CHAPTER 04 /
21「ワガママはいけませんよ、魔王様…」


長い廊下にコツコツとふたり分の足音が響く。 現在、私はなまえちゃんとふたりで、長く続く廊下をひたすらに歩いていた。 向かう先は、魔王様の執務室。 普段よりも幾分か早い足取りで歩く私たちの表情には焦りの色が見えているようで、すれ違う魔物たちも何事かとざわついている。

「執務室、遠くて焦れったいですね…!」
「悪魔教会は地下深くにあるからね…でもあともう少しだ!」

残り僅かの距離をさらに足を早めて進んで行く。 何故私たちがこんなにも焦って魔王様の元へと向かっているのか…事の発端は、つい15分程前のこと。 普段通り悪魔教会で仕事に励んでいた私たちの元へやって来たのは、1匹のでびあくまだった。 パタパタとその小さな羽をばたつかせて私の元へ辿り着くと、ふわふわの手で1枚の手紙をそっと手渡してきたのだ。

「『あくましゅうどうしとなまえは、今すぐ執務室に来るように!』って…一体何の用なんでしょうか…?」
「それが私にも全く心当たりがないんだ。 何か悪い事じゃなければいいんだけど…」

呼び出しの理由も書かずに走り書きされた手紙の内容に不安がよぎった私たちは、すぐさま教会を飛び出した。 そして、現在に至る、という訳である。

「やっと、着いた…!」
「それじゃあ、ノックするよ…!」

ようやく辿り着いた執務室の重厚な扉をコンコンとノックすると、すぐに聞こえる魔王様の声。 失礼します、と一言声を掛けて扉を開ければ…両肘をつき、何やら真剣な表情でデスクに座っている魔王様の姿が目に入る。 そのあまりに深刻そうな雰囲気に、私たちは慌てて彼の前へと飛び出した。

「ど、どうしたの?タソガレくん…!」
「い、一体何が…」
「お前たち……」

丸めた両手の上に顎を乗せ、黙ってこちらをジィッと見つめる魔王様の様子に、思わずゴクリと固唾を飲み込む。 チラリとなまえちゃんを盗み見れば、彼女も私と同様、緊張した面持ちで魔王様の様子を見守っていた。 『お前たち…』その言葉の続きは一体…。 ピンと張り詰めた空気が執務室内を包んだ、その時。 魔王様の口がついに開かれた。

「全く有給を使っていないじゃないか…っ!!!!」
「へ?」
「は?」

大きな声で叫びながら、ダンっと机を叩き立ち上がる魔王様。 先程までの重い雰囲気からは想像出来ない言葉に、頭が混乱状態になる。 …彼は今、何と言った…?ゆ、有給…?

「有給消化率の向上は、組織の責任者としての義務…っ、出来る限り有給の使いやすい職場を目指してやって来たはずなのに…お前たち!!全く消化できていないじゃないか…!!」
「そ、そう言われましても…」
「あはは、忙し過ぎて、そんなことすっかり忘れてたよ」

あれほど真剣な表情をして何を言うのかと思えば…まさか有給休暇の消化率について語り出すとは…!拍子抜けとはまさにこのことである。 なまえちゃんも緊張が解けたのか、あははと呑気に笑っていて…一気に部屋の中の雰囲気が緩んでいくのが分かる。

「忘れてたって、何を呑気な…!!悪魔教会エリアのトップであるお前たちがそんな調子では、他の魔物たちが有給の申請を躊躇ってしまうのではないか!?」
「それは大丈夫だよ、タソガレくん!皆には出来るだけ有給取ってもらうようにしてるから!ねっ、レオ君!」
「そうだね…皆いつも頑張ってくれているから、好きなタイミングで申請してもらうように、こちらからお願いしているんですよ」
「我輩はそれをお前たちにもお願いしているのだが!?!?」
「あ、あはは…そうですよね…」

私たちの返答が不満だったのか声を荒げる魔王様に、私は曖昧に苦笑いを返すことしかできなかった。 チラリとなまえちゃんを盗み見ると、何だか不服そうな表情をしていて…その表情から、彼女の言いたいことが何となく想像出来た私は、そのまま様子を見守ろうと黙り込む。

「そうは言うけど、タソガレくん…私たちが休んじゃったら、誰が姫の蘇生をするの?」
「ぐっ…た、確かにそれはそうなのだが…!」
「元々忙しい身ではありましたけど…姫が魔王城に来てからは、格段に仕事量が増えていますからね…」
「っ、そ、それでも!休むタイミングはいくらでもあっただろう!?」
「確かに休もうと思えば休めたのかもしれないけど…」
「有給を使うまでもない、と言いますか…」

