CHAPTER 04 /
16「朝からずっと変ですよ!!」


夜の静寂が辺りを包む、魔王城の大広間。 わずかな明かりだけを灯して、私はテレパスの黒水晶の前に立つ。 そして掛け慣れた番号を入力すると、受話器を耳に当てた。 プルルル…と電話をつなぐ音が数秒間続く。 ガチャっと相手が受話器を取る音が聞こえた直後、気怠げな低い声が耳に届いた。

『…もしもし』
「あっ、もしもし?お兄ちゃん?」
『なまえっ!?なまえなのか!?近頃めっきり電話して来なくなったから、心配してたんだぞ…!!』

相手が私だと分かった途端、まるで別人かと思うほどのテンションの上がりように、思わず苦笑いが漏れる。 私が電話を掛けている相手…それは、お兄ちゃん、私の実の兄だった。 何故こんな夜遅くにコソコソと電話を掛けているのか…その訳は…

「めっきりって…確かにちょっと間が空いちゃったけど…」
『そんなに寂しいこと言うなよ、なまえ…っ!!お前からの電話をお兄ちゃんはどれだけ楽しみにしているか…ッ!!!』
「もう、相変わらず大袈裟だなぁ…」

この会話から分かるように、彼は超がつくほどの心配性である。 定期的に連絡を取らないと、本当に魔王城まで押しかけてくるんじゃないかと思うほどで…こんな会話を職場の仲間に聞かれでもしたら…そう思うと、とても昼間に電話をしようとは思えず、このような時間に連絡をするようになってしまったのだ。

『今までは毎週のように連絡をくれていたじゃないか…!それなのに…っ!!』
「ご、ごめんね、ちょっとここ最近色々あって…!忘れてた訳じゃないんだよ?」
『色々って…何かあったのか!?』

兄の言葉に、私はここ数ヶ月の出来事を思い返す。 …レオ君とお付き合いを始めたこと、お互いにプレゼントを交換したクリスマス、初めて名前を呼びあった日、新年会の日のレオ君との初めてのキス、私のプチダイエット、初めて一夜を共にしたバレンタインデー…思い出されるのはレオ君に関わることばかりで、自然と笑みがこぼれてしまう。 そしてここで、兄に電話をしている一番の目的を思い出した私は受話器に向かって本題を切り出した。

「実はお兄ちゃんに報告したいことがあって!…私、恋人ができたんだ!今度紹介するね!」
『なっ!?なんだってっ!?!?!?』

突然の大きな声に驚き、ビクッと体が震えてしまう。 耳がキーンとなる不快感に私は顔をしかめ、思わず兄を攻めるように口調が荒くなってしまった。

「っ!?、もう、お兄ちゃん!声大きい!!」
『っ、す、すまん!突然のことで驚いて……そ、その相手は、どんな奴なんだ!?』
「すっごく素敵な人だよ、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、すぐに仲良くなれると思う!」
『(…それは、どうだろうか…?母さんはきっと大丈夫だろうが…俺と父さんは…ぐっ…!なまえに、こ、恋人だと…!?まさか、連絡が減ったのも、そいつとの時間に気を取られて…っ!?)』
「…もしもーし?お兄ちゃん?」
『っあぁ、すまんっ、そ、それより、仕事は上手くいっているのか!?寒い日が続いてるが体調は崩していないか!?それから…』
「ちょ、ストップストップ!もう子供じゃないんだから、ちゃんとやってるよ…!本当に心配性なんだから…」

畳み掛けるように言葉を続ける兄に、私は慌ててストップをかける。 毎度のことながら、本当に心配し過ぎだと、内心ハァとため息を吐いた。

『心配するのは当然だろう!?可愛い可愛い、たった1人の妹なんだから!!』
「そう言ってくれるのは嬉しいけど…あのね、お兄ちゃん。 私、今とっても幸せに過ごしてるから、本当に心配しなくても大丈夫だよ」

真っ先に頭の中に浮かんでくるのは、もちろん恋人であるレオ君。 彼と過ごす日々は本当に本当に幸せで…心の底から湧き上がる幸福感に、自分の話す声も自然と穏やかになって、何だかくすぐったい気持ちになった。

