CHAPTER 03 /
11「…言ったはずだよ、私も、同じだって」


「(ほ、本当に、入ってしまっていいのだろうか…)」

私はとある部屋の前で立ち止まったまま、動けずにいた。 じっと立ちすくむ私の腕の中には、呑気にすやすやと寝息を立てているなまえちゃんがいて、思わずハァとため息が出てしまう。

「(つい勢いでなまえちゃんの部屋まで来てしまったけれど…これは不法侵入になるんじゃ…)」

睡魔に息巻いてここまで来たものの、いくら恋人とはいえ、了承も得ずに部屋に入ってしまうのは気が引ける。 しかし酔って倒れた彼女を早くベッドに寝かせてあげたいという思いもあり、私はうだうだと悩み続けていた。

「んぅっ、…」
「ッ…っ!(な、なんて声を出すんだ…っ!!)」

優柔不断な私なんてお構いなしに、彼女は無意識に私を誘惑してくる。 薄く開いた唇から漏れる熱い吐息に思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。 『送り狼にならんようにな』先程の睡魔の言葉が頭の中で何度もこだましている。 このまま彼女を、胸の中に抱いておくのはあまりにも危険だ…!睡魔の言う通りになってしまうかもしれない…っ!

「(…大丈夫、ベッドに寝かせて、すぐに部屋を出ればいい。 そうだっ!これは彼女のためを思っての行動なんだ…!だから…)」

頭の中で部屋へ入る為の口実をずらずらと並べ立てる。 いい歳して情けない事この上ないが、そうして自分を正当化しなければこの状況を打開出来ないというのが本音だった。 何とか部屋へ入る決心をして、私は扉の取っ手に手を掛ける。 ガチャリと簡単に開く扉に戸締りについてもしっかり言い聞かせないと…なんて心配事がまたひとつ増えたことに、ハァとため息を吐きながら、彼女の部屋へと一歩踏み込んだ。

「お邪魔します…」

そっと呟き入った先にはテーブルやソファ、観葉植物などが置いてあるリビングが広がっていた。 奥にはキッチンも見える。 ここがなまえちゃんが生活している部屋…そう思うと何だかそわそわと落ち着かなくて、早くベッドを探そうと辺りを見渡す。

「(ソファは2人掛け…寝るには少し狭いだろうし…扉が2つ、どちらかが寝室か…)」

2つの扉を交互に見つめる。 見た目は同じで、どちらが寝室かは判断が出来なかった。 こうなれば当てずっぽうだ。 私は向かって左側の扉へと向かう。

「(ごめんね、なまえちゃん…開けさせてもらうよ…!!)」

心の中で謝罪し扉の取っ手を掴む。 大きな音を立てないように少しだけ扉を開けて中を覗き込むと部屋の中央にベッドが見えて、ドキリと胸が熱くなった。 やはり女性の寝室に無断で入るなんて、やめた方が良いのでは…!?そんな考えが頭の中に浮かんで思わず尻込みしてしまう。 扉の先へ中々踏み出せずにいると、もぞもぞと腕の中のなまえちゃんが身じろぎ始めたので、起こさないよう息を潜めるが、あろうことか彼女はギュッとしがみつき柔らかな身体を惜しげも無く密着させてきた。

「んっ、あったか、い…」
「…っ!!」

肌寒いのかギュッとこちらにしがみついてくる彼女に、ムラムラと欲望が顔を出し始める。 ダメだ…!!本当にっ、このままの状態は良くない…ッ!早く彼女を寝かせて、ここから離れよう!!慌てて扉を押し開けて部屋の中へと入り込む。 その瞬間、部屋中から漂う彼女の甘い香りが鼻をくすぐり、思わずクラっとしそうになるがグッと踏ん張った。 何とか気を取り直してベッドへと進む。 しかし、ちらりと目に入ったチェストの上に見覚えのある小瓶が置いてあり、私はまた立ち止まってしまった。

「(あれは…っ!私がプレゼントした、金平糖の…ッ!!)」

瓶を捨てずに飾っていてくれたことが嬉しくて、思わず胸がキュンとなる。 ベッドまでのたった数歩の間に、何度私をときめかせれば気がすむのか…つい浮かれてしまいそうになるのを掻き消すかのように、頭をブンブンと振る。 そして止まったままだった足をずんずんと動かし、ようやく辿り着いたベッドになまえちゃんをそっと寝かせた。

