CHAPTER 04 /
19「せめて私にバレないようにしてください…っ!」


いつもと変わらず平和な魔王城。 しかし、今日はあるお楽しみがひとつ。 魔王城の新しい流通として大注目の『旅のなんでも屋』が訪れているのだ。 その品揃えの豊富さに続々と魔物たちが集まる中、私も姫に誘われ意気揚々と店前までやってきたのだが…

「ねぇ、なまえちゃん…アレ何?」
「さぁ…私にも何が何だかサッパリ…」

私たちが怪しげに見つめる視線の先には、屋台に商品を所狭しと並べている旅のなんでも屋。 しかし姫の言う『アレ』とは、屋台そのものではなく…

「これなんかどうだ…?」
「そちらも良いですが、これなんかも中々捨てがたいですよ…!」
「おお…!確かにそれもいいな!」

私たちの視線の先…そこには店先で仲睦まじく肩を寄せ合い、何やらコソコソ買い物をするレオ君とタソガレくんの姿が。 彼らの異様な距離の近さに私と姫はもちろん、買い物を楽しみにやって来た周りの皆も、若干引き気味でその様子を眺めている。

「なんかあのふたり…距離が近過ぎない?」
「だよね…何か買い物してるみたいだけど…」
「何買ってるんだろ、チョット気になる…」
「…こっそり、覗いちゃおっか」
「!…フフ、なまえちゃん。 君も中々、悪よのぅ」
「いえいえ…姫ほどではございませんよ…ふふっ」

私の誘いにノリノリで返してくれる姫に、私も思わず乗っかってしまう。 そんなやりとりが楽しくて、自然と笑みがこぼれた。
レオ君たちが一体何を買おうとしてるのかは分からないが、きっと何か企んでいるに違いない!コソコソと隠れているつもりなんだろうけど、めちゃくちゃに目立っていることにも気づいていないふたりが可笑しくて、更に笑いがこみ上げてくる。

「…姫、そーっとだよ?気付かれないようにね」
「ウン。 任せて。 なまえちゃんも気をつけてね」
「了解」

私たちは今だコソコソと買い物を続ける彼らの元へとそろりそろりと近づいて行く。 周りの皆にも私たちの行動の意図が伝わったのか、ジッと黙り様子を見守ってくれている。 買い物に夢中な彼らは私たちに気付く様子は無くて『チョロいな』なんて心の中でほくそ笑む。 姫も同じようなことを考えているのか、ニヤリと魔物顔負けの悪い笑みを浮かべていて、思わず笑いそうになるのをグッと堪えた。 彼らのすぐ後ろまで来た私たちは、両サイドから同時に覗き込もうとそれぞれ位置に着く。 姫と目を合わせ頷き合ったのを合図に、私たちは同時に動き出した。

「しかし、本当になんでも屋と言うだけのことはあるな…!」
「そうですね…まさかこんなものまで売っているとは思いませんでしたよ!!」

上機嫌に話す彼らの手元を後ろ脇からそっと覗き込む。 レオ君とタソガレくん、それぞれが手に持っていたもの、それは…

「ただのマグカップならまだしも、ペアのマグカップですからね…このなんでも屋の品揃えには、感動しました…!」
「そうだな!本当にこの行商をここに呼んだのは正解だったようだ…!よし、ひとまずこれで一安心だ!周りにバレないうちにさっさと買って戻る
「ペアの…マグカップ…?」
…へっ?」
「え?……なまえ、ちゃん…?」

突然後ろから聞こえた私の声に、ふたりはポカンと口を開けて驚いている。 そんな彼らの手には、同じデザインで色違いのマグカップがひとつずつ…え?ペアのマグカップを、どうしてふたりが…

「なまえっ!?それに姫もっ!?な、何故、ここに!?」
「何故って…なんでも屋が来たって言うから、私たちも見に来たんだよ…」
「そしたら、君たちが仲良く買い物してるのが見えたから…」

そう言ったあと、ジッと彼らの手元へ視線を向ける姫につられて私も再度、彼らが持つマグカップへと目を向ける。 やっぱり何度見てもデザインは同じにしか見えなくて、頭の中が大混乱だ。

