CHAPTER 03 /
12「バカだなぁ…」


「(今日は一段と冷えるなぁ…早く帰って、食堂で温かいものでも食べよう)」

ぶるっと震える体を摩りながら、魔王城へと続く門をくぐる。 こんなに寒い中、なまえちゃんから貰った手袋をはめた両手だけはポカポカと暖かくて、思わずふふと笑みがこぼれた。

「(今日から出張の予定だったけど…私が突然帰ってきたら、なまえちゃんはどんな反応をするだろうか?)」

今朝の出掛けに『いってらっしゃい』と見送ってくれた彼女を思い出し、まるで新婚さんみたいだったなぁ。 なんて考えて、ついニヤけてしまう。 せっかく気持ち良く送り出してもらったのに、急遽とんぼ返りとなった理由…それは勇者一行の進行の遅さにあった。 勇者達の動向を探るべく、次の対戦場所付近へと向かうもまだまだ辿り着く様子はなく…一度帰還することとなったのだ。

「(今日はこのまま休んで良いと魔王様も言ってくれたし、食事を終えたらなまえちゃんに会いに行こうかな)」

私の帰りを喜んでくれるといいな…そんなことを考え、自然と歩くスピードが早くなる。 私は急ぎ足で、魔王城へと駆け込んだ。




「(さて、今日は何を食べようか。 温かいもの…魔王城らぁめん、いや、怪鳥茶碗蒸しも捨てがたいし…)」

一度自室へ戻り、食堂へ向かう道すがら、何を注文しようかと考える。 選択肢の中に怪鳥茶碗蒸しが出てきた瞬間、なまえちゃんの顔が浮かんできて、またもやふふっと笑ってしまった。

「(怪鳥茶碗蒸しならいくらでも食べられるって言っていたっけ…ふふ、沢山食べるところも、美味しそうに食べるところも、本当に可愛いんだよなぁ…)」

口いっぱいにご飯を頬張るなまえちゃんを想像して思わず頬が緩んでしまうが、廊下でひとりだらしなく笑っている自分に気付き、ハッとする。 誰かに見られているかもしれないと、辺りをキョロキョロと見回せば、廊下の隅にある悪魔像にもたれかかりハァとため息を吐くポセイドンくんの姿が目に入り、私は思わず声を掛けてしまった。

「ポセイドンくん…?」
「っ!!あ、あくましゅうどうし…!?」
「わっ、ご、ごめん…っ、驚かせちゃったね」

彼は辺りに誰もいないと思っていたのか、ビクッと体を震わせ驚きの表情を見せる。 そんな彼の様子に私は咄嗟に謝罪するが、何だか気まずそうに視線をウロウロとさせていた。

「…今日、出張じゃなかったのかよ?」
「うん、その予定だったんだけど…勇者達の進行があまりに遅いから、一旦戻ることになったんだよ」

私が帰ってきた訳を話すと、ふぅん、とソッポを向いてしまうポセイドンくん。 何だかその横顔がいつもより元気が無いように見え、心配になってくる。 何かあったのかもしれない…そう思った私は思い切って彼に問いかけてみることにした。

「あの、ポセイドンくん…何か、あったのかい?」
「…っ、何でもねーよ!」
「何でもないのならいいんだけど…もし何か悩んでいるなら、私で良ければ相談にのるよ?」

その場にしゃがみこみ、彼と同じ高さに目線を合わせる。 するとソッポを向いていた彼はチラリとこちらに視線を向けてくれて、ホッと安堵したのも束の間。 彼の視線がギロリと睨むようなものへと変わり、私は情けなくもビクッと震えてしまった。

「…元はと言えばお前がっ!!」
「わ、私!?何か気に触ることしたかな!?」
「っ!…お前がっ、なまえとばっかいるから…っ」

段々と尻すぼみしていく彼の言葉は、誰もいない静かな廊下では思いのほか大きく響き、私の耳にもすんなりと届いてしまう。

歳が近く親しみやすいなまえちゃんに、彼がとても気を許しているのは知っていた。 お兄さんとのこともあり、身近にいるしっかり者のなまえちゃんを姉のように思っていたのかもしれない。 特にここ最近、なまえちゃんは私と一緒にいることが増えたからなぁ…きっとなまえちゃんを私に取られてしまうと思ったんだろう。 そこまで考えて、なんだか申し訳ない気持ちになり私は自然と眉が下がってしまう。 そんな私の態度に彼はハッとしたあと、苦虫を噛み潰したような表情でこちらを睨みつけてきて、私は思わずたじろいでしまった。