「(よし…これで大丈夫。 あとは今すぐ部屋を出るだけだ…!)」

誘惑が多すぎてこれ以上ここに留まっていては何をしてしまうか分からない。 名残惜しいがさっさと食堂へ戻ろう。 そう心に決めて、扉の方へ向き直る。 誘惑に耐えた自分へのご褒美に今日は飲み明かそうか…そんなことを思いながら、足を踏み出した、その時。

「れお、く、ん…」
「(…っ!!…い、今、レオ君って…!!)」

聞こえてきた可愛らしい寝言に、反射的にくるりと振り返る。 そして視界に入った彼女の寝顔があまりにも幸せそうで、またもやきゅんと胸が締め付けられる感覚に襲われた。 あまりの愛おしさに思わず彼女の頬へ手を伸ばしてしまう。

「(そんな顔で、私の名前を呼んで…っ、こんなことをされたら…帰りたく、なくなっちゃうじゃないか…)」

手の平にスリスリと頬を寄せてくる彼女が、愛しくて愛しくて堪らない。 …もう少しだけ。 このまま彼女のそばにいても、いいだろうか…?心の中で誰に言うともなくそっと呟く。 ベッドの脇に座り、彼女の寝顔を覗き込む。 一体どんな夢を見ているのだろう?夢の中でも私たちは恋人になれているだろうか?なんて彼女の夢までも独占したいと思い始めている自分に気づき、ズキンと胸が痛んだ。

「(本当に欲深い自分が嫌になる…私の気持ちがこんなにも重いものだと、きっと彼女は分かっていないだろうな…)」

私の気持ちと彼女の気持ち、重みが全く違うのではないか…何度も同じ事で頭を悩ませる自分に嫌気が差す。 お得意のマイナス思考がそろりと顔を出し、負のスパイラルに突入しそうになった、その時。 なまえちゃんの瞳がパチリと開く。 彼女の突然の目覚めに思わず頬に添えた手をパッと引っ込めた。

「んっ…あ、れ…ここ…私の、へや?」

何回か瞬きをしたあと、ぼんやりと天井を眺めるなまえちゃんは、私の存在には気づいていないようだ。 そのまま黙って何かを考え込む仕草をしたあと、こめかみを押さえる彼女に、私は咄嗟に声をかけようとするが、ぽたぽたと彼女の瞳から涙が溢れてくるのが見えて思わず口を閉じる。 …なっ、泣いてる!?ど、どうして…!!彼女の涙の理由を聞こうと、また口を開こうとするが、それよりも先に彼女の叫び声が部屋に響き渡った。

「ひっく、…っ、れ、レオ君に、嫌われちゃう…!!っ、どうしよう〜…っ!!!」
「…ッ、あ、あの、なまえちゃん?」
「っ!?!?」

おそらく部屋にひとりだと思って叫んでしまったであろう彼女に申し訳ない気持ちになりながらも、私は恐る恐る声を掛ける。 すると彼女はビクリと体を強張らせたあとゆっくりとこちらへ視線を向け、目が合うとバッと起き上がり慌てて口を開いた。

「えっ…えっ、?れ、レオ君?ど、どうしてここに…って、ご、ごめんなさい、私、お酒、飲まないって約束…っ、破っちゃったかもしれなくて、その…!」
「ちょ、ちょっと待って!!ストップストップ!!」
「…っ!すみません、私、何も覚えていなくて…っ」
「うん、大丈夫だから…一旦、落ち着こう?」

なまえちゃんのあまりの慌てっぷりに思わずストップをかける。 彼女を落ち着かせる方法は何か無いか…そう考えたその時、あることを思い付いた。

「…そうだ、なまえちゃん。 キッチンを借りてもいいかい?」
「えっ!?は、はい…どうぞ、部屋を出て左の奥です…」
「ありがとう、ちょっと待っててね」

バタンと後ろ手に扉を閉め、リビングの奥にあるキッチンへと早足で向かう。 綺麗に整頓されたキッチン棚を見回すと、すぐに目当てのものが見つかりホッと一安心した。

「(…こういう時は、温かい飲み物が1番だ。 ホットココア…よく魔王様にも作ったなぁ)」

思い出に浸りながらコンロに火をつける。 おかわりをするかもしれないから、少し多めに作っておこう。 そう思い先程見つけたココアパウダーを、少し多めに小鍋に入れて軽く煎る。 そこにミルクを少しずつ加え、白と茶色がぐるぐると混ざり合っていく様子をぼんやりと見つめながら私はふと考えた。 …予想はしていたが、やはり彼女は覚えていなかった。 お酒を飲むと記憶が飛ぶのはいつものことだから仕方ない…分かってはいるが、何だかやるせない気持ちになってくる。

