CHAPTER 02 / Extra edition - スヤリス姫
「 Let me have a sweet dreams! 」


※ なまえちゃんとあくましゅうどうしさんが付き合い始めたばかりの頃のお話です。 (04と05の間くらい)





「む〜!」
「君で終わり?…ふぅ、ちょっと休憩」

ブラッシングを待つでびあくまの列が途切れたことを確認して、ふぅとひと息つく。 そして何度も改良を重ねたふかふかのベッドへとドサっと倒れこんだ。 すっかり住み慣れた牢の中には私が作り上げた安眠グッズが所狭しと並んでいて、ふと考える。 快適な眠りを求めてこの魔王城では沢山の無茶をしてきたけれど、誰ひとりとして私を邪険に扱うことなど無く、皆親切で優しくて…。 ずっと昔から続く人間と魔族の争いなんて、まるで嘘かのように過ぎていく日々を、気づかない内に大切に思うようになっていた。

「争いなんて、無くなればいいのにね」
「むー?」

なんのこと?と首を傾げるでびあくまの姿に敵意など全く無くて、思わずクスっと笑いが込み上げる。 そう、この城の魔物たちは皆こうなのだ。 人間への恨みや怒りなど微塵も感じない。 そんな彼らだからこそ、私は今ここで自由に暮らせているのだろう。

「あれ?姫?今日は牢から抜け出していないんだね、偉い偉い」
「あ、レオ君」

物思いに耽る私に牢の向こう側から声を掛けてきたのは、いつも何かと世話を焼いてくれるレオ君だった。 恐らく彼がこの城で1番私に甘い魔物だろう。 実の孫のように甘やかしてくれるので、私もつい甘えてしまうのだ。 そんな彼はガチャリと牢の扉を開けて中に入り、ある一点を見つめると、ハァとひとつため息を吐く。

「今回も派手にやったようだね…」
「向こうから掛かってくるから、つい反射的にやっちゃうんだよ」
「本当におばけふろしき達も懲りないなぁ」

よいしょとジジ臭い掛け声を出しながら、私が倒したおばけふろしきが入った箱を持ち上げるレオ君を見て、ふと気付く。 …なんだか元気がない?そういえば、今日の回収担当はなまえちゃんではないのか。 何となく元気がない理由と関係ありそうだと感づいた私は彼に問いかけてみた。

「ねぇ、今日なまえちゃんは来ないの?」
「え?あぁ…彼女は今、魔王様と、ふたりきりで、旧魔王城に出張中だよ」
「ふぅん、そうなんだ。 (やっぱり、なまえちゃん絡みか)」

そんなに『ふたりきり』を強調しなくても。 ハァとため息を吐きガックリと項垂れる彼の姿に、なんて分かりやすいおじいちゃんなんだろうと呆れてしまった。 仕事だと割り切れば良いものを、何でもかんでも悪い方に考えてしまうのは彼の悪い癖だ。

「…どうして彼女は私なんかを好きになったんだろう」
「え?」
「えっ?あ、いや、ご、ごめんっ!口に出すつもりはなかったんだけど…」

つい先日、『あくましゅうどうし様と付き合うことになったの!!!』とそれはもう幸せそうに報告してくれたなまえちゃんを思い出し、私は不思議に思う。 目の前の彼は、何故こんなにも自分に自信がないのだろうと。 あははと苦笑いするレオ君は、ウジウジウジウジとキノコが生えてきそうなくらい湿っぽく、痛々しくて、とてもじゃないが見ていられなかった。 こんな様子の彼を見てしまっては、夢見が悪くなるだけじゃないか。 …本当に、世話が焼ける。

「ねぇ、レオ君」
「う、うん?」
「なまえちゃんが君を好きになった理由、教えてあげようか?」
「えっ!?!?」

さっきまでのジメジメした様子はどこへ行ったのか、私の言葉にこれでもかと言うくらい驚いた顔をするレオ君に、本当になまえちゃんのこととなると一喜一憂して子供みたいだと、私はまた呆れてしまう。 しかし今の彼が、そんな私の様子に気づくはずも無く、先ほどの言葉に興味津々とばかりに食いついてくる。

