CHAPTER 03 /
14「カッコいい…」


『またあとで』彼にそう伝えて教会を出た私は、急いで自室へと帰ってきた。 部屋に着いて早々、冷蔵庫で冷やしておいたケーキを取り出し、ラッピングの仕上げに取り掛かる。 しっとりと濃厚そうなガトーショコラに粉砂糖をまぶして、ペーパークッションを敷いたケーキボックスにそっと詰める。 蓋をして赤いリボンでキュッと結んだあと、ハート柄のシールをペタリと貼れば、完成だ!
持ち運び用の紙袋を用意して、部屋を出る直前までもう一度冷蔵庫にしまっておく。

「よし、ケーキはこれでOK!あとは、着替えとメイク直しと、それから……あ、」

他にすることはないか頭の中で考えながら、着替えとメイクをする為に寝室へと移動する。 部屋に入り、ベッド上に並べられた『あるもの』が視界に入った私は、思わず動きを止めてしまった。

「(完全に

コレ

の存在忘れてた…!!)」

ベッドの上には、昨晩ファッション雑誌を読みながら、ああでもないこうでもないと沢山悩み抜いて選んだ洋服と、その隣には藍色に金色のキラキラした刺繍が施された下着の上下セット。 そう、私の言う

コレ

とは、以前パジャマパーティーの時にアルラウネさんに見られてしまった、あの下着のことである。

「(昨晩も今朝も…これを着けて行くか行かないかで、随分迷ってたんだよね…今朝はまだ決心がつかなくて、やめておいたの忘れてた…っ!!)」

今朝、慌ただしく部屋を出ることになったのも、この下着を着けるかどうか長い間悩んでいたせいと言っても過言ではない。 パジャマパーティーの時のアルラウネさんを思い出すと、レオ君も私がこの下着を買った理由に気付くんじゃ…と恥ずかしくなってしまい、着けて行く勇気が中々出なかったのだ。

「(で、でも、アルラウネさんにしか、こんなの見抜けないよね…!?普通、下着の色を見ただけで、レオ君のこと思って買っただなんて気づけるはずないもん…!それにレオ君、自分のことには疎いし!うん、そうだよねっ、大丈夫大丈夫、レオ君に見られたってバレないバレない!)」

そっと下着へと手を伸ばし、ふわっと柔らかい藍色のシフォン生地を撫でる。 金の刺繍を指で辿りながら、レオ君もこんな風に触るのかな…なんて考えてハッとする。

「(!?!?今、何を…っ!?、というか、ば、バカだ私…っ、そもそも、そういう状況になるかどうかも、分かんないのにっ)」

カァッと顔が熱くなって、パタパタと手で扇ぐが全く効果がない。 冷めそうにない熱を発散する方法が浮かばず、半ばやけになった私はガバッと服を脱ぎ捨てて、今着けている下着もパッと外してしまった。

「(もうっ!こうなりゃ、やけくそだっ…!着けないで後悔するより、着けて後悔した方がいいもん…っ!!何より私はこの下着が気に入ってるんだから…!)」

自分でも一体誰に言い訳しているのか、最早訳が分からなくなってきたが、とにかく!!この下着を着けて行くことに深い意味はない!そういうことにしておこう!うん、そうしよう!そう無理やり自分を納得させて、ササっと着替えを終わらせる。 そしてパパッとメイク直しをして、鏡の前で最終チェックだ。 洋服は雑誌に書いてあった内容を意識して選んだつもりだけど…

「(…変なところ、ないよね?…レオ君、可愛いって思ってくれるかな)」

タソガレくんを始めとする魔王城で働く魔物たちは皆、ほぼ毎日同じ格好をしている。 それは種族や通り名のイメージに合ったものがほとんどで、ある意味『仕事着』とも言えるだろう。 もちろん私も例外ではなく『おんなドラキュラ』というくらいだから、普段はそれらしい格好をしているものの、それが自分の好みという訳ではない。

「(ふわふわのざっくり編みニットに、ショートパンツ…ラフ過ぎる?スカートの方が良いかなあ…それに、いつもと違い過ぎて狙ってると思われるかも…でも、ギャップがある方が良いって雑誌には書いてあったし…)」