『…確かに、その声を聞けば、嫌でもなまえが幸せなんだと言うのは伝わってくるが…(これも、その恋人の存在があるからなのか…っ!?)』
「ふふっ、さすがお兄ちゃんだね」
『大事な妹のことなんだ、声を聞けばすぐに分かるさ…』

受話器から聞こえたのは、安心したような、だけどどこか寂しそうな兄の声で、こちらまで少し感傷的になってしまう。 私のことをいつも見守ってくれている、優しい優しいお兄ちゃん。 いつまでも私を大切に思ってくれていることに、改めて感謝の気持ちでいっぱいになる。 そんなしみじみとした雰囲気の中、ちらりと目に入った時計の針がどちらも12の文字をとっくに越えていることに気が付いてしまって…名残惜しいけれど、そろそろお別れの時間だ。

「もうこんな時間だったんだね…!明日も朝早いから…また電話するね」
『ちょっと待て、なまえッ!!!もし魔王やその、こ、恋人とやらにちょっかいを出されたり、変なことをされたら…すぐにお兄ちゃんに言うんだぞ!?すぐに駆けつけてやるから!!』
「もう…!そんなに心配しなくても、皆すっごく優しいから、大丈夫だよ」
『普段は優しくても男は皆、狼なんだ!!というか、いつも言っているが…お前はもう少し自分の可愛さを自覚しなさい!!!」
「はいはい、分かりましたよ〜、それじゃあもう切るね?おやすみなさい」

電話の切り際に毎回同じ心配をする兄に、何だかんだ言いながらも、心配されるって心地いいな、なんて考えて、思わず笑みがこぼれる。 今度、ゆっくり実家に帰ろう…レオ君も一緒に来てくれるかな…そんな想像をして更に、暖かい気持ちになってくる。

『待て待て!いつもの挨拶を忘れてるじゃないか!!…なまえ、大好きだよ。 俺はいつでもお前の味方だからな。 ゆっくりおやすみ』
「ふふ、ありがと。 私も好きだよ。 それじゃあまたね、おやすみなさい」

お決まりの挨拶を交わして、受話器を置く。 いつもこの瞬間だけは、少し寂しい気持ちになってしまうけれど、いつでも味方でいてくれる大好きな兄や父、母のことを思うと、自然とやる気が満ちてくるのだ。

「(ふふ、やっぱり家族っていいな。 …レオ君にも、私の大切な家族を紹介したい…今度、家族に会って貰えるか、聞いてみようかな)」

兄たちと仲良く話すレオ君を想像して、思わず頬が熱くなる。 家族に紹介するなんて、まるで結婚前提のお付き合いのようで…キャーッとひとりはしゃいでしまうが、夜更けの広間だと言うことを思い出しハッと我にかえる。 途端に恥ずかしくなった私は、そそくさと広間から離れ自室へと向かった。




翌日。 朝から書類整理やおばけふろしきの回収、教会内の備品のチェック(主に姫が何かを盗んでいないかのチェック)など、いつも通りの仕事をこなしていく。 普段はその合間を盗んで、レオ君と他愛のない会話をするのが日課となっているのだが…

「レオ君レオ君、さっき姫のところに行ったんですけど…」
「……」
「…レオ君?」
「…えっ?、あっ、ご、ごめんなまえちゃん、何か用かなっ?」
「いえ、大した用じゃないんですけど…」
「おーい、あくましゅうどうし!少しいいか?相談したいことがあるのだが…」
「あっ、はい、すぐに行きます!!…ごめんね、なまえちゃんっ、またあとで…!」
「あ、はい、またあとで…(なんだか上の空だったな、レオ君…)」

また、ある時は…

「なまえちゃん…、あの、」
「?どうかしましたか?」
「……っ、あ、いや、その…あっ、そうそう!この書類、アルラウネに届けてくれないかい…!?」
「えっ?は、はい、それは構いませんけど…」
「あっ、ありがとう!助かるよ!」
「……(今何か言いたそうにしてたよね…?)」