「(えっ…やっぱりどう見てもお揃いのマグカップだよね…どうしてこのふたりがお揃いの物を買おうとしてるの…っ!?というか、タソガレくん、ずるい…っ!!私だってまだレオ君とお揃いのアイテムなんて持ってないのに…!!!)」

脳内でああだこうだと思考を巡らせるが、辿り着いたのは『タソガレくんが羨ましい』それに尽きる。 そう思うと、無性にタソガレくんが憎たらしく思えてきて、思わずキッと彼を睨みつけてしまった。 そんな私の視線を受けて、彼はうっとたじろぐけれど何か思うところがあるのかすぐさま口を開く。

「あ、あの〜、なまえ?何か誤解してるみたいだから言っておくが、このマグカップは…
「ま、魔王様…!」
えっ!?…あっ、」

何かを説明しようとするタソガレくんを、慌てた様子でレオ君が制止する。 そんなレオ君の声にタソガレくんはハッとして、口をつぐみ黙り込んでしまった。 …えっ、何その感じ!?完全に何か隠してるよね…!?

「『このマグカップは…』って何!?続きは!?」
「えっ!?あっ、いや、その…っ、中々良いデザインだなぁと感心していたのだ!!なぁ!?あくましゅうどうし…!!」
「えっ、ええ!!このシンプルながらも洗練されたデザインに、惹きつけられていたんだよ…!」
「でも、さっき『さっさと買って戻る』って…」
「えっ!?あっ、ああ…!買うというのは、こ、これのことだ…!!!」

タソガレくんはマグカップを持つのとは逆の手をバッと私の目の前に差し出してくる。 突然のことに反射的に目を閉じてしまうが、すぐに瞼を上げると、ある一冊の本の表紙が目の前に広がっていた。 こ、これは……

「………ふーん、なるほど。 そういうことですか。 ふたりでコソコソしてた理由が、分かりましたっ!!!」
「へっ?、そ、それはどういう…」
「まっ、魔王様…っ!?な、なんですかっ、その本は…っ!!!」
「は?本?……ブフォっ!!!なっ、なななな、何故、このような本が…っ!?」

私の目の前に突き出した本人たちが何故こんなにも驚いているのか…とぼけているとしか思えない態度に私は沸々と怒りが湧いてくる。 『このような本』タソガレくんがそう呼ぶのは、先ほど私の目の前に突き出された一冊の本だ。 その表紙には…スタイル抜群の裸の女性が悩ましげにこちらを見つめている姿が写されている。
仲良くコソコソと何を買っているのかと思えば…!!!魔王城トップのふたりが大勢の部下のいる前で、まさかこんなイヤらしい物を選んでいたなんて…っ!!というか、こんな物まで普通に売ってるって…どういうことなの!?

「見損ないました…っ!!!皆がいる前でこんな…っ!!」
「ちょ、ちょっと待て、なまえ…!!誤解だっ!誤魔化すために咄嗟に手に取ったのが、その本だっただけで…っ!!」
「そっ、そうだよなまえちゃん!!私たちの目的は、そのような本ではなくて…っ」
「それじゃあ、何が目的だったんですかっ!?」
「そっ、それは…っ」

私の問いかけに言葉を濁すレオ君に、モヤモヤがどんどんと膨れ上がっていく。 レオ君も男の人だから、えっちな本のひとつやふたつ…持っていてもおかしくない、そう頭では理解しているけれど…感情は素直に言うことを聞いてくれなかった。

「え、えっちなものを買うのも、見るのもっ!レオ君の自由ですけどっ、せめて私にバレないようにしてください…っ!!!!」
「っ、だからこれは誤解なんだよ…!!なまえちゃんっっ!!!!」
「だったら、何が目的だったのか、ちゃんと答えてください…!」
「うっ…それは…」

