CHAPTER 04 /
16「…おっしゃる通りです」


「(うッ…!やっぱりまだまだ朝晩は冷えるなぁ…)」

夜も更け日付がもうすぐ変わる頃、私は魔王城の廊下を足早に歩いていた。 ビューっと冷たい風が吹いて、体の熱を奪っていく。 何故こんな時間に凍えるように寒い廊下を歩かなければならないのか…つい心の中でボヤくが、原因は自分にあることを思い出し、ハァと思わずため息をこぼす。

「(明日の会議で使う書類を渡し忘れるなんて、うっかりしていた…今のうちに魔王様に渡しておかないと…!)」

1秒でも早くこの寒さから解放されたくて、自然と魔王様の元へと向かうスピードが速くなる。 私の自室から彼の部屋まではかなりの距離があるため、ちんたらと歩いていては時間がかかるばかりなのだ。

「(よし、ここを抜ければもうすぐだ…!早く渡して、さっさと部屋に戻ろう)」

真っ直ぐに伸びる廊下を先程よりも早足でずんずんと進んでいく。 こんな夜更けだからか周りには誰も居らず、コツコツと私の足音だけが響いていたのだが…

「…は……に報告…、でき……今度……ね!」
「?…今、何か聞こえたような…?」

ふと誰かの話し声が聞こえた気がして、足を止める。 キョロキョロと辺りを見回すけれど、人っ子ひとり見当たらない。

「(気のせい、か?…ああっ、こんなところで立ち止まっている場合じゃなかった…!早く魔王様の所に向かわないと…!)」

きっと風の音か何かだろう…そう思い直し、止まっていた足を再び動かそうとした、その時。

「ちょ……もう、…よ!…本当に……だから…」
「っ、!(や、やっぱり、気のせいじゃない…!誰かの話し声だ…!い、一体、どこから…!?)」

先程よりも遥かに大きく聞こえた話し声に、もう一度辺りを見回すがやはり誰の姿も見当たらず、少し気味が悪くなってくる。 ソロソロと少しずつ足を動かし先へ進んでいる間にも、話し声は止まずに聞こえていて、ドクドクと心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。 ここは何も考えずに先に進んだ方が…、うん、それがいい…!!そう決心し、大きく一歩を踏み出そうとするが、廊下の先にある部屋から僅かに明かりが漏れているのが見えて、またもや私は足を止めてしまった。

「(こんな時間に明かりが…あそこは、広間…?)」

大型ビジョンやホリ=ゴ・ターツが完備されている大広間。 昼間は多くの魔物が集まる憩いの場となっているのだが、今はもうすぐ日付も変わる時間帯。 こんな夜更けに一体誰が…?そんな疑問が頭に浮かび上がる。

「(もしかして侵入者…!?人間界からのスパイの可能性もあるし…)」

あらゆる可能性を考え、中にいる人物を確かめる必要があると判断した私は、そっと広間の入り口へと近づいていく。 距離が縮まるにつれて段々と大きくなる声に、思わず緊張感が走る。 もう少しで入り口という所まで来た、その時。

「もう…!そんなに心配しなくても、皆すっごく優しいから、大丈夫だよ」
「(えっ…!?この声って…っ!)」

聞こえてくる声に、とても聞き覚えがあって思わずピタッと動きを止めてしまう。 入り口付近まで来たせいか、今度はハッキリと聞こえた。 …私がこの声を聞き間違えるはずがない…だって、この声の持ち主は…っ!!

「(やっぱり、なまえちゃんだ…ッ!!)」

そっと広間を覗けば私の予想通り、明かりを最小限に抑えた薄暗い中になまえちゃんが立っていた。 …何故、彼女はこんなところに?と不思議に思ったが、どうやら彼女はテレパスの黒水晶で誰かと通話をしているようだった。 薄暗くてハッキリとは見えないが、その表情はとても嬉しそうに見える。 聞こえてきた声も、とても穏やかで優しいものだった。 …相手は一体、誰なんだろうか?そんな疑問が浮かんだその時、再度彼女の声が聞こえ始める。

「はいはい、分かりましたよ〜、それじゃあもう切るね?おやすみなさい」
「(とても親しげに話している…友達、だろうか?……男だったら、嫌だな…)」

楽しそうに笑う姿に、相手が男だったらと想像して、胸がギュッと締め付けられる。 …ダメだ、いくら恋人とは言え、盗み聞きなんて良くない…!今すぐここを立ち去ろう、そう思い廊下の先へと進もうとした、その時。