「(私に触れたい、そう言ってくれたのは本心だったのだろうか…)」

私だけが彼女の言葉や仕草に一喜一憂している気がして、思わずハァとため息がこぼれる。 彼女にとって私とのやりとりは、すぐに忘れてしまえるほどの取るに足らない出来事なんじゃないか…そんなネガティブな考えが浮かんできて、ハッとする。

「(ダメだダメだ!こんな暗い気持ちじゃ美味しいココアなんて作れない…!覚えていないなら、仕方ないじゃないか…わざわざ蒸し返す必要もない、そうだ、このままこの話題には触れないでおこう…!)」

何とか気持ちを切り替えて、ココア作りに専念しようと目の前の鍋に意識を集中させた。 温まってきたココアの中に砂糖を入れて、焦げないようにくるくるとかき回す。 沸騰する直前に鍋を火から下ろし、食器棚から取り出したマグカップにコポコポと流し込むと、優しい香りがふわりと湯気に乗ってやってくる。 冷めないうちに持って行こう、私はマグカップを片手に寝室へと急いだ。




「なまえちゃん、入るよ?」
「はっ、はい!どうぞ!!」

コンコンとノックをして問いかけると、すぐに返事が聞こえる。 部屋に入ってくる私を不思議そうに見つめる彼女に、はいどうぞ、と手元のマグカップを差し出した。

「勝手に作っちゃってごめんね、ホットココアなんだけど…」
「あ、ありがとうございます…!!」

ふーふーと息を吹きかけ、こくりとココアを飲み込む彼女をジッと見つめる。 美味しいと言ってくれるだろうか…そんな私の不安をかき消すかのように、彼女はパッと顔を上げて瞳をキラキラと輝かせる。

「…ッ!!何これっ、美味しい…っ!」
「本当かい?お口に合ったみたいで良かったよ」

こくこくと飲み干す勢いの彼女に嬉しくなって、思わず頬が緩んでしまう。 そんな私に気付いたのか、彼女は照れたように慌てて口を開いた。

「こ、このココア…ここのキッチンにあったココアパウダーで作ったんですよね?」
「うん、そうだよ。 いつもと違ったかい?」
「はい…私が作るのとは全くの別物でビックリしました…!!」
「実はちょっとしたコツがあってね…最初にココアパウダーを鍋で煎ると、香ばしさやカカオの風味が増すんだよ」
「すごい…!そんな方法があったんだ…!」
「私も初めて試した時は驚いたなぁ…魔王様が甘いココアが大好きでね。 彼がまだ小さかった頃、たっぷり砂糖を入れてよく作っていたんだ」
「ふふ、タソガレくん、甘いの大好きですもんね」

コロコロと表情を変えながら会話する彼女が可愛くて、私もつい笑顔になってしまう。 マグカップの中身が少なくなっていることに気づいたのか、しょんぼりする姿には思わずクスッと声を出して笑ってしまった。 こんなこともあろうかと、多めに作っておいて良かった…。

「多めに作ってあるから、おかわりするかい?」
「…私の彼氏、完璧すぎて、無理、尊い…」
「えっ?、あ、あの、なまえちゃん…?」
「おかわり、頂きます!!でも、自分で取りに行きますから…!病人でも無いのにすみません…」
「そんなの気にしなくていいのに…それに君は酔って倒れたんだから、安静にしていないと…!」
「えっ?」
「…あっ!」

しまった!と思うが、時すでに遅し。 新年会でのことには触れないでおこうと思っていたのに、墓穴を掘ってしまった…何をやってるんだ私は…!!!呆然と固まる彼女に何と声を掛けようかと考えるが、良い言葉が見つからない。 うだうだとする私よりも先に彼女の口が動いた。

「レオ君、ご、ごめんなさい…!私、絶対飲まないって約束したのにっ!」
「あっ、いや、その…っ!」
「本当に飲むつもりなんて無かったんです…!でも、どうして飲んでしまったのか、全然思い出せなくて…」
「うん…!それは分かってる!分かってるからッ!」
「幻滅…しましたよね、?酔って記憶を失くすなんて、良い大人が情けないです…、でも、私、レオ君に嫌われたら…っ!」
「っ!?ちょ、なまえちゃん、っ!?お、落ち着いて、うわッ!?」
「ひゃっ!?」

