CHAPTER 03 /
12「何が男のロマンよッッ!!」


「はぁっ、はあ…っ!!」

額から流れる汗もそのままに、私は今、必死に走り続けている。 日頃使っていない太ももの筋肉や息切れした肺が悲鳴を上げているが、そんなの構っちゃいられない…!今の私には重大なミッションが課せられているのだ。

「なぁ、あれって…おんなドラキュラ、だよな?」
「あ、あぁ…どうしてこんな所に…」
「なまえちゃん、がんばれ〜」
「うわっ!?姫!?」
「ど、どうして、姫までこんな所に!?」
「なまえちゃんの応援をしに来たの」
「お、応援…?」
「ど、どういうことだ?」

とげちゃんとミノちゃんと姫、3人の会話が耳に入るが私は構わず走り続ける。 ここは魔王城内のトレーニング場。 ランニングマシンやアイアンスライムなど、様々なトレーニングアイテムが揃っている施設だ。 私は滅多に利用することは無いのだが、今は緊急事態。 藁にもすがる思いで、このトレーニング場へと駆け込んだのだった。 私がこんなにも必死になって走り込んでいる理由、それは…

「なまえちゃんね、ダイエット中なんだって」
「え!?だ、ダイエット!?!?」
「おんなドラキュラが…!?」

そう。 姫の言う通り、私はただ今絶賛ダイエット中なのである。

「でも、一体どうしてダイエットなんか…?」
「そうだよな…正直、必要ないというか…」
「だよね、私もそう思う」

次に聞こえた3人の話し声に今度は思わずピクッと反応してしまう。 …必要ない、だって?それは聞き捨てならない…私はランニングマシンを止め、首に掛けたタオルで汗を拭いながら今だに会話を続ける彼らへとずんずんと近づいていった。

「男からすれば、あれくらい肉付きが良くて健康的な方が…」
「わかる…!男のロマンだよなぁ!」
「何が男のロマンよッッ!!!!」
「ぐえっ!!!」
「ミノタウロスーーッッ!!??」

私の投げたアイアンスライムがミノちゃんの後頭部に直撃する。 呻き声を上げて膝から崩れ落ちる彼を恨めしげに見つめながら、私は彼らの前に立ちはだかった。

「おんなドラキュラ!?突然どうしたんだよ!?」
「痩せなきゃ!駄目なの!!絶対に!!!」
「えっ、いや、悪いけど、オレにはお前が太ったようには全く見えねーし…」
「とげちゃん!!!一体どこに目ついてるの!?ほら見て!この二の腕ッ!!!ぷにぷにだよ!?」
「えっ!?そ、そんなこと自慢気に言われても…いつもと同じようにしか…」
「いつもぷにぷにだと思ってたってこと!?!?」
「だぁぁあ!!話が噛み合わねぇーッ!!!!…姫!!どうせ何か事情知ってるんだろ!?面倒くさいから話してくれよ!」
「ウン、わかった。 あのね、全部裸族が悪いんだよ」
「姫に聞いたオレが馬鹿だった…ッ!!」
「ぬ!とげちゃん失礼!!」

ハァとため息を吐いて頭を抱えるとげちゃんに姫は心外だとばかりに頬を膨らませる。 確かに姫の説明だと何のことやらサッパリかもしれないが、あながち間違いではない。

「ポセイドンくんが全て悪いとは思ってないけど…彼がきっかけっていうのは間違ってないよ…!」
「そ、そうなのか?…一体なにがあったんだよ?」

心配した表情でこちらを伺うとげちゃんの様子に、私はポセイドンくんとの会話を頭に思い浮かべる。 そう、全てはあの裸族…ポセイドンくんが発した一言から始まったのだ。




「はぁ〜やっぱり美味しいなぁ、魔王城らぁめん」
「ねぇなまえちゃん、私の茶碗蒸しもあげるから、ちょっとちょうだい?」
「いいよ〜!ちょっと待ってね」

それは今日のお昼時。 私と姫はふたり仲良く食堂でランチを堪能していた。 姫からお互いのメニューを分け合いっこしようと提案があり、私はすぐさまOKする。 小さいお椀に麺とスープをよそって、トッピッグのチャーシューとネギもお裾分けし、どうぞと姫に手渡した。

「熱いから、気をつけてね?」
「おぉ…!チャーシューとネギも乗ってる!ありがと、なまえちゃん」
「ふふ、どういたしまして」
「茶碗蒸しはどうする?器によそう?」
「んーひと口でいいんだけどなぁ」
「それじゃあ…はい、あーん」