と、こんな状況が続いている。 『今日のレオ君、変じゃない?』そう感じずにはいられない状況に、胸の中がモヤモヤとざわつき始めていて、なんだかスッキリとしない。 それでも時間は無情にも過ぎていって…

「ん〜っ!やっとお昼だ!…レオ君!一緒に食堂行きませんか?」
「えっ?あっ、あぁ、うん!一緒に行こうか!」

お昼になり食堂へ行こうと誘ってみるけれど、またもや上の空だったレオ君は、慌てて返事を返してくる。 やはりいつもと違う様子の彼に、私はさりげなく問いかけてみることにした。

「…レオ君?どうかしましたか?」
「えっ!?あっ、いや、な、何でもないよ!」
「それならいいんですけど、何だか心ここに在らずって感じだったので…もし何かあったなら、いつでも相談してくださいね?」
「う、うんっ、ありがとう…」

私の問いかけにはハッキリと答えず、なにやら考え込む素振りを見せる彼に、やっぱり今日のレオ君はおかしい…と疑問を抱くが、無理に問いただすのもよくないかと思い、別のことを考えようとどうにか頭を切り替える。 …本音を言うと、私に何でも話してくれないというのは、少し寂しいけれど。 そんな寂しい気持ちを隠すように、私はお昼のメニューを思い浮かべた。

「(今日の日替わり定食は何かなぁ?パスタも捨てがたいけど、この間も食べたばかりだし…あっ、パスタといえば…前にお兄ちゃんが美味しいイタリアンのお店を見つけたって自慢してたっけ)」

随分前のことだが、電話口で自慢気に話していた兄を思い出し、微笑ましい気持ちになる。 そして、昨日の電話の件を思い出した私は、兄のことを話そうとレオ君に声を掛けた。

「あ!そういえば昨日、久しぶりにテレパスの黒水晶を使ったんですけど…」
「えっ!?!?!?」
「っ!?」

突然のレオ君の大声に、私はビクッと体を震わせる。 心臓がバクバクと音を立てて動いていて、思わず胸をギュッと握ってしまった。

「びっ、くりしたぁ…!!ど、どうしたんですか…?急に大声出して…」
「えっ、あっ、いや、ご、ごめんっ!!なっ、なんでもないんだ、あはは、は…、」
「……」

わざとらしく笑って何かを誤魔化そうとしている彼を、私は怪しむようにジーっと見つめる。 そんな私の視線に耐えられなかったのか、フイッと目を逸らす彼の態度に、思わず『あっ!』と声を上げてしまった。 …ふーん、そういう態度を取るんだ。 それならこっちも遠慮なんてしないんだから…!!!

「…やっぱりレオ君、何か隠してるでしょ!?朝からずっと変ですよ!!!」
「えっ!?そ、そんなことは…」
「そんなことありますっ!!私が話しかけても上の空だったり、何かを言いかけたかと思えば口を閉じたり……私、何かしちゃいましたか?」

私は直球で思いをぶつけるが、レオ君は相変わらずそわそわと視線を逸らし続ける。 今日の彼の行動からして、原因は私にあるのだろうけど、全く心当たりがなくて…段々と不安が膨れ上がって、思わずしゅんと俯いてしまった。

「ち、違うんだ!私はただ、君の電話の相手が気になっていて…っ!!」
「電話の、相手…?」
「あっ、えっと、そっ、その、これには事情が…!」
「…もぉーーッ!隠してることぜーんぶ!!話してくださいッッ!!!」
「…はい」

ここまで来ても尚、煮え切らない態度のレオ君に私はついに堪忍袋の緒が切れる。 腰に手を当てて怒りを露わにした私に観念したのか、レオ君はショボンと肩を落として事の経緯を話してくれた。




「…つまりレオ君は、私が人の目を盗んで浮気相手との電話を夜な夜な楽しんでいる、そう思ってるってこと?」
「ぐっ…!た、確かに、疑いはしたけど…ちゃんとなまえちゃんに確かめなければと思っていたんだよ…!怖くて中々言い出せなかったけども…!!」
「…それで、今日は様子がおかしかったんですか?」
「…おっしゃる通りです」

