CHAPTER 04 /
19「魔王様…っ!!」


「ハァ…」
「…どうしたのだ?また何か悩み事か?」
「えっ?…あっ」

魔王様からの問いかけに、俯いていた顔をパッと上げる。 なぜそんなことを聞くのかと不思議に思い思わず『えっ?』と聞き返してしまうが、自分の口から無意識にため息が出ていたことに気付き、ハッとした。

「部下に目の前でため息を吐かれて、理由を聞かないわけにはいかないだろう…?」
「す、すみません…っ!そんなつもりは無かったのですが…!」
「我輩で良ければ話を聞くが…」

心配した表情でこちらを見つめる魔王様に、申し訳ない気持ちが押し寄せてくる。 現在、私たちは執務室で書類仕事をこなしていたのだが、私の無神経なため息のせいで忙しなくペンを動かす魔王様の手を止めてしまった。 おまけに要らぬ心配まで掛けてしまい、ただでさえ忙しい身の魔王様にこれ以上迷惑はかけられない…そう思った私は彼の申し出を断ろうと、慌てて口を開く。

「いやっ、本当に私事なので…!魔王様の手を煩わせるわけには…っ」
「大事な部下の悩みなのだ。 煩わしいなんて思うわけないだろう?それに…このまま悩み続けられる方が迷惑だ!」
「魔王様…」
「我輩では頼りないかもしれないが…」
「そ、そんなことありません!!…では、お言葉に甘えて…話を聞いて頂けますか?」
「ああ…もちろんだ!」

本当に優しい方だと改めて実感して、じぃんと胸が熱くなる。 確かに、ひとりで悩んでいても解決しないこともある。 申し訳ないがここは、魔王様の優しさに甘えさせて貰おう…そう思い、ここ数日間ずっと私の頭の中を支配している悩みを打ち明けた。

「もうすぐ、ホワイトデーでしょう?…バレンタインデーには、なまえちゃんからとても素敵なチョコを貰ったのですが…何を返せば彼女が喜んでくれるのか考えれば考えるほど分からなくなってしまって…」
「ちょ、ちょっと待て…!!どうせなまえがらみだろうとは思っていたが…!想像よりはるかに平和な悩みだな!?…あくましゅうどうし、お前、そんなほぼのろけ話のようなことでため息なんか吐くんじゃない…!!」
「だ、だから私は『私事だ』って言ったじゃないですか…っ!!!」
「あのような深刻な表情で悩んでいることが『恋人への贈り物』だとは思わないだろう!?」
「し、失礼な!!私にとっては何よりも深刻な悩みなんです…!悩みに悩み過ぎて、なにも手につかないんですよ!?」
「さっきまで書類仕事をしてた奴が言うセリフか!?まさか…今日処理した書類、ちゃんと確認してなかったんじゃ…って、ココ!!!サインする場所が間違っているぞ…!!」
「えっ!?そ、そんなはずは…!!」

魔王様が指差す書類をバッと覗き込む。 彼の人差し指が示す場所には本来あるはずのない私のサインが書き込まれていて…やってしまった!!と思わず頭を抱えた。

「も、申し訳ございませんっ!!すぐに修正します…!!」
「ハァ…本当にお前は!なまえのこととなると全く周りが見えていないな…」
「うっ…!返す言葉も、ございません…」

フゥと俯いて額を抑える魔王様に私はすぐさま頭を下げる。 罪悪感やら情けないやらで、酷く惨めな気持ちになってきた。 本当に私は何をやっているんだ…自責の念に駆られて、ギュッと目を瞑る。 するとその直後、パサリと魔王様のマントが擦れる音がしたかと思えば、コツコツと彼が遠ざかる足音が聞こえ、私はパッと顔を上げる。 視界に映った魔王様は私がミスした書類をトントンとまとめていて、私にはその行動の意図が分からず、彼に遠慮がちに声を掛けた。

「あの、魔王様…?一体何を…」
「お前がこのままだと仕事に支障が出るからな…書類の処理はあとだ!今からふたりで何を贈るか考えるぞ!!」
「魔王様…っ!!」

こんなダメな私を許してくれる上に、悩みも親身になって聞いてくれる…魔王様のあまり優しさに、思わず視界がぼやけてしまった。 彼は感動に震える私にチラリと視線を寄越すと『ほら、お前もさっさとデスクの上を片付けるのだ…!』と少し気恥ずかしそうに書類の束を整頓し始める。 『はい…!!』と元気良く返事をして、私も書類へと手を伸ばした。




「なまえが欲しいもの、か…」
「はい…ずっと考えているのですが、彼女の口からあれが欲しいとかこれが欲しいとか…そう言った類の言葉を聞いたことがなくて…」

片付けが終わり、私たちはデスクを挟んで話し合いを始める。 話題は『なまえちゃんの欲しいもの』が何なのか、だ。
彼女とは恋人になる前からの随分と長い付き合いだけど、今までに『物』をねだられたことは無いように思う。 物ではない、私を惑わせるとんでもなく可愛いおねだりは何度もされているが…それは私としても願ったり叶ったりの展開なので何も不満はない。 むしろもっとやれ、とさえ思っている。

「確かにな…美味しい食べ物には目がないが、そういうことではないしなぁ」
「そうなんですよね…私としては何か残るものを贈りたいのですが…」
「残るもの、か…うーん……」