「ぽ、ポセイドンくん…?」
「…っ!くそッ!おいジジイ!今の絶対、アイツには言うなよ!?!?」
「わ、わかった…!!わかったよっ!言わないから!絶対に!」
「…絶対だからな」

グワッと掴みかからんばかりに凄まじい形相で食って掛かる彼に、私はすぐさま首を縦に降る。 そんな私にまだ疑いの目を向けつつも何とか納得した彼は、スッと私から離れてくれて、ホッとひと安心する。 …それにしても彼がこんなにも荒れるなんて、きっと私がいない間に何かあったに違いない。 なまえちゃんに関係していることなら尚更、知っておく必要がある。

「さっきのことを他言しないのは約束するけれど…一体、何があったんだい?…なまえちゃんに関わることなら、教えてほしいというのが私の本音なんだけど…」
「…はぁ〜〜、わかったよ、話す。 そのかわり今から話す事聞いても、怒んなよ?」
「…善処するよ」
「……ハァ、さっきまで食堂にいたんだけどさ」

善処すると言う私の言葉に彼は少し躊躇った様子を見せるが、ハァと諦めたようにひとつため息を吐くと、事の経緯を説明してくれた。




「えっと、要約すると…私が出張でいなくなるから、久しぶりになまえちゃんとの時間を過ごせると思っていたのに、姫とふたりで昼食を食べているし、結局私のことを話してばかりだったから、こっちを向いて欲しくてつい悪口を言ってしまった、ってことでいいのかな?」
「ち、違わねーけどッ!!!なんか、こう、もうちょっとあるだろ!?遠回しな言い方するとか…!」
「簡潔にまとめた方がわかりやすいかと思って…」
「勝手に簡潔にまとめんなジジイ!!客観的に聞くと自分の行動の恥ずかしさが際立つじゃねーか!!」
「そ、そんなこと言われても…」

ギャアギャアと文句を垂れるポセイドンくんには悪いが、これはフォローのしようがない。 彼の話を聞く限り、なまえちゃんに非はなさそうだし…ここは素直に謝るべきだろう。 そう彼に助言しようと口を開きかけたが、彼の言葉に先を越されてしまった。

「でもよ!なまえのやつ、あんな態度取らなくても良くね?俺は事実を言っただけだし…!」
「…ポセイドンくん。 たとえそれが事実であっても、相手を傷付けることもあるんだ。 なまえちゃんにとっては、言って欲しくない言葉だったんじゃないかい?」
「…確かに、そうかもしんねぇけど」
「君も自分が悪いと分かっているから、こんなところにひとりでいたんだろう?…大丈夫、なまえちゃんならきっと笑って許してくれるよ。 私もついてるから、彼女の所へ行こう?」
「……あぁあ!もう!!わかったよ、行けばいいんだろ、行けば!!」

気恥ずかしいのかずんずんと早足で歩き出すポセイドンくんが微笑ましくなって私は安堵の笑みを浮かべる。 彼も心根は優しい子だ。 少し気性の荒いところもあるが、分かってくれたみたいでよかった。 彼の隣へと並ぶため、私も早足で歩く。 …それにしても、ポセイドンくんはなまえちゃんの居場所を知っているのだろうか?先ほどの話によると、彼女は食堂にいるはずじゃ…?しかし向かっている方向は食堂とは真逆で、私は思わず彼に問いかけた。