突然グイッと引っ張られる感覚に抵抗出来ず、私はそのままぐらりとベッドへと倒れ込む。 思わず閉じてしまった瞳をゆっくりと開けると、目の前にはなまえちゃんの整った顔があり、私は息を飲む。

「……」
「……」

透き通るような白い肌に、キラキラと光る大きな瞳、しなやかに伸びる長い睫毛、赤く血色の良い唇。 全てが絵画のように美しくて、私は時間も忘れて見惚れてしまった。 ジッと目が合ったまま、沈黙が続く。

「っ…!?ご、ごめんなさいっ、私、っ」
「ッ…!こ、こちらこそ、ごめんっ!!痛くなかった!?す、すぐに退くから、待って、…っ」

先に我に返った彼女の声でハッとする。 彼女に覆い被さっている状態の自分に気付き、急いで起き上がろうと両手をつくが、その腕をぎゅっと掴む感触に思わず動きを止めてしまう。 ちらりと視線を下に向ければ、こちらを見上げて頬を赤らめているなまえちゃんがいて、ドキッと胸が高鳴った。

「っ、なまえちゃん?」
「…あのっ、もう少しこのままじゃ、ダメ…ですか…?」
「なっ!?何を言って…!」
「すっ、少しだけでいいんですっ、お願いします…っ」
「ッ…す、少しだけだよ?」

おそらく無意識だろう潤んだ瞳で見上げてくる彼女のお願いを、私が断れるはずもなく。 俯けばすぐ下にジーッとこちらを見つめる彼女がいて、そわそわと落ち着かない。 私は視線をあちこちと変えながら、時間が過ぎるのをただジッと待つしか出来なかった。 …これは何かの拷問だろうか?少しも視線をそらそうとしない彼女に、耐えられなくなった私は思わず右手で彼女の視界を遮った。

「…見過ぎだよっ、なまえちゃん」
「わわっ、レオ君…?」

突然目の前が暗くなったことに驚きの声を上げるなまえちゃんだったが、すぐに黙り込み動かなくなってしまう。

「なまえちゃん、?、ど、どうしたの?大丈夫かい?」
「…な…さい」
「えっ?」
「ごめんなさい!!!!」
「えっ!?い、いきなりどうしたんだい!?」
「ぜっっっんぶ、思い出しました…っ!」
「ええっ!?お、思い出したって、今日の新年会での、その、あれや、これやを…」
「そうです…ッ!ほんっっっっとうに…多大なご迷惑をおかけして…っ!」

まさか全て思い出すなんて…っ!!というか、何故このタイミングで!?あまりに突然の展開に驚きを隠せない。 覚えていて欲しいと思っていたはずなのに、新年会での自分の恥ずかしい言動を思い出されたのかと思うと、居た堪れなくなってくる。

「あ、あの、なまえちゃん…ひとまず、起き上がってもいいかな…?」
「ハッ…!す、すみません!!私、自分のことばかりで…!!」

よいしょ、と起き上がり座ろうとすると、凝り固まった腰が悲鳴をあげる。 あいたた、と思わず腰をトントンと叩けば、彼女は慌てて私の隣に座り腰をさすってくれた。

「私、本当ダメダメですね…約束は破るし、自分の失態は覚えていないし…挙げ句の果てに、レオ君のことまた困らせて…!」
「あはは…確かに今日のなまえちゃんは、いつもより落ち着きがなくて、目が離せなくて…私としては大変だったけど…」
「ううう…本当にごめんなさい」

しゅんと落ち込むなまえちゃんを見て、私はなんて馬鹿なんだろうと自分を殴りたくなった。 私の勝手なお願いをきちんと守ろうとしてくれたなまえちゃんを怒る資格なんて、私には無い。 確かにハラハラさせられはしたけれど、彼女が取った行動を迷惑だとか嫌だとか、そんな風に思う訳が無いのに…

「レオ君」
「うん?どうしたの?」
「人前であんなことをしたのは、もちろん反省してるんですけど…」
「けど…?」
「あの時言ったこと、全部、私の本当の気持ちですからっ」
「えっ?」
「レオ君に触れたいし、触れて欲しい…欲求不満なんです、私」

そう言って私の太ももに触れる彼女に、情けなくもビクッと震えてしまった。 頭の中は先程の彼女の言葉で埋め尽くされている。 触れたいし、触れて欲しい…?彼女の甘い言葉が、何度も何度も再生されて、くらくらと目眩がしそうだ。 本当に彼女は私のどうしようもない悩みをいとも容易く掻き消してくれる…嬉しくてたまらなくなった私は、太ももに置かれた彼女の手にそっと自分の手を重ねた。 そんな私に、彼女はふにゃりと緩みきった甘い笑顔を向けてくる。 …っ、そんな顔をされたら、!

