CHAPTER 03 /
15「…私、もっと、食べたいな」


「適当に座っててくれるかい?飲み物を用意してくるよ」
「あっ、私も手伝います!」
「大丈夫だよ。 なまえちゃんは座ってて?お客さんなんだから」

数々の誘惑を乗り越えて、私はなんとか無事に部屋の奥のソファへと辿り着いた。 飲み物を準備する為にキッチンへと向かおうとするレオ君を呼び止めて手伝いを申し出るが、さらりと断られてしまう。 これ以上、しつこく言うのも悪いと思い、私は素直に彼の言葉に甘えることにした。

「それじゃあ、お言葉に甘えて…お願いします…!」
「いえいえ。 …飲み物、何がいい?コーヒーに紅茶、ココアもあるけど…」
「!…ココア!ココアがいいですっ!」
「ふふ、了解」

この間のレオ君特製のココアの美味しさを思い出し、私はつい食い気味に答えてしまう。 …子供みたいにはしゃいじゃった…っ、恥ずかしい…!
そんな私に優しく微笑み『ちょっと待っててね』と言ってキッチンの方へ向かうレオ君の背中をしばらく見つめる。 彼が十分に離れたのを確認した私は、ふぅと軽く息を吐いた。 そして段々と浮かれた気分が落ち着きを取り戻してきたところで、私はあることに気づく。

「(…そういえばこのソファ、前に来た時はあっちの方にあったよね?少し部屋のレイアウトが変わってる…)」

以前、この部屋に来た(忍び込んだ)時とは、家具の位置が少し変わっていて、ついキョロキョロと部屋の中を見渡してしまう。 キッチリと整頓された部屋はレオ君のイメージ通りで、思わずクスッと笑ってしまった。

「(ふふっ、レオ君の真面目なところが出てるなぁ…あぁ、もう!そんなところも素敵すぎる…っ!!)」
「なまえちゃん、おまたせ…」

私がひとりニヤついていると、レオ君が両手にマグカップを持ってキッチンから戻ってくる。 緩む頬をなんとか引き締めて彼を見上げれば、彼はこちらを見つめたままジッと固まっていて、不思議に思った私は思わず声を掛けてしまった。

「?…レオ君?座らないんですか?」
「えっ?、あっ、うん…!、隣、ごめんね」

私の声にハッとした彼は、そのままソファへと近づき私の隣へと座り込む。 2人掛けのソファだからか思ったよりも近い距離に、思わずドキッとしてしまった。 横を向けばすぐそこにレオ君がいる…そう考えるだけで、胸のドキドキはさらに加速して、止まらない。 …ダメだダメだ、落ち着かなきゃ!

「はい、どうぞ。 熱いから気をつけるんだよ?」
「ありがとうございます…!わぁ、マシュマロが入ってるっ…!!」
「ふふ、お気に召したかな?」
「すっごく可愛いですっ!!お店のココアみたい!」

手渡されたマグカップを覗き込めば、ふんわりと良い香りのするココアにぷかぷかと小さいマシュマロが幾つか浮いていた。 そのあまりの可愛さに、私は先程までのドキドキを忘れて思わずはしゃいでしまう。

「なまえちゃんが喜ぶかと思って、買っておいたんだ」
「私のために…?」
「あっ、え、えっと、その、部屋に来て貰おうと思ってたとか、そういう意味じゃなくて…!そ、そのっ、!!」
「ふふ、そんなに慌てなくても分かってますよ!…ありがとう、レオ君」

私が喜ぶと思って用意してくれていたという事実が嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。 そんな私の嬉しい気持ちが伝わったのか、レオ君も穏やかに笑ってくれて、ほっこりと胸が暖かくなった。 よし、次は私の番だ…!ソファに置いていた紙袋をギュッと握り、膝元へ持ってくる。 レオ君の視線が紙袋へと寄せられたのを確認して、私は今夜ここに来た最大の目的を果たそうと口を開いた。

「レオ君、あのね…今日が何の日か、分かる?」
「えっ?今日?何かあったかな…2月、14日…?…あ、も、もしかして…!!」
「ふふ、やっぱり気づいてなかったんですね!…これ、私からレオ君へのバレンタインのチョコです。 いつもありがとう、レオ君」
「っ…!!!」