「ど、どうして姫がそんなことを知っているんだい!?」
「なまえちゃんがいつもここに来て、レオ君のこと話してるのは知ってるでしょ?その時に聞いたんだよ」
「そ、そっか。 そんな話までしてるんだね…」

そわそわと落ち着きがない様子の彼に、私はイライラが募り始める。 気になって仕方がないくせに、聞くのが怖いだとか何とか深く考え込んでいるのだろう。 本当に優柔不断で困る。 痺れを切らした私は、思わず大きな声で彼に問いかけてしまった。

「聞くの!?聞かないの!?どっち!?」
「っ!?き、聞きたい!聞きたいけど…そ、その、彼女から聞いた話を、私に話すなんて…良いのかい?」
「なまえちゃん、レオ君に話していいって言ってたから大丈夫だよ」
「まさかの了承済み!?!?」

なまえちゃんのことだから、きっとこういう展開になることも予想してたんだろうと思う。 まさか本当に私からレオ君に話す日が来るとは思わなかったけれど。

「なまえちゃんが君を好きになったのは、今から約半年前の…」
「ちょ、ちょっと待って!!!そ、そんないきなり…っ!?まだ心の準備が…!!」
「(イラッ)………」
「わーッ!!ごめんっ!!ごめんよ姫!!私が悪かったから、寝ようとしないで…っ!!!」

話の出鼻を挫かれ、話す気が失せた私は布団を被って眠ろうとするが、必死に止める彼の様子に仕方なく起き上がる。

「…次やったら、本当に寝るからね」
「う、うん!絶対にしないから、続きをお願いします…」
「今から約半年前の梅雨の時期に…」
「……」

黙って聞く態勢を取るレオ君を一瞥し、私はなまえちゃんが話していた時のことを頭に思い浮かべながら、口を開いた。

「私が壊した天井から雨漏りしちゃって、レオ君が修理したこと覚えてる?」
「えっ?あ、あぁ…魔王様の部屋の天井を壊した時のことかな?」
「そう、その日。 レオ君、一日中修理で教会にいなかったよね」
「そうだね…あの日はずっと魔王様の部屋で作業をしていたはずだよ」
「それでレオ君の代わりになまえちゃんが蘇生を担当してた…」
「そうそう、彼女になら任せられると思って、私からお願いしたんだ」
「その時になまえちゃんが、仕事でミスをしたらしいんだけど、」
「ミス…?あの日に…?…ああっ!そういえば!!彼女には珍しく別種族の魔物を合体蘇生してしまって、すごく落ち込んでいたね…」

当時のなまえちゃんの様子を思い出したのか、眉間にしわを寄せて自分のことのように辛そうな表情をするレオ君。 …この顔をなまえちゃんが見たら、どんな反応をするだろうか。 きっと、そんな顔しないでくださいと悲しみながらも、自分のことでこんなにも一喜一憂してくれる彼に嬉しい気持ちが溢れて、話を聞いてくれと私の牢へと押しかけてくるに違いない。 そんな彼女を思い浮かべて、自然と笑みがこぼれる。 ひとり笑みを浮かべる私を不思議そうにレオ君が見つめているのが目に入り、私は本題へと話を戻した。

「…その時にレオ君、なまえちゃんを励ましてあげたでしょ?」
「えっ?は、励ます、というか…彼女がとても落ち込んでいたから、魔王様の為に作ったおはぎを少し分けてあげたけど…」
「そう、それだよ」
「えっ?」
「なまえちゃんが君に惚れた理由」
「は、?えっ、ちょ、ちょっと待って、どういうこと!?」

