CHAPTER 04 /
20「私の昔話を聞かせてあげよう!」


「俺、来月から悪魔教会エリアに異動になったわ」
「マジかよ!?あそこのエリアボスって、あくましゅうどうし様だろ?いいなぁ…超優しそうじゃん」

食堂で姫と仲良くランチを楽しんでいた私は、隣のテーブルから聞こえてきた会話にふと、箸を止める。

「(そっか、もうそんな時期なんだ…)」

ここ魔王城では、3月に入ると人事異動の辞令が対象者に交付される。 環境変化に対応出来ない者や上位職の者(エリアボスなど)は基本的に異動を命じられる事はないが、そういった縛りのない者は様々なエリアに配置されることも少なくない。 私も過去にからくりエリアから悪魔教会エリアへの人事異動を命じられ、現在に至っているのだが…

「(あれからもう丸5年かぁ…本当、月日が経つのは早いなぁ…)」
「なまえちゃん…?箸が止まってるけど。 …どうかした?」
「え?」

姫の声にハッと我にかえる。 黙り込んでいた私を見つめる姫の大きな瞳が心配そうに揺れていて、私は慌てて口を開いた。

「わぁ、ごめんごめん!ちょっと昔のこと思い出してて…」
「昔のこと?」
「うん、私が悪魔教会エリアに配属された時のことなんだけど…」
「!何それ。 すごく面白そう!詳しく聞かせて」
「ふふっ…よーし!姫には特別大サービス!私の昔話を聞かせてあげよう!」

さっきまで不安げにゆらゆらと揺れていた瞳がすぐさまキラキラと輝くものに変わり、私はクスッと笑みをこぼす。 姫の頼みならば、と当時のことを頭に思い浮かべると、懐かしい気持ちが溢れてきた。

「私が悪魔教会に配属されたのは、今から5年前。 それまでは、からくりエリアに所属してたんだけど…」





5年前ーー…


「(今日からここで働くのかぁ…)」

目の前にそびえ立つ巨大な扉をおずおずと見上げる。 魔王城に就職してもうすぐ5年が経つが、祭事などでしか訪れることの無いこの場所で、まさか自分が働くことになるなんて思いもしなかった。

「(悪魔教会エリアか…確かに私ドラキュラだし…普通に考えればここが1番適してるのかもしれないけど。 正直、知り合いもほとんどいないから、なんだか少し寂しいなぁ…)」

悪魔教会エリアの厳かな雰囲気も相まって、更に寂しさが膨れ上がる。 そんなことを考えると、からくりエリアの仲間たちが恋しくなってきて、無性に彼らに会いたくなってしまった。

「(っ…ダメだダメだ!初日からこんな調子じゃ、マザーさんたちに叱られちゃう!…しっかりしないと…!)」
「…おんなドラキュラちゃん?」
「えっ?」

ふいに耳に届く、とんでもなく優しい穏やかな声。
そのあまりに心地良い響きに、私はパッと声のする方へと振り向く。

「おはよう、早いね。 私より早く来る子なんて滅多にいないから、驚いたよ」

振り向いた先には、その穏やかな声にぴったりの優しい笑みを浮かべるひとりの男性の姿。
それは今日から私の直属の上司となる、ここ悪魔教会のエリアボス…あくましゅうどうし様だった。

「お、おはようございます…!あくましゅうどうし様っ!」
「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいよ。 上司とは言え、これから共に働く仲間でもあるんだから」

慌てて挨拶をする私を安心させるかのように、あくましゅうどうし様は、またもや優しい笑顔を向けてくれて…

「(あ、私、この笑顔好き…)」

直感的にそんなことを思う。 そして、その素敵な笑顔を見て私はふとあることを思い出した。

「(確かあくましゅうどうし様って…ものすごく年上だったよね?この見た目でおじいちゃんだなんて…詐欺過ぎない!?)」

そんな場違いな考えが頭に浮かび、私は不躾にもそのままジッと彼の顔を見つめ続けてしまう。 鼻筋がスッと通った綺麗な顔立ち。 髪は夜空のような深い藍色で、思わず吸い込まれそうになる。