『普段とのギャップを狙おう!』『適度なラフさを取り入れて!』『つい触りたくなるような素材を選ぼう!』この3つの『お部屋デートの時に注目すべきポイント』を意識した結果であるが、果たしてこれで正解なのか…悩みに悩み過ぎて段々分からなくなってきた。
元々プライベートではこのような格好をすることが多いのだが、人に見られる機会は少ない。 よく部屋に遊びに来る姫やアルラウネさんには、可愛いと言って貰えるけれど…

「(男の人から見たらどうなんだろ…あ、前にタソガレくんには新鮮でいいなって褒めてもらえたっけ?でもタソガレくん…服のセンス壊滅的だからなぁ)」

タソガレくんの『MAŌ』Tシャツを思い出し、思わずクスッと笑みがこぼれる。 姫があのTシャツを羨ましそうに見てたのも面白かったなぁ。

「(そういえば…レオ君の部屋着ってどんな感じなのかな…ううっ、きっとカッコいいんだろうな…)」

『いらっしゃい、よく来たね』そう言って優しく出迎えてくれるレオ君を想像して、きゃーっとひとり盛り上がるが、ハッと我にかえる。 こんなことしてる場合じゃなかった!そろそろ彼の部屋に向かわないと…!私はもう一度、鏡で全身をチェックしてから、急いで寝室を出る。 冷蔵庫からケーキと泡立てた生クリームが入った容器を取り出して、紙袋に詰めると、慌てて部屋を飛び出した。 …いざ、レオ君が待つ部屋へ!!!




「(ど、ドキドキする…こんなにノックをするのに緊張するとは思わなかった…ッ!!)」

ドックンドックンとうるさい心臓をギュッと握りしめて彼の部屋の前に立つ。 スゥと大きく息を吸い込んで深呼吸すれば、少し緊張が和らいだ。 …よし、行くぞっ!!心の中で意気込み、コンコンと彼の部屋の扉をノックした、その直後。

ガタンッ!!!

部屋の中から何かがぶつかる音がする。 そしてその直ぐ後に『痛っ!?』という声が聞こえ、私は思わずふふっと笑ってしまった。

「(今のレオ君、だよね?ふふっ、ノックの音に驚いたのかな?…可愛いなぁ、もう…っ!)」

慌てている彼の姿を想像して、くすくすと笑いが込み上げてくる。 彼もきっと緊張しているんだろうなぁと思うと、心臓の音が少しずつ落ち着きを取り戻してきて、私はホッとひと息ついた。 しかしすぐに扉の方へと向かってくる足音が聞こえて、私はそわそわと前髪をいじってしまう。 足音が止み、ガチャリと扉が開くのを直視出来ずパッと俯いてしまった。

「ご、ごめんっ、おまた、せ……」
「あっ、ごっごめんなさい、わたしの方こそ…遅く、なって……」

扉をあけて早々謝罪するレオ君に、私こそ来るのが遅くなったのに…!と咄嗟にパッと顔を上げるが、目に映る彼の姿に、思わず私は言葉を失った。

いつもの修道服の下に着ているシンプルなシャツとパンツ姿なのだが、襟元のボタンはゆったりと外され、シャツの裾はタックアウトされている。 決してだらしないという印象ではなく、程よく着崩されていて、いつものきっちりと着こなすスタイルとは真逆の姿に、思わず見惚れてしまった。

「カッコいい…」
「…えっ!?」
「えっ…?、っ!?あっ、す、すみませんっ」

つい無意識の内に呟いてしまった私の言葉に、何故かドアノブを掴んで、固まったままだった彼がハッと我にかえる。 私の言葉を聞き返すかのように驚く彼の反応に、私も自分が呟いた言葉の意味を理解して、ぼぼぼっと顔が熱くなるのがわかった。