『どうぞ』と紙袋を手渡すけれど、彼はこの展開を全く予想していなかったのか、驚き固まったまま中々受け取ってくれない。 そんな彼の驚きっぷりが可笑しくて、私は思わずクスクスと笑ってしまった。 私の笑い声に気付いた彼は慌てて紙袋を受け取り、申し訳なさそうな表情をこちらに向ける。

「っ!ご、ごめん…!あまりに嬉しくて…!ありがとう、なまえちゃん…っ!!すごく嬉しいよ…!!!」
「ふっふっふっ…喜ぶのはまだ早いですよ!中を見てからじゃないと!」
「ふふ、それは楽しみだなぁ…さっそく開けてみてもいいかい?」
「どうぞどうぞ!」

私の声を合図に、紙袋からケーキを取り出すレオ君をドキドキと緊張しながら見守る。 ケーキボックスのフタを開けた瞬間、彼の表情がパアッと優しい笑顔になったのを見て、私はホッと胸を撫で下ろした。

「すごい…!とっても美味しそうだ!」
「良かった…喜んで貰えて嬉しいです!!」
「今から一緒に食べようか?ナイフと取り皿を取ってくるよ」
「やった!!実は、私も一緒に食べたいなぁと思ってて…張り切ってホールサイズで作っちゃいました!えへへ」
「ふふ、いいのかい?この間、ダイエットしたばかりなのに」
「も〜っ!!レオ君の意地悪!!それは今は言わなくていいでしょ…!」
「あはは、ごめんごめん。 ちょっと待っててね、すぐ戻るよ」

冗談を言い合ったあと、キッチンへと向かうレオ君が鼻歌でも歌いそうな程とっても上機嫌で、私は心の中でガッツポーズを決める。 レオ君すごく嬉しそう…!喜んで貰えて良かった…!!今日の最大の目的を終えた私は達成感に包まれるが、安心するのはまだ早い!!ふたりきりの時間をもっと楽しまなくちゃ!!そう意気込み、私は気合いを入れ直した。

「おまたせ、なまえちゃん。 大きさはどのくらいにする?」
「あっ、切り分けは私がやりますよ!私からの贈り物なんですから!レオ君は座って待っててください!」
「そ、そう?それじゃあ、お願いしようかな」
「はーい!…大きさこれくらいでいいですか?」
「うん、ありがとう」

ガトーショコラを切り分けて、小皿に乗せる。 そして持ってきた生クリームを添えてレオ君に手渡そうとしたところで、私はあることを思い付いてしまった。 …そうだ!!この手があった!!!

「あ、あの、レオ君…」
「?どうしたの?なまえちゃん?」

小皿を持ったまま、ジッと動かない私を不思議そうに見つめるレオ君。 きょとんとした表情が可愛くて、思わずウッと悶えそうになるが何とか堪える。 …めちゃくちゃ可愛いけど!!今はそれどころじゃなくて…!私が思いついたあること、それは…

「…あーんってしてもいい?」
「…え?、あーん?………えっ!?あーん!?!?」

そう、恋人同士の特権。 『あーん』である。
突然の私からのお願いに、余程驚いたのか同じ言葉を2回繰り返すレオ君が可笑しくて、思わずクスッと笑ってしまう。 あわあわと焦った様子でこちらを見つめる彼に、私は自分の気持ちを正直に伝えた。

「私のあーんで、レオ君に食べてほしいなぁと思ったんですけど…だめ、ですか?」
「だっ!?、ダメじゃないけど…!!で、でも、その、少し、はっ、恥ずかしいと言うか…」
「私も恥ずかしいけど、今日はバレンタインだし…レオ君と恋人らしいことしたいなぁって…」
「っ、!わ、わかった…!それじゃあ…お願いするよ…!」
「ありがとうございます!それじゃあ……はい、あーん」

一口分のケーキをフォークに乗せて、彼の口元へと運ぶ。 大人しく口をあーんと開く彼の姿に、性懲りも無くきゅんと胸が疼いてしまうが、もぐもぐと動く口を見ているうちに、段々と不安な気持ちになってくる。 …ちゃんと美味しいよね?