「っ、あ、あの…おんなドラキュラちゃん?私の顔に、何かついてるかな?」
「えっ…?あっ、すみません…!つい見惚れてしまって…」
「っ、!?」

あくましゅうどうし様の言葉にハッと我にかえった私は、咄嗟に謝罪の言葉を口にする。 私ってば、初日からなんて失礼なことを…っ!!すぐさま見つめてしまった理由を素直に話すけれど、彼は顔を真っ赤にして固まってしまった。 …も、もしかして、怒らせちゃった!?

「も、申し訳ございません…っ!!本当に他意は無いんですっ、笑顔が素敵だなぁと思ったら、目が離せなくなっちゃって…」
「っ、ちょ、ちょっとストップ!わかった!わかったから…!本当に、これ以上は…私の身がもたないから…っ」
「えっ?」

てっきり怒られると思っていた私は、慌てて待ったをかける彼の声に、下げていた頭を勢い良く上げた。 そのまま彼の方へ視線を向ければ、先程より更に真っ赤になった顔を片手で覆っていて…

「…もしかして、照れてます?」
「っ、そ、そんなことは……」

口をついて出た私の言葉を否定して、プイッと顔をそらすあくましゅうどうし様。 だけど、片手では隠しきれない首元までもが真っ赤に染まっているのが目に入り、私は思わず笑みをこぼしてしまう。

「ふふっ、首まで真っ赤ですよ…?」
「っ!?」
「っ、ふっ、ふふっ、あははっ、」

私の言葉に彼は慌てて両手を首元へやるがその瞬間、それまで必死に隠していた真っ赤な顔が露わになる。 まるでりんごのように赤く染まる頬と、彼のあまりの慌てように、私は思わずお腹を抱えて笑ってしまった。

「っ、あははっ、もうっ、なんで、そんなに慌ててるんですかっ?」
「なっ、なんでって…!君が、あんなことを言うから…っ!!」
「でも、本当に素敵だと思っちゃったんですから、仕方ないでしょう?」
「っ、また君は…っ!」

いまだに真っ赤な顔をしてたじたじとなっている彼を見ていると、私の中の彼の印象がガラッと変わっていくのが分かる。 『偉大なる十傑集のひとり』『魔王城の重鎮』『いつも冷静で物腰柔らかな大人の男性』今まで彼のことをそんな風に思っていたけれど…

「(ふふっ『意外と照れ屋さん』なところもあるんだ…あっ、『いつも冷静』では、ないよね!)」
「…今、何か失礼なこと考えてないかい?」
「ふふっ、いーえ?なぁんにも、考えていませんよ〜」
「…ハァ、」

私の間延びした返事に呆れたようにハァとため息を吐く姿に、思わずクスッと笑みがこぼれる。 まさかあくましゅうどうし様とこんなに楽しいやり取りをする事になるとは思ってもみなくて…先程までの不安な気持ちが嘘のように、ワクワクと楽しい気持ちへと塗り替えられていく。

「あくましゅうどうし様」
「…なんだい?」

私の呼び掛けに少しイジけた様子で返事をする姿に『意外と子供っぽいところもある』も追加しなきゃ!なんて考えてまた自然と笑顔が浮かんでくる。 私はあくましゅうどうし様に向き直り、姿勢を正すとスゥと息を整え、真っ直ぐ彼の瞳を見つめた。

「改めまして…これから、よろしくお願いします!」
「っ、!」

今日から沢山の苦楽を共にするであろう目の前の上司に、めいっぱいの笑顔で挨拶を!私なりに誠意を表したつもりなのだが、何故か彼はまたもや固まってしまって…私は思わず問い掛ける。

