CHAPTER 01 /
03「私、まだ帰りたくないなぁ…」


「あくましゅうどうし様!確認済みの書類、ここに置いておきますね」

12月初旬。 年末に向けて慌ただしくなる魔王城内。 ここ悪魔教会も例外ではなく、終わらせても減らない業務に皆がてんてこ舞いになっていた。
中でもエリアボスであるあくましゅうどうし様の仕事量のそれは半端なく、皆が帰ったあとも、手が回らない業務を私が手伝うことになったのだ。 いわゆる、残業である。

「遅くまで残業させてしまって、すまないね。 助かったよ」
「当然のことをしたまでです!いつでも頼ってくださいね!」
「ありがとう、頼りにしてるよ」

ドンっと胸を叩く仕草をする私を見て、柔らかく笑ってくれるあくましゅうどうし様に思わずきゅんっとする。 そんな優しい笑顔を見せられたら、溜まっていた疲れも一気に吹っ飛ぶじゃないか。

「どうしてそんなに爽やかイケメンなんですか!!本当におじいちゃんですか!?」
「いっ、イケメン、かどうかはわからないけど、おじいちゃんなのは確かだよ…」
「はぁ…私ばっかりドキドキして、ずるいです」
「……っっ!!」

イジけたように唇を突き出し、上目遣いで見上げる。 そんな私を見てあくましゅうどうし様は、真っ赤になって固まってしまった。 本当に何度やっても、こういうことに慣れてくれない。 そこがまた好きなところのひとつでもあるんだけど!!っていうか、今完全にふたりっきりだよね?もしや、これはチャンスなのでは!?

「ふたりっきりですね」
「えっ!?あっ、そ、そうだねっ」
「夜も更けてきましたね」
「っ、あー!も、もうこんな時間かぁ、そ、そろそろ帰る準備しないとっ」
「私、まだ帰りたくないなぁ…」
「えっ!あ、そ、それは…どういう…」

真っ赤になったままのあくましゅうどうし様が、チラッとこちらに視線だけを向ける。 私はその瞬間を見逃さない!彼の二の腕にそっと手の平を添える。 そして、甘えた声で名前を呼んだ。

「あくましゅうどうし様…」
「っ…ッ!」

彼を見上げると、とろんと熱を孕んだ瞳と視線が交わる。 いけない事をしているような背徳感、それと同時に何とも言えない快感が私の中を駆け巡った。 そんな、かつてないほどの良い雰囲気になった、その時。

コンコン。
教会の扉をノックする音が響いて、私たちはハッと我にかえる。
名残惜しい…けど仕方ないかぁ。 触れていた手を離し、チラッとあくましゅうどうし様を盗み見ると、残念そうな、でもどこかホッとしたような表情で左胸あたりをギュッと握りしめていた。 今日はここまでかあ、くそぅ、良い雰囲気だったのになぁ…
私は渋々、タイミングの悪い来客を出迎えに教会の扉へと向かった。

「はーい、誰ですか〜?」
「おお、なまえ、遅くまでご苦労だな!」
「あれ、タソガレくん?どうしたの?わざわざこんなところまで珍しいね」

教会の扉を開くと、そこにいたのはこの城の主、タソガレくんだった。 魔王様直々の登場ってことは、何かよほど重要な話があるのかもしれない。

「あくましゅうどうし様に用かな?ちょっと待ってね、今呼んでくるから」
「あ、いや、今日はなまえに用があって来たのだ」

教会の中へ振り向こうとした私を呼び止めるタソガレくん。 私に用事とは珍しいな。 一体、何の用だろう…ま、まさか!!

「もしかして、冷却装置勝手に持ってっちゃったのバレた!?」
「そんなことで我輩がわざわざ出向くわけあるか!!!というか、バレてないつもりだったのか!?」
「えっ!?バレてたの!?」
「あー!もういい!その話はあとだ!それより!これを見てくれ!」
「何その紙?」

タソガレくんは持っていた数枚の紙をバッと私の目の前に突き出す。 なになに、闇の、ミサ、プログラム?