スプーンに大盛りに乗せられた茶碗蒸しが目の前でぷるぷると揺れている。 私は堪らず、パクリとスプーンにかぶりついた。

「…ん〜!!美味しい!!出汁が効いてて、本当に美味しいよね!ここの茶碗蒸し!」
「ウンウン。 これだったら私、いくらでも食べられるよ」
「ふふっ、この間レオ君に同じこと言ったら、私はひとつで十分だよ…って青ざめてたなぁ」
「レオ君、胃袋もおじいちゃんなんだね」
「その見た目とのギャップが良いんだよ〜!…うぅ、ひと口食べたらもっと食べたくなってきた…!茶碗蒸し、追加しちゃおうかなぁ」
「しちゃえしちゃえ」
「いっちゃう?いっちゃう?」

姫との楽しいやりとりに浮かれた私は、本当に茶碗蒸しを追加しようかと腰を上げるが、何やら視線を感じる。 キョロキョロと辺りを見渡すと、テーブルに頬杖をつき行儀悪く足を膝に乗せながら、私をじーっと見つめるポセイドンくんがいて、私は頭にハテナを浮かべた。

「?ポセイドンくん、どうしたの?」
「なまえ、お前さ」
「うん?」
「…太ったんじゃねぇ?」
「え…?」

ピシャーンと雷が落ちるような感覚が身体中に走る。 『太ったんじゃねぇ?』ポセイドンくんの言葉に私は思わず頭を抱えてしまった。 …え、?太っ、た?私が…?

「き、気のせいじゃ…?」
「気のせいじゃねぇ、絶対太ってる!」
「そ、そんなことないよ!あ!そ、そうだ!冬だし着膨れてるだけかも!最近インナーの枚数増やしたから、きっとそのせい…」
「いーや、絶対に太った!!俺には分かる!」
「な、何でそんなに自信満々なの?私のスリーサイズや体重も知らないくせに!ハッ!もしかして…!私のこといつも見てるから分かっちゃうとか言うんじゃないよね!?」
「なっ!?…そ、そんなわけねーだろ!!バーカ!自意識過剰!お前なんか、ぶくぶくに太ってジジイに見捨てられちまえ!!」
「ッ!?」

言いたい放題言ってプンスカ怒りながらこの場を去るポセイドンくんの背中を呆然と見つめる。 何故あんなにも彼が怒っているのか私にはサッパリ分からないが、そんなことよりも…先程のポセイドンくんの言葉が頭から離れない。

「…何だったんだろうね。 裸族の言うことなんて、気にしない方がいいよ…なまえちゃん?」
「レオ君に、見捨てられる…?」
「(あ、本気にしちゃった)」

『なんてだらしない体なんだ…君はもっと自己管理が出来る子だと思っていたのに…ガッカリだよ』

そう言ってハァとため息を吐きながら、私を見下すレオ君が頭の中に浮かんできて、ゾッとする。 その目は軽蔑しているとでも言うように冷淡で、自分の想像力の豊かさが今は恨めしくなった。

「(確かに年末年始もあって、ここ最近は食べ過ぎていたかもしれない…それにレオ君と両思いになれたことに慢心して、完全に気が緩んでいた…!)」
「なまえちゃん、らーめん伸びちゃうよ?…おーい?」
「(…このままだと本当にレオ君にだらしの無い女だと思われて、捨てられちゃうかもしれない…!!そんなの…そんなの絶対…っ!)」
「食べないの…?私が食べていい?」
「駄目!!!!!!」
「わっ、びっくりした…やっぱり食べたいんだね。 早く食べないと伸びちゃうよ?」
「えっ?…あ、ご、ごめん、私ったら、自分の世界に入っちゃって!あれ?姫、らーめん欲しいの?欲しいならあげる…!」
「え?いいの?」
「うん…ッ!私、今日からダイエットすることにしたから!!!」
「(『明日から』じゃないところが、なまえちゃんらしいな)」

メラメラとやる気が燃え上がる。 見てろよ〜!ポセイドンくん!!タイミングの良いことに、レオ君は今日からしばらくの間、出張なのだ。 彼が帰ってくるまでに絶対に痩せてやる…!!そしてあわよくば、スタイルが良くなった私をレオ君が惚れ直してくれないかなぁ…なんて考えて、俄然やる気がアップする。 よーし!目指すは、悩ましいほどの愛されボディだ!!…こうして地獄のダイエットの幕が開けたのである。