「?あくましゅうどうし様?どうかしましたか?」
「えっ?、あっ、ご、ごめん!…えっと、こちらこそ、これからよろしくね。 おんなドラキュラちゃん!」
「はいっ!」

我にかえったあくましゅうどうし様は、思いの外、丁寧に私に挨拶を返してくれて、とっても嬉しい気持ちでいっぱいになる。 元気よく返事をする私に、彼はまた優しく微笑んでくれて…やっぱりこの笑顔、好きだなあ。 性懲りも無くそんなことを思った。




「…それから一緒に働いていく内に、レオ君のことを『とっても頼りになる尊敬できる上司』と思うようになったんだよね」
「へぇ〜、だからいつもレオくんとお仕事頑張ってるんだね」
「まぁ、私なんてまだまだなんだけどね…!それでも、彼を1番に支えられる部下になりたい、その一心で働いてきたんだけど…」
「…好きになっちゃったんだ?」
「っ〜〜!」

ニヤっと口角を上げて笑う姫の表情の憎たらしさに思わず叫びそうになるが、グッと我慢。 図星過ぎて、恥ずかしさからカアッと頬が熱くなるけれど、私にも、言い訳をさせてほしい…っ!!

「…だ、だって!レオ君すっっっっごく!優しいんだよ!?それに、ふとした時の男らしさとか、色っぽいところとか…」
「…それで、あの『おはぎ』がトドメになったんだね」
「ううっ…!」

確かに姫の言う通り、あの超美味しいレオ君特製おはぎと、とんでもなく甘い優しい笑顔に…私はまんまと胃袋と心をいっぺんに掴まれてしまったけれど…!!(「Let me have a sweet dreams!」参照)

「あ、あんなの、絶対好きになっちゃうじゃん…っ!めちゃくちゃ落ち込んでる時に、美味しいおはぎと、あの笑顔だよ!?あれで落ちない女がいるなら、会ってみたいよ…!あっ、でも、それだと、あの笑顔が私以外の人にも見られちゃうってことだよね…!だめだめ!そんなの絶対ダメーっ!!」
「……そんなに心配しなくても、見られるのはなまえちゃんだけだよ」
「えっ?」

私の声が騒がしかったのか眉間にシワを寄せながら、姫は呆れたように口を開く。 その言葉の意味が理解出来なかった私は、思わず『えっ?』と彼女に聞き返してしまった。 そんな私の様子に、姫はフゥとため息をひとつ吐くと、またもや呆れたとでもいうような声色で話し始める。

「気づいてなかったの?…レオくん、なまえちゃんの前でしか、あんな風に笑わないよ」
「そ、そうなの?」
「ウン…すっごく愛おしそうな表情で幸せオーラ全開。 私やタソガレ君の前では、あんな顔で笑ったことないし」
「っ、ほ、ほんとに…?」
「本当だよ。 レオ君本人も気づいてないかもね。 無意識なんだよ、きっと」
「っ〜〜!!」

『レオ君は、私の前では無意識に幸せオーラ全開にして笑っている』…なんて破壊力のある言葉だろうか…っ!!まさかの新事実の発覚に、カアッと頬が熱くなる。

「っ、そ、そんなの嬉しすぎる…っ!!ど、どうしよう姫…っ、私今、レオ君の顔、まともに見れないかもしれない…っ!」
「あ、レオくん」
「えっ!?」

姫の視線につられて食堂の入り口を見れば、タソガレくんと改くんと、3人仲良く並んで食堂へと入ってくるレオ君の姿が…!えっ!?嘘!?タイミング良すぎない…っ!?