必死に弁明するレオ君だけど、汗をダラダラと流していて説得力がまるでない。 それに、本当の目的を聞いても答えてくれないんだから、信じようがないじゃないか…仮に、えっちな本が目的じゃなかったとしても、隠し事をしていることに変わりはない。 そんな状況に私が納得するはずもなく…

「っ、もういいですっ!!…行こ、姫!私たちも買い物しよう…!」
「え、ウン…それはいいけど…」
「なまえちゃんっ!ちょ、ちょっと待って…!」

レオ君の引き止める声を無視して、姫の腕を取る。 わたわたと慌てる彼らからプイッと顔をそらし、私はズンズンと反対側の売り場へと向かって歩いた。 心配そうに『いいの…?』と問い掛けてくる姫に『大丈夫』と一言告げるけれど、本当は強がっているだけで…レオ君のバカ。 心の中でそう呟いた。




「お、おいっ、あくましゅうどうし…!」
「…はい」
「もう本当のことを言ったらどうだ!?このままだと誤解が解けぬままだぞ!?」
「も、元はと言えば…!魔王様があんなものを手に取るからですよ…!!!どうしてよりにもよって、あ、あのような…っ!」
「そっ、それは悪かった…!悪かったが…っ!このままでは一生、我輩たちは『部下の前で仲良くいかがわしいものを買っていた変態上司』だと言われ続けるぞ!?それでもいいのか…!?」
「そ、それは困りますけど…っ!せっかくの彼女へのサプライズが…!!」
「今更サプライズもくそもあるか!!すでにあのマグカップを見られているのだ…!この状況で、何の説明もなしにあのマグカップを贈りでもしたら…火に油を注ぐだけだぞ!?」
「た、確かに…!」
「…よし、そうと決まれば今すぐなまえに説明しに行くのだ…っ!!」
「は、はい…!」




「ねぇ、なまえちゃん…きっとタソガレ君たちにも事情があったんだと思うよ」
「うぅ…そ、それは、分かってるのっ、だけどっ…!」

さして興味もない商品を手に取り眺める私を諭すように言う姫に、ギクリと狼狽えてしまう。 …姫の言うことは、重々分かっている。 冷静になって考えてみれば、彼らが人前であのようなものを買う度胸が無いことなんて分かりきっていることなのだ。 うぶな彼らのことだ、店員さんに渡すのも躊躇われるに違いない。 私がモヤモヤを感じる理由はきっと、そういうことじゃなくて…

「確かにレオくん、自分の気持ちを抑え込むことが多いから、なまえちゃんは大変だと思うけど…」
「!そう…!そうなの…!私が怒ってるのは、そこなのっ!!」

私の考えをそのまま言葉にしてくれた姫の手を思わずガシッと握ってしまう。 そう、私がレオ君に憤りを感じていること…それは、彼の私に対する『遠慮』だ。

「恋人になってからは、少しずつ想いを言葉にしてくれるようになってきたけど…まだまだ私に遠慮してるのか、少しでもネガティブな気持ちには蓋をしてしまって、中々打ち明けてくれないの…私に嫌われるかもとか迷惑をかけてしまうかもとか…色々考えちゃうのも、レオ君が優しすぎるからだって分かってるんだけど…」
「なまえちゃんの気持ちも分かるけど。 それは性格の問題だからね…いきなり変わるのは無理だと思うよ」
「…そうだよね」

もっともな姫の意見に私はしょぼんと肩を落とす。 レオ君になら、例えどんなことを言われても嫌いになんて絶対にならない。 迷惑だとも思わない。 そこは揺るぎない自信があるけれど、目に見えない言葉だけでは不安に思うのも当然だ。 レオ君が抱えている悩みや不満をもっと私にぶつけて欲しい、そう思うのは私の勝手な考えで、レオ君がどう行動するかは彼が決めることなのに…

「…私、言い過ぎちゃったかな?」
「それは大丈夫でしょ。 実際、あんなもの見せてくるなんてサイテーだし」
「…まぁ、確かに」

咄嗟に手に取ったのだとしても、あの本はないな…と改めてタソガレくんの行動に呆れてしまう。 偶然だったとしたら、なんて運の悪い人なんだろうと同情すらしてしまって…なんだかそれもタソガレくんらしいな、なんて考えると可笑しくなってきて、自然と笑みがこぼれた。