「今年の闇のミサの司会進行役だが…なまえ、お前に決まった!」
「え!?わ、わたし!?」
「これは今年のミサのプログラム資料だ、内容をよく確認してどのように進行していくか、考えておくように!」
「そんな大役、任せてもらっていいの!?」
「お前だから任せるのだ、しっかり頼んだぞ、なまえ」
「…うん!ありがとうタソガレくん!私、頑張るよ!!」
「我輩も今日は休むことにするから、なまえもあまり無理はしないようにな。 あくましゅうどうしにも、あまり根を詰め過ぎないよう伝えておいてくれ」
「わかった!伝えとく!おやすみなさい、タソガレくん」
「ああ、おやすみ、なまえ」

教会を出て行くタソガレくんを見送ったあと、私は思わず貰った資料をぎゅっと抱きしめた。 毎年皆が楽しみにしている闇のミサの進行役なんて!あくましゅうどうし様の右腕として、申し分ない大役だ!頑張らなきゃ!!

「聞いてください!あくましゅうどうし様!!」
「…ああ、聞こえていたよ、闇のミサの司会だって?すごいじゃないか」

元気いっぱいで駆け寄る私とは裏腹に、元気のない声色のあくましゅうどうし様。 どうしたんだろう?……はっ!もしやこれは!いつものモヤモヤタイム!!!?

「あくましゅうどうし様の部下として、恥ずかしくないよう頑張りますね!!」
「私のためなんかじゃなく、魔王様のためなんじゃないのかい?さっきも魔王様に仕事を任されて喜んでいたみたいだし」
「えっ?」
「……と、とにかく!良かったじゃないか!君の今までの努力が認められたんだ、私も上司として鼻が高いよ」
「ふふっ、」

バツが悪そうに少し早口になって目をそらす姿が、なんだか小さい子どものようで思わず笑ってしまう。

「……笑わないでくれるかい?」
「ふふっ、ふ、ごめんなさい、可愛くってつい」
「こんな年甲斐のない私が可愛いなんて、本当に君は変わってるよ…」

ハァとため息をついて手で顔を覆うあくましゅうどうし様。 そんな彼を見て、私は思う。 その指の隙間から見えている赤い頬も、嫉妬深いところも、大人げなくなっちゃうところも、全部全部。 可愛くて可愛くて、仕方ないのに!

「私が頑張れるのは、あくましゅうどうし様がいるからなんですよ?」
「…口ではなんとでも言えるよ」
「もぉ〜!いつまでいじけてるんですか!」
「だ、大体!君は私を好きだと言いながら、色んな男性と仲良くして、そ、そういうのは良くないんじゃないかなぁ…!!」

真っ赤になって怒るあくましゅうどうし様の言葉を頭の中で反芻する。 もうこれ私が男の人と仲良くするのが嫌って言ってるのと同じだよ。 もぉー!なんでそんなに不器用で可愛いかなあ!!!これ以上好きになることなんてないと思ってたのに、胸の奥がきゅんっとうずいて仕方ない。

「そ、それに!君はいつも、私を好きだと言うけど、簡単にそんなことを、」
「好きです、あくましゅうどうし様」
「また、君はっ……っ!?!?」

我慢できなくなった私は、お説教をたれる彼の二の腕を掴み、背伸びして頬にキスをする。 なにが起こったのか理解が追いつかない様子のあくましゅうどうし様に私は一言。

「さっき邪魔が入って出来なかったから、その続きです」
「なっ、い、いまのは…!!!」
「残業頑張ったご褒美として、ほっぺにチューさせてもらいました!ごちそうさまです!」
「……っっ!」
「あ!タソガレくんからの伝言です。 『あまり根を詰め過ぎないように!』だそうです!私もそろそろ部屋に帰りますね!あくましゅうどうし様も今夜はゆっくり休んでください!」

そう言って私は教会を後にする。 完全にやり逃げだが、これくらいは許してもらおう。 あくましゅうどうし様が可愛いのがいけないんだから!今頃、また真っ赤になって色々考えてるんだろうなあ。

「ふふ、明日会ったらどんな反応するかなぁ?」

今別れたところなのに、もう会いたくなってる自分に少し苦笑い。 部屋に帰ったら、シャワーを浴びてベッドに入ってすぐに寝よう。 そうすれば早く明日になって、彼に会えるから。
静かな夜の廊下に足音を響かせながら、私は部屋への道のりをいつもよりほんの少し早めて歩いた。


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