「ふふ、ありがと。 私も好きだよ。 それじゃあまたね、おやすみなさい」
「(っ!……今、好き、って…っ!!!!)」

彼女の口から出たまさかの言葉に、またもやピタッと足を止めてしまう。 聞き間違いなんかじゃない…彼女は今『好きだよ』と、ハッキリと、そう言った。

「(まさか、なまえちゃんに限ってそんな……でも、わざわざこんな誰もいない夜更けに電話なんて…)」

『浮気』

その二文字の言葉が頭の中を過ぎり、ドクンと胸がざわついた。 思わずぶんぶんと頭を振るけれど、一度浮かんだ疑念は簡単には消えてくれない。 胸の中が不安な気持ちで埋め尽くされそうになったその時。 コツコツとこちらへ向かってくるなまえちゃんの足音が聞こえ、私は咄嗟にその場から逃げ出してしまった。

「(電話の相手が誰かなんて、聞けるわけがない…っ、もしその相手が……彼女の本当の、好きな人だったとしたら…っ)」

想像するだけで、張り裂けそうなほど胸がズキズキと痛む。 彼女に限ってそんな事をするはずがない、そう頭では分かっているのに。 あんなに嬉しそうに穏やかな声で話すなまえちゃんを見てしまったら…

「(電話の相手を、大切に思っているんだ、って…嫌でも思い知らされるじゃないか…っ)」

姿も見えない相手に、嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。 彼女は、なまえちゃんは…私の恋人なのに…!!!そんなみっともない独占欲が溢れてくるが、ハッと我にかえり、足を止める。

「(彼女にちゃんと確かめもしないで、決めつけていいのか…?)」

自分の悪い癖が出ていたことに気づき、私は一度深呼吸をする。 …冷静になれ、レオナール。 よく、考えるんだ。

「(きっと、私の勘違いだ。 彼女の事を信じなければ…!いつも私は自分勝手に思い込んで…っ、また彼女を傷つけてしまうところだった…!明日、彼女ときちんと話をしよう)」

今までの行いを思い返し、そう決意した私は再び足を動かし始める。 まだ少し胸に不安は残っているけれど、きっと大丈夫。 そう自分に言い聞かせて、魔王様の部屋へと向かった。




「ん〜っ!やっとお昼だ!…レオ君!一緒に食堂行きませんか?」
「えっ?あっ、あぁ、うん!一緒に行こうか!(なまえちゃんに確認しようと決めたものの、話を切り出すタイミングが分からない…!!)」

昨日の電話現場の目撃から一夜が明けた今日、私は朝から何度も彼女に真相を確かめようと試みるも、中々話を切り出すきっかけを作れずにいた。 今もどう切り出そうかと考えていたのだが、なまえちゃんからのお昼のお誘いに、ハッと我にかえる。 そんな私の挙動不審な様子を不思議に思ったのか彼女は首を傾げていて、きょとんとした表情で話しかけてきた。

「…レオ君?どうかしましたか?」
「えっ!?あっ、いや、な、何でもないよ!(ば、馬鹿っ!今、話を切り出すチャンスだったのに…!!)」
「それならいいんですけど、何だか心ここに在らずって感じだったので…もし何かあったなら、いつでも相談してくださいね?」
「う、うんっ、ありがとう…」

そう言って優しく微笑むなまえちゃんに、ギュッと胸が締め付けられる。 いつもと変わらない彼女の様子に、昨夜目撃した彼女は幻だったんじゃないかとさえ思えてきた。

「(こうやっていつもと変わらずに笑いかけてくれるんだ…わざわざ昨日の真相を確かめることもないのでは…)」

そんな甘い考えが頭に浮かぶ。 しかし次に浮かんでくるのは、昨日の通話中の彼女の嬉しそうな表情と穏やかな声で…やはり、あれは幻なんかじゃない!!…くそっ、あの電話の相手が死ぬ程羨ましい…!!そんな嫉妬心がまたもや溢れ出してきて、胸の中にモヤモヤが広がっていく。

「(やっぱりこのままにしておくなんて、私には耐えられない…!!勇気を出して、聞かなければ…!!)」

『何を食べようかなぁ』と楽しそうにお昼のメニューを考えている彼女の横顔をちらりと一瞥する。 …よし、食堂に向かう間にさり気なく聞き出すぞ…!!そう決心した、その時。

「あ!そういえば昨日、久しぶりにテレパスの黒水晶を使ったんですけど…」
「えっ!?!?!?」
「っ!?」

なまえちゃんからのまさかの言葉に、驚きのあまり大声で叫んでしまう。 そんな私の声に驚いた彼女はビクッと体を震わせて、何事かとこちらを見上げてきた。

「びっ、くりしたぁ…!!ど、どうしたんですか…?急に大声出して…」
「えっ、あっ、いや、ご、ごめんっ!!なっ、なんでもないんだ、あはは、は…、」
「……」

またもや話を切り出す最高のチャンスだったのに、勇気が出ない私は笑って誤魔化そうとするものの、なまえちゃんに怪しむような表情でジーっとこちらを見つめられ、思わずフイッと目を逸らしてしまう。 そんな私の態度に彼女は『あっ!』と声を上げると、ムッと怒った表情で口を開いた。

