CHAPTER 01 /
03「こちらの身にもなってほしい、」


「あくましゅうどうし様!確認済みの書類、ここに置いておきますね」

夜も更けた静かな悪魔教会に、おんなドラキュラちゃんの鈴のような声が響く。 年の瀬が近づき、日々慌ただしくなる魔王城での業務に疲労は溜まる一方だが、彼女の明るさや気遣いに私は何度も助けられていた。 ああ、その笑顔が年寄りには眩しいよ…!

「遅くまで残業させてしまって、すまないね。 助かったよ」
「当然のことをしたまでです!いつでも頼ってくださいね!」
「ありがとう、頼りにしてるよ」

えっへんと胸を張る彼女が可愛らしくて、ついこちらも笑顔になってしまう。 彼女も疲れているだろうに、そんな素振りひとつも見せずに毎日仕事をこなして、その上私の手伝いまでやってくれている。 本当に彼女の存在が私を支えてくれているんだなあと改めて実感して、ハッとする。 私は部下に頼ってばかりで…なんてダメな上司なんだ…っ!!もっとしっかりしなければ!!!

「どうしてそんなに爽やかイケメンなんですか!!本当におじいちゃんですか!?」
「いっ、イケメン、かどうかはわからないけど、おじいちゃんなのは確かだよ…」

そんな私の気持ちもつゆ知らず、彼女はまた突拍子も無いことを言ってのける。 あはは、と苦笑いで受け流したけれど、正直、い、イケメンだと思われているのは…嬉しいな。

「はぁ…私ばっかりドキドキして、ずるいです」
「……っっ!!」

そんなことを上目遣いで言うんだから、たまったもんじゃない。 こちらの身にもなってほしい、切実に…!!!私はどうすることも出来ず、固まってしまった。 ああ、良い歳して情けない…
そんな私に彼女はさらに追い討ちをかけてくる。

「ふたりっきりですね」
「えっ!?あっ、そ、そうだねっ」
「夜も更けてきましたね」
「っ、あー!も、もうこんな時間かぁ、そ、そろそろ帰る準備しないとっ」
「私、まだ帰りたくないなぁ…」
「えっ!あ、そ、それは…どういう…」

まだ帰りたくない、その言葉の真意が知りたくて、チラッと彼女に視線を向ける。 その瞬間、彼女の柔らかな手が私の腕に触れた。

「あくましゅうどうし様…」
「っ…ッ!」

絡み合う視線が熱くて、心地よくて、目が離せない。 私を呼ぶ彼女の声が、とてつもなく甘美で、頭の中がぐちゃぐちゃに溶けてしまいそうになる。 このままずっと触れていてほしい…そんな考えが頭をよぎったその時、

コンコン。
教会の扉を叩く無機質な音が響いて、ハッと我にかえる。 私は、い、今、何を…っ!!!思わず、左胸をギュッと握りしめる。 危なかった。 本気にしてはいけない、彼女の甘い蜜に誘われてはいけない、そう思えば思うほど、深みにはまっていく自分が嫌になる。 ちらりと彼女を盗み見ると、ノックをした来客を出迎えようとすでに背中を向けていて、表情は見えなかった。

「はーい、誰ですか〜?」
「おお、なまえ、遅くまでご苦労だな!」
「あれ、タソガレくん?どうしたの?わざわざこんなところまで珍しいね」

どうやら来客は魔王様のようだ。 私に何か用だろうか?そう思い、私も魔王様の元へ向かおうと一歩を踏み出したその時。

「あ、いや、今日はなまえに用があって来たのだ」

魔王様の声が聞こえて、踏みとどまる。 こんな夜更けに、女性を訪ねてくるなんて、一体何の用だろうか……って、また私は余計な詮索を…っ!魔王様が彼女とどんな用事があろうと私には関係のないことだ。 そう頭では理解しているはずなのに、仲良く楽しそうに話す2人を見て、胸のモヤモヤがどんどん溢れてくるのが分かる。

「今年の闇のミサの司会進行役だが…なまえ、お前に決まった!」
「え!?わ、わたし!?」
「これは今年のミサのプログラム資料だ、内容をよく確認してどのように進行していくか、考えておくように!」
「そんな大役、任せてもらっていいの!?」
「お前だから任せるのだ、しっかり頼んだぞ、なまえ」
「…うん!ありがとうタソガレくん!私、頑張るよ!!」