「…どうですか?」
「…美味しい」
「本当ですかっ?やった!!」
「甘さとほろ苦さがちょうど良くて、幾らでも食べられそうだよ、生クリームとの相性も抜群だし…!」
「ふふっ、レオ君は甘さ控えめの方が好きかと思ってお砂糖の量を少し減らしてみたんです!」
「うん…濃厚だけど、甘ったるくなくて、すっごく美味しいよ!なまえちゃん!」
「っ〜〜!ま、まだまだありますから!どんどん食べてくださいね!はい、あーん…」
「わわっ、ちょ、ちょっと待ってなまえちゃんっ、んぐっ」

キラキラの笑顔でケーキを褒めてくれるレオ君が眩しくて、またもやきゅんきゅんと胸がうるさく鳴り始める。 私はドキドキを誤魔化すように、もう一度フォークにケーキを乗せてレオ君の口元へと持っていくが、慌てて動いたせいかクリームが彼の口の端についてしまった。

「わわっ、ご、ごめんなさい…!」
「あはは、大丈夫だよ。 すぐに拭き取るから。 …えっと、ティッシュはどこやったかな…」

口元にクリームをつけたまま、ティシュを探そうとする彼を見ていると、何だかうずうずと体が疼きだす。 あの口元のクリーム、美味しそうだなぁ…そんなバカな考えが頭をよぎった時にはもう、私の体は勝手に動いていた。

「レオ君、」
「ん?どうかした…っんむ!?」

私は振り返った彼の頬を包み、ペロリと彼の口元のクリームを舐め取った。 甘さは控えめにしたはずなのに、とんでもなく甘く感じる。 口の中で一瞬で溶けてしまい、なんだか物足りない気持ちになってしまった。

「んっ、…美味しそうだったから、食べちゃいました」
「なっ、なな、今、何を…!?」
「…私、もっと、食べたいな」

上目遣いでおねだり。 彼がこれに弱いのを知っててやってるんだから、我ながら本当にタチが悪いと思う。 だけどムラムラと溢れてくる欲には逆らえなくて。 なんてはしたない…と脳内で冷静な自分がボヤいているが、そんな考えは頭の片隅へと追いやった。 ゴクリ。 私の言葉の意味を理解したのか、彼が唾を飲み込む音がハッキリと聞こえる。 彼もその気なんだ…と考えるだけで、ドクドクと脈が早くなるのがわかった。

「…っ、わかった、私が食べさせてあげるよ」
「れ、レオく、ん……っんむ、」

彼はケーキを自分の口に咥え、私の頬に手を添える。 そしてそのまま私の唇へと口付けた。 ケーキを押しつけられた私の唇は、無意識のうちに開いて、その隙間からケーキを押し込まれてしまう。

「…美味しいかい?」
「んっ、…甘くて、とっても美味しいです…」

離れてしまう唇が名残り惜しくて、思わず彼の腕を掴んでしまう。 もっとして欲しい…そんな気持ちを込めて見つめれば、彼もまた同じように欲情したような目つきでこちらを見ていて、ドクンと胸が熱くなった。

「っ、…なまえちゃんばかり、ずるいな、私にも、食べさせてくれるかい?」
「…はいっ、」

言われるがまま、私は先程のレオ君と同じようにケーキを口に咥えて、彼の唇へと口付ける。 そっと舌でケーキをつついて、彼の口の中へと押し込んだその時。 レオ君の舌が、グッと私の口内へと入り込んできて、私の舌を攫っていく。 口の中でケーキと舌がドロドロに絡んで、とんでもなく熱くて甘い。 …もうダメだ、頭の中がおかしくなりそう。

「んっ、…はぁっ、甘いよ、なまえちゃん、」
「っ、!、れ、れおくっ、んぅ、…もっと、」
「っはぁ、…本当に、君はっ…これ以上は、もう、止められなくなるよ…?」
「…やだ、やめないで、レオ君、」
「っ、…もう、嫌だって言っても、無理だからね、」
「きゃっ!れ、レオ君…?」

突然、膝の裏に手を差し込まれ持ち上げられる。 ふわっと感じる浮遊感に思わずレオ君の首にしがみ付いた。 お姫様抱っこの体勢で私を持ち上げたまま、レオ君はずんずんと部屋の奥へと向かっていく。 そしてベッドの上に私をそっと降ろして、一言。

「…今夜は帰さないよ、なまえちゃん」
「っ〜〜!!」

普段とは違う、大人の色気たっぷりのレオ君の姿にカアッと顔が熱くなるのがわかる。 彼は真っ赤になる私の頬を優しく包み込んでくれて、私はそっとその手に自分の手を重ねる。 それを合図に、お互いの唇がまた引き寄せられた。 何度も何度も、角度を変えながら繰り返される甘くて優しいキスに、頭の中がレオ君でいっぱいになる。