「…やっぱりレオ君、何か隠してるでしょ!?朝からずっと変ですよ!!!」
「えっ!?そ、そんなことは…」
「そんなことありますっ!!私が話しかけても上の空だったり、何かを言いかけたかと思えば口を閉じたり……私、何かしちゃいましたか?」
「ち、違うんだ!私はただ、君の電話の相手が気になっていて…っ!!」
「電話の、相手…?」
「(し、しまった…っ!)あっ、えっと、そっ、その、これには事情が…!」
「…もぉーーッ!隠してることぜーんぶ!!話してくださいッッ!!!」
「…はい」

腰に手を当ててぷんぷんと怒るなまえちゃんに、私が敵うわけもなく…私は昨夜目撃した出来事を、彼女に洗いざらい白状したのだった。




「…つまりレオ君は、私が人の目を盗んで浮気相手との電話を夜な夜な楽しんでいる、そう思ってるってこと?」
「ぐっ…!た、確かに、疑いはしたけど…ちゃんとなまえちゃんに確かめなければと思っていたんだよ…!怖くて中々言い出せなかったけども…!!」
「…それで、今日は様子がおかしかったんですか?」
「…おっしゃる通りです」

鋭い言葉で図星をグサッと突かれた私は、思わず畏まって敬語で答えてしまう。 本当に私はなんて余裕がないんだろう…きっとなまえちゃんも呆れているに違いない…そう思うと目を合わせるのが怖くなって、パッと俯いてしまった。

「……」
「……(ど、どうして何も言ってくれないんだろう…っ、ま、まさか…本当に、浮気相手なんじゃ…!?」

何も言葉を発さない彼女に不安ばかりが募っていく。 …お願いだから、違うと言って…っ!そう願った、その時。

「…っ、ふふっ、あはは、っ、ふふふ!」
「…えっ?」

頭上から聞こえたのは何とも楽しそうななまえちゃんの笑い声で、あまりの予想外の展開に理解が追いつかない。 私は思わずポカンと口を開けてしまった。 そんな私の様子が、ツボに入ったのか彼女の笑い声は更に大きくなる。

「っくふ、ふふっ、ごっ、ごめ、なさっ、…ツボに入っちゃった、ふふっあははっ!」
「…ちょ、ちょっと待って、なまえちゃん…!私には何が何だか…」
「そっ、そうですよねっ、ふふっ、……あぁ、可笑しいっ、久しぶりにこんなに笑いましたっ、お腹痛いっ」
「そりゃあ、それだけ笑えばお腹も痛くなるよ…大丈夫かい…?」
「ふふっ、このくらい平気です!もう、レオ君もお兄ちゃんも、本当に心配性なんだから!」
「お、お兄ちゃん…?」

一体、どういう事だ…?突然会話の中に出てくる『お兄ちゃん』という存在に、私は頭に疑問符を浮かべる。 訳がわからない私の様子を見つめていたなまえちゃんは、またもやふふふと笑うと、楽しげに口を開いた。

「昨日の電話の相手、私の兄だったんです!」
「えっ…お、お兄さん…っ!?」
「定期的に連絡をしないと怒るんですよ!本当に心配性で…」
「そ、そうだったんだ…!って、ご、ごめんよっ、私はまた勝手に誤解をして…っ!!」

勘違いだったことに安堵するも、またしても私の暴走で彼女に余計な心配をかけてしまったことに、居た堪れなくなってくる。 謝罪の言葉を口にするが、思い込みの激しい自分が恥ずかしいやら情けないやらで、思わずギュッと目を瞑ってしまった。 しかし、なまえちゃんはそんな情けない私の手をそっと握り、優しい声で言葉をかけてくれる。

「ふふっ、実は昨日、『恋人ができた』って兄に報告していたんです」
「…え?」
「もちろん、レオ君のことですよ?…とっても素敵な人だから、きっと仲良くなれるよって伝えました!」
「なまえちゃん…っ」

予想外の言葉に、思わず感動で声が震えてしまう。 まさか彼女の家族に恋人として紹介して貰えるなんて、夢にも思わなかった…

「今度、私の家族に会ってくれませんか?」
「も、もちろん!!!ぜひお願いします…!」

私の手を握るなまえちゃんの手をギュッと握り返しながら、しっかりと返事をする。 そんな私に優しく微笑んでくれる彼女を一度でも疑ってしまった自分が、本当に恥ずかしい…

「私の父と兄は…手強いですよ?」
「うっ…何とか認めて貰えるよう、頑張るよ…!」

彼女の意地悪な言葉に狼狽えながらも、少しでも彼女の家族に気に入って貰えるよう、彼女とお似合いだと思って貰えるよう、頑張ろう。 私は固く決意する。 私の言葉に満足したのか、なまえちゃんは嬉しそうにはにかむと、ギュッと抱きついてきてくれて、私は咄嗟に彼女を受け止める。 腕の中で幸せそうに笑う彼女を見て、私の心配は本当に杞憂だったんだと、改めて実感したのだった。



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