姫の名前を出され、ウッとたじろぐ所を見るに魔王様も私たちの忙しさは重々承知なのだろう。 なまえちゃんの言い分が痛いほど分かる私にとっても、今回の魔王様のお叱りは何だか少し身勝手だと感じてしまうところがあって…ついついなまえちゃん側についてしまった。

「っ…もういい!こうなれば実力行使だ…!お前たちに、明日から3日間の休暇を命ずる!!!」
「ええっ!?3日も!?」
「そんなに休んでしまって、もし死者が出てしまったら…誰が蘇生をするのです!?」
「何も蘇生魔法を使えるのはお前たちだけではないだろう…!確かに効率は悪くなるかもしれないが…それに3日間は出来るだけ死なぬよう、皆に知らせれば良いのだし…!」
「それで死者が減るのならこちらも苦労はしないんですよ…!」
「そうだよ!姫なんていまだに週一で死んでるんだからね!?」
「なっ!?まだそのようなハイペースで死んでいるのか!?」
「はい…おばけふろしきの死体の数も…いまだ変わりありません…」
「ぐっ…」

正直なところ、姫があと少しだけでも大人しくしてくれれば、私たちの仕事量を格段に減らすことが出来るのだが…それは無理だと判断したのか、魔王様は気まずそうに言葉を詰まらせる。 しかし納得がいかないのか首をぶんぶんと振り、何かを決心したかのように、強い口調で言葉を放った。

「と、とにかく!!これは魔王命令だ!!異論は我輩への反逆とみなす!!いいな!?」
「な、何もそこまでしなくても…」
「権力を振りかざすなんて…!見損なったよ!!タソガレくん!!!」
「有給取れって言ってるだけなんだが!?何故、我輩がこんなにも責められているのだ…!」

頭を抱えて慌てる魔王様には悪いけれど、私も…出来ることなら休みにはして欲しくない、というのが本音であった。 普通なら誰もが喜んで受け入れるような命令のはずなのだが…私にとってはあまり喜ばしくない展開である。 その理由は…

「だって…休みになったら…っ!レオ君に会えなくなっちゃうじゃない!!!」
「っ、!?」

なまえちゃんの叫びにドキリと胸が跳ね上がる。 そしてそのままドキドキと大きな音を鳴らし始めた。

「(まさか…なまえちゃんも私と同じことを考えてくれていたなんて…っ!)」

私にとって悪魔教会での仕事は、なまえちゃんと過ごせるとても貴重な時間となっている。 彼女と一緒だから、朝から晩までの忙しい日々を何とか乗り越えられるのだ。

「散々渋っているかと思えば…結局はそういうことか…っ!」
「そ、そんな風に言わなくてもいいじゃんっ!レオ君に会えるのを楽しみに、仕事も頑張ってるのに…!!」
「そ、そうですよ魔王様…!いくら魔王様でもそのような言い方は…!!!」

魔王様のあまりの言いように私もつい口出ししてしまう。 確かに、私たちの勝手な理由であることは事実だが…何も仕事を怠慢しているわけではないのに…!そう思い、反論するも、次の魔王様の言葉に思わず私たちは黙ることとなる。

「馬鹿かお前たちはっ…!!ふたりとも休みなんだから、ふたりで出掛けるなりして、いくらでも一緒に過ごせるだろう…!?」
「「えっ…?」」
「えっ?って…それはこちらのセリフだ全く…っ!!何ならお前たちふたりで、ゆっくり遠出でもして来れば良いと思っていたのに…!」
「ふたりで、ゆっくり…」
「遠出…?」

『なまえちゃんとお出掛け』そんなこと考えもしなかった私は、思わず目が点になる。 チラリとなまえちゃんの方へ視線を向ければ、彼女もポカンと呆気に取られながら、私に視線を寄せていて…

「「……」」

パチリと合う視線、しばしの沈黙…しかしそれもつかの間。 コクリと頷き合って、ふたり同時に口を開く。

「「今すぐ有給を申請します!!!」」
「手のひら返しが過ぎるんだが!?!?せめてもう少し申し訳なさそうにしてくれ!!」
「えー…タソガレくんが有給取れって言ったのに…」
「ワガママはいけませんよ、魔王様…」
「もうヤダ、コイツら…」

自分でも調子が良すぎるのは重々わかっている。 しかし、『なまえちゃんとお出掛け』…そんな餌を前に待てなど出来るはずもなく。 あまりの変わり身の早さにツッコミを入れる魔王様だったが、悪びる様子の無い私たちに呆れたのか、最早ツッコむ気力さえ失っているようだ。

