CHAPTER 03 /
14「あ、あくまで、紳士的に、スマートに…!」


「(そろそろ来る頃だろうか…)」

ソワソワと落ち着かない心を紛らわせるように、部屋の中をぐるぐると歩き回る。 最早、部屋の中を何周したのか分からないほどに歩き続けているが、ドキドキとうるさく鳴る胸が治る気配は無くて、思わず頭を抱えたくなった。

「(もうすぐなまえちゃんがここに来る…!!掃除はしたし、片付けも大丈夫……部屋、臭くないかな!?…あぁっ、ダメだ!!落ち着かない…!)」

一体、何度部屋の中を確認すれば気が済むのかと自分に問いたくなるが、こうでもしないと彼女のことばかり考えてしまって心臓が持たない。 ジッとしているとすぐに彼女が頭の中に浮かんできて、自分の欲にまみれた想像でパンクしそうになってしまうのだ。

「(部屋も暖まったし、飲み物の準備もOK…落ち着け、大丈夫。 何度も確認したんだ…安心しろ、レオナール。 大の大人が部屋に恋人が来るだけで狼狽えていては格好がつかないじゃないか…ただでさえ年甲斐のない、情けない姿を晒してばかりなんだ…今日はしっかりと大人の対応を見せないと…!!)」

普段の情けない姿とは違うところを見せて、なまえちゃんにスマートな大人の男だと思って貰えるようにしなければ!!そう心の中で決意して、ひとりグッと拳を握りしめる。

「(…せっかくの彼女とふたりきりの時間なんだ。 何もせず楽しくお喋りをして過ごすだけのつもりは、正直言って、全く無い。 というか、それで我慢出来る自信がない…!!!)」

渡したいものがあると言っていたけれど、それだけの理由なら私の部屋である必要はない…彼女が一体どういうつもりでこの部屋に来ると言ったのか…その真意は分からないが、男女が部屋にふたりきり、しかも恋人同士。 この状況で、手を出さないことが大人の対応だとは、私は思わない…!

「(もちろん、彼女が嫌がるようなことをするつもりはないけれど…、新年会のあの日、彼女も私を求めてくれたし…)」

先日の彼女とのキスを思い出し、ついムラムラと欲望が溢れてくる。 女の子らしい柔らかな身体、唇から漏れる熱い吐息、こちらを見つめる潤んだ瞳…彼女の全てが私を掻き立てる。 彼女を前にすると、私のちっぽけな理性なんてあってないようなもので…今まで何度も彼女の誘惑に負けて、手を出してしまっているのだ。 どうせ暴走してしまうのなら、今夜はもう最初から欲望に抗うのはやめてしまおう…!今までの葛藤はどこへ行ったのか…そんな馬鹿な考えに至ってしまった。

「(我ながら、なんて欲深い考え方なんだとは思うけど…以前の私なら、部屋に来て貰うことさえ断っていただろうなぁ…なまえちゃんのおかげで少しずつ、自分に自信が持てるようになってきたのかもしれない)」

今までの私だったらきっと、自分の欲にまみれた考えに自己嫌悪していたに違いない。 そんな考えのまま、彼女とふたりきりになるなんて絶対にダメだ、と自分の感情を押し殺していただろう。

「(彼女はいつも私と真正面から向き合って、醜い感情を曝け出すことを笑って許してくれる…本当に、彼女にはいつも救われてばかりだ)」

なまえちゃんの甘い笑顔を思い浮かべて、思わずじんと胸が熱くなる。 こんなに恋い焦がれるのも、頭の中を埋め尽くされてしまうのも、全部、なまえちゃんだから…そう思うと、愛しさが溢れて止まらない。

「(なまえちゃんに触れたい、抱きしめたい、キスしたい…あぁ、本当に欲深くて嫌になってしまいそうだけど…今日は自分の感情に素直になってみよう…!あ、あくまで、紳士的に、スマートに…!!)」

そう心の中で、決意する。 フゥとひと息吐いて、ソファに座り込むと先程までのソワソワとした気持ちが少し落ち着いてきて、ホッと胸をなでおろす。 この調子で冷静に、それでいて、優しくリード出来る大人の男に…

コンコン

「(き、来たっ!!)…痛っ!?」

頭の中で今日の立ち振る舞い方をイメージしていたその時。 部屋の扉を叩く音が聞こえ、ビクッと慌てて立ち上がる。 その拍子にガンッ!とソファの前のローテーブルに足をぶつけ、思わず大きな声を上げてしまった。

「っ〜〜ッ!(い、痛い…っ!い、今の声、聞こえてしまっただろうか…!?は、恥ずかしい…!!)」

ジンジンとする地味な痛さに、思わず蹲る。 大人の男だなんだと偉そうにしていた自分が、聞いて呆れる。 なんとも情けない幕開けに、先程までの自信がみるみる内に萎んでいくのを感じるが、ここで諦めてはダメだ!と何とか自分を奮い立たせた。

「(今日はなまえちゃんをしっかりとリードする、カッコいい男になると決めたんだ…!)」

そう意気込んで立ち上がり、扉へとずんずん向かう。 ドアノブをガシッと掴み、フゥと一呼吸してからゆっくりと扉を開けた。

「ご、ごめんっ、おまた、せ……」
「あっ、ごっごめんなさい、わたしの方こそ…遅く、なって……」

開いた扉の前には、予想通りなまえちゃんの姿。 しかし彼女の格好を目にした私は、思わず固まってしまった。

ふわふわと気持ち良さそうなオーバーサイズのニットセーターに、悩ましいほどの曲線を描く白い生足がさらけ出されたショートパンツ…普段の彼女の装いとのギャップに、胸を鷲掴みにされたような衝撃が走る。 …えっ、ちょ、ちょっと待って…、余りの衝撃に理解が追いつかない…ど、どうしよう…!!