「…れ、レオ君が、なんだかいつもと違ってて…!ついジロジロと…っ!ごめんなさいっ!」
「えっ!?、あっ、いや、大丈夫だよ、部屋ではいつも、こんな感じなんだけど…」
「とっても似合ってて…カッコいいです…」
「…っ!、あっ、ありがとう、嬉しいよ」

あははと照れながら頭を掻く彼の姿をもう一度、見つめる。 私よりも遥かに高い身長に、しっかりとした胸板や腕。 足もスラリと長くて、シンプルな服装がそのスタイルの良さをより際立たせていて、本当にカッコいい…普段のキッチリとした姿とのギャップに、胸がキュンキュンと疼いて仕方がない。 まんまと自分が彼のギャップにやられてしまっている状況に思わず少し悔しくなってしまう。 しかし次の彼の言葉に、そんな私のちっぽけな不満はすぐに解消されてしまった。

「なまえちゃんも、その格好…とても似合っていて、可愛いよ」
「えっ!?」
「あ、いや、そのっ、わ、私も…つい見惚れてしまって…っ!!」
「…っ、あ、ありがとうございますっ」

彼からのまさかの褒め言葉に、先程よりも更に顔が熱くなる。 一生懸命、服を選んで良かった…っ!!それにしても、テレテレと部屋の入り口で真っ赤になる私たちは、側から見ればなんと小っ恥ずかしいことだろう。 気恥ずかしさから、中々合わないお互いの視線がキョロキョロと彷徨う。 そんなソワソワとぎこちない雰囲気の中、廊下の寒さで冷えた体がぶるっと震えて、鼻にムズムズとした感覚が走り、私は思わず両手を鼻の前に構えた。 …や、やばい、くしゃみ、出ちゃう…!

「…くしゅんっ!」
「…っ!?ご、ごめん!寒いのにこんなところで立ち話させちゃって…!!」
「こ、こちらこそ、すみませんっ、私が見惚れちゃったばかりに…!」
「部屋の中、暖かくしてあるから…!さぁ、入って!」
「あ、ありがとうございますっ!…お邪魔します」

くしゃみをしてしまった私を見て、慌てた様子でパッと扉の前から退けてくれるレオ君。 どうぞと招き入れてくれる彼に、私は緊張気味におずおずと断りの挨拶をいれる。 そんな私の遠慮がちな態度が可笑しかったのか、彼はふふふと柔らかく微笑んで…

「いらっしゃい、なまえちゃん」
「(っ〜〜!!!想像してたレオ君より、何倍も何十倍もカッコいい…っ!!)」
「…?なまえちゃん?大丈夫かい?」
「えっ!?、あっ、ご、ごめんなさいっ、大丈夫です…!」

想像してたよりもレオ君の『いらっしゃい』のインパクトが強すぎて、つい立ち止まって悶えてしまった。 そんな私を不思議そうな表情で見つめる彼に、大丈夫だなんて言ったものの、私は既に体力が残りわずかと言っても過言ではない。 まだ部屋に入ってすらいないのに、こんなペースでキュンキュンしていては絶対に体が持たないじゃないか…!しっかりしろ、なまえ…!今日は彼に喜んで貰うために来たんだから!!そう自分を叱咤激励し、なんとか彼の部屋へと足を踏み入れる。 しかし部屋に入った途端、ふわっと香る彼の優しい匂いに、思わず頭がクラクラとしてしまった。 どうしよう…この部屋、レオ君の匂いでいっぱいだ…!!!

「(…誘惑多すぎない!?、大丈夫かな、私…このままじゃ本当に悶え死んじゃうんじゃ…無事に生きて帰れるだろうか…あはは…)」

先程の勢いはどこへやら。 レオ君からの無意識の誘惑の数々に出鼻を挫かれて、私は戦意喪失しそうになるが、手元の紙袋の存在を思い出し、自分を奮い立たせる。

「(そうだ…!今日はこれがメインなんだから!頑張れ!私!)」

バタンと扉が閉まる音が妙に頭に響いてきて、ふたりきりということを嫌でも意識させられるが、私は気にしないフリ。 ギュッと紙袋の取っ手を握りしめて、部屋の中へと進む彼の背中を追いかけた。



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