嬉しそうに魔王様へ笑顔を向ける彼女を見て、ズキンと胸の奥が痛む。 ついさっきまでその笑顔は私に向けられていたのに。 彼女は私の部下なのに。 そんな醜い感情が私の中で見え隠れする。

「おやすみなさい、タソガレくん」
「ああ、おやすみ、なまえ」

まるで恋人同士のように名前を呼び合う2人をこれ以上見ていられず、思わず目をそらす。 仕事を任せてもらったことが余程嬉しいのか、ウキウキと駆け寄ってくるのが、見ていなくてもわかり、また胸がズキンと痛んだ。

「聞いてください!あくましゅうどうし様!!」
「…ああ、聞こえていたよ、闇のミサの司会だって?すごいじゃないか」

自分でも驚くほど元気のない声に、本当に情けない気持ちでいっぱいになる。 みっともない男の嫉妬を彼女には知られたくないはずなのに、こんなことでは勘のいい彼女は絶対に気づいてしまうじゃないか。

「あくましゅうどうし様の部下として、恥ずかしくないよう頑張りますね!!」
「私のためなんかじゃなく、魔王様のためなんじゃないのかい?さっきも魔王様に仕事を任されて喜んでいたみたいだし」
「えっ?」
「……と、とにかく!良かったじゃないか!君の今までの努力が認められたんだ、私も上司として鼻が高いよ」

我ながら大人げない物言いに、頭を抱えたくなる。 嫉妬してると気付いて欲しくない、そんなことを思っていながら真逆の態度を取ってしまう自分が馬鹿らしくなってきた。

「ふふっ、」

そんな私を見越してか、彼女は小さく笑い声をもらす。

「……笑わないでくれるかい?」
「ふふっ、ふ、ごめんなさい、可愛くってつい」
「こんな年甲斐のない私が可愛いなんて、本当に君は変わってるよ…」

わざとらしく、ハァとため息をついて手で顔を覆う。 彼女にはすべてお見通しなんだろうか、そう思うと先程までの自分の行動が恥ずかしく思えてきて、かあっと体が熱くなる。

「私が頑張れるのは、あくましゅうどうし様がいるからなんですよ?」
「…口ではなんとでも言えるよ」
「もぉ〜!いつまでいじけてるんですか!」
「だ、大体!君は私を好きだと言いながら、色んな男性と仲良くして、そ、そういうのは良くないんじゃないかなぁ…!!」

こんなこと言う男なんて、きっと嫌に決まってる。 これ以上は言ってはいけないとわかっていても、一度出てしまった言葉は止まらなかった。

「そ、それに!君はいつも、私を好きだと言うけど、簡単にそんなことを、」
「好きです、あくましゅうどうし様」
「また、君はっ……っ!?!?」

簡単に好きだなんて言うなと、そう諭すつもりで言った言葉は、無惨にも『好きです』と言う言葉で遮られる。 さすがの私もこれには少し腹が立って、すかさず怒ろうとしたけれど、頬に柔らかい感触がして、言葉に詰まってしまった。 えっ…頬に、柔らかい、感触?

「さっき邪魔が入って出来なかったから、その続きです」
「なっ、い、いまのは…!!!」
「残業頑張ったご褒美として、ほっぺにチューさせてもらいました!ごちそうさまです!」
「……っっ!」
「あ!タソガレくんからの伝言です。 『あまり根を詰め過ぎないように!』だそうです!私もそろそろ部屋に帰りますね!あくましゅうどうし様も今夜はゆっくり休んでください!」

そう言って嵐のように去っていく彼女を無言で見つめる。 彼女が教会を出た瞬間、私はガクッと座り込んだ。

「……今のは、反則だよ」

ポツリと小さく呟いたはずなのに、静かな教会にはやけに響いて、余計に恥ずかしさが襲ってくるが、今はそんな些細なことはどうでもいい。 ほ、ほっぺにチュー、……うわあああああ!は、恥ずかしい…!!!

「明日どんな顔して会えばいいんだ…」

そんな情けない考えが浮かんでしまって、頭を抱える。 本当に彼女には振り回されっぱなしだ。
だけど、彼女に振り回されるのも悪くない、そんな風に思う自分がいるのも事実で。
さっきまであった、胸の中のモヤモヤはいつのまにか消えていた。


前の話 … | … 次の話
Back




- ナノ -