私の言葉が図星だったのか、バツが悪そうにパッと俯くレオ君。 まさか昨日の兄との電話を聞かれていたとは…

「(電話の内容聞くにしても、私がお兄ちゃんに『好き』って言うところをピンポイントで聞いちゃうんだもんなぁ…タイミング悪すぎるよ、レオ君…)」
「……」

考え込み黙る私と、恐らく私が話し始めるのを待っているレオ君。 2人の間に沈黙が続く。 きっと今も『私が黙ってるのは電話の相手が浮気相手だから』とか考えてるんだろうなぁ…そう思うと、本当になんて不器用で可愛い人なんだろうと愛しい気持ちが溢れてくる。 同時に今日のレオ君の行動を思い出すと、笑いがこみ上げてきて、私は堪え切れなくなって吹き出してしまった。

「…っ、ふふっ、あはは、っ、ふふふ!」
「…えっ?」

突然笑い出した私に理解が追いつかないのか、ポカンと口を開けてこちらを見つめるレオ君があまりにも間の抜けた表情で、それが更に私の笑いを加速させる。

「っくふ、ふふっ、ごっ、ごめ、なさっ、…ツボに入っちゃった、ふふっあははっ!」
「…ちょ、ちょっと待って、なまえちゃん…!私には何が何だか…」
「そっ、そうですよねっ、ふふっ、……あぁ、可笑しいっ、久しぶりにこんなに笑いましたっ、お腹痛いっ」
「そりゃあ、それだけ笑えばお腹も痛くなるよ…大丈夫かい…?」

こんな状況でも私の心配をしてくれるレオ君に、胸がポカポカと暖かくなる。 レオ君といい、お兄ちゃんといい…本当に優しくて思いやりのある素敵な人だなぁと改めて実感する。

「ふふっ、このくらい平気です!もう、レオ君もお兄ちゃんも、本当に心配性なんだから!」
「お、お兄ちゃん…?」

訳がわからないとでも言うように頭に疑問符を浮かべるレオ君が可愛くて、思わずふふふと笑みがこぼれる。 …さて、そろそろ種明かしをしましょうか!

「昨日の電話の相手、私の兄だったんです!」
「えっ…お、お兄さん…っ!?」
「定期的に連絡をしないと怒るんですよ!本当に心配性で…」
「そ、そうだったんだ…!って、ご、ごめんよっ、私はまた勝手に誤解をして…っ!!」

誤解が解けて安心したのも束の間、勘違いした事に居た堪れなくなったのか、ギュッと目を瞑り俯くレオ君。 確かに思い込みが激しいところもあるけれど、そんなところも含めて私はレオ君が大好きで仕方ないのに。 そう思うと彼のことが無性に愛おしくて堪らなくなってくる。 私は彼の手をそっと握りしめ、昨日の電話の内容を彼に伝えようと口を開いた。

「ふふっ、実は昨日、『恋人ができた』って兄に報告していたんです」
「…え?」
「もちろん、レオ君のことですよ?…とっても素敵な人だから、きっと仲良くなれるよって伝えました!」
「なまえちゃん…っ」
「今度、私の家族に会ってくれませんか?」
「も、もちろん!!!ぜひお願いします…!」

私の手をギュッと握り返しながら迷い無く答えてくれたことがとても嬉しくて、自然と笑顔が溢れてくる。

「私の父と兄は…手強いですよ?」
「うっ…何とか認めて貰えるよう、頑張るよ…!」

今日私を不安にさせた仕返しに、少し意地悪を言ってみる。 少し狼狽えたレオ君だけど、何かを決心したかのように表情を引き締めてハッキリと気持ちを伝えてくれた。

「(どうしよう……すっっごく嬉しい…っ!!)」

嬉しさのあまり、思わずギュッと彼に抱きつくと、彼も私の腰に腕を回してくれて、とんでもなく幸せな気持ちになってくる。 …お兄ちゃん、私、本当に幸せだから、心配しないでね。 そう心の中で呟く。 ちらりとレオ君を見上げると、ホッと安心したような表情をしていて、私はまたふふふと笑みを浮かべるのだった。




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