「(なまえちゃんが…か、可愛過ぎる…!!!大きめサイズでショートパンツがほとんど見えていない所も、袖が長くて指が少ししか出ていない所も、何もかもが、可愛い過ぎる…ッ!!どうしてそんなに可愛いんだ…ッ!?ハッ…!ここに来るまでに誰かに出くわしてないだろうか…!?こんなに可愛いなまえちゃんを見たら、誰だって惚れてしまうに決まって…)」
「カッコいい…」

脳内で馬鹿みたいに可愛いを連呼する私の耳に、なまえちゃんのポソッと呟く声が届く。 …私の耳が確かなら、今、『カッコいい』と、聞こえたような…?数秒遅れでその言葉の意味を理解して、驚きのあまり『えっ!?』と聞き返してしまう。 そんな私の声に我にかえった彼女は慌てて謝罪するも、先程の呟きは無意識だったのか、顔を真っ赤にして狼狽えていた。

「…れ、レオ君が、なんだかいつもと違ってて…!ついジロジロと…っ!ごめんなさいっ!」
「えっ!?、あっ、いや、大丈夫だよ、部屋ではいつも、こんな感じなんだけど…」
「とっても似合ってて…カッコいいです…」
「…っ!、あっ、ありがとう、嬉しいよ」

どうやら聞き間違いではなかったようだ…う、嬉しいな。 飾らない自分の姿を『カッコいい』と彼女にそう言って貰えて、ニヤついてしまう顔をどうにか抑える。 面と向かって言われると照れ臭くもあるが、こうやって真っ直ぐ気持ちを伝えてくれるなまえちゃんだからこそ、私も同じように気持ちを言葉にする勇気をもらえるのだ。

「なまえちゃんも、その格好…とても似合っていて、可愛いよ」
「えっ!?」
「あ、いや、そのっ、わ、私も…つい見惚れてしまって…っ!!」
「…っ、あ、ありがとうございますっ」

ふたりして顔を真っ赤にして照れているこの状況が、なんともむず痒い。 お互いに普段と違う装いだからなのか、それが余計に恥ずかしさを助長させている気がして、目も合わせられなかった。 大人の男になると意気込んだ勢いはどこへやら、これじゃあ、いつもの自分と変わらないじゃないか…!と気づいた、その時。

「…くしゅんっ!」

可愛らしいくしゃみが聞こえて、ハッとする。 部屋の中に入ろうともせず、こんな寒い廊下で立ち話させるなんて…!!大人の男どころか、人としてなっていないじゃないか…っ!!(※悪魔です)

「…っ!?ご、ごめん!寒いのにこんなところで立ち話させちゃって…!!」
「こ、こちらこそ、すみませんっ、私が見惚れちゃったばかりに…!」
「部屋の中、暖かくしてあるから…!さぁ、入って!」
「あ、ありがとうございますっ!…お邪魔します」

慌てて開いた扉を押さえながら、どうぞと彼女に部屋に入るよう促す。 少し緊張した面持ちでそっと部屋に入ろうとする彼女が、借りてきた猫のようにしおらしくて、私は思わずふふっと笑ってしまった。 そして『お邪魔します』と言った彼女に答えるように、私は口を開く。

「いらっしゃい、なまえちゃん」
「っ〜〜!!!」
「…?なまえちゃん?大丈夫かい?」
「えっ!?、あっ、ご、ごめんなさいっ、大丈夫です…!」

『いらっしゃい』と言った直後、立ち止まってしまった彼女が心配になり、思わず声をかける。 大丈夫ですと言った彼女に安心した私は、部屋の中へと案内しようと先に進み始めた。

「(それにしても、なまえちゃんが可愛すぎて…どうにかなってしまいそうだ…)」

口元を押さえて悶えそうになるのを、必死で堪える。 いつもの姿で現れると思っていたから、完全に不意打ちだった。

「(いつものなまえちゃんも、もちろん可愛いけど…今日みたいな緩い感じも…すごく良い…っ!!!)」

程良い手抜き感が、気を許してくれているみたいで、男としてとても喜ばしくなる。 『普段は誰にも見せない姿を見せてくれている』という特別感が堪らなくて、胸がキュンと疼いて仕方ない。

「(やっぱり今日も私の理性は、仕事をしそうにないな…)」

頭の中でそんなことを考えた、その時。 バタンと扉が閉まる音が部屋に響き渡る。 その直後、私の後を追うなまえちゃんの足音がパタパタと聞こえてきて、それにすら胸が高鳴ってしまう自分に思わず苦笑いをこぼした。



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