CHAPTER 03 /
11「私の彼氏、完璧すぎて、無理、尊い…」


「んっ…あ、れ…ここ…私の、へや?」

ゆっくりと瞬きを数回繰り返すと、視界がはっきりとしてくる。 見慣れた自分の部屋の風景にホッと安堵するも、何故ここにいるのか寝起きのぼんやりとした頭ではすぐに思い出すことが出来なかった。

「(確か…新年会でレオ君の乾杯の音頭を聞いて、姫と一緒にジュースを飲んで、近くにいた睡魔さんの一気飲みを眺めて…あれ?それから私、どうしたっけ…?)」

朧げな記憶を辿っていくが、あるところから先が一向に思い出せない。 脳を働かせようとすると、ずきんと頭に痛みが走り、思わずこめかみを押さえた。 …そして、私は気付く。 これは毎年味わっているあの感覚に似ていると。 ま、まさか、私…

「(お酒飲んじゃった…!?ど、どうしよう…!!レオ君と、絶対お酒飲まないって約束したのに…!!約束破ったことがバレたら……)」

『絶対に飲まないように!』そう語気を強め、真剣な表情で言っていたレオ君を思い出し、目頭が熱くなってくる。 いつも優しく甘やかしてくれるレオ君の珍しく一歩も譲らない態度に、私も固く決意したはずなのに。 どうしてこんなことになってしまったのか…自分の意志の弱さに情けなくなって、涙が溢れてきてしまう。 私は自室だからと、思わず溢れる気持ちを口に出してしまった。

「ひっく、…っ、れ、レオ君に、嫌われちゃう…!!っ、どうしよう〜…っ!!!」
「…ッ、あ、あの、なまえちゃん?」
「っ!?!?」

私が泣き叫んだすぐあとに聞こえてきた彼の声に、私は驚きのあまりビクッと体が震えてしまう。 ビックリしすぎて心臓が痛いくらいにドックンドックンと鳴っているが、恐る恐る聞こえてきた声の方へ視線をやれば、ベッドの脇に座り込んで苦笑いしているレオ君がこちらを見上げていて、私は咄嗟に飛び起きた。

「えっ…えっ、?れ、レオ君?ど、どうしてここに…って、ご、ごめんなさい、私、お酒、飲まないって約束…っ、破っちゃったかもしれなくて、その…!」
「ちょ、ちょっと待って!!ストップストップ!!」
「…っ!すみません、私、何も覚えていなくて…っ」
「うん、大丈夫だから…一旦、落ち着こう?…そうだ、なまえちゃん。 キッチンを借りてもいいかい?」
「えっ!?は、はい…どうぞ、部屋を出て左の奥です…」

ありがとう、ちょっと待っててね、そう言って部屋を出て行く彼をじーっと目で追いかける。 彼が寝室を出て扉がパタンと閉まった瞬間、私はハァァっと息を吐き出した。

「(待って待って待って、何が、どうして、こうなったの…!?)」

私の部屋にレオ君がいるなんて、夢でも見てるんじゃないかと思わず頬をつねるが…すっっごく痛い。 これは夢なんかじゃない!現実だ…!しっかりしろ私の頭!自分を叱咤し、どうにかここまでの経緯を思い出そうと、またもや脳をフル回転させてみる。 もう頭の痛みなんて気にしちゃいられない…!!

「(睡魔さんの一気飲みを見た後からが思い出せないんだよね…私もあんな風に飲みたいなぁって羨ましくて見つめていたら…突然視界が真っ暗になって…)」

そこで、あれ?と疑問を抱く。 視界が真っ暗になった…?どうしてだろう?停電なんてしたっけ…?
真っ暗になる要因を色々と考えてみるが、どれもしっくりとこない。

「(思い出せそうで思い出せない…っ!!すごくモヤモヤする…あああ!もう!どうして忘れちゃうかなぁ!!!)」

お酒が飲めないことを辛いと思ったことはない、なんて考えていた過去の自分を殴りたい。 記憶が無くなることの辛さを今になってようやく痛感し、私は自己嫌悪に陥る。 もう一度、一から記憶を辿ってみようと目を閉じたその時。 コンコン、と扉をノックする音が聞こえ、パッと扉の方へ視線を向ける。