ガシッと私の両肩を掴み鬼気迫る表情で言う彼に、私はまたもやハァとため息を吐いた。 本当になまえちゃんの事となると余裕が無いな、このおじいちゃんは。 今だにガシッと私の肩を掴む彼の手の甲を、ギュッと思い切りつねってやった。

「肩痛い、力強い、顔怖い、今すぐ離れて」
「ぎゃああ!!いっ、痛い!ご、ごめん!離れるから、つねらないでっ!!!」
「自業自得」

いてて、と涙目になっているレオ君を横目に私はさっさとベッドへと潜り込む。 私が知っていることは全て話した。 これで心置きなく眠ることが出来る。 布団を被ると、でびあくまたちがスリスリと隣に潜り込んで来て、ふわふわもこもこ暖かい…このまま、ぐっすりと、夢の中、へ……

「いや、ちょっ、ちょっと姫!!まだ話の続きだよね!?」
「………もう終わりだよ、今話したことが、私が聞いた全てだから」
「えっ、ほ、本当に!?私のおはぎが、惚れた理由、…?い、一体、どういう…」

意味が分からないと頭を抱えるレオ君に、私は何故理解出来ないの?と、逆にこちらが頭を抱えたくなってくる。 しかし、私の言葉が足りないのかもしれないな…と考え直し、眠くて閉じそうになる目と戦いながら、どうにか口を開いた。

「レオ君のおはぎ、美味しいんだよ。 みんな大好きでしょ」
「えっ?そ、そう言って貰えると、嬉しいけど…でもそれだけの理由で、わ、私なんかを好きになるはずないよ…」
「あぁ、そうだ。 なまえちゃん、おはぎをくれた時のレオ君の笑顔が今でも忘れられないって、言ってたような…」
「えっ!?ひ、姫!?それもうちょっと、詳しく…っ!」

またもや私の肩をガシッと掴んでくるレオ君に、眠れないイライラも合わさり、ついに私は堪忍袋の緒が切れた。

「だから!!なまえちゃんはレオ君のおはぎの美味しさに胃袋掴まれた挙句、優しい笑顔にコロっとやられちゃったの!!!」
「…っ!!!そ、そんな、ほ、本当に…?」
「こんな嘘ついても意味ないし、全部本当だからもっと自信持ちなよ。 …君は君が思ってるより、ずっと素敵なひとだよ」
「…っ、姫…」

私の言葉に感動したのか、ううっと涙ぐむ彼に私はまたもやハァとため息をこぼす。 一体何度ため息を吐けばいいのか。 思わず大声を出して、眠気も飛んでいってしまったし。 …する事が無くなってしまった。 これはレオ君に責任を取って貰うしかない。

「ねぇ」
「えっ?あ、ご、ごめん…歳をとると涙腺が緩くなっちゃって…、どうしたんだい?」
「私、眠気が飛んでする事が無くなったの。 だから…」
「…だから?」
「旧魔王城に、寝具の素材探しに行くの手伝って」
「えっ!?旧魔王城!?」

突然の誘いに驚く彼をスルーして、私は旧魔王城へ向かう準備を始める。 いつものハサミを背負って、旧魔王城で手に入れた空飛ぶ乗り物に乗り込む私をわたわたと慌てた様子で見守る彼に、私は振り向き一言告げる。

「レオ君も、手に入れたいもの、あるでしょ?」
「…っ!」
「一緒にいこう」
「…あぁ、そうだね、一緒に、いこう」

牢の窓から、ふたり同時に飛び立つ。 チラリとレオ君の顔を盗み見れば、牢に入って来た時の元気の無さはすっかり消えて、何だかスッキリしたような表情で、私はホッと胸を撫でおろす。 胸につかえる心配事も無くなって安心したのか、急激に眠気が襲ってきた。 ここから旧魔王城までのしばしの間、ゆらゆらと揺れる快適な空の旅を味わうとしよう。 そう心に決めて、目を閉じる。 なまえちゃんは私とレオ君に会ったら、どんな反応するだろうか?そんなことを考えながら、夢の中へと沈んでいくのだった。




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