CHAPTER 03 /
13「きっと良い雰囲気に、なる、よね…?」


時刻は午前5時。 ピー、ピーと予熱の完了を知らせる音が部屋に鳴り響く。 それを合図にミトンを両手にはめてオーブンを開けば、ムワッと暖かい空気が辺りを包み込んだ。 生地を流し込んだケーキ型をそっとオーブンの中に入れて、美味しくなぁれと願いを込める。 タイマーをセットして、スタートボタン押せば…あとは焼き上がりを待つのみ!

「ふふっ、早く焼けないかなぁ」

テーブルに並ぶラッピング用品の数々を眺め、私はひとり笑みを浮かべる。 真っ赤なリボンや、ハート柄のシール、綺麗なラメの入ったケーキボックス…見ているだけで、ワクワクが止まらない!
こんなに朝早くから私がお菓子作りに励む理由…それは今日が好きな人やお世話になった相手にチョコレートを送る日…そう、バレンタインデーだからである。

「(昨日のレオ君の様子だと、今日がバレンタインデーだってこと完全に忘れてたよね…?)」

昨日の午後、私は勇気を出して彼に部屋へお邪魔しても良いかと尋ねてみた。 渡したいものがあるから、と理由をつけて。 その『渡したいもの』が何なのか、彼はピンときて無さそうだったけれど…
彼は初めは驚いたのか口ごもっていたが、ダメ元でもう一度尋ねてみれば、快く了承してくれたのだ。

「(こんなに頑張って準備してるんだもん、ふたりきりの時に渡したいし…)」

もちろん私が本命チョコを贈る相手は、恋人であるレオ君だ。 他にもタソガレくんや姫など、普段仲良くしてくれている皆には、先程焼き終えたチョコチップクッキーを贈ろうと思っている。 いわゆる友チョコ、というやつだ。 こちらはすでにラッピングを終えていて、あとは渡すだけの状態にしてある。

「(ふふ、レオ君の分は特別っ、喜んでくれるかなぁ)」

この日の為に、のろいのおんがくか君、もとい、のろいのパティシエくんに美味しいガトーショコラの作り方を教えてもらい、ひとりで何度も練習をしてきた。 タイミングの良いことにレオ君が出張でしばらく魔王城を離れていたので、バレることなく準備を進めることが出来たのだ。

「(レオ君の出張をずらしてくれた勇者には、ある意味感謝しないと!それにしても…ダイエット中だったから練習で作ったケーキ、ほとんど食べられなかったんだよね…それが1番辛かった…っ!!)」

ケーキを目の前にして食べられないあの辛さったら、ありゃしない。 作ったケーキは、最初の味見以外ほとんど姫ととげちゃんの胃袋の中へと入っていった。 ふたりには、ケーキの試食と私がこっそりケーキを食べないように見張り役の協力をお願いをしたのである。 その甲斐もあって、無事に体重は元に戻ったから、結果オーライなんだけれども…!

「(今夜はレオ君とお部屋デートだし、痩せておいて良かった…!でもレオ君…柔らかい体の方が好きみたいだし…痩せない方が良かったかな!?)」

部屋に行ってもいいかと彼に尋ねたあの時、実を言うと、かなり緊張していた。 一度彼の部屋に入ったことはあるが(02話参照)、今とは全く状況が違っていたし…恋人になった上で、部屋に行く。 しかも、ふたりきり。 これがどういう意味か分からないなんて、かまととぶるつもりは毛頭ない。 それに昨日のレオ君の反応を見るに、彼も私と同じようなことを考えているのでは…と勝手に都合の良いように解釈している。

「(久しぶりのふたりきりの時間だし、きっと良い雰囲気に、なる、よね…?)」

そこまで考えて、自然と新年会の日のレオ君が頭の中に浮かんでくる。 グッと腰を抱き寄せる力強い腕や手、腰が砕ける程のとろけるような甘い声、燃えるように熱い唇…あの日の彼を思い出すとキュンと胸が疼いてしまって、ドキドキと心臓の音が早くなる。 私は彼とのキスを期待するかのように、無意識のうちに自分の唇に触れていた。

「(あれからキスしてない…今日は、するのかな…その先、も……って朝っぱらから、何考えてんの私!!)」

ぶんぶんと頭を振って邪念を払う。 あくまでも今日は、バレンタインのチョコを贈るのがメインなのだ。 こんな自分の欲にまみれた期待をするのは間違っている…!と、なんとか自分に言い聞かせる。

「今日はレオ君にいつもの感謝を伝える日でもあるんだから…!私の欲望なんて、二の次三の次…ッ!」

チン!
タイミング良く、オーブンの焼きあがりを知らせる音が鳴り響く。 その音に少し冷静になった私はふぅ、と一度深呼吸。 もう一度ミトンをはめて焼きあがったケーキの元へと向かう。

「良かったぁ〜!上手く焼けた…ッ!」

オーブンを開くと、ふわっと香ばしいチョコレートの香りが部屋中に広がる。 ふっくらと綺麗に膨らんでくれた生地に、ホッとひと安心した私は火傷しないように、焼きあがったケーキをオーブンから取り出した。 粗熱を取るためにケーキはこのまましばらく置いておくことにする。

「冷めたら型から外して、冷蔵庫に入れて…ケーキのラッピングは今日の仕事が終わってからの予定だし…あっ!クッキーは仕事が始まる前に皆に渡しに行かなくちゃね!あとは…そうだっ、ガトーショコラに添える生クリームも泡立てとかないと…!」

これからの段取りを頭の中で整理する。 ああしてこうしてと色々と考えたり、実際に作業したり…バタバタとしている間にかなりの時間が経っていたのか、ふと時計を見ると部屋を出る予定の時刻まで、あとわずか10分となっていた。

「わわ、もうこんな時間!?急がないと…!」

慌ててケーキを確認すると、ちょうど良い具合に熱が取れていた。 型から外してラップで包み、冷蔵庫の中へと入れる。 そして急いで身支度を済ませて、皆に贈るクッキーが入った紙袋を忘れないようにしっかりと掴み、勢い良く部屋を飛び出した。

「(早く夜にならないかなぁ…ううっ、楽しみ過ぎて、顔がニヤけちゃう…!!だめだめ!しっかりしなきゃ…っ!)」

ペチッと頬を軽く叩いて気を引き締める。 一日頑張れば、レオ君との甘い夜が待ってる!だから今は我慢!そう思うようにして、浮かれる気持ちをなんとか抑え込む。

「(クッキー誰から渡そうかなぁ…沢山協力してくれたし、やっぱり最初は姫のところだよねっ、そのあとは、のろいのおんがくか君、とげちゃん…それから、タソガレ君に…ふふっ、皆、喜んでくれるかなぁ)」

皆の笑顔を思い浮かべると、思わずワクワクと心が弾んでくる。 普段は気恥ずかしくて言えないことも、今日なら言える気がして、『いつもありがとう』って、伝えよう!そう心に決めて、私は姫の牢へと向かった。



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