「ハァ…もういい。 我輩、疲れた。 …さっさとこの有給休暇届に記入してくれ…」
「はーい」
「休暇届に記入なんて、いつぶりだろう…」

こうして、私となまえちゃんは明日からの3日間…休暇を取ることとなったのだった。






「ありがとう、タソガレくん!それじゃあ…明日から、よろしくね!」
「苦労をかけますが、よろしくお願いします」
「ああ、安心しろ。 魔王城のことは気にせずゆっくり休んできてくれ…」

休暇届を書き終えた私たちは、魔王様へお礼と明日からのお願いを口にする。 そんな私たちに疲れた様子で返事を返す魔王様に少し罪悪感を感じながらも、失礼しました、と一礼して執務室を後にした。 バタンと扉を閉めたあと『仕事に戻ろうか』となまえちゃんに声を掛け、歩き出すが、その直後。 彼女の私を呼ぶ可愛らしい声が耳に届く。

「レオ君っ」
「どうしたの?なまえちゃん」
「明日からの休みなんですけど…」
「っ、うん?」

もじもじと躊躇う仕草をする彼女が何ともいじらしくて、きゅんと胸が疼く。 何かを言いづらそうに少し唇を尖らせる仕草には、もはや釘付けだ。 本当に、どうしてこの子は、いちいち可愛いんだろうか…!悶える私をよそに、彼女は何やら決心したのか、その赤くて可愛い唇をそっと開き…衝撃の言葉を口にした。

「一緒に、私の実家に来てくれませんか…っ?」
「…へ?」

突然のお誘いに、頭の中が真っ白になる。 …落ち着け、落ち着くんだ。 彼女は今、何と言った…?『一緒に実家に来てくれ』そう言った、はず…えっ、じ、じっか?…実家!?!?

「じっ、じじじじ実家って…っ!」
「ついこの間も実家に連絡したんですけど、母がレオ君に会いたいって言ってて…」
「おっ、お母さんが、私に…!?」
「はい…それに、父も…」
「お、お父さんもっ!?」
「…で、でも、急過ぎますよねっ、ごめんなさいっ!最近、私自身も実家に帰れてなかったので、この機会に、と思ったんです、けど…」

なまえちゃんのご家族とはいずれ会うことになると分かってはいたが、あまりに急な話で…思わず、慌てふためいてしまう。 そんな私の反応に彼女は慌てて口を開き謝罪するけれど、段々と語尾が小さくなっていき、最後には残念そうにしゅんと肩を落としてしまった。 …もしかして、私が両親に会うのを嫌がっていると、勘違いしてるんじゃ…!?

「わああ!違うんだっ、なまえちゃんっ!」
「えっ?」
「そ、そのっ、急なことでビックリしてしまって…!なまえちゃんのご両親に会いたくないわけじゃないんだよ…!」
「レオ君…」

なまえちゃんは私の言葉に安心したのかホッと息を吐き出した。 本当に!決して!彼女の家族に会いたくない訳ではない…!むしろ、恋人として紹介して貰えるなんて、本当に嬉しくて堪らないのだ。 私は自分の正直な気持ちを伝えたくて、更に言葉を続ける。

「大切ななまえちゃんの家族だから…失礼のないようにと思うと、思わず緊張しちゃって…ご両親が私に会いたいと思ってくれているなんて、すごく嬉しいよ!!都合が合うのならぜひ…!私も一緒に、なまえちゃんの実家へ行ってもいいかな?」
「っ…はい!もちろんですっ!!」

飛びきりの笑顔で、とても嬉しそうに笑うなまえちゃんにつられて、私も笑顔が溢れてくる。 だけど明日からのことを考えると、緊張でドキドキと心臓がうるさく鳴ってしまうのも事実で…今夜は眠れそうにないな、なんて心の中で呟いた。

「ちなみに、私の実家なんですけど…」
「ん?」
「寝台列車でほぼ丸1日かかるので、往復の列車と実家に帰る日でお休みの3日間、全部潰れちゃうんです…」
「えっ!?そ、それって、つまり…!!」
「ふふっ、3日間、ずーっと一緒です!…3日間もレオ君と一緒なんて…どうしよう、嬉しすぎて、にやけちゃう…っ」
「っ〜〜!!(あああもう!!!どうしてこんなに可愛いかなあ!!!!)」

頬を緩ませるなまえちゃんのとんでもなく可愛い表情に、明日の緊張なんてどこかへ飛んで行く。 明日からのなまえちゃんと過ごす3日間…とても楽しい旅になりそうだ…そんなことを考えながら、いまだ嬉しそうに笑う彼女に、私も笑いかけたのだった。



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