「姫…私、ちゃんと話し合ってくるよ…!」
「ウン。 …タソガレ君たちもそう思ってるみたいだよ」
「えっ?」

姫の言葉にパッと後ろを振り返ると、バツが悪そうに眉を下げているレオ君とタソガレくんの姿があって、私はすぐさま側に駆け寄っていく。 『さっきはごめんなさい』そう告げようと口を開こうとした瞬間、レオ君の切羽詰まった声が先に私の耳に届いた。

「っ、なまえちゃん!ごめんね…!誤解させるようなことをしてしまって…っ」
「私もっ、酷いこと言ってごめんなさい…!タソガレくんも、ごめんね…」
「いや、その…我輩こそ、すまなかった…!」

3人がそれぞれ謝罪の言葉を口にして、頭を下げる。 そのまましばらく沈黙が続いた。 誰も話そうとしない空気に耐えられなくなって、チラリとふたりの様子を盗み見ると…

「「「あっ…」」」

バチっと合う視線。 思わず出てしまった『あっ』という声が見事なまでに重なる。 そして、ポカンと間抜けな表情を浮かべるふたりがあまりにも可笑しくて、私は堪え切れずに笑ってしまった。

「っ、ふっ、ふふっ…!」
「っくっ、ふふっ、」
「くくっ、くははっ…」

ふたりも私につられて、笑い始める。 3人馬鹿みたいに笑っているのを、若干冷めた目で見つめる姫の表情がこれまた面白くて、笑いは中々止まらない。

「っ、あははっ、あー…可笑しい、ほんと見事に重なったね」
「まさかあんなにピッタリ合うとは思わなかったなあ…!」
「ふっ、ふふっ…本当ですよ、ビックリしました」

ようやく笑いの波が引き、落ち着きを取り戻す。 笑い過ぎて痛むお腹をさすりながら、レオ君とタソガレくんに向き直った。

「改めまして…レオ君、タソガレくん、さっきはごめんなさい」
「いや、我輩たちこそ、悪かった…」
「本当にごめんね…」
「…よし!これでお互い謝りましたから、恨みっこなしですね!」
「…あの、なまえちゃん、ちょっといいかい?」
「はい!何ですか…?」

みんなで笑って、謝り合って。 一件落着!と思ったのも束の間。 レオ君の声に彼の方へと視線を向けると、何やらソワソワと落ち着かない様子でこちらを見つめている。 何かを言いたそうにしている彼に、私が首をかしげると、彼は意を決したような表情でゆっくりと口を開いた。

「私たちがこのなんでも屋に来た目的なんだけど…実は、君へのホワイトデーのプレゼントを買いに来ていたんだ…」
「ホワイトデーの、プレゼント…?」
「なまえちゃんへのお返しが何が良いのか、ずっと悩んでいてね。 魔王様に相談したら、君が私とお揃いのものを欲しがっていると教えてくれて…それならペアのマグカップにしようとこのお店を訪れていたんだ。 バレないようにこっそりと買おうと思っていたんだけど、まさかなまえちゃん本人に見つかってしまうとは思ってなくて…君へのプレゼントだとバレないように、咄嗟に誤魔化してしまったんだ…誤解を招くようなことをして、本当にごめんね…」

まさかの展開に、うまく言葉が出てこない。 えっと、レオ君の言葉の通りなら…あのペアのマグカップはお揃いのものが欲しいって言った私のために買おうとしてくれてたって、こと、だよね…?そこまで考えて、ハッとする。 …私、とんでもなく馬鹿な勘違いをしてたんじゃ…っ!?