「あの、ポセイドンくん?一体どこに向かってるんだい?」
「どこって、トレーニング場だけど?」
「えっ?トレーニング場?どうしてそんなところに?」
「さっき、なまえが食堂から出てくるところを見たんだよ。 咄嗟に銅像の後ろに隠れちまったけど、『トレーニング場で今すぐ運動しなきゃ!!!』とか言ってるのが聞こえたから、多分まだそこにいるだろ」
「う、運動?どうして運動なんてする必要が…」
「痩せるためじゃね?ダイエットしなきゃとも言ってたし…ったく、なまえもバカだよなぁ、そんなにすぐ痩せるわけねーのに」
「痩せる…?なまえちゃんが?」
「実際、アイツ少し太っただろ?最近よく食べてるのを見かけるし…」
「も、もしかして、君がなまえちゃんに言ってしまったというのは…」
「『太ったんじゃねぇ?』って。 それでもなまえのやつ、全然自分が太ったこと認めねぇんだよ…言い合いしてる間に、俺もついカッとなって『ぶくぶくに太ってジジイに見捨てられちまえ』って、」
「なっ!?なんだって!?」
「うわっ!?なっ、なんだよ急に…!!」
「き、君はそんなことを彼女に…!?」

私は思わずポセイドンくんの肩を掴み、凄んでしまう。 そんな私のあまりの形相に彼は縮こまり、こちらを伺うように口を開いた。

「あ、あくましゅうどうし?」
「…ポセイドンくん、彼女は『ダイエットする』と確かにそう言っていたんだね?」
「あ、あぁ…」
「…め、ないと…」
「え?なんて…?」
「今すぐ彼女を止めないと…っ!!!ごめんっ、ポセイドンくん!!先にトレーニング場へ向かうよ!!」
「えっ!?はぁ!?ちょ、ちょっと待てジジイ!そんなに慌てて、一体どうしたんだよ!?」

なまえちゃんの元へと走り出す私を止めようとポセイドンくんが前方に回り込んでくる。 今すぐ彼女の元へ向かいたいのに…!先に進めないもどかしさから私はつい声を荒げてしまった。

「これが慌てずにいられるかい!?なまえちゃんは痩せようとしているんだろう!?」
「そ、そうだけど…!それの何が慌てる理由になるんだよ!?」

私の声と比例して、ポセイドンくんも段々と声量が大きくなってくる。 お互いヒートアップしてしまって収拾がつかなくなりそうだが、ここは引けない…!

「なまえちゃんが痩せてしまったら…」
「…なまえが痩せたら?」
「…あの気持ちの良い柔らかな体じゃ無くなってしまうじゃないか…っ!!!!」
「は、はぁぁぁ!?!?」

本日最大音量のポセイドンくんの声が廊下にこだまする。 辺りにはチラホラと魔物の姿が増えてきていて、彼のあまりの大きな声になんだなんだと騒ぎ始めている。

「本当にお前はなまえのことになるとポンコツだな!!!」
「ぐっ…なんとでも言うがいいさ…っ、年甲斐がないのは重々承知の上だからね…っ!!!」
「開き直りやがったこのジジイっ!!…なんか必死になってる自分がバカらしくなってきたわ」

ハァとため息をひとつ吐き、冷静になった彼はパッと横にずれて私に道を譲ってくれた。 なまえにはあとで謝っとくわ…そう言って彼はこの場を去ろうとする。 そんな彼の後ろ姿がなんだか寂しそうに見えて、私は咄嗟に言葉を投げかけた。

「ポセイドンくんっ!今度の休みになまえちゃんと3人で、どこか遊びに行かないかい!」
「…ジジイも来んのかよ、…ったく、全部ジジイの奢りだからな!!!」

彼はこちらに視線を寄越し悪態をつくと、くるりと背を向けまた歩き出す。 ポセイドンくん、少しは元気になってくれたかな…そんな私の心配を感じ取ってくれたのか、彼は背を向けたまま手を振ってくれて、私はホッと胸をなでおろす。 …よし、とりあえず今はなまえちゃんの元へ急ごう!!そして私は、トレーニング場へと急ぎ足で向かうのだった。




「…なまえちゃんは、いるかい!?!?」

バンッ!!と大きな音を立ててトレーニング場の扉を開け、なまえちゃんの姿を探す。 はりとげくん、ミノタウロス、姫の3人と一緒にこちらを見て驚いている彼女を見つけて私はすぐに彼女のそばへ駆け寄った。

「えっ!?れ、レオ君!?どうしてここに!?今日から出張なんじゃ…?」
「予定が変わってね、出張は来週からになったから戻ってきたんだよ…それよりも、」

突然の私の登場に困惑している彼女に、帰ってきた理由を簡潔に話す。 勇者の進行のことなど話す時間すら惜しい。 今はそんなことよりも、確認しなければならないことがあるのだ…!