「…というわけなの」
「…なるほどな、話は大体わかった」
「ひどいよねぇ、乙女に向かってそんなこと言うなんて。 本当デリカシーないよ、あの裸族」
「ま、まぁ、何か訳があったのかもしれねーし…とにかく!おんなドラキュラは本気で痩せたいんだな!?」
「うん!痩せたい!!」
「それじゃあ、オレ達も協力するから…おい!ミノタウロス!!いつまで寝てるんだよ!起きろ!」
「…ハッ!俺は一体…?」
「ミノちゃん、ごめんね…ついカッとなっちゃって…えへっ」
「お前はどこぞの凶悪犯かよ!!!ったく…よくわかんねーけど、ダイエットするんだろ?ほら、一緒にトレーニングしようぜ」
「ふふ、ありがと!ミノちゃん!」
「良かったね、なまえちゃん」

ブツブツと文句を言いながらも、何だかんだ許してくれるミノちゃん、ダイエットの理由を聞いて協力してくれるというとげちゃん。 ふたりの優しさに、私と姫は目を合わせて微笑み合う。 よし…!強力な助っ人も加わった!これで理想のボディへと、一歩前進だ!

「それじゃあ、まずは痩せたい部位はどこか、それによってトレーニング方法は変わるから…」

バンッ!!!

とげちゃんのダイエット講座が始まろうとしたその時、突然トレーニング場の扉が大きな音を立てて開かれる。 私たちは反射的に扉へと視線を向けた。

「…なまえちゃんは、いるかい!?!?」
「えっ!?れ、レオ君!?どうしてここに!?今日から出張なんじゃ…?」

なんと現れたのはレオ君で、私は驚きを隠せない。 とげちゃん達も驚いたのか口をあんぐりと開けている。

「予定が変わってね、出張は来週からになったから戻ってきたんだよ…それよりも、なまえちゃん!ポセイドンくんから聞いたよ…!ダイエットしようとしてるんだって!?」
「えっ!?あ、いや、その…」
「そりゃあ適度な運動は必要かもしれないけれど…無理して痩せる必要なんてないよ!!!」
「で、でも…このままだと私…レオ君に見捨てられちゃうと思って…」
「バカだなぁ…」
「えっ…?」

バカという言葉とは裏腹に、彼の声はとんでもなく穏やかで、しゅんと縮こまっていた私はパッと顔を上げる。 その瞬間、私の頬を優しく包み込み、コツンと額を合わせてくる彼に胸がキュンと高鳴った。 優しい眼差しで私を見つめる彼の瞳が、食堂で想像した冷淡な瞳とは全く真逆のもので、私は思わずホッと胸をなでおろす。

「私がいつ、君を見捨てるだなんて…言ったんだい?」
「…で、でも、レオ君も、太った私なんて…嫌でしょ?」
「私は君がどんな姿になっても、大好きなのに変わりないよ」
「…ッ!!」

超至近距離でこんなに甘いセリフを言われてしまっては、私に抗う術はない。 私は降参とばかりに、今だに私の頬を包む彼の手に自分の手を重ねた。

「…ずるいです、そんな風に言われたら、私、その言葉に甘えちゃいますよ…?」
「ふふふ、いくらでも甘えてくれて構わないよ」
「〜〜ッ!!もうっ!!ムチムチに太っちゃっても知らないですからね!?」
「ムチムチのなまえちゃんも見てみたいなぁ」
「…っ!?…ハァ、なんだか悩んでた私が馬鹿みたいです」

呑気にニコニコと笑いながら、私の頬をふにっとつまんでくる彼に、思わずハァとため息がこぼれる。 先程まで悩んでいた自分が嘘みたいに綺麗さっぱり無くなって、気持ちが軽くなった。

「…あー、お取り込み中に悪いんだが…」
「ッ!?…あっ、ご、ごめん皆…勝手に盛り上がっちゃって…!!」
「ごめんよ、私が突然現れたばかりに…!君たちはなまえちゃんに協力してくれてたんだね」
「あー…まぁ、そうなんだけどよ、…もう必要なさそうだな?」
「ご、ごめんね…お騒がせしました…」

ペコペコと頭を下げる私に、とげちゃんとミノちゃんは『誤解が解けて良かったな』と笑ってくれた。 …本当になんて優しい子たちなんだろう。 彼らの優しさに感動する私に、レオ君も『良かった良かった』と頭を撫でてくれて、私は思わず満面の笑みを浮かべた。 そんなほんわかした雰囲気の中、ずっと黙り込んでいる姫が目に入り、私はどうしたんだろうと首をかしげる。 何かを考え込むように顎に手を当てている姫に、声をかけようとしたその時。 姫の口がゆっくりと開かれた。