「なまえちゃん、入るよ?」
「はっ、はい!どうぞ!!」

私が返事をするとすぐに扉がガチャリと開き、マグカップを持ったレオ君がベッドの方へとやって来る。 彼はベッドサイドにしゃがみ込み、はいどうぞ、と手に持ったカップを私に差し出してくれた。

「勝手に作っちゃってごめんね、ホットココアなんだけど…」
「あ、ありがとうございます…!!」

ほわほわと立つ白い湯気からココアの優しい香りがして、何だかホッとする。 温かいカップを両手で持ち、ふーふーと息を吹きかけて、少し冷めた表面を火傷しないようにコクリと飲み込んだ。

「…ッ!!何これっ、美味しい…っ!」
「本当かい?お口に合ったみたいで良かったよ」

そう言って微笑んでくれるレオ君に、さっきまでの不安な気持ちが嘘みたいに消えていく。 あまりにも美味しくて、ひとくち、またひとくち、と止まらない私を嬉しそうに見つめる彼の視線が、とんでもなく甘くて、優しくて…きゅんっと胸が高鳴った。 そんな甘い雰囲気になんだか気恥ずかしくなって、照れているのがバレないように私は慌てて彼に話しかける。

「こ、このココア…ここのキッチンにあったココアパウダーで作ったんですよね?」
「うん、そうだよ。 いつもと違ったかい?」
「はい…私が作るのとは全くの別物でビックリしました…!!」

いつもの安物のココアパウダーとは思えないほど濃厚で、香りや風味もいつもよりグンと増していた気がする。 レオ君は興奮気味の私にクスッと笑うと、美味しさの秘密の種明かしを始めた。

「実はちょっとしたコツがあってね…最初にココアパウダーを鍋で煎ると、香ばしさやカカオの風味が増すんだよ」
「すごい…!そんな方法があったんだ…!」
「私も初めて試した時は驚いたなぁ…魔王様が甘いココアが大好きでね。 彼がまだ小さかった頃、たっぷり砂糖を入れてよく作っていたんだ」
「ふふ、タソガレくん、甘いの大好きですもんね」

甘いココアを一生懸命ふーふーして飲んでいる小さいタソガレくんが頭に浮かんで、思わずフフッと笑ってしまう。 きっと寂しい夜や辛い時に作ってもらっていたんだろうなぁと想像して、胸がほっこり暖かくなった。 ふと手の中にあるマグカップの中身を見れば、残り少しになっていて何だか寂しい気持ちになってしまう。 せっかく初めてレオ君が作ってくれたココアだったのに、もっと味わって飲めばよかった…!そんな後悔の念を抱く私の様子に気付いたのか、レオ君はフフッと笑って立ち上がった。

「多めに作ってあるから、おかわりするかい?」
「…私の彼氏、完璧すぎて、無理、尊い…」
「えっ?、あ、あの、なまえちゃん…?」

彼の完璧な心遣いに思わず心の声がだだ漏れになってしまった。 彼のこういうところ、本当に大好きだなぁ、なんてしみじみ思っていると、困惑した表情でこちらを窺っているレオ君が視界に入り、ハッとする。

「おかわり、頂きます!!でも、自分で取りに行きますから…!病人でも無いのにすみません…」
「そんなの気にしなくていいのに…それに君は酔って倒れたんだから、安静にしていないと…!」
「えっ?」
「…あっ!」

しまった!とでも言うようにバツが悪そうな表情をする彼に、私はたらりと冷や汗が流れる。 酔って、倒れた…?そ、そうだ…レオ君特製ココアのあまりの安心感にすっかり忘れていた…!やっぱり私、レオ君との約束を破ってお酒を飲んじゃったんだ…ッ!!