「っ、ご、ごめんなさいっ!!!私はてっきりレオ君とタソガレくんがお揃いで使うのかと…っ!」
「やはりな…そんなことだろうと思ったのだ…!」
「あはは…片方ずつ持っていたのが良くなかったですね」
「すみません…っ、まさか私のために選んでくれているなんて思いもしなくて…サプライズで渡してくれるつもりだったんですよね…?」
「うん、そのつもりだったんだけど…焦りから完全に油断していたよ。 バレないようにもっと気をつけるべきだったね…」

苦笑いしながら、ぽりぽりと頬を掻くレオ君。 あぁ…っ、そんな顔しないで…!!ふたりが一生懸命考えてくれたプレゼントなのに、私の早とちりのせいで、計画を水の泡にしてしまった…!あぁ、もう!私のバカバカバカ!頭の中で自分の軽率な行いを悔やむ。 罪悪感が押し寄せてきて、ギュッと胸が苦しくなった。

「こんなことになってしまったし、他の物をプレゼントしたいんだけど…もし欲しいものがあるなら、教えてくれないかな…?」

さらに追い討ちをかけるようにレオ君の呟きが耳へと届く。 少し残念そうに呟くレオ君の姿に『きっといっぱい悩んで選んでくれたんだろうなぁ…』とまたもやギュッと胸が締め付けられた。 そんな表情を見せられたら…っ!私が欲しいものなんて、そんなの…ひとつに決まってる…!!!

「私、あのマグカップが欲しいです…っ!」
「えっ!?で、でも、あれは…」
「レオ君が沢山悩んで選んでくれたプレゼントなんでしょう?…だったら私、あのマグカップがいいですっ!!」
「なまえちゃん…」

大好きなレオ君からのプレゼント。 正直、サプライズなんかじゃなくたって、全然構わない!!一生懸命に私のことを考えて選んでくれたことが何よりも嬉しいプレゼントだもん!!

「それじゃあ、さっそく買いに行きましょう!」
「…はぁ、何だかドッと疲れたぞ…」
「まぁ、無事に誤解が解けて何よりだよ」
「あはは…巻き込んじゃってごめんね、姫…」

はぁとため息を吐くタソガレくん、そんな彼の肩をポンポンと叩く姫、姫に申し訳なさそうに謝罪するレオ君。 そんな3人の様子が何だか面白くて、思わずふふっと笑顔がこぼれる。

「もういっそのこと、4人でお揃いにしちゃいます?」
「えっ!?そ、それは、ちょっと…せっかくのなまえちゃんとのペアグッズだし、ふたりだけの方が…」
「っ〜〜!!もうっ!!レオ君好きっ!!大好き!!私もふたりだけの方がいいですっ」
「うわあっ!?ちょ、ちょっとなまえちゃん!?」

軽い冗談で言ったつもりが、真に受けてしまったレオ君からのあまりに嬉しい言葉に、私は思わず彼にギュッと抱き着いてしまう。 慌てながらもギュッと抱き返してくれる彼に、さらに嬉しくなって胸に顔をギューっと埋めた。

「…結局、最後はこうなるのだな」
「だね。 …私眠いからもう部屋に戻るね」
「はぁ…我輩も仕事に戻るとするか……おい、あくましゅうどうし!!仲が良いのも結構だが、ほどほどにな…まだ仕事が残ってるんだから…」
「ハッ…!そうでした…!」

タソガレくんの声にハッと我にかえるレオ君。 …名残惜しいけど、仕方ない。 そう思い、私はそっと彼から離れようとするけれど、腰に回された腕は緩む気配がなくて…私は思わず、彼に問いかける。

「…レオ君?」
「…なまえちゃん、今度、君の大好きなココアを作るから…あのお揃いのマグカップで、一緒に飲んでくれるかい?」
「っ、もちろんですっ!」

離した腕をもう一度彼の腰へと絡み付ける。 愛しくて堪らない気持ちをぶつけるようにギュッと力いっぱいに抱きしめると、彼もそれに応えるかのように抱きしめ返してくれて…ああ、なんて幸せなんだろう。 そう感じずにはいられなかった。 タソガレくんには悪いけれど、もう少しだけ。 この時間を味わうことを許してね…そう心の中で呟く。 そんな私の気持ちが伝わったのか、呆れるようなため息が聞こえたけれど、私は気付かないフリをしたのだった。



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