちを見て、観客席からは… 『またやってる…』『さっさと降りろバカしゅうどうし〜』『男はさがれ〜!』なんて野次が飛び交う。 … また魔王様たちだなっ!? せっかくの良い雰囲気が台無しだが、ここがミスコンのステージであることを今更ながら思い出す。 名残惜しいが、仕方ない。 …あとでたっぷりと、彼女を堪能することにしよう。 そんなことを考えながら、私はステージを降りる。 我ながら現金だが… その足取りは、とてもとても軽かった。




「えっ!? 優勝賞品ペアチケットで私と旅行に行きたくてミスコンに出場しただって!?」
「はいっ!!」

ニコニコと大層嬉しそうに笑うなまえちゃん。 そんな彼女の手には、"優勝賞品"と書かれた封筒がしっかりと握られている。 …そう。 あの後に続いた厳しい審査を乗り越えて、彼女は見事、優勝を果たしたのだ。

「( あの状況で優勝できるって… やっぱりとんでもなく人気があるんだな、なまえちゃんは… )」
「? レオ君?」
「えっ!? あっ、ご、ごめん…っ! それにしても、私と旅行に行くためって…」
「私たち、ふたり同時に休むのって難しいでしょう? …だから、これなら気兼ねなく休めるかなあ、なんて思ったんですけど… ダメ、ですか?」
「っ、ぜっ、全然ダメじゃない!ダメじゃないよっ!!」
「! それじゃあ…!」
「うん…! 今度、ふたりで旅行に、行こうか!!」
「っ〜〜!やったぁ!!!」

ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶなまえちゃんに、私も自然と笑顔が浮かんでくる。 それにしても… まさかそんな理由があったなんて…!!というか…

「( 最初から伝えてくれていれば、こんなにも焦ることなかったんじゃ…!?)」
「頑張ってミスコンに出た甲斐がありました! ねっ、レオ君っ!」
「えっ!? あっ、そっ、そうだねっ、あはは…」

嬉しそうにはしゃぐなまえちゃんには悪いが、私は愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。 確かに…! ふたりで旅行というのは、とても嬉しい…! とても嬉しいけれど…っ!

「( 本当に!! これ以上、恋敵ライバルを増やすのはやめてくれ……っ!! )」

そう思わずにはいられない私だった。

「混浴の温泉って、あるのかなぁ…?」
「っ、!」

や、やっぱり、ミスコンには感謝しないとな…! うん!



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