「レオ君、ご、ごめんなさい…!私、絶対飲まないって約束したのにっ!」
「あっ、いや、その…っ!」
「本当に飲むつもりなんて無かったんです…!でも、どうして飲んでしまったのか、全然思い出せなくて…」
「うん…!それは分かってる!分かってるからッ!」
「幻滅…しましたよね、?酔って記憶を失くすなんて、良い大人が情けないです…、でも、私、レオ君に嫌われたら…っ!」
「っ!?ちょ、なまえちゃん、っ!?お、落ち着いて、うわッ!?」
「ひゃっ!?」

私はレオ君に嫌われたくない一心で、ベッドサイドに立っている彼の腕をグイッと掴んでしまう。 そんな私の行動を予想していなかったのか、ゆらりと彼の体がこちらへ倒れてきて、私は思わず目を瞑った。 どさりとベッドが揺れるのを感じ、ゆっくりと瞼を開けば、目の前にはレオ君の綺麗に整った顔があって、私は思わずジッと見つめてしまう。

「……(綺麗な瞳、あ、意外と睫毛、長い…)」
「……」

お互い目が合ったまま沈黙が続く。 一体どれくらいの時間が経ったのか。 もしかすると数秒かもしれない。 けれど何故か目が反らせなくて、そのままお互い見つめ合う。 …どうして私たち、こんなに近くで見つめ合ってるんだろう?そんな疑問が浮かんだ瞬間、ハッと我にかえる。

「っ…!?ご、ごめんなさいっ、私、っ」
「ッ…!こ、こちらこそ、ごめんっ!!痛くなかった!?す、すぐに退くから、待って、…っ」

私に覆い被さっているレオ君は、急いで起き上がろうと私の顔の両側に手をついた。 そしてそのまま離れようとする彼に、何故か私は無性に寂しくなって、咄嗟にその腕を掴んでしまう。

「っ、なまえちゃん?」
「…あのっ、もう少しこのままじゃ、ダメ…ですか…?」
「なっ!?何を言って…!」
「すっ、少しだけでいいんですっ、お願いします…っ」
「ッ…す、少しだけだよ?」

私の我儘を戸惑いながらも受け入れてくれる優しいレオ君に毎度の事ながら胸がきゅんとなって、愛しい気持ちが溢れてくる。 好きで好きでたまらないこの気持ちをどうにか伝えたくて、私に覆い被さる彼の瞳をジーっと見つめるけれど、この状況に落ち着かないのか彼の視線はキョロキョロと移り変わり、一向に交わる様子がない。 ジッと見つめ続ける私にこれ以上は耐えられなくなったのか、彼はついに動き出した。

「…見過ぎだよっ、なまえちゃん」
「わわっ、レオ君…?」

突然、レオ君の手の平が私の瞼を覆って、視界が暗くなる。 少し冷んやりとした彼の手が心地良くて思わず瞼を閉じた。 そして、そこであることに気づく。 この感じ、前にどこかで…そう思った瞬間、ぶわっと何かが流れ込むような感覚が頭の中に駆け巡る。 …これは、私の記憶…?頭の中で次々と再生されていく新年会での自分の姿に、私はサァァっと顔から血の気が引いて行くのを感じた。

「なまえちゃん、?、ど、どうしたの?大丈夫かい?」
「…な…さい」
「えっ?」
「ごめんなさい!!!!」
「えっ!?い、いきなりどうしたんだい!?」
「ぜっっっんぶ、思い出しました…っ!」
「ええっ!?お、思い出したって、今日の新年会での、その、あれや、これやを…」
「そうです…ッ!ほんっっっっとうに…多大なご迷惑をおかけして…っ!」

いくら酔っていたとはいえ、これはひどい。 欲求不満だなんだと喚き散らしていた自分の醜態を思い出し、恥ずかしさでカァッと顔が熱くなる。 大勢の人前で付き合わされたレオ君が本当に気の毒過ぎるじゃないか…!申し訳ない気持ちでいっぱいなって、私はただひたすら謝ることしかできなかった。

「あ、あの、なまえちゃん…ひとまず、起き上がってもいいかな…?」
「ハッ…!す、すみません!!私、自分のことばかりで…!!」

私に覆い被さった体勢のままだったレオ君は、よいしょと起き上がると、あいたた…と腰をトントンしながらベッドの脇に座り込んだ。 そうだった…!!レオ君の見た目が爽やか好青年過ぎるから忘れてたけど、中身おじいちゃんなんだった…!!私は慌てて、隣に座り彼の腰をゆっくりと摩る。

「私、本当ダメダメですね…約束は破るし、自分の失態は覚えていないし…挙げ句の果てに、レオ君のことまた困らせて…!」
「あはは…確かに今日のなまえちゃんは、いつもより落ち着きがなくて、目が離せなくて…私としては大変だったけど…」
「ううう…本当にごめんなさい」