「なまえちゃん!ポセイドンくんから聞いたよ…!ダイエットしようとしてるんだって!?」
「えっ!?あ、いや、その…」
「そりゃあ適度な運動は必要かもしれないけれど…無理して痩せる必要なんてないよ!!!」
「で、でも…このままだと私…レオ君に見捨てられちゃうと思って…」

消え入るような小さな声で呟く彼女があまりにも可愛くて、胸がきゅうっと締め付けられる。 私がなまえちゃんを見捨てる…そんなこと有り得るわけが無いのに、私に見捨てられまいと必死になってくれたという事実が嬉しくて堪らない。

「バカだなぁ…」
「えっ…?」

俯く彼女にありったけの愛情を込めて囁く。 そして、私の声に顔を上げる彼女の頬をそっと優しく包み込み、コツンと額を合わせて、彼女の視線を独占した。 最初は不安げに揺れていた瞳も、しばらくすると安心したのかいつもの愛くるしいキラキラした瞳へと変わり、私もホッと安堵する。

「私がいつ、君を見捨てるだなんて…言ったんだい?」
「…で、でも、レオ君も、太った私なんて…嫌でしょ?」
「私は君がどんな姿になっても、大好きなのに変わりないよ」
「…ッ!!」

我ながらなんて臭い台詞だろうと思う。 しかし本心なのだから仕方ない。 少し前まではこんな歯の浮くような台詞が自分の口から出てくるなんて考えもしなかったのに、彼女を前にすると言わずにはいられなくなってしまうのだ。 私の言葉に頬を赤くし、そっと手を重ねてくれる彼女が本当に愛しくて堪らない。

「…ずるいです、そんな風に言われたら、私、その言葉に甘えちゃいますよ…?」
「ふふふ、いくらでも甘えてくれて構わないよ」
「〜〜ッ!!もうっ!!ムチムチに太っちゃっても知らないですからね!?」
「ムチムチのなまえちゃんも見てみたいなぁ」
「…っ!?…ハァ、なんだか悩んでた私が馬鹿みたいです」

彼女のあまりに可愛い反応に、つい意地悪を言ってしまいたくなる。 手の中にある柔らかな頬をふにっと掴めば、私に対抗する気が失せたのかハァとため息をこぼす彼女に少し罪悪感を感じるも、なんとかダイエットを諦めてくれたことに私はホッと胸をなでおろした。

「…あー、お取り込み中に悪いんだが…」
「ッ!?…あっ、ご、ごめん皆…勝手に盛り上がっちゃって…!!」
「ごめんよ、私が突然現れたばかりに…!君たちはなまえちゃんに協力してくれてたんだね」
「あー…まぁ、そうなんだけどよ、…もう必要なさそうだな?」
「ご、ごめんね…お騒がせしました…」

はりとげくんとミノタウロスは、頭を下げるなまえちゃんに怒るどころか『誤解が解けて良かったな』なんて優しい言葉をかけていて、思わず私も『良かった良かった』と彼女の頭を撫でてしまった。 嬉しそうに笑う彼女に胸がほっこりと暖かくなる。 一件落着、そんな雰囲気になったのも束の間、今まで黙っていた姫が突然口を開いた。

「ねぇ、私思ったんだけど…」
「ど、どうしたの?姫…?」
「な、何か悩み事かい…!?」
「悩みなら、オレ達が聞くぞ…?」
「あぁ、何でも相談してくれよな…!」

あまりに深刻そうな表情で話し出す姫に、皆それぞれ心配の言葉をかける。 一体何を話しだすのだろうか…謎の緊張感があたりを包む。 ゴクリと誰かの喉が鳴る音が聞こえた気がした。

「…なまえちゃんが太ったのって、レオ君のせいじゃない?」
「えっ?」
「わ、私の…?」
「ど、どうしてだ?」
「あくましゅうどうしが、太った原因…?」

先程までの緊張感がプツンと切れる。 姫の言葉に、私はポカンと口を開けてしまった。 他の皆も同じ反応のようで、訳がわからないという表情で固まっている。

「姫、それってどういう…?」
「だってレオ君、いつも何かくれるでしょ。 私が前に太っちゃったときも変わらず食べ物くれようとするから、怒ったことあるよ?」
「えっ!?た、確かに、姫には一度怒られたことがあるけど…で、でもなまえちゃんにまで、そんな、餌付けみたいなことは…して、ない、はず…」
「あー…そう言われると、饅頭やらおはぎやら、何かしら分けてるのをよく見かける気がするな…」
「なっ!?!?」