「おーい、タソガレ君、レオくん、モフ犬〜」
「ちょ、ちょっと姫っ!?待って待って…っ!ま、まだ心の準備が…っ!!」
「こっちこっち、なまえちゃんもいるよ」
「っ!?!?」

私の必死の制止をスルーして呑気に彼らを呼び寄せる姫のまさかの行動に、私の頭は大混乱。 姫の声に気づいたタソガレくんがこちらに手を振っているのが見えて、私の焦りは急激に加速していく。 ど、どうしようっ、今絶対、顔赤いし、汗かいてるし…っ!!私があたふたと慌てている間にも彼らはどんどんと近づいて来ていて、私は思わず頭を抱えて俯いてしまった。

「(わああっ、もう!姫のバカ…っ!!どうしてこっちに呼んじゃうの…!!)」
「今日の日替わり定食は何だろうな〜」
「昨日のメインはハンバーグでしたから、今日は魚料理かもしれませんね」
「焼き魚だと、ありがたいけどなぁ…」

魔王軍幹部とは思えない、なんとも平和な会話が聞こえるけれど、今は突っ込んでられない…!だ、だって、会話が聞こえるということは…もう、すぐ近くまで来ているということじゃないか…っ!!!私は耐えきれなくなって、ガタンっと椅子から立ち上がる。 そしてそのまま、この場から去ろうとするけれど…

「なまえちゃん…?」
「っ、」

私を呼ぶ、レオ君のとんでもなく優しい穏やかな声。 その声は、5年前と何も変わっていなくて…私は、無意識に踏み出しかけた足を元の位置へと戻してしまった。

「お昼ご飯、一緒に食べてもいいかい?」
「えっ、あっ、えっと…っ」
「今日は朝から会議で中々会えなかったから、お昼は一緒に食べたいと思ってたんだ…会えてよかったよ」
「っッ〜〜!」

『すっごく愛おしそうな表情で幸せオーラ全開。 私やタソガレ君の前では、あんな顔で笑ったことないし』

先ほどの姫の言葉を思い出してしまい、またもや顔に熱が集中し始める。 ちらりとレオ君の顔を見てみれば、目尻を下げて幸せそうに微笑んでいて…

「っ、もぉ〜〜っ!!!そんなの反則です…っ!!」
「えっ…!?きゅ、急にどうしたの、なまえちゃん…!?」

突然叫び出す私にあたふたと慌てるレオ君。 タソガレくんや改くんも、訳がわからないとでも言うような表情でこちらを見つめている中、姫だけはニタリと悪い笑みを浮かべているのが目に入る。 …くそぅ、まんまと姫に踊らされてしまった…!!
恥ずかしさで熱くなった頬を隠すように両手で顔を覆うけれど、指の隙間から私を心配そうに見つめるレオ君が見えて、ドキリと胸が高鳴る。

「(結局のところ、どんな表情も大好きなんだよなぁ…っ!)」
「あ、あのなまえちゃん?何だかよく分からないけど…大丈夫かい…?」

私の顔を覗き込むように近づいてくるレオ君に、きゅーんと胸が疼いてしかたない。 私は顔を覆う両手を開くと同時に、すぐさま彼の首元へギュッと抱き着いた。

「っ、なまえちゃんっ!?!?」
「…私、レオ君が好き過ぎて、どうにかなっちゃいそうです…」
「えっ…!?そ、それは私も同じだけど…って、そうじゃなくて…っ!ひっ、姫っ!一体なまえちゃんに何があったの!?」
「ふふふ…レオくん、君も罪な男だね」
「へっ!?わ、私!?そ、それは一体どういう…」
「今日はなまえちゃんのこと、いじめすぎちゃった。 だから、あとはよろしくねレオくん」
「だ、だから…!どういうことなんだいっ!?…って、ちょっと姫!?どこに行くの!?」

姫は意味深に呟いたあと、スッと立ち上がる。 そしてそのままこの場から立ち去ろうと歩き始めた。

「お願いだから、ちゃんと説明しておくれっ!!姫ーーーっ!!!」

レオ君の必死の叫びも虚しく、お昼時の騒がしい食堂ではそれも喧騒の一部となって消えていく。 レオ君には申し訳ないけれど、あとで必ず説明するから…!!私の頬の熱が冷めるまでの間、もう少しだけ待っていてください…っ!!私は心の中で呟くのだった。



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