「…レオくん、すき、だいすき」
「…私も、大好きだよ、なまえちゃん」

溢れる気持ちを伝えて、お互いに微笑み合う。 そしてそのまま、私たちはベッドへと沈んでいった。






「ん……」

目を覚ますと見慣れない天井。 ぼんやりとする頭を働かせて、ここがどこだか考えようとするけれど、再び襲って来る眠気には勝てそうにない。 自分の思考とは正反対に閉じようとする瞼に抗えず、ゴロンと寝返りをうった、その時。 肌と肌が触れ合う暖かい感触がして、あれ?と疑問が浮かんでくる。 …肌?なんで…?
そこまで考えたところで、パッと目が覚める。 目の前には、男性の胸板。 そのままそーっと視線を上に上げていくと、こちらを少し照れたような表情で見つめるレオ君がいて、私は全てを思い出した。

「(そっ、そうだ、私、昨日レオ君と…っ!!)」
「お、おはよう、なまえちゃん」
「っ、お、おはようございます!」

昨夜のあれやこれやを思い出し、急激に恥ずかしくなってくる。 それに今もお互い裸のままで、僅かに触れ合っている部分だけが妙に熱く感じてしまってそわそわとおちつかない。

「なまえちゃん、昨日はごめんね…せっかくバレンタインのチョコを持ってきてくれたのに…ちゃんと食べずに、そ、その、色々と…が、我慢出来なくなってしまって…」
「そ、そんな…!先に誘ったのは私ですし…それに元よりそのつもりで…って、すみませんっ!!何言ってんだろ私…っ!」

ふたりで迎える初めての朝だと言うのにお互いに謝罪し合ってるのが、なんとも私達らしいな…なんて考えて、可笑しくなってくる。 それはレオ君も同じだったのか、ふふと笑い声が聞こえて、私もつられて声を出して笑ってしまった。

「くっ、ふふ、確かに、あの下着を見た時は『なんてイヤラシイ子なんだ…!』と思ったよ」
「なっ!?そんな言い方しなくても…!!」
「『そのつもり』が無ければ、あの下着は着けられないだろうしね」
「〜〜っ!もう!!レオ君の馬鹿!意地悪!!それに、あの下着を見て興奮してたのは、どこの誰ですかっ!!」
「そっ、それは…っ!!」

何故だか分からないが、私があの下着を選んだ理由をレオ君は知っていたらしく…私の下着姿を見た時の彼の欲情した表情を思い出し、カァッと顔が熱くなる。 興奮した彼の、私の愛で方はそれはもう、凄かった…!!愛されているんだなぁと、これでもかと感じさせてくれる行為に、私は骨抜きになってしまったのだ…
レオ君も真っ赤になっていることから察するに、頭の中には、私と同じ光景が浮かんでいるのだろう。

「…だって、仕方ないだろう!?き、君があんまり可愛いことをするから…!あんなの、私じゃなくても興奮するよ!!?」
「うっ…そ、そりゃあ、私だって、レオ君が私に興奮してくれた事は、すっごく嬉しいですけど…!っていうか、あんな姿、レオ君にしか見せません…!!」
「っ、もう、どうして君はそんなに可愛いことばかり…!一体、私をどうしたいんだい!?」
「えっ!?何で私が怒られてるの…!?」

何故かお互いに一歩も引かない言い合いが続く。 その内容は側から見れば本当にくだらない痴話喧嘩なのだが、ヒートアップした私達がそれに気付く訳もなく。 ベッドの上でギャアギャアと騒ぐ私達を黙らせたのは、何とも言えない間抜けな『ぐぅ〜』となる空腹の音だった。

「くっ、ふっ、ふふっ、朝ご飯にしようか」
「ふふっ、そうですね、」

顔を見合わせ、微笑み合う。 隙あり!と、彼の唇にチュッとキスをして、ニヤリと笑うと、彼はみるみるうちに真っ赤になっていく。 昨日、あんな事やこんな事までした仲なのに、いつまでも初々しい反応が愛しくて仕方ない。 からかう私にぷんぷんと怒る彼が可愛くて、私は思わず声をあげて笑った。



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