「ねぇ、私思ったんだけど…」
「ど、どうしたの?姫…?」
「な、何か悩み事かい…!?」
「悩みなら、オレ達が聞くぞ…?」
「あぁ、何でも相談してくれよな…!」

姫のあまりに真剣な様子に、皆が焦ったように心配し始める。 意味有りげに言葉を途切らせる彼女に、私たちはゴクリと固唾を飲み込んで、次の言葉を待った。

「…なまえちゃんが太ったのって、レオ君のせいじゃない?」
「えっ?」
「わ、私の…?」
「ど、どうしてだ?」
「あくましゅうどうしが、太った原因…?」

まさかの言葉に、私たちは思わず固まってしまった。 …太ったのは、レオ君のせい?一体どういうこと!?訳がわからない私は、姫に真意を問いかける。

「姫、それってどういう…?」
「だってレオ君、いつも何かくれるでしょ。 私が前に太っちゃったときも変わらず食べ物くれようとするから、怒ったことあるよ?」
「えっ!?た、確かに、姫には一度怒られたことがあるけど…で、でもなまえちゃんにまで、そんな、餌付けみたいなことは…して、ない、はず…」
「あー…そう言われると、饅頭やらおはぎやら、何かしら分けてるのをよく見かける気がするな…」
「なっ!?!?」

姫ととげちゃんの言葉に焦り始めるレオ君を見て、私はうーんと考え込む。 確かにレオ君には沢山食べ物をお裾分けして貰っているが、本当にそれが原因だろうか…?そう思った私は、ここ最近の彼から与えられた食料を振り返ってみることにした。 地獄紅白饅頭に、レオ君特製おはぎ、ほっかほかの炊き込みごはん、魔界で人気のお取り寄せスイーツの数々…え、ちょっと待って、私こんなに色々食べてたの…?過去の自分の食欲に思わずドン引きする。 これだけ食べてれば、ポセイドンくんに太ったと言われるのも納得だ…!ごめんね、ポセイドンくん…!君は私のためを思って言ってくれてたんだね…!!

「…せ、なきゃ…」
「えっ?あ、あの?なまえちゃん…?」
「痩せなきゃ!!!元の体型に戻らないと!!!」
「えっ!?!?」
「レオ君、私からこんなこと言うのもおこがましいんだけど…今日からしばらくの間、私に食べ物を与えないでください…!!」
「ええ!?なまえちゃん!?」
「このままだと、おデブちゃん真っしぐらなんです…!!だから止めないで、レオ君…!!」
「そっ、そんな!さっきはもうダイエットはしないって…!」
「ごめんなさい!レオ君!!」
「あっ!こら!待ちなさい!!!」

何故か頑なに止めようとするレオ君を振り切り、私は彼から逃れようと必死に走り回る。 トレーニング場内をぐるぐると回りながらも、私たちの口論は止まらない。

「どうしてっ、そんなにっ、ダイエットに反対するんですかっ!」
「わ、私は反対しているんじゃなくてっ、無理に痩せなくても良いって、言ってるんだよ!」
「私っ、別に無理してないですっ、痩せたいって本気で思ってるんですっ!」
「…っ!でもっ、食べたいものを我慢したり、大変なんだよっ、それでもいいのかいっ?」
「…っ!なんでそんなやる気を削ぐようなことっ、言うんですかぁ!!!」
「だ、だって…こうでもしないと…」
「…こうでもしないと、何ですかっ!?」

意地悪なことを言うレオ君をギッと睨みつける。 私の睨みにウッとたじろいだ彼は一瞬動きを止めるが、そのあとすぐに何かを決心するような表情で、口を開いた。

「なまえちゃんの、や、柔らかい体が、無くなるかと思うと…止めずにはいられなくて…!!」
「〜〜っ…!もうっ!!!またそんなずるい言い方して…っ!今度は惑わされません!減量の敵!!おじいちゃん!!!」
「えぇっ!?」

私を喜ばせる天才か!!と突っ込みたくなるような甘い言葉に私はつい口調が荒くなってしまう。 このあとも押し問答がしばらく続いたが、『体の柔らかさをキープしたままの減量』を条件に、ダイエットすることを了承してもらうことになった。 …なんだか曖昧な条件だけど、それがレオ君の求める愛されボディなら、まぁいっか…となんとか自分を納得させる。

「とげちゃん!ミノちゃん!トレーニング付き合って!」
「はいはい…」
「ったく…やるからには、しっかりやれよ?」
「うん!まかせて!!」
「…疲れたらすぐに言うんだよ?怪我しないように気をつけて…それから…」
「ああああん!もう!!レオ君の心配性〜〜っ!!」

私の叫び声がトレーニング場に虚しく響き渡る。 私のダイエット生活はまだまだ前途多難になりそうだ…




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