もちろん美味しいお菓子やスイーツも候補として浮かんではいたが『いつもとは違う特別なもの』を彼女に贈りたい。 そんな私の考えを読み取ってくれた魔王様は、腕を組みうーんと考える仕草を見せる。

「あ、そういえば…」
「なっ、なんです!?何か良い案が…!?」

何かを思い出した様子の魔王様に私はすぐさま反応する。 ガバッと掴みかからんばかりの私の勢いに、魔王様は慌てて待ったをかけた。

「ちょ、ちょっと待て!!どうしてお前はいつもそうなんだ…!!」
「す、すみません…っ!…そ、それで、何か思い付いたのですか?」

我を忘れる私の余裕の無さに呆れる魔王様には悪いが、彼が何を思い付いたのかを早く知りたくて、つい急かすように問いかけてしまう。

「そう焦るな、全く…! この間、我輩となまえで旧魔王城へ出張に行っただろう?その時にハデスが、昔ポセイドンとお揃いで買ったキーホルダーを持っていてな。 それを見たなまえが、ポツリと呟いたのだ…」
「い、一体…何と?」

魔王様は意味深に言葉を途切らせる。 続きが気になって仕方ない私は、ゴクリと固唾を飲んで次の言葉を待った。

「『私もレオ君とお揃いの物、欲しいなぁ』と。 羨ましそうにキーホルダーを見つめていたぞ…!」
「っ、ほ、本当ですか!?」

まさかなまえちゃんが、お揃いの物を欲しがってくれるなんて…っ!!どうしよう、う、嬉しい…!!!予想外の言葉に舞い上がる私を見て、魔王様も笑顔を見せてくれる。 同じように共に喜んでくれる姿に、またもやじぃんと胸が熱くなった。

「よーし!これだ、あくましゅうどうし!何かお揃いの物!!それを基準に考えるのだ!!」
「わ、わかりました!!何かお揃いの物……お揃い…ペア……」
「うむ、ペアグッズか……ペアリングなんかは、どうだ!?」
「ぺっ、ペアリング!?そ、そんな、いきなり…!?それにっ、サイズも分かりませんし…!デザインの好みも…っ!!」
「そっ、そうか、それもそうだな…!それなら、普段使う物にするとか…」
「普段使う物、ですか…」

私は普段のなまえちゃんの姿を思い浮かべる。 彼女の生活の一部になるようなもの…何があるだろうか…?生活といえば、睡眠、仕事、食事…

「あ、」
「何か思いついたのか!?」
「は、はい……マグカップ、はどうでしょうか?」
「マグカップか…!」

私が作ったココアを美味しそうに飲むなまえちゃんの姿が脳裏に浮かんでくる。 そして食器棚に並ぶ色違いのマグカップを想像して、胸がきゅんと高鳴った。 うん、これは良いかもしれない…!!

「いいんじゃないか!?マグカップなら普段から使えるし、お揃いに持って来いのアイテムだな!」
「はい…!魔王様のおかげで、良い贈り物になりそうです!ありがとうございました…!」
「これでお前が悩まずに済むのなら、我輩は満足だ!…よし、無事解決出来たことだし、仕事を再開するか!」
「はい!」

私の返事に満足そうに頷く魔王様にもう一度心の中で感謝する。 悩みが解決したからか、頭の中がスッキリしてとても気分が良かった。 これなら仕事も捗りそうだ!と、意気込みながら書類へと手を伸ばす。 しかし手を動かしながらも頭に浮かぶのは、愛しい愛しいなまえちゃんのことばかりで…

「(お揃いのマグカップか…デザインはどんなものがいいだろうか…やっぱりシンプルで使いやすい方が…)」
「あくましゅうどうし…手が止まっているんだが?」
「えっ?、あっ…!?」

魔王様の声でハッと我にかえる。 やる気満々で動かしていたはずの手はいつのまにか止まっていて、私はまたやってしまった…!と、すぐさま魔王様へ向き直り、謝罪の言葉を口にした。

「す、すみません…っ!つい、なまえちゃんのことを考えてしまって…!!」
「…ハァ、どうせどんなデザインのものにするか、なんて考えていたんだろうが…」
「申し訳ございません…!」

さすがの魔王様も私のあまりの失態にお怒りのようで…聞こえた『ハァ』というため息に、私はまたもや咄嗟に頭を下げる。 私は何をやっているのか…何度も同じ失敗を繰り返す自分が情けないが、なまえちゃんのこととなると自制が効かなくなってしまうのだ。

「仕方ない、乗りかかった船だ…」
「えっ?」

頭上から聞こえた声にパッと顔を上げる。 呆れながらも微笑むような表情でこちらを見ている魔王様に、私はまたまたじぃんと胸が熱くなった。

「なまえとお前には、いつも世話になっているからな…今日はとことんお前に付き合うことにする…!」
「魔王様…っ!!」
「そうと決まれば早速買いに行くぞ…!!まずは旅のなんでも屋だ!!!確か今日は魔王城に来ているはず…!」
「はっ、はい!!」

慌ただしく執務室を出て行こうとする魔王様の後を追う。 『気にいる物があれば良いな』こちらを振り返り、ニッと笑う彼には本当に頭が上がらない。 無事にホワイトデーが終わったら、魔王様のために感謝の気持ちを沢山込めて、おはぎを作ろう…!!マントを揺らす彼の背中を見つめながら、そう固く決意したのだった。



前の話 … | … 次の話
Back




- ナノ -