「…言ったはずだよ、私も、同じだって」
「え?…っ、んっ」

欲求不満。 それは私も同じだ。 いつだってなまえちゃんに触れたくて、仕方ないのに。 彼女のとろけるような笑顔を見たら、必死で抑え込んでいた我慢の限界を簡単に破られてしまった。 白く滑らかな頬に手を添えて、瞳を閉じる。 唇に当たる柔らかな感触に、ぞくっと身体に快感が走った。

「んっ、れお、くっ、んぅ」
「はぁっ、君が、いけないんだよ…っ、私がどれだけ、君に触れたいと思っているか…っ」
「…レオ君になら、もっと触れて貰いたい、です」
「っ…!全く、本当に君は…っ」
「あっ、んむっ」

キスの最中でさえ煽ってくる彼女に、私はどうにかなってしまいそうになる。 時折、彼女の口から漏れる熱い吐息にひどく興奮してしまって、何度も角度を変えて口付ける。 ちらりと片目を開けて彼女の顔を盗み見れば、頬を火照らせてとろんとした表情をしていて…僅かに残っていた理性のかけらがパキッと音を立てて崩れていく。 ただのキスではもう、我慢できない。 彼女の唇を舌でこじ開けようとした、その時。

『おーい、レオ。 いるか?』
『…お、おい、やはり邪魔しない方が…』

扉の向こうから睡魔と魔王様の声が聞こえ、私たちはピタッと動きを止める。 今の私には邪魔でしかない2人の登場にイラッとしたが、すぐになまえちゃんが私の首に腕を回し潤んだ瞳で見上げてきて、瞬時に思考から外の2人が消え去った。 まるでキスをせがむかのような仕草に、堪らずグッと腰を引き寄せ、視線を絡ませる。 もう少しで唇が触れようとしたが、またもや邪魔が入ってきてしまった。

『しかし、姫を蘇生しなければならないだろう?』
『そ、そうなのだが…(あいつを怒らせると、どうなることか…っ!)』
「…いま、姫の蘇生って…?」
「…聞こえたね」
「……」
「…教会に、向かおうか」
「…そうですね」

完全に冷静になった様子のなまえちゃんに、私はガックリと項垂れる。 このタイミングで蘇生なんて…一体何をして死んでしまったんだ姫は…!!!先ほどのキスで頭の中が悶々としていて、ついハァとため息をこぼしてしまう。 そんな私に気付いたのか、なまえちゃんはギュッと背中に抱きついて一言。

「っ、なまえちゃん?」
「…最後に充電ですっ、ぎゅーっ」
「っ、!」

彼女のあまりにも可愛らしい行動に、悶々とした気持ちはどこかへ飛んでいく。 いとも簡単にときめいてしまう単純な自分が恥ずかしくなった私は、熱い顔を隠すように思わず手で顔を覆った。

「…はいっ、充電完了!それじゃあ、行きましょうか!…って、あれ?レオ君!?ど、どうしたの?」
「…君には一生勝てる気がしないよ」
「ふふっ、何ですか、そのセリフ」

クスクスと笑う彼女が少し恨めしくて、ジトッと視線を向ける。 そんな私が可笑しかったのか彼女はニンマリと笑顔を見せたあと、グッと背伸びをして私の耳に唇を寄せ、甘い声で囁いた。

「…また、さっきみたいなキスしようね?」
「っ…なまえちゃん、?!?」
「あはは、レオ君、顔真っ赤っ」

とんでもない爆弾を食らい、思わず耳をギュッと押さえる。 …また、この子は私をからかって…っ!!真っ赤になる私を見て、あははと笑う彼女に恥ずかしさが込み上げて『もう行くよ!』と早足に扉へと向かう。 ドキドキと鳴る胸をどうにか落ち着かせようとするが、なかなか治りそうにない。 きっと目敏い睡魔には気付かれてしまうだろうな…そう考えると、奴の私をからかう憎たらしい顔が浮かびあがってきて、心底うんざりする。 どうやって誤魔化そうか…そんなことを考えながら、私たちは寝室を後にした。



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