苦笑いするレオ君に、思わずしゅんと縮こまる。 酔って人に迷惑をかけるような女、誰だって嫌だよね…レオ君は優しいから嫌だなんて絶対に言わないだろうけど、きっと迷惑に思っているに違いない。 そう思うと、ギュッと胸が詰まって苦しくなった。 だけど、全て思い出した今なら分かる。 酔っていたとしても、全てが私の本音だったということ。 骨張った男らしい手、私よりずっと大きな体、とろけるような甘くて優しい声…いつだって彼の全てを独り占めしたくて堪らない。

「レオ君」
「うん?どうしたの?」
「人前であんなことをしたのは、もちろん反省してるんですけど…」
「けど…?」
「あの時言ったこと、全部、私の本当の気持ちですからっ」
「えっ?」
「レオ君に触れたいし、触れて欲しい…欲求不満なんです、私」

そう言って、すぐ隣に座る彼の太ももにそっと触れる。 彼はビクッと一瞬、身体を強張らせたけれど、私の手を自分の手でそっと優しく包み込んでくれた。 嬉しくなって彼の顔を覗き込み、ふにゃりとだらしなく頬が緩んでしまう。

「…言ったはずだよ、私も、同じだって」
「え?…っ、んっ」

私の緩んだ頬を包む、大きな手。 近づく彼の唇が、スローモーションに映る。 ふにっと当たる柔らかい感触に、どくんと胸が熱くなった。

「んっ、れお、くっ、んぅ」
「はぁっ、君が、いけないんだよ…っ、私がどれだけ、君に触れたいと思っているか…っ」
「…レオ君になら、もっと触れて貰いたい、です」
「っ…!全く、本当に君は…っ」
「あっ、んむっ」

彼の優しく甘いキスで、頭の中がぐちゃぐちゃに溶けてしまいそうになる。 何度も角度を変えて触れる唇が、熱くて熱くて仕方がない。 このままずっと触れていたい…頭の中が彼のキスでいっぱいになりかけた、その時。

『おーい、レオ。 いるか?』
『…お、おい、やはり邪魔しない方が…』

扉の向こうから聞こえるレオ君を呼ぶ声に、一瞬お互いの動きが止まる。 しかし、レオ君でいっぱいになった脳内は無意識に彼を求めていて、続きをせがむように私は彼の首へ腕を回した。 彼もそれに応えるかのように、私の腰をグッと引き寄せる。 お互いの視線が絡み合い、あと少しで唇が触れそうになるが…またもや外から聞こえてきた声に私たちの動きは完全に止まってしまった。

『しかし、姫を蘇生しなければならないだろう?』
『そ、そうなのだが…(あいつを怒らせると、どうなることか…っ!)』
「…いま、姫の蘇生って…?」
「…聞こえたね」
「……」
「…教会に、向かおうか」
「…そうですね」

まさかのタイミングの姫の蘇生の知らせに、私たちはベッドから立ち上がる。 チラリとレオ君を見ると、ハァと少し残念そうにため息をついていて、私は思わず彼の背中に抱き着いた。

「っ、なまえちゃん?」
「…最後に充電ですっ、ぎゅーっ」
「っ、!」
「…はいっ、充電完了!それじゃあ、行きましょうか!…って、あれ?レオ君!?ど、どうしたの?」

姫には悪いけれど、少しだけ…、ぎゅっと抱きしめたあと、パッと気持ちを切り替えて教会へ向かおうと意気込むが、彼は顔を手で覆い俯いていた。

「…君には一生勝てる気がしないよ」
「ふふっ、何ですか、そのセリフ」

先程キスをしていた彼と本当に同一人物かと疑ってしまうほど、指の隙間から覗く頬が真っ赤になっていて、思わず笑ってしまった。 そんな私を、少しいじけたようにジトッと見つめてくる彼に更に愛しさが込み上げてきて、ついからかいたくなってしまう。 彼の耳に唇を寄せて、私はそっと呟いた。

「…また、さっきみたいなキスしようね?」
「っ…なまえちゃん、?!?」
「あはは、レオ君、顔真っ赤っ」

真っ赤になって狼狽える彼が可笑しくて、声を上げて笑う。 もう、行くよ!と少し怒りながら扉へと向かう彼の背中に、だいすき、と小さく呟いて、私も彼の後を追った。



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