まさかの展開に、私は焦りを隠し切れずわたわたと慌ててしまう。 彼女が美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて、つい色々な食べ物をあげていたけれど…今そんなことを言われたら、きっと彼女はまたダイエットをすると言い出すじゃないか…!それはまずい!!なんとか誤魔化す方法は無いだろうか…そんな考えが頭をよぎったその時、ポツリとなまえちゃんが何かを呟く。

「…せ、なきゃ…」
「えっ?あ、あの?なまえちゃん…?」
「痩せなきゃ!!!元の体型に戻らないと!!!」
「えっ!?!?」

予想通りの展開に、思わず声を上げてしまった。 思った通り、彼女はダイエットすると言い出して私の焦りは更に増していく。

「レオ君、私からこんなこと言うのもおこがましいんだけど…今日からしばらくの間、私に食べ物を与えないでください…!!」
「ええ!?なまえちゃん!?」
「このままだと、おデブちゃん真っしぐらなんです…!!だから止めないで、レオ君…!!」
「そっ、そんな!さっきはもうダイエットはしないって…!」
「ごめんなさい!レオ君!!」
「あっ!こら!待ちなさい!!!」

なんとか説得しようとするも、ピューっと逃げ出す彼女を必死に追いかける。 お互いに走り回り、息が切れ切れになりながらも、言い合いは止まらない。

「どうしてっ、そんなにっ、ダイエットに反対するんですかっ!」
「わ、私は反対しているんじゃなくてっ、無理に痩せなくても良いって、言ってるんだよ!」
「私っ、別に無理してないですっ、痩せたいって本気で思ってるんですっ!」
「…っ!でもっ、食べたいものを我慢したり、大変なんだよっ、それでもいいのかいっ?」
「…っ!なんでそんなやる気を削ぐようなことっ、言うんですかぁ!!!」
「だ、だって…こうでもしないと…」
「…こうでもしないと、何ですかっ!?」

お互い一歩も引かない状況が続いていたが、彼女からの鋭い睨みに、私は思わずウッと動きを止めてしまった。 しかしこんなところで諦めるわけにはいかない…!私には彼女を止めなければならないという確固たる信念があるのだ…!そう心の中で決意し、彼女の問いかけに答えようと口を開く。

「なまえちゃんの、や、柔らかい体が、無くなるかと思うと…止めずにはいられなくて…!!」
「〜〜っ…!もうっ!!!またそんなずるい言い方して…っ!今度は惑わされません!減量の敵!!おじいちゃん!!!」
「えぇっ!?」

先程とは違い、簡単には流されない彼女に焦りは更に増していく一方で。 このあとも必死に説得を試みるも、中々話がまとまらない。 しばらく言い争いが続いたが、『体の柔らかさをキープしたままの減量』を条件にダイエットすることを了承することとなった。 私としては体重を減らす必要なんてないと心の底から思っているのだが、そこは譲れないという彼女の強い意志を尊重した結果である。 不満が残っているのか少し険しい表情をするなまえちゃんが目に入るが、気が付かないフリをした。

「とげちゃん!ミノちゃん!トレーニング付き合って!」
「はいはい…」
「ったく…やるからには、しっかりやれよ?」
「うん!まかせて!!」
「…疲れたらすぐに言うんだよ?怪我しないように気をつけて…それから…」
「ああああん!もう!!レオ君の心配性〜〜っ!!」

あれこれと世話を焼こうとする私に痺れを切らした彼女の叫び声がトレーニング場に響き渡る。 半泣き状態の彼女に少し罪悪感を感じながらも、からかい甲斐があるなぁ、なんて思ってしまう自分がいて思わず苦笑い。
真剣な表情でランニングをするなまえちゃんを見て、思う。 何事にも全力で一生懸命に取り組む彼女は、誰が見ても美しく、可愛らしい女性だと。 キラキラ光る汗を流しながら走る彼女を見て、より一層好きな気持